第三十四話
完結しました。第八十九話までの物語です。主人公レオーナの物語をお楽しみください。
久しぶりに知識の塔に行ける日が来た。レッシーが一日だけ行けるよう手配してくれたのだ。レオは知識の塔に行ける喜びが、いっぱいで興奮気味だ。
「姫様、落ち着いて下さい。いいですね?日が落ちる前に戻ってきてくださいよ」
「うむ、承知した」
レオはレッシーの言葉をうんうんと頷いて見せた。
「買い物をしたいので、ここで別れよう。じゃ」
レオは商人達がいるところの門の前でレッシーに、ここに止まるよう言った。
「ちゃんと帰るのですよ」
「わかった」
レオはそう頷くと門をくぐった。
レオはお小遣いを手にして商人のいる場所に近付いて行った。
「何を買おうかな」
ウェンデルの城下町とは、また少し違う、ざわざわとした人々の活気が溢れているこの場所に興奮しながら辺りを見渡した。ここも、警戒しないと駄目だろうな。ウェンデルの街で仕出かした事を教訓に、レオは胸の財布を盗られないように用心した。
―ここに例の本は無いかな?探してみるが見当たらない。クレアと行った街では、少し買い物をしたが、レアードの行方を買える分と、カレエの絵の着物一着分と、あと少し余裕のあるように、お小遣いを残してある。
「どこにあるか、クレア様に聞いておけばよかった」
とレオは少し後悔した。そんな彼女の鼻に故郷の懐かしい匂いが届いた。
「この匂い・・・・・・間違いない!」
クンクンとレオは鼻を鳴らして人々の間をすり抜ける。
「ここだな」
レオはとある食堂の前に辿り着いた。恋々堂と書かれた看板が店の前で小さく飾ってある。赤く塗料で塗られた大きな扉を開くと、禿げ頭の店主がいらっしゃいと声をかけた。
「ここには、ティーチェ料理があるのですか?」
レオはティーチェの事になると見境が無い。ティーチェの臭いを頼りにここまで来たのだ。
「たまたま、今日仕入れの時に手に入ってな。俺もティーチェ扱うのが、久しぶりだから、わからないが。味はいいと思うんだけどな」
「ティーチェ料理ください」
「おう、いいとも。鶏肉と合わせたものだが、それでいいかね?」
「もちろんです」
レオはティーチェの匂いでいっぱいの店の中で一人喜んでいた。
「あんた、セオドアの人かい?」
隣にいつの間にか、でっぷりと太った男がレオに声をかけてきた。
「はあ、まあ・・・・・・その」
レオは本当の事を言うべきか迷ったが、曖昧に答えた。
「セオドア出身なら、ここのは止めといた方がいいぜ。比べ物にならないくらい不味いからな」
「商売の邪魔をするな。もう用が無いのなら帰ってくれ」
店主がレオの隣の男を睨みながら、ティーチェ料理を運んできた。
「・・・・・・これがティーチェ料理?」
レオは見た目から、不味そうな料理を前にがっかりした。まず、鶏肉の皮がパリパリに焼けていない。ティーチェソースは粒々感があるくらい粒を残してあるものなのに、ここのものは全てすり潰してある。
「まあ、見た目は悪いけど、要は味だから」
と店主が明らかに落胆した様子のレオに、ご機嫌を窺いながら、ナイフとフォークを差し出した。
「それはそうかもしれませんね」
とレオは一口、口にした。
「・・・・・・」
何も言わないが、レオの表情で不味そうなのは伝わった。ティーチェソースが甘過ぎて不味い。レオはこれを故郷の味だなんて提供されている事に怒りを感じた。
「ほら、言った通りだろう」
太った客はそれ見たことか、とクククと笑った。
「・・・・・・」
「何かおっしゃいました?」
ぼそぼそと言うレオに店主が近くまで顔を寄せる。
「私に厨房を任せなさい!ティーチェ料理の極意を叩き込んであげましょう!」
レオが店主の肩をがっちりと掴んだ。彼女の勢いに店主は、は、はいと小さくなった。
「姫様はまだ帰って来ないのですか?」
エーメが心配気にレッシーを見た。
「今までも、そうでしたからね」
