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銀の針姫と青の剣  作者: 瑞木晶
第二章 青の都ウェンデル
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 第一話

完結しました。第八十九話までの物語です。主人公レオーナの物語をお楽しみください。

昔々ウェンデルは、ボーヴェン山脈の谷間に栄えた国の名・・・・・・。

城は谷間の真ん中に高くそびえ、緑豊かな城下を見下ろす。三千メートルを超す高い山々に囲まれており、それが自然の城壁となっている。谷を吹き降ろす風は風車を回しカルフ(ウェンデルで採れる穀物の名)を粉にし、ウェンデルの人々の主食とした。ウェンデルの城と城下町は、山々の雪解け水が溶けた川により東と西に分かれている。城と城下町を結ぶタニガモ橋は、今日も人々の流れで溢れかえっていた。

ウェンデルの王宮は多くの賢者、学者が集い、旅人が通り、商人が行きかう所。交易も盛んに行われている。東方にカルーム、西方にシャーローンという大国の間に存在し、大国を行き来する人が、このウェンデルを通り賑わいをみせている。厳しいボーヴェン山脈を越えずに行ける道として利用している者がほとんどである。

ウェンデルの隣国は、ウェンデルと共に繁栄し、ウェンデルを守り、ウェンデルに守られてきた。東門のセオドア国、西門のダーラ族、そして北門のクエイラ国。ウェンデルはこの二つの国と一族によって確固たる守りを得ていた。

その二つの国の内の一つセオドアから、一人の姫が馬車に乗り、連れの者を従えウェンデルへ向かっている。ウェンデルに嫁ぐ為である。セオドアの第三王女、名をレオーナ・ランド・イシリス。愛称はレオ、銀の針姫と呼ばれた姫君である。

「三食昼寝つきか・・・・・・」

そんな毎日がこれからあるのだという夢と希望を胸に馬車の窓から見える景色を眺めた。しかし見えるのは馬車に照らされた薄暗い闇ばかり。この先にウェンデルがあるという。

ずっとこのままの闇の中なのだろうか・・・・・・。レオは少し不安に駆られた。

(ジーン姉さま達はどうしているかな・・・・・・)

レオはふと故郷を振り返った。あんなにウェンデルに行きたがっていたのに。今頃怒り狂っているかもしれない。父王の姉に対する仕打ちにレオは少し同情した。

「どうして私が選ばれたのだろう」

レオはそっと他の者に気付かれないよう呟いた。ウェンデルに嫁ぐのは第一王女のジーンのはずだった。なぜ自分がウェンデルに嫁ぐ羽目になったのか未だにわからない。

「まさか、あの言葉を口にしたから?・・・・・・」

レオはそう言うと慌てて頭を振って、自分の言葉を否定した。それでもどうして?益々わからなくなってきた。ウェンデルの使者が、セオドアに訪れた時から全ては始まったのだ。

話は二、三週間前に遡る。




レオの故郷セオドアは、ウェンデルを囲むホーヴェン山脈の入り口にある小さな国。大国カルームからウェンデルへ、砂漠の街シャーローンからウェンデルへ通るあらゆる旅人の宿場町として栄えている。またティーチェという果物の名産国でもある。山脈に囲まれたウェンデルへの道は、カルームからは、このセオドアを通過しなければ、ウェンデルにたどり着けない。屹立(きつりつ)する山々を抜ける唯一の通路がこのセオドアにある。シャーローンからは西のダーラ一族が関所を構え商人や旅人を厳しく検問してウェンデルを守っている。クエイラ国は北の高い山奥にあり、その存在を知る者は少ない。ウェンデルはこのセオドアからの通路を守るため、セオドアに人質として姫を(めと)り、その見返りにセオドアの国の財政を賄うのと同時にセオドアが、カルーム等に攻撃された時に援護する条約を交わしている。現に幾度かセオドアはカルームからの攻防戦を交えていたが、ここ数十年は休戦状態が続いている。

