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銀の針姫と青の剣  作者: 瑞木晶
第二章 青の都ウェンデル
33/91

第三十一話

完結しました。第八十九話までの物語です。主人公レオーナの物語をお楽しみください。

「こちらへ姫様」

レッシーが会場の方へ案内してくれた。

「おお」

通路を歩くレオの進行方向から右に、白木の板によって、ひと区画ずつに仕切られている。その入り口には少し厚めの白い布で覆われ、この布の奥に席が設置されているようだ。通路は長く先が見えないほどだ。どこまで続いているのだろう。この城にこんな空間が存在するのだろうか?そうレッシーに訊ねると、そのように見えるだけで、実際は途中でだまし絵が描かれているのでございます、わざと広く見せているのです。まあ言えば見栄のようなものですと説明してくれた。

レッシーはとある場所に止まると「ここがレオーナ様の席でございます」と席の入口の布を持ち上げて見せた。

入ると二人分の席が設けられ、奥に薄い御簾が掛かっていた。その奥には舞台のような空間が広がっている。

ここで歌会が行われるのだろうか?そうレオが思い巡らせていると、「姫様、私はここで失礼いたします」とレッシーが声をかけてきた。

「え?レッシー行ってしまうのか?」と不安気なレオに「大丈夫です、イノス様がいらっしゃいますから」と彼女はささやくように、レオに話すと一礼して下がって行った。

そのイノス様と気まずいのだけど・・・・・・とレオは天井を見上げた。ここの仕切りってよく見ると天井の途中で止まっているんだ。隣の話声も聞こえるのか?まあ、入口も布、前は御簾だしな。そう思ったレオの耳にカレエの声が聞こえた。が、何を言っているのか、わかりづらいなと、レオは声のする方の壁に意識を集中した。

「いつに増しても、美しいな我が妻は」

とカレエの夫らしき声がした。

「もう、何回言えば気が済むのよ。耳にタコができるわ」

そう言いながら嬉しそうにしている、カレエの態度が声から感じられた。

イノスの事が好きと言っておきながら、カレエは甘い結婚生活をしているのだな、とレオは意外に思った。それにしては自分の夫婦関係は全然駄目だな、まともに会うことすらできてない。あのキスも多分義務なのだろう。レオはそう思うと落胆した。

いいなぁ・・・・・・とレオが羨ましそうに一つ息を吐いていると「何がだ?」といつの間にか隣にいるイノスがいた。

「いえ、お気になさらず」

声が漏れていたか・・・・・・レオは驚きながら自分の顔が、赤く染まって行くのを感じた。あぁ、なぜこうも赤くなる!静まれ落ち着け、彼女は目を閉じてその場を切り抜けようとした。

「そうか、ならいい」

とイノスは何事もなかったかのように視線を前に向けた。

「仮面はここでは外していいぞ」

「そうなのですか?では外します」

レオは仮面を外し、視界が広がった事に素直に喜んだ。

「はぁ」

しばらくして会話の無い二人の空間の中、レオは気の抜けた声を発しながら、隣に座るイノスの姿をちらちらと見た。先ほどよりイノスの恰好に慣れたのか、じつ・・・・・・とイノスに、ばれない様にレオは彼を見た。

―意外にも鍛えられた身体だ。腕やお腹の筋肉はレオが好きな張りと形をしている。故国セオドアでも男の裸はよく見たが、ここまで理想的な身体は無いな、さすがアスキンの青い肌だ。美しいと興奮気味に見つめた。

「何をちらちら人の身体を見ている?」と不機嫌そうなイノスの声がする「いえいえ、気のせいですよ」レオは慌てて前を向いた。

「・・・・・・では、堂々と見ればよろしいのでしょうか?」

とレオは興味津々とイノスに訊ねた。

「は?何を言っているんだ?」

「そうですよね、失礼しました」

「変態か?」

「いえ、違いますよ。普段から兵士と一緒にいた中で、上半身裸の者が多いという汗臭い環境にて過ごしておりましたので、男性の身体には慣れておりまして。その数多の肉体から見ても、旦那様が興味深い肉体をしていらっしゃいましたので・・・・・・つい」

