第三十三話
完結しました。第八十九話までの物語です。主人公レオーナの物語をお楽しみください。
「おお!すごい人ですね!お祭りか何かあるのですか?」
レオは人の多さに興奮して声が甲高くなっている。
「いいえ、この街は常に、このように賑わっているのですよ」
「そうなんですか。こんなにお祭りみたいなのが毎日ですか」
レオは様々な店に広がる商品をあれこれと見回った。
―なんて素敵な物ばかりあるのだろう。レオの心は踊った。チラチラと品物を見つけては彼女の瞳は輝いた。
「・・・・・・良かった、こんなに喜んでくれて」
クレアはレオの喜ぶ様子を見て微笑ましく思った。もしかしたら、芝居小屋よりも喜んでいるのではないかと思うくらい嬉しさが顔に溢れている。
「あ、ここはクレア様の本が売られてますね。最新巻ですか?」
レオは『レアードの行方』を見つけクレアに伝えた。
「これは最新巻ではありませんね」
「そうなのですか、この巻はまだ手元にありませんね。購入しないと・・・・・・最新巻はもうこの街には無いのですか?」
「そうですね、城内にはまだあるかも知れません」
「じゃ、機会を狙って見つけます。必ず」
レオは握りこぶしを作り不敵に笑った。
「そういえば、セオドアでは私の本をどうやって手に入れたのですか?」
「セオドアの街角で本を売る行商人が月に一度訪れるのです。その時に最高で運命の出会い・・・・・・それがこの本です」
「そうでしたか、セオドアの姫君は、あまり本に関心が無いように聞きましたが」
「ええ、姉達は本に関心を持たなかったですね。でも、私は本が好きです。想像の世界へと誘ってくれる本は何物にも代えがたい素敵なものです」
レオは胸の前で手を組み、祈るような仕草をして見せた。
―そんなレオの肩をドンっとぶつかる音がした。男にぶつかったようだ。
「こんなとこで、ボーっとしてんじゃねえよ」
自分にぶつかった男に叱られたレオは、すみませんと平謝りだ。
「申し訳ない、うちの者が」
とクレアも頭を下げた。
「気を付けな」
男は先を急ぐのかそう言うと人混みの中へと消えて行った。
「申し訳ありません、クレア様」
「あまり、道で立ち止まるのはよくありませんね。気を付けて下さい。後、何か物を盗られたりしてませんか?」
「え?物はあまり持ってきていませんが」
レオはクレアの指摘に持ち物を盗られていないか確認した。
「無い、お財布がありません!」
レオは胸元に、あったはずの財布が無くなっている事に驚いた。
「財布が?・・・・・・この店の角にじっとして下さいね」
「私も行きます!」
「この街で迷子になったら、慣れてないと帰って来れませんよ。それと一人の方が動きやすい。もしもの為に彼に、黄色い目印を付けておいたので、それを追います」
「目印?あの高い所に飛んでいる黄色い羽根がそうですか?」
そうです、絶対に動かないように、とクレアは念押しすると男が去った方へと駆け出して行った。
「エーメのお手製なのに・・・・・・私ときたら全く駄目だ」
レオは財布の中身より、一針一針と縫ってくれたエーメの贈り物を奪われた事を悔やんだ。それよりも、クレアが早く無事に帰ってきてくれる事を願った。クレアが被害に遭いませんようにと空を仰いだ。
「嬢ちゃん、本が好きなのだね?」
レオがクレアの言いつけ通りじっと待っていると、本の店主が声をかけてきた。
「はい、好きです」
そう答えたレオは先程より熱を持った答えではなかった。クレアが心配で仕方なかったのだ。
「大丈夫、あの方はお強い方だ。無事に財布を取り戻してくれるよ」
ふふと店主がレオを安心させるように笑って見せた。
「あの方をご存じなのですか?」
「そう、うちの大事な取引先様だからね。あの方の本は評判がいいから、うちとしても助かる」
「そうなのですか・・・・・・」
レオは店主の話を聞きたい反面、クレアの事が気になり返事も言葉少ない。
「背中に隙あり」
クレアが突然後ろから現れた。
「ク、クレア様?!」
レオは前ばかり見ていたので、後ろは警戒していなかった。
「よくご無事で!クレア様何処かお怪我はありませんか?大丈夫ですか?」
レオはクレアの身体をあちこちと見た。
「大丈夫ですよ。ほら、財布は取り返しましたよ」
クレアはレオに盗られた財布を手渡した。
「ありがとうございます」
レオは深々と礼をした。青と黄色の刺繍で飾られたエーメの作った財布が手元に戻り、彼女はクレアに感謝の思いで一杯だった。
「黄色ちゃんのお陰です」
クレアは黄色い羽根をレオに見せた。
「黄色ちゃん?」
「私が飼っていた鳥の名前です」
「これで、盗人を捕まえられたのですか?」
「そうですよ、もう鳥は私が十代の時に亡く、羽根だけの身になりましたけど」
クレアは暗い表情を垣間見せた。そう見えたと同時にレオの顔を覗き「街中はこのように危険が隣り合わせです。以後気を付けて下さいね」と注意した。
「はい!申し訳ありませんでした。街には、こんなに危険があるなんて思ってもみませんでした。以後気を付けます」
「はい、それでよろしいですよ。私も街中の危険性を伝えなかったのですしね」
ふふ、とクレアは大丈夫とレオの肩を叩いた。
「じゃ、もう少し街中を歩きましょうか」
「はい!」
タニガモ橋を起点に真っ直ぐに大通りが広がる。ここはレオが輿入れした時に通った道だ。商人や旅人が行き交い様々な商店が賑わっている。初めて見る商品などにレオの目は輝いた。
