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銀の針姫と青の剣  作者: 瑞木晶
第二章 青の都ウェンデル
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第三十五話

完結しました。第八十九話までの物語です。主人公レオーナの物語をお楽しみください。

「本当にこの格好で向かえと?」

とレオはレッシーに訊ねた。彼女は男装を身に付けた、自分の姿とレッシーを鏡越しに不思議そうに覗き込んだ。

「ええ、ラディンディラ様の希望です。この装いで是非来て欲しいと仰ってます」

レッシーはレオの銀の髪を束ね、よし、と満足げだ。

「そう、ならいいが」

今日はラディンディラの部屋に招待されている。セオドアから嫁いだ方から、初めて話が聞けるとレオは楽しみにしていた。

「では、参りましょう、エーメはここで控えてなさい」

「はい、いってらっしゃいませ」

エーメは笑顔でレオに一礼した。

「え?エーメは一緒に行かないのか?」

「私一人で十分です。さ、あまり遅くなると先方に失礼です。行きますよ」

レッシーの言葉に、う・・・・・・うんと頷いてレオは、ラディンディラの元へ足を進めた。

螺旋階段への扉が開かれる。上に行くのは初めてだ。最上階に住んでいると聞いたがどんな所だろう、眺めがいいのかな?レオの期待は膨らむ。

「――意外と高いとこにいらっしゃるのだな。どれだけこの塔は部屋があるのだ?」

数分後、レオは螺旋階段の途中で根を上げた。

「部屋数よりも一層ごとが高く設計されておりますから、故に階段の数が多くなります。レオーナ様が思っているほど、部屋数は多くありませんよ」

と既に疲れ始めているレオをよそに、涼しげにレッシーはそう言ってのけた。

「さあ、そうこう言っているうちに着きましたよ、レオーナ様」

レッシーがそう言うとガシャン!と扉の開く音がした。光がワッと広がって行く。

「さ、こちらに」

レッシーがレオを部屋へと導く。部屋は光に溢れ眩いほどだ。

「通称、光の間とも呼ばれております、では私はこれで下がらせていただきます」

え?レオが振り向くとレッシーの姿はもう無かった。ガシャン!と扉の音が響く。

「ようこそ、レオーナ姫。来てくれて嬉しいわ」

ラディンディラの声がする。光の間はレオ達の部屋のような天蓋ベッドが一つも無い。天井に天窓があり、そこから光が射し部屋全体に行き渡っている。

部屋の奥でラディンディラが手を振っている。レオはその方向に歩いた。広いな、ここには彼女一人しかいないのか。レオは辺りを見渡しながら近づいた。

「お招きいただきありがとうございます」

レオは礼をとると顔を上げた。

「ようこそ我が根城に」

ふふ、とラディンディラが笑って迎えてくれた。

「この階はラディンディラ様お一人でいらっしゃるのですか?」

広い空間に彼女のベッドだけが端に置いてある。ベッドの周りは白の壁に赤い布であちこちと飾られている。派手だが調和の取れた配色だ、ラディンディラ様の好みかな?趣味のよい方だ。とレオは彼女の美的センスに感嘆した。

「そう、夫に先立たれた姫が過ごす所で墓場のようなものね。毎日が退屈で死にそうよ」

「旦那様が・・・・・・」

レオが言葉を失うと彼女はもう昔の事、気にしないでと笑った。

「本当にローレン様にそっくりね」そう言うラディンディラに「どなたに似ているのですか?」とレオが訊ねると「私の旦那様」彼女はレオの顔を手で包み、嬉しそう微笑む。

「さ、お茶を振舞わないとね」

ラディンディラはそう言うと、レオの顔からパッと手を放し、茶器のある方に向かった。

「お構いなく」

とレオがそう声をかけると、これでもちゃんとしたお招きなのだから、きちんとしないと、とラディンディラは、いそいそとお茶の葉を急須に入れ始めた。

「旦那様は私に似ていらしたのですか?」

レオは先ほどの彼女の言葉を振り返りながらそう訊ねた。

「ええ、微笑んでみせて、それから斜め四十五度に顔を上げてみて」

「こうですか?」

レオは彼女の指示通りに動いた。

「そう!まさしくローレン様だわ!ローレン様・・・・・・」

ラディンディラは自分の夫を思い出したのか泣き始めた。

「ラディンディラ様・・・・・・」

レオは彼女にどう対応すべきか迷ったが、肩を抱き、そして彼女の悲しみが消えるようにと優しく両の腕で包み込んだ。すると「あら、いやだわ。泣いちゃうなんて」とラディンディラは急にレオから離れた。