「変態だな」

イノスの一言にレオはむうと唸り下を見た。

「そう言えば先ほど、俺の事アスキンと言わなかったか」

と問うイノスの質問にレオは心臓が飛び上がった。

「どうしてそれを?」

レオは興奮を隠せない。

「・・・・・・お前がそう言ったのを聞いた」

心の声が漏れすぎる。レオは、かなり焦った。

「その様子だと『レアーズの行方』を知っているのか?」

「はい、愛読書ですが」

「愛読書なのか?あれが?」

「美しい男の方の秘められた恋が素敵なのです。もしかして旦那様もお好きなのですか?」

「馬鹿な事を言うな!あれは俺たちをクレアの妄想で書かれたものだぞ。好きなものか!どちらかと言えば迷惑している」

「ご自身であのアスキンだと自覚してらっしゃるのですか?」

おお、とレオは興奮した。

「主人公のモデルと言われているのは知っている」

「では、ソネリアンであるソード様の事がお好きなのですか?」

レオは期待を込めてイノスに詰め寄った。

「お前までそんなことを言うのだな。勝手な想像で俺を見るな」

「違うのですか?」

「当たり前だ。俺は男なんかより女が普通に好きだ。好きな女はいる」

「そんなぁ・・・・・・私のアスキン像が崩れて行く・・・・・・」

レオはいきなり現実を突きつけられてショックを隠し切れない。彼女はしょんぼりとうな垂れた。下がった頭でレオはふと、イノスが好きな人がいると言っていた事に気づき更に落ち込んだ。

「始まるぞ、いつまで視線を下に向けている」

イノスからそう言われレオは顔を上げた。

ドン!ドン!ドン!どこからか太鼓の音が響く。それからほどなくして三人の背の低い老人が、レオ達の居る席より右奥の方から歩いて来た。足音の一つもせず彼らは、舞台の中心に止まると、表着の裾をふわりとさせ座り込んだ。

「あれが詩を綴る者たち(ウェフ・リー・ハバート)だ。彼らが皆の詩を選考する。この国にとって重要な行事の一つを担っている人々だ」

「へぇ・・・・・・」

とイノスの説明を受け、レオは彼らを注意深く見つめた。彼らの顔は三人とも同じだった。・・・・・・いや、よく見ると同じ仮面をかぶっている様だ。

「あの方々も仮面をつけていらっしゃるのですか?」

「あぁ、彼らの正体は秘密だからな、どんな人物か一切の情報も無い」

「そうなんですね」

「―始まる、静かに」

そう言うイノスにレオは、声を出さずに頷いて見せた。

「ホーホーホー始まりの掛け声じゃ」と真ん中の一人が叫ぶと「今年の詩はどれほど美しいのであろうな?ホーホーホー」と右隣が声を上げ「楽しみじゃホーホーホー」最後に左隣がそう括った。

真ん中の老人が袖から巻物を取り出した。両隣がそれに手を添える。

「今年の詩はソイ家、イノス・シリル・エリアード殿、レオーナ・ランド・イシリス殿夫妻。トイ家、ソード・メレル・ランカー殿、クレア・アレア・バード殿夫妻。コイ家、クロウド・アム・シュリアン殿、カレエ・ファイツ・インラ殿夫妻、この方々からワシらがこの場で選ばせていただく」そう高らかに宣言すると「さて、どのような詩が拝めますかのう」「ふむふむ、この詩はなかなかですな」「ほう、ほう!これはこのようにすればよろしいかと」と口々に声を上げ一行詩を三人で批評し合ってゆく。しばらくその状態が続いた。彼らはよくしゃべり云々(うんぬん)と協議を繰り出していた。レオは無事自分の使命が果たせたか気がかりで、その一挙手一投足にはらはらし、唇を噛み締めた。皆も今か今かと騒めき始める音が、大きくなって行った。