 数百年と続くウェンデルとセオドア、この両国の関係は良好であり、持ちつ持たれつの間柄であった。今年はウェンデルへ姫が娶られると、国中が色めき立っていた。




「ああっ!ウェンデル!ウェンデル!」

この国の第一王女であるジーン・ランド・ティンスラベルが、歩きながら叫び出した。

「きっと、お姉さまがウェンデルに嫁がれますわ!」

第二王女のフレイ・ランド・シータがその声に続く。レオが本を読んでいる傍で、二人の姉はウェンデルの話で持ちきりだった。もう一週間も前の話だが、ウェンデルの使者がやって来て、この国に王太子の花嫁を選びに来るとお触れが国中に広まった。セオドアの姫だけでなく、庶民の娘もウェンデルの使者などから娶られる事が過去にあり、国中の娘達がそわそわと自分磨きに懸命だ。

「王太子様は金の髪に、青色の瞳を持つ美しい方のようよ」

そうジーンはまるで自分の事の様に自慢げに話した。

「まああ!素敵!!」

フレイは張り裂けんばかりのソプラノの声で叫んだ。

「そうよ。・・・・・・とても美しい瞳って噂だわ」

ジーンはうっとりとその姿を想像しながら目を閉じた。

「・・・・・・そうね。例えるなら・・・・・・ウェンデルのティスタンの色・・・・・・」

「ティスタンの色?」

フレイはきょとんとした顔をした。

「知らないの?ティスタンはウェンデルの宝石の一つよ!ティスタンの色は・・・・・・

ああっ!もういいわ!お前と話していると調子が狂うわ!!」

ジーンは気分を害したのか、カスケールという、セオドアで高貴な婦人が、まとう肩掛けの(こす)る音をさせ、バルコニーへ向かう。カスケールは長ければ長いほど、身分が高いとされる。ジーンのカスケールは、尋常じゃ無い位長かった。

「お姉さま!!」

フレイは慌ててジーンに駆け寄って行く。その姿は主人に見捨てられた子犬の様である。

「ごめんなさい。姉さま。私何も知らなくて・・・・・・。けど、ティスタンとはとても良い響きのする言葉ですわね。きっと、美しい石なのでしょう」

「そうよ・・・・・・」

少し怒ったような声だが、単純なものである、ジーンはもう機嫌を取り戻しつつある。

「ウェンデルではそのような石が、たくさんありますのね。姉さま」

「そう・・・・・・中でもマルムの岩は素晴らしいのよ・・・・・・」

少し語調は低いが、それでも妹フレイに自慢したいのだろう、段々嬉し気にウェンデルの事を話し出す。

「マルムだけじゃないのよ。ウェンデルでは多くの賢者が来るわ。シデルードの剣士、詩を綴る者たち(ウェフ・リー・ハバート)・・・・・・」

―バタッ!

スイーと呼ばれる白磁の床に本が落ちた。

ジーンは上機嫌を一秒で不機嫌に変えられてしまった。あごをくいっと持ち上げ片目を開け音のした方を見据えた。

「失礼いたしました」

とレオが頭を下げながら本を拾い上げた。その顔は思いに耽っているかのよう。ジーンは本をこよなく愛するレオが理解できない。女に必要なのは己の美しさのみと信じる彼女にとって自身の美を磨かないレオが気に入らない。

「レオーナ!!」

ジーンはバルコニーから長ったらしいカスケールを、たくし上げながらレオのもとに歩み寄った。フレイもそれに続く。

「・・・・・・何でしょうか?」

ようやくレオは本からジーンヘと視線を移す。

「あんたには、そうね、分厚い本でも贈ってあげるわ!なんたってあんたはそういうのが好きなんだから」

「・・・・・・」

レオは何も言わず、姉を見つめた。

「・・・・・・あなたもしかして、自分がウェンデルに行けるとか思っているんじゃないでしょうね・・・・・・」

ジーンは腰に手を当てレオを見た。銀の髪が青みがかり、光に透かせば絹のような美しい髪とおそらく母親の影響だろう、春に芽吹く緑の色の瞳を持つ、この一番下の妹をしげしげと眺めた。