「ごめんなさいね、久しぶりに旦那様に会えた気分になってしまったわ。ありがとう、レオーナ姫。慰めてくれたのよね」

今度はラディンディラが、腕を開きっぱなしで手持ち無沙汰のレオの頭を、軽く撫でて見せた。

「よし、こんなものかしら?どうぞ粗茶ですが」

ラディンディラはレオの前に、お茶を差し出した。美味しければいいのだけど、と微笑んだ。

「ああ、どこかで味わったような・・・・・・」

レオはお茶の味に思案顔になって記憶を辿った。

「そうだ、セオドアのお茶だ・・・・・・」

しまった!これではあまり美味しくないという意味にとられるのでは!とレオは自分の発言に焦った。

「失言でした。すみません」詫びるレオに「あら、わかった?懐かしいでしょ?故国の味が」とラディンディラは気にする素振りも無い。

「ああ、そういう事ですか。これは有難いもてなし、セオドアのお茶が飲めるなんて思ってもみませんでした」

「そうでしょう?ウェンデルのお高いお茶より、こっちの方が好きなの、私は」

と少女のように微笑むラディンディラに、泣いたり笑ったり、ころころと表情が変わる。・・・・・・忙しい方だなとレオは苦笑した。

「どうかなさって?」

「いえ、お気になさらず。懐かしいですね、セオドアのお茶」

とレオは一口お茶を含んだ。

「セオドアといえば、やはりティーチェよね?」

ラディンディラは思い出した様にレオに話しかけた。

「そうですね、ティーチェですね。私の好物です、毎年春が来るのが楽しみでした」

「そうレオーナ姫も好きなの?私も大好きなの!お嫁に来た時にはティーチェが味わえなくて、それでよく泣いて旦那様を困らせたわね」

「ティーチェが味わえなかったのですか?」

それは大変だとレオは同情した。

「新婚当時はね、もうティーチェが無いって連日泣いたわ」

「その気持ちよく分かります」

レオはこくこくと頷いて同意した。

「やはり、ティーチェが味わえないのは辛いですね。たまに味わうことが出来ますが、毎日でも食べたいものです」

「うん、そうよね。ティーチェは毎日あっても足りないくらいよ」

そうですよね、と二人ティーチェについて、語り合い大いに盛り上がった。

ティーチェの話題で、お互い心開いたところで、ラディンディラは故国に帰りたいと思ったことは無いの?と訊ねてきた。

「一度もないとは言えませんが、ここの暮らしに慣れましたし、寂しさも余りありません」

「私は一度でいいから帰りたいわ。ティーチェの花が咲き誇る頃に帰りたい」

ラディンディラは真っすぐな視線をレオに向けた。でも、もうそれも叶わないわね、と独り言を口の中で零したので、レオには伝わらなかった。

「ああ、本当に旦那様に似ているわ。もう少しこちらに来てくださる?」

ラディンディラはレオに手招きした。

「この絵のおかげであなたに会えたのよ」

と彼女は枕の下から一枚の絵をレオに広げて見せた。その絵の人物はレオによく似て、顔が上に斜め四十五度に描かれている。

「旦那様ですか?よく私に似ていますね」と絵を感心しながらしげしげと見るレオに「その絵のモデルはあなたよ」とラディンディラが笑いながら教えた。

「え?」

「驚くのも無理はないけど、その絵はカレエ姫があなたを描いたものなのよ」

「えー!何を勝手に人の絵を描いているんですか?あの人は!」

「ふふ、一枚いくらで販売しているって言っていたかしら」

「売っているのですか?人の許可も得ずに?」

レオは開いた口が塞がらない。おのれカレエ様!怒りで拳が打ち震える。

「カレエ姫を怒らないであげて。この一枚の絵で私はこの部屋から外に出るきっかけをくれたのよ」

「どういうことです?」

「カレエ姫の絵のあなたが本当にローレン様に似ていたから、この部屋からあなたに会いに行けたのよ。この絵を見てどうしょうもない衝動が私を突き動かしたの。この部屋にあんなに閉じこもっていた私が再び外に出るなんて。これも、この絵とあなたのお陰なの」