「―決まりましたぞ!皆さま!」

詩を綴る者たち(ウェフ・リー・ハバート)の待望の一声が上がった。

「まずは、『湖面の月、雲影まといて揺らぎ始める』クロウド・アム・シュリアン殿」

ほうと会場からため息が漏れる。なかなか綺麗な一行詩だとレオも内心感心した。

―すると「何てことしてくれたのよ!」とカレエが叫んだ声が聞こえた。

「して、奥方の一行詩『月光の縁取りに溶けゆく蒼の闇』」と読み上げられた会場はああ、と嘆息が出た。

「題被りだな、せっかくいい詩なのに勿体ない」

とイノスが話しかけてきた。

「夫婦で被るなんて、余程気が合うのでしょう。仲がいいのですね」

とレオはそう返した。

「そうか?完全に尻に敷かれていると思うが」

イノスがそう話していると被るように、カレエの怒りの声が聞こえてきた。

「全く貴方ときたら!こんなに恥ずかしい事はないわよ!当分顔を見せないで!」

「そんなぁ・・・・・・でも怒った顔も可愛いなぁ、うちの奥様は」

「そんな言葉には乗らないわよ。口利かないで!」

隣のカレエ達の喧嘩が響く。カレエの旦那様、可哀想に、とレオは彼に同情した。

「かなりのご立腹だな」

そう言うイノスは少し機嫌が良さそうだ。

「次は『鏡に映った顔は悪魔、冷たい傷を負っている』ソード・メレル・ランカー殿」

こんな詩を書くなんて・・・・・・やはり独特な世界観の人なのだなとレオは思わずうなった。

「奥方の一行詩は『記憶にない迷い街、深淵な秘密を隠し眠り続ける』

さすがクレア様、レオは感心した。二人とも文才がおありだ。素晴らしい。

「最後は『硝子が砕け永遠の音を消して行く』イノス・シリル・エリアード殿」

おおと彼の一行詩を読み上げられたと同時に会場が沸いた。レオもこんな美しい詩を読む人なのかと自分の夫を見直した。

「奥方の一行詩『春を待つ君の肩にひとひらの雪』」

レオはそう読み上げられると、急に恥ずかしくなり下を向いた。私の一行詩では旦那様の詩の出来にそぐわない、もっといい一行詩を詠えるようにならないと、と彼女は猛省した。

「では総評と今年の一行詩を発表するとしよう」

詩を綴る者たち(ウェフ・リー・ハバート)はそう宣言すると、ホーホーホーと高笑いした。

「では、総評からだ。今年はなかなかの一行詩が読めて嬉しく思う。自然の風景などの描写、とても美しき詩たちであった。まず、クロウド・アム・シュリアン殿、湖面の月の美しさが目に見えるようであった。素晴らしい詩をありがとう。ただ奥方と題がぶりなので論外となる。奥方のカレエ殿の一行詩は文句なく美しい、月輪の美しさが極まって感じられた。残念ながら今年の一行詩には使う事は適わなかった、来年の一行詩を期待する。

 ソード・メレル・ランカー殿、いつもの世界観に磨きがかかっておられるな。そこはかとない危うさが良い。奥方のクレア殿の一行詩も、遠くで眠る古代の遺跡を思い起こされる詩で素晴らしいものだった。

 さて、イノス・シリル・エリアード殿の詩は、近年稀にみる美しい一行詩であった。ピンと張り詰めた静寂の中に、砕け散る音の響きが聞こえてくるようだった。素晴らしい。来年も期待する。奥方のレオーナ殿の一行詩は、ひとひらの雪が春のディトワの花片のよう。素朴だが美しい詩であった、次の一行詩がどんなものか楽しみだ」