レッシーは茜色に染まる空を見て「いつものところで待ちましょう」とエーメに言うと先を急いだ。
二人して第一の扉の前までやって来たが、レオの姿は無かった。
「姫様にホクロで呼び掛けましょうか」
とレッシーはふうと息を吐き、右手首のホクロに向かってレオーナ様と呼びかけてから、改めて姫様と囁いた。
『レッシー?え?もうこんな時間?』
レオの慌てた声がレッシーの頭に響く。
「どちらにいらっしゃいます?まだ、知識の塔ですか?」
『ううん、食堂。ここの客に料理を振舞っているところだよ』
「何ですって?料理など下々のすることですよ」
レッシーは驚きのあまり目を剥いた。
「・・・・・・ちなみに客は如何ほどいらっしゃるのです?」
彼女はなるべく冷静に自分を抑えてレオに訊ねた。
『十人か・・・・・・二十人くらいかな』
「わかりました。すぐにそちらに向かいます。何という店ですか?」
『恋々亭っていうお店だよ』
「姫様、そこを動かないようしてくださいね」
『うん、わかった』
レッシーは顔を上げると、エーメ、私の部屋から例の物を、と指示した。
「このドムの実を入れると色鮮やかになります。そして、煮汁が固まるので日持ちがいいです」
レオはどんどんと故郷の味を店主に教えていく。
「姉ちゃんは料理が上手だねえ。いっそ、ここで働くか?」
レオの料理の腕を感心し切りで、店主が声をかけてきた。
「そうだ、そうだよ。こいつの料理より遥かに美味い」
と他の客もその言葉に賛同した。喧々たる騒ぎの中、扉から灰色の髪の婦人が現れた。
レッシーだ。彼女は瓶を高々と上げ「私の娘がお世話になりました、これはお礼のお酒です」と瓶の栓を抜いた。
「おおこれは、一級品の酒だ!こいつは有難い」
レッシーは次々に酒を皆に振舞う。
「あんた達、似てない親子だねえ」
「ええ、よく言われます、この子は父親似でして」
レッシーはにこやかに酒を注いでいく。
―そして一時間後。
「も、もう駄目だ」
とうとう、店主と客はへべれけ状態に。最後には皆、酔いつぶれてしまった。
「これで、彼らは姫様の事、ここであった事、全て忘れます」
レッシーはやれやれと眼鏡を外して眉間を押さえた。
「何を飲ましたの?」レオの問いに「忘却の薬ですよ」と即答した。
「薬を飲ませたの?」
「まあ、酒は元々そういう作用がありますからね。それを増長させただけです。それはさておき、レオーナ様、料理をする事は今後一切やめてもらいますよ」
「え?どうして?」
「貴婦人はそのような事は御法度です。だから彼らにも無かったことにしてもらったのです」
そんな・・・・・・と不満の声を上げるレオに「それを守らないなら知識の塔どころか、ここにも行かせるわけにはいきませんよ」とお灸をすえた。
「ぐっ・・・・・・」ぐうの音の出ないレオに「全く、私の一番の酒だったのに」とレッシーは深く息を吐いた。
「もう二度とこの様な行為は止めていただきたく思います。結果、私の楽しみを奪ったのですから・・・・・・。ああ、私の嗜みが」
と嘆くレッシー。
「すまない、レッシー。まさか、この国でも料理をしたら駄目なんて思いもしなかった。お酒は私の小遣いから、支払います」
しゅんとなったレオに「姫様には罪はございません。料理をしては駄目だと言っておかなかった私が悪いのです。貴なるもの炎を扱うべからず。古くからのウェンデルの掟です。大昔、世界は光や炎で覆われ滅んだと言われております。身分の高い人ほど炎は禁忌なのです。それにこの酒は姫様の小遣いでは手に入らないものです。お酒は旦那様にいただいたものですから。又いただく機会もありましょう」と彼女は慰めた。
「本当にごめん。レッシー」
軽率だった。レオは自分の行動に深く猛省した。彼女に大事な酒を使わせてしまった事。料理を振舞ったおかげで、ここに居る人に記憶を失わせてしまった・・・・・・。
「本当にすみませんでした」
レオは深々と皆に謝った。