ありがとうと言うラディンディラに、レオはそんな、礼などいりませんよ、ただ私がたまたまラディンディラ様の旦那様に似ていただけですしと慌てた。

「楽しみね、あなたのエオリー様のお芝居」

「まだまだです。カレエ様にいまだに怒られておりますし」

とレオは自信なさげに肩を落とした。

「大丈夫よ。カレエ姫の指導はきついかも知れないけど、指導力は確かなのだから」

大丈夫、いい子いい子とラディンディラはレオの頭をよしよしと撫でた。

「・・・・・・」

レオは女性の方から、そのような事をされたことが、あまり無かったので、とてもこそばゆい思いをしながら、彼女の行為を嬉しく思った。

「私はもうじき死ぬの。病気でね」

ラディンディラは嬉しそうに、そうレオに告げた。

「ご病気なのですか?病気なんて、とてもそんな風には見えません。お元気そうです」

死ぬことが怖くないかのように、微笑むラディンディラに、レオは信じられないと声を上げた。

「そう見えない様に振舞っていただけよ。今年の夏を越すことは叶わないと医師に言われたのだけど、もう秋も近いのにいまだに生きているわ、不思議ね」

ふふ、と寂しそうに笑った。

「だからあなたが私の代わりに、ウェンデルに嫁ぐ事になったのよ」

「え?ウェンデルにはラディンディラ様の他に、セオドア出身の姫はいらっしゃらないのですか?」

レオはセオドアの姫で何人かは嫁いだのを知っている。おかしな事を言っていると疑問に思いそう訊ねた。

「王家であるソイ家に嫁いだ姫は私ただ一人なのよ。それも、私はセオドアの王族の姫でもあった。王族以外の他の貴族の姫は騎士とか文官に嫁いでいるわ。ローレン様は王家の血を継いでいた。そこに私が嫁いだの」

「そうなのですか。知らなかった・・・・・・」

「今度はレオーナ姫、あなたが王家のイノス様に嫁いだのよ。生きている限り王家に嫁ぐ姫はいない・・・・・・王家の姫はあなただけ。死ぬまで故国には帰れないわ。ああ、ティーチェの花、もう一度この目で見たかったわ」

ラディンディラは祈るように目を閉じて、じつ・・・・・・と動かなかった。

「・・・・・・」

そんな彼女にレオは声をかけるのを躊躇った。

「ラディンディラ様?」

彼女があんまりにも動かないので、心配になりレオはたまらず声をかけた。

「・・・・・・」

ラディンディラは、ふっと目を開けレオの方を見た。

「ああ、ごめんなさいね。最近いつもこうなのよ。魂が離れたがっているのかもね」

「ラディンディラ様・・・・・・」

「今日はここまでにしましょう。レッシー!レオーナ姫がお帰りよ!」

とラディンディラが、ドアの方に叫ぶと、レッシーがドアから現れた。

「さ、姫様帰りましょう。ラディンディラ様はお疲れの様子」

とレッシーはレオの手を引いてドアへと歩き始めた。

またいらしてねとレオの背に、ラディンディラは声をかけてくれた。必ず来ます!暇を見つけては伺います、とレオが返事すると、彼女はありがとうと笑ってくれた。

「ラディンディラ様に会う暇が作れるか?」

レオは螺旋階段を降りながらレッシーに訊ねた。

「出来る限り調整いたしましょう、その代わり知識の塔に行く日が遠のきますよ?よろしいのですか?」

「構わない」

大丈夫ですかと問うレッシーに、レオは頷いて見せた。


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