詩を綴る者たち(ウェフ・リー・ハバート)はふう・・・・・・と大きく息を吐くと「今年の一行詩を発表する!」と高らかに叫んだ。会場が一気に騒めく。

「今年の一行詩はイノス・シリル・エリアード、レオーナ・ランド・イシリス夫妻の一行詩に決定した。これで今年もつつがなく過ごせる。皆に感謝を。では又来年だ」

ではさらば、と詩を綴る者たち(ウェフ・リー・ハバート)はざあっと足音を立てずに、あっという間に会場から消えて行った。

「まさか、クロウド夫妻が題被りとは」

「それでもイノス殿の詩には敵わなかったと思うぞ」

「奥方の詩もなかなかの出来、来年が楽しみだ。これで、ソイ家も選定に加わってきた、御三家の争いが始まったな」

そう皆の声がイノス達の席に聞こえてくる。レオは自分の一行詩に自信が無かったので、意外な評判を聞いて、こそばゆい思いだ。

「よく頑張ったな」

とイノスはレオの頭をポンポンと優しく叩いた。

「へ?」

戸惑う彼女に「俺も雪が、ディトワの花に見えたぞ、良い詩だった。ただの本の虫ではないのだな」と微笑んで見せた。

「ええええ?」

と驚くレオの反応に、なんだ、その態度は、とイノスは少し機嫌を損ねたような顔をした。

「だって、旦那様、笑顔ですよ?この私に」

と言うレオに俺だって笑う時は笑う!とイノスは、しまいには怒って席を立った。

おお、いつもの旦那様だ。誉めてもらったって事は、足を引っ張る事は無かったって事か。レオはその後ろ姿を見ながらほうと息を吐いた。旦那様は私の事を何も思ってないはずなのに、どうしてあんな表情をみせるのだろう?人の気持ちをこんなにも揺り動かすのだろう。彼女は先ほど見せた、彼の笑顔を振り返り一人顔を赤らめた。

「さて」

レオは白い布を上げて外に出た。「意外とやるじゃない」と後ろから声が掛かる。

どなただ?とレオは後ろを向くと、カレエが腕を組んで立っていた。

「ああ、カレエ様ですか?綺麗な仮面ですね」

と彼女を褒めると、私は趣味がいいのよと胸を張った。

「あなたに詩の才能があったなんて、本当に意外。今年は馬鹿夫のおかげで選ばれなかったけど、来年はそうはいかないわよ!絶対に負けないんだから!」

とレオに宣言すると足早に去って行った。

「あなたがレオーナ姫ですか?」

お怒りのカレエの後姿をレオが見つめていると後ろから声がかかった。

「はい、そうですけど?」

レオが振り向くと、キラキラした金の髪の偉丈夫の男が立っていた。

「初めましてレオーナ姫。私はカレエの夫、クロウド・アム・シュリアンと申します。カレエ姫がお世話になっております」

と挨拶し大きな体を丸めて頭を低く下げた。仮面の下の瞳が優しげに青く滲む。

「初めまして、レオーナ・ランド・イシリスと申します。こちらこそ、カレエ様にお世話になっております」

レオは深く頭を下げた。

「私の奥様は厳しいでしょう?」

「え?はあ、まあ」

レオは返事に困った。

「けれども、本当は優しい人です。愛情の裏返しだと思ってやってください。本当に素敵な人ですから」

「それはわかります。厳しいけれど優しいところがある方だと思います」

「ありがとうございます。これからもカレエ姫をよろしくお願いしますね」

と微笑むとカレエの後を追うように走り去って行った。

あの方がカレエ様の旦那様・・・・・・とても優しそうな人だ。カレエの事を大切に想っていらっしゃるのだな。先程の彼の様子でよくわかった気がする。カレエがクロウドに嫁いだのもわかる。あれだけ包容力があれば妻になる人は幸せだ。

「レオーナ姫には詩の才能が御有りなのですね」

と急にレオの背から声がする。

「?」

振り向くとクレアが嬉しそうに微笑んで立っている。仮面越しの瞳はより一層輝いて見える。

「今年は選ばれませんでしたが、来年は彼らに素晴らしいと賛辞してもらうように努力せねば」

と彼女は悔しがった。

「お前の詩は世界一美しい。お前の顔と心根のように」

とクレアの傍らに立つソードが彼女の垂らした一房の髪にキスをした。

「このような所でするな。馬鹿者」

とクレアが焦る。

「ほう、他ならいいのか?では、早く人込みを避けよう」

とソードはクレアの手を引き歩き始める。

「こら、ソード!じゃレオーナ姫、また会いましょう」

クレア達は慌ただしく去って行く。

来年もこんな事するんだなぁ大変だ。今から一行詩考えないと、旦那様の足引っ張る羽目だけはやらないようにしなくては。

レオはうん・・・・・・と頷いてから通路を歩き始めた。その道中でレオは沢山の人々に賛辞を贈られた。皆、尊敬の目でみてくれたようだが、レオは恥ずかしさが勝ってしまいずっと下を向いて歩き続けた。人から褒められるなんて、本当に慣れない事はしたくないものだ、と彼女は自分の部屋に辿り着くとつくづくそう思った。


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