 この妹は銀の針姫と呼ばれていた。銀の髪を踵まで長く垂らした後ろ姿が、銀の針によく似て美しいと国中で評判だった。本人はその様なことを気にも留めない。せっかくの美しい髪を手入れの一つもしない。自分の容姿に関心が無いようにも見える。姉達が自分磨きに勤しんでいる間、レオは馬に乗り野を駆け回ったりしている。城より外にいる方が好きなのだ。たまに、こうして姫の間で本を読んでは思いに耽っている。その表情からレオは何を考えているのか、わからない。ただボーっとある空間を見つめている。ジーン達にとって、レオは理解が出来ない存在だった。

「・・・・・・ま、あなたがその様な事思うわけがないわね」

ジーンは自分の自慢のつやつやした巻き毛の黒髪を手で払い、相変わらず態度を変えないレオを見て鼻で笑って見せた。

「行きましょう、フレイ。この子と話すだけ時間の無駄よ」

そう言うとジーンは身を(ひるがえ)すとバルコニーに戻り、またウェンデルの事を話し出した。

「ああっ!ウェンデル!早く婚礼の日が来ないかしら!」

「ええ!お姉さま!とても楽しみですわ!」

どうして、あんなにウェンデルに行きたいのだろう?レオは二人のはしゃいだ様子を不思議そうに見送った。

レオとジーンは昔からそりが合わない。見た目も性格も正反対だ。ジーン達がお人形遊び等女の子らしい遊びをするのに対し、レオは男の子と駆けっこしたり木登りをしたり男の子みたいな遊びを楽しんだ。ジーンは男の子のようなレオを嫌った。フレイのようなおとなしい妹が理想なのだ。フレイはジーンをたてるし、ジーンのご機嫌伺いはレオが感心するほど上手い。末っ子のレオは小さい頃から、この二人の姉にいじめられていた。自己中心的なジーンとその子分のフレイ。ジーンは父王の先妃の子で、フレイとレオは二番目の妃の子だった。三人の姫の母達は彼女達が幼い日に、共に病気で亡くなっている。特にレオは母親がレオを産んでから、しばらくして亡くなったので母の思い出もない。

同じ母親から産まれた姉妹だというのに、フレイはいつでもジーンの肩を持った。ジーンは自分に無関心なレオを憎んだし、それに対しいつもフレイは加勢した。レオからしたら、姉に無関心ではなく、関心があるのだが、普段から姉の前では、あまり表情に出さないゆえ、そのように見えるのだから仕方ない。まだレオが小さい時、フレイに甘えて抱き付いた事がある。その時フレイはものすごい勢いでレオを突き飛ばした。このような事二度とするなと恐ろしい顔で睨みつけた。レオはその時を思いだすと未だに胸の奥が寂しくなる。一度だけでいい、フレイ姉さまが私に優しくしてくれたら・・・・・・叶わない願いなのだろうか。

レオは、すん・・・・・・と鼻を鳴らした。幼い頃から二人に疎まれ続けたレオは、二人となるべく関わらないようにして生きる事を選択した。ジーン達が部屋で多く過ごす為、自然と街や野山へと出かけた。レオは様々な人々と出会い、時に学んだ。その経験はレオを外の世界へと導いてくれた。そして、レオはいつかこの国を出て、旅に出る事が夢となった。それ故、レオにウェンデルへ嫁ぐつもりは無い。他国に嫁ぐ羽目になっても、三食昼寝付きで、後、思いっ切り本が読める事が、条件だと父王には伝えてある。ジーンが言う通り、自分がウェンデルへ嫁ぐなんてあり得ない。

「ふう・・・・・・」

レオは一息吹くと、歴史本や難しい本の中に隠し持っていた紫丁香花色(リラ)の本を見つめた。やはりウェンデル製の本は良い。この本の美しい事、レオは目を閉じ、うっとりと本の文章の流れの美しさに浸った。このような本を書く人物はどんな人だろうレオは心から尊敬していた。いつか会ってみたいものだ。だからといって、ウェンデルに嫁ぐのはレオの本意とは違う。そもそもレオには嫁ぐ気が無いのだ。

「さてさて」

レオは伸びをすると本を持ち、その場を離れた。


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