第三十二話
完結しました。第八十九話までの物語です。主人公レオーナの物語をお楽しみください。
レオはクレアとウェンデルの街に行く機会を得て、城の外へと出る事になった。街の芝居小屋を観覧するクレアに連れて行ってもらうのだ。初めての外の世界に思いを馳せ、行く前から興奮を隠せない。
「この服が着られるなんて夢みたいだ」
レオはエーメなどが着ている女官の服を纏い嬉しそうだ。
「この軽さ、動きやすさ、最高だ」
彼女はくるくると回って見せた。
「身分を隠す為、姫様はクレア様のお付きという事になっておりますので、そこのところを弁えて下さいまし」
レッシーはレオにそう釘刺した。
「クレア様は、変装しなくてもいいのか?」
「いいえ、ウェンデルの姫であることは隠していらっしゃいますが、貴婦人風な召し物を身に着けておられます」
「そうか、貴婦人の格好をなさるのか。どんな感じだろう」
「それは美しい方ですから、何を着ても様になりますよ」
「そうだな、準備はこれで終わりか?」
「ええ、ではクレア様の元に行きましょう」
「クレア様、小説を書く題材を観に行くと聞きましたが、どんな演目なのです?」
馬車の中、クレアの隣に座らせてもらったレオは、浮き立つ思いを抑えられない。
「そうですね、男性の合唱隊です」
クレアはレッシーが言ったように美しい貴婦人の姿がよく似合っていた。小さな帽子から顔に広がるベールで覆われ表情が見えないが、彼女の美しさまでは隠しきれないでいる。レオは頭から彼女にとって初めての茶色の鬘というものを被っており、美しい銀の髪はレッシー達の力業で巻き上げられ鬘の中に辛うじて納まっていた。
「合唱隊ですか?」
「15歳から25歳までの若い子で編成されています。彼らはとても美しいのですよ」
「若い方々なのですね。どんな演目なのでしょうか?」
「ただ歌を聴くだけですよ。逸る気持ちはわかりますが、行ってのお楽しみです」
クレアは落ち着いて下さいな、とレオの胸の上に上がった手を、自分の手を重ねレオの膝へと抑え込んだ。
「失礼いたしました。興奮し過ぎですね。でも、街に出るだけでも嬉しすぎて、もう、もう・・・・・・」
レオの嬉し気な声を聞いて、クレアは破顔した。これだけ喜んでくれるなら、もっと早く街に連れてあげればよかったな、と馬車の窓から離れないレオの様子を見てそう省みた。
「そういえば、語らいの間にマドリーと行ったそうですね」
「はい!まさに耽美の世界でした。素晴らしい眺めでした。何故クレア様は私を連れて行ってはくれなかったのです?」
「実はあまり、あの場所に行きたくないのです。ソード達を見たくないのです。彼らの事を書いておいてなんですが、嫉妬してしまう自分も居るのです」
「複雑ですね」
「そう、複雑です。ソードが本当にイノスを愛したらどうしよう、という不安を抱いてしまいます」
「わかります、ソード様達は本当に仲がよさそうでしたもの」
「本当に私の心は複雑です」
クレアは辛そうに目を閉じた。
「ここで降りましょう」
馬車がとある地点で停まった。クレアとレオは馬車から降りていく。
「・・・・・・ここは?」
白い壁の細い道に木の大きな扉の前でレオは上を見上げた。
「ここが芝居小屋ですよ。そしてこれが鑑賞券、大事に持っておいて下さいね」
はあ・・・・・・ここが芝居小屋と見渡すレオに、さあ、行きましょうか、とクレアは促した。
「あ、すみません」
レオは慌てて鑑賞券を手にすると大事そうに両手で持った。
「そう、大事にして下さいね」
「はい」
じゃ、行きますよとクレアは扉を軽く叩いた。
「どうぞ」
と大きな扉に、人が通れる寸法の大きさの扉が開いた。
「鑑賞券をお見せ下さい」
と芝居小屋の主人らしき人がレオ達に鑑賞券を見せるよう求めた。
「これでよろしいでしょうか?」
レオは高鳴る胸を抑え鑑賞券を差し出した。
「お嬢さんは初めてですか?」
「はい」
「ではどうぞ楽しんで下さい。素晴らしい体験が出来ますよ」
「ありがとうございます」
レオは、はち切れんばかりの笑顔で礼を言うとクレアの後に続いた。
「はああ!」
長い布が重なる奥に行くと、すり鉢状に広がる空間にレオは驚いた。
「何ですかこの空間は」
「芝居小屋の舞台と客席ですよ。真ん中が舞台、周りが客席です」
席はこちらに、と鑑賞券を見ながら歩を進めるクレアに、ついて行くレオは、もう期待値が上がってどうしようもなかった。
「さ、ここですね」
席は舞台より奥にあり、二人分の座椅子と左右は布で覆われ、隣の様子は窺い知れない。
―その方がいいかもしれない。周りを気にせず舞台に集中できる。
レオは舞台に上がる青年達を見つけクレアの顔を見た。
「あの方々が合唱隊ですか?」
レオ達は奥の席だが、芝居小屋自体さほど広くなく、演者の顔の表情はここからでもよく見えた。
「そうですよ」
「綺麗な男の方が多い印象ですね」
「そこが、重要な部分です。この演目は歌うだけですが、これこそ小説のネタです」
「小説の?」
「仲がよさそうな若い男から想像するのですよ。私の創作意欲はこういう所にあります」
「なるほど、そうですか。どのような方が想像が働きますか?」
「シドという子とニオンという子が一押しです」
クレアは銀髪の子と金髪の子を指し、レオに教えた。彼らは楽しそうにじゃれ合っている。
「彼らのじゃれ合いが堪らないのですよ。彼らの話しているところを想像で台詞を入れるのです」
「ほお、なかなか奥深い世界ですね」
「彼らの仲の良さだけで眼福ものですよ。台詞は私の個人の想像ですので今は言えませんが、小説になってからのお楽しみです」
「このような楽しみ方があるのですね、知らなかった」
「どうです?面白いでしょう?あなたも口に出さないで想像してみて下さい」
「はい、あの金髪の方と黒髪の方の間を想像してみます」
「・・・・・・ソネリアンとアスキンですね?」
「え?!いけませんか?」
「いいえ、ただ確認しただけですよ。想像は本人が楽しめばいいのですから」
レオは時折ふふふと笑うクレアをよそに自分で想像してみた。
「・・・・・・」
しかし、実際のモデルのソードとイノスには彼らは敵わなかったので、別の設定で想像してみたりしているうちに演目が始まってしまった。
「素敵でした。団員全てが声も顔も美しく耽美の世界でした」
彼らの歌声は美しくレオの胸に響き、演目が終わっても心残る体験だった。
「歌声が美しかったでしょう?これを聴くだけでも行った甲斐があったものです。私の彼らへの想像は邪推かもしれませんね。彼らは本来そのような目的で歌を歌ってはいないのだから」
そうクレアは自身を振り返った。
「想像だけですから、密かに想うだけですから許していただきたい」
と彼女は顔の前で両手を組み謝罪した。
「じゃ、少し街を散策しましょうか」
クレアはレオの目の輝きを見て、やはり連れてきて良かったと喜んだ。