「あれは何と言う食べ物ですか?」
「ストゥーナという揚げ菓子ですよ」
「これは何処の陶器ですか?」
「ファンタブという陶器で、産地は北の方にあります」
レオは次々に目に入るものを喜悦の笑顔でクレアに問い続けた。あらゆるものがレオにとって目新しく彼女の心が満たされていく。
「あの空に浮かぶものは?」
「ワヒューンという龍の形の風船です」
「あれが龍というものですか」
口は大きく長い胴体で、髭も長いが手足は短い、それが空を優雅に舞っている。龍というものはああいう姿なのだ。レオは本で存在は知っていたが、彼女の想像以上のものだった。
「本物ではありませんが、非常に特徴を捉えられていて美しいですね」
「クレア様は龍を見たことがあるのですか?」
「本物を見たわけではありませんが、龍の彫刻を見たことがあります。大昔には空をああやって飛んでいたとか」
「空を飛んでいたのですか?」
「大昔の伝説ですよ。龍は空想の生き物とされていますし、本当に存在したのかさえわかりません」
「空を舞うって素敵だ」
レオの瞳はワヒューンに釘付けだ。
「・・・・・・ちょっと何か食べませんか?私がおごります」
クレアがそう申し出た。
「ありがとうございます。せっかくのお心遣いですが、自分の分は払います。おいくらですか?」
レオはそう言うと財布を取り出し両手でしっかり握りしめた。
「ふふ、用心に越した事はないですね。又盗難に遭うかもしれませんしね」
クレアはレオの財布の掴む力の力み具合に笑った。
「わかりました。財布は今はしまっておいて下さい。又盗られますよ。では一緒に買いに行きましょう」
クレアはレオの手を取り店へと向かった。
「どんな食べ物ですか?」
「パルパラッソというお菓子です。美味しいですよ」
ここが売店ですとクレアが指差した。小さな店構えの中は、老人が一人ようやく立っていられるくらいの狭さだった。老人はこちらを見て、いらっしゃいと声をかけてきた。レオは店の中を覗いたが、老人の後ろの方は、影になって、よく見えなかった。
「パルパラッソを二つください」
クレアが注文すると、はいよ、と老人は後ろを向いて丸い何かを取り出した。
「ありがとう」
クレアは老人から白くて薄い丸い物を受け取り代金を払った。
「これがパルパラッソです」
とレオに丸い物を渡した。これがパルパラッソ・・・・・・レオの顔くらいある食べ物を彼女は不思議そうに見た。何かの穀物で作られて、少し油が付いているようだ。
「そうだ、お代はいくらしましたか?払います」
「いいのですよ」
「そんな、私こそ街に連れて行ってもらったお礼をしなくてはいけないのですから、私におごらせてください」
「もう、手にパルパラッソがあるので、油の付いた汚れた手でお金を触りたくありません」
クレアは笑いながらレオの申し出を上手に断った。彼女はどうあっても、レオにおごるつもりだったのだ。
「クレア様~」
レオは困り顔だ。
「さあ、早く食べないと美味しくなくなりますよ」
そうレオに言うとクレアはパルパラッソにかぶりついた。うう、借りはつくりたくないのに。レオはクインシー以外の人に奢られる経験が無いので戸惑うばかりだ。
「・・・・・・ありがとうございます」
レオは困惑しながらクレアの親切を受け入れた。
「ん、このお菓子伸びる!」
パルパラッソはレオの口から細く伸びて切れた。
「そう、これがこのお菓子の特徴です」
「甘くて少し塩気があって美味しいです」
「そうでしょう?私のお気に入りです。街に出ると必ず食べます」
是非あなたにも食べてほしかったのです、とクレアはレオに微笑んでくれた。
「本当に美味しいです。ありがとうございます」
レオはクレアの優しさに胸が温かくなるのを感じた。こういう風に親切にされるとクインシーを思い出す。彼女は相変わらず店を切り盛りしているだろうか。レオは彼女に無性に会いたくなった。
「そういえば、マドリー達が寸劇を近くに催すようですね」
「はあ、まあ」
レオはクレアの言いたいことが分かり目が泳いだ。
「あなたが主役で男装の麗人になられるとか」
「ええ、そうですね。まだ演技が伴っていませんが」
「レーゼの芝居小屋に言った事はありますか?」
「いえ、エーメに何度も誘われているのですが、本物を見たら、それを意識してしまって更に稽古が嫌になりそうなので観ないつもりです」
「なるほど、でも演技の参考になるかもしれませんよ?」
「カレエ様に演技指導してもらうだけで十分です。私の演技はそれくらいでいいのです」
「カレエに教わっているのですか?」
「はいかなり厳しく扱かれております」
「なら、レーゼに行かなくても事足りますね。彼女の演劇に対する造詣の深さは確かですから」
「そうでしたか、だから、やたらと厳しいのか・・・・・・」
「そんなに厳しいのですか?」
「鬼ですね、よく泣きそうになります」
「ふふ、鬼ですか。彼女は見込みのある人には容赦ないと聞きますからね。それだけ期待されているのでしょう」
「ただのいじめにしか感じられません」
「彼女には愛があります。厳しいでしょうけど、彼女について行けばあなたの演技は素晴らしいものになりますよ」
「はい、頑張ります」
そう答えながら、レオはカレエの怒鳴る声を思い出してげんなりした。
「楽しみにしてますよ」
さあ、手を離さないでくださいね、とクレアはレオの手を引いて人通りの中に入って行った。




