第二話
完結しました。第八十九話までの物語です。主人公レオーナの物語をお楽しみください。
「ティーチェの花が咲き始めたか・・・・・・もうすっかり春だな」
レオは城から馬に乗ってセオドアの国土が見渡せる丘までやってきた。この丘は国で一番高い丘、ハーヴェンと皆が呼んでいる丘だ。レオはここから望む国の景色が一番好きだ。外に出ると必ずこの場所に来る。普段は狭く感じる国土がここだと大きく見える。城の門に続く道の両側に、ティーチェの並木道が甘い匂いをさせて、咲き誇る姿はこの国の自慢である。今のティーチェの花は、蕾よりほころんで僅かに花開き始めており、遠くから眺めると淡いピンクに色づいている。この色がもっと紅色になると花弁が散り、そして国の名産品のティーチェの実がなり、ソースが作られる。
「ああ、早くティーチェの実が生らないものか」
レオはそう言い、幸せそうに微笑むと、ティーチェソースの甘酸っぱい味を思い出し、唾をごくりと飲み込んだ。レオはどの料理よりもティーチェソースが一番好きだ。あれを釜戸で焼き上げた鶏肉にかけたらもうたまらない!
「出ましたな!姫様のティーチェ好きが!」
後ろからいきなり声がした。
「・・・・・・この声は・・・・・・センドリーか?」
レオは声のする方に振り向いた。
すると、背の高い屈強な兵士が十人位の供を従え、こちらへ歩いてくる。この男はセンドリー・アールマン。年は六十を超えているが、セオドア一の強者と呼び声高い。兵士で敵を倒す姿はまるで猛獣。剣を交えれば背に負う身の丈位ある大剣を小刀のように扱い、その動きは疾風迅雷。このじじいのどこにそんな戦闘力が?と思えるほど普段は優しい好々爺だ。
「鶏肉にかけたらもうたまらない!って、毎年恒例ですよねぇ?」
とセンドリーはさも面白そうに話しかけた。
「聞こえたか」
とレオは、むう・・・・・・と唸った。
「ええ。心の声がダダ漏れですわ」
センドリーはわははと笑った。つられて兵士達も同じ様に笑った。
「ふむ、隠しきれなんだか。あの味を思い出すとつい・・・・・・な」
レオは少し恥ずかし気に笑った。
「姫様の食い意地には、わしも負けますわ」
と言い再び、わははと笑った。
「センドリーには私も負けるがな」
「あれはたまらない味ですからな」
ふふと二人はティーチェの味を思い出し、笑い合った。
「それより、国境から来たみたいだが、何かあったのか?」
レオはそう言うと彼らを見渡した。
「ま、色々ありましてな」
と肩をすくめたセンドリーの重々しい表情を見て、レオは何か言えない事情がありそうだと察し、そうか、とだけ言うと彼らを見送った。
「・・・・・・」
そう思いきや、レオはセンドリーの背を見つめると、その肩に向かって剣を振りかざした。
ふ・・・・・・と笑いをかみ殺してセンドリーはその攻撃をひらりとかわす。次の一手はセンドリーがレオの脇を狙う。その剣先をレオが剣で受け、交わしたままの刃を鼻の先まで滑らせた。二人の目線が交差する。お互い一歩も譲らない。
「ふふふ・・・・・・相変わらず隙がないのう、センドリー」
「ふふ、まだまだですなぁ姫様」
二人の間に自然と笑いがおこる。
レオとセンドリーはよくこうやって、出会うと小競り合いを楽しんだ。どう見てもセンドリーの方がレオに合わせてあげているようにも見えるが、レオは分かっていながら、この老人に一泡吹かせてやりたい一心だ。彼女は全力で、この剣技を楽しんでいる。周りの兵士達は相変わらずだなあ、と二人のやり取りを見守っていた。
「では、姫様この辺でよろしいかな?」
「む、そうだな。今度はその顔に傷を負わせるぞ、覚えておけセンドリー」
「姫様は恐ろしいことを仰る」
「どうせ、怖いなどと思っておらぬようだが」
とレオがそう言うと、ひい怖い、とセンドリーは笑いながらレオの元から去って行く。
「くそ爺め」
レオはセンドリーの笑い声を聞き敵わないなと思いながら、息を整えた。あの動きでも汗一つ掻かないのだから、恐ろしい爺だ。レオは彼らが来た道を振り返った。
「カルームが何かしてきたか」
レオが生まれる前にカルームからの攻撃を受けたらしいが、ここ数十年はカルームとセオドアは、休戦状態で比較的平和な状態を保っている。
―何事もなければいいが・・・・・・。
レオは遠くを歩く小さくなった兵士達を見た。視線の先の方から、昼時を知らせる鐘が鳴る音が響く。
「そろそろ、食事時か・・・・・・」
レオはそう呟くと馬にまたがり、その場を後にした。




