第十九話
完結しました。第八十九話までの物語です。主人公レオーナの物語をお楽しみください。
扉を開けるとレッシーとエーメが待っていた。
「これは頭に響くな、割れそうだ。他の方法はないのか?」
レオはレッシーにそう訴えた。
「では辺りが暗くなる前にお戻りくださいまし、約束してください。これは最終手段として使わせていただきます」
「わかった約束する。暗くなる前に必ず帰る。で何?何の用だ?せっかく調べ物をしようとしていたのに・・・・・・」
「本日レオーナ様に会いたいと申し出がありまして」
レッシーがレオにそう伝えた。
「そんな急に?断るわけにはいかないのか?」
レオは不服そうに抗議した。
「そういうわけにもいきません。塔の調べ物よりお客様優先です。知識の塔に行くのは特別な許しがあっての事。姫様の仕事をおろそかにしてはいけません」
とレオはレッシーに怒られた。
「―はぁ・・・・・・」
もうこうなったらレオの負けだ。
「で、どなたかな?そう言えばもうあと一人、私に会いたいお客様がいるとか言っていたな、その方か?」
「ええ。マドリー・テル・ローズ様です。今日は体調が良いとの事。ぜひお話ししたいとおっしゃっていました」
とレッシーは答えてくれた。
「体調は良いのか?」
「ええ、けれど、元々お身体の弱い方で・・・・・・」
エーメは少し沈み込んだような答え方をした。
「大丈夫なのか?」
無理に身体を動かさない方が良いような・・・・・・とレオはそう思った。
「ええ、今日だったら体調がすぐれていらっしゃるとか」
とエーメが答えた。
「身重の方なら、私がそのお客様の所に行こうか?」
とレオは彼女達に提案してみた。
「え?それは、その・・・・・・」
「そうですねえ・・・・・・」
とエーメとレッシーは二人して目を合わせ、その提案に困惑した。
「その方がいい。身体壊したら可哀そうだ」
「―相手の方に窺ってきます」
レッシーはエーメに聞いてくるように目で合図した。
「うん、そうしてくれるか」
とレオが彼女を促した。
「はい、かしこまりました」
エーメは素早く走り去った。
「・・・・・・着替えないとな。早く部屋に帰ろう」
レオはレッシーにそう言うと歩き始めた。「そうですね、レオーナ様。急ぎましょう」レオの手をがっしりと掴むと、レッシーは駆け足で部屋へと急いだ。「もっと早く走りましょう!」ふんっ!レッシーはより一層駆け足を速めた。「そんなに急がないと駄目なのか?」レオはレッシーの剣幕に戸惑いながらも、ついて行った。
部屋に戻るとエーメが待っていた。速い、どう行ったらあんなに速く動けるんだ?レオはエーメの素早さに驚いた。
「レオーナ様がよろしければお越し下さいとのお申し出です。すぐに身支度をしましょう」
と言うとバタバタと訪問の準備に取り掛かった。エーメともう一人、初めて見る女官とレッシーと三人がかりで、レオの身支度を十分で済ませた。
「重い・・・・・・」
髪飾りを着けたレオは、頭の重さを彼女達に訴えた。慣れれば何てことないですよ、とエーメはレオに微笑んで見せた。
「一向に慣れない」
レオは呻いたが今度は完全に無視された。レオは自分の部屋から、エーメに助けてもらいながら一歩一歩階段を下りた。
―どうしてこんな格好をしなきゃならないんだろう。頭は重いし足元は長くてもたつくし。
あまり衣類に関心がないがこの服は大変だ、つくづく思う。レオは慣れない服に足元を取られながら歩いた。
「こちらですよ」
エーメはレオの手を取り誘導してくれる。
薄紅色の天蓋の近くにたどり着くと「ここがマドリー・テル・ローズ様のお部屋です」とエーメが教えてくれた。
「よく他の人の部屋を見てなかったけど、天蓋の布ってひとそれぞれなんだな。ここの部屋の布は薄紅色だ」
レオはよく見ると布は細かな装飾が施されているのを見つけ、こんな所にも気配りがされている、この部屋の姫の事に興味を持った。
「ええ、姫様のイメージに合わせて旦那様がお選びになります。レオーナ様は薄青色ですね」
とエーメは嬉しそうに教えてくれた。
「そうなのか。・・・・・・って事は旦那様の私のイメージって薄青色か?」
「そうでしょうね。とても綺麗な色ですわね」
ふふとエーメは嬉しそうに笑った。
チリ・・・・・・ンチリ・・・・・・ンとレオは鈴を鳴らした。
「部屋の中も違うのかな?そう言えば他の人の部屋に行くのは初めてだな。楽しみだ」
レオはそう言うと梯子を昇り始めた。
部屋の中からリンリンと鈴が鳴る。チリ・・・・・・ンと鈴を鳴らし、レオは礼をしながら天蓋の布をくぐった。
「ようこそおいで下さいました。どうぞお座り下さいまし」
可愛らしい声が小さく響く。
「こちらこそお招きありがとうございます」
レオは深く礼を取ると顔を上げ、この部屋の主を見た。
淡い金の髪を高く結い上げ、朱の髪飾りで止めてある。瞳は青く少しイノスの瞳に似ているが、彼女の方が優しい印象だ。その下の頬には縦に線が引かれてある。レオより太めの帯の下には小さな膨らみを見つけると、妊娠六か月くらいか?それにしても・・・・・若いなとレオは秘かに思った。マドリーは見た目から幼かった。十二か十三歳位に見える。少女としか見えない。妊娠するには幼すぎる・・・・・・レオは戸惑いながらマドリーを見つめた。
「・・・・・・」
彼女の部屋は、レオの部屋とあまり変わらないようだ。他の姫君の部屋もこんなものなのだろう。レオはキョロキョロと部屋を見まわしたかったが、失礼のないように少しずつ目を動かし部屋を見渡した。そして、この部屋の主人マドリーに目を戻した。
「・・・・・・」
マドリーはレオの作法よりも、鮮やかにお茶の作法をこなしていった。お茶の入れ方、動きの滑らかさ・・・・・・どれを取ってもレオは敵わないと反省した。カレエが自分の入れたお茶をまずいと言ったのがよく分かる・・・・・・。今更ながら恥ずかしくなった。
「どうぞ、お口に合いますでしょうか」
とマドリーはお茶をレオに差し出した。
「いただきます」
礼を取ってからお茶を口に含んだ。
「―!!」
お茶の香りが鼻に抜ける。何か花の香りがする。・・・・・・どこか懐かしい香りだ。これはティーチェの香りに似ている気がする。
「―いい香りですね。花の香りがしてとても美味しいです。何の花ですか?ティーチェのような気がしますが」
とレオはマドリーに訊ねた。
「ええ、よくお分かりになりましたね。お茶にティーチェの花を入れております」
「ああ、やはりそうでしたか。懐かしい・・・・・・」
レオは春に咲く故郷の香りを思い出した。
「セオドアはティーチェが沢山植えられて、春は特に美しい所ですね」
「ええ、毎年その風景を眺めるのが好きでした」
こんな場所で故郷の話が出来る事に、レオは嬉しさを感じていた。
「美しい花ですものね。淡い紅色の可愛らしい花で。私の天蓋の布もその花をイメージしたものなのですよ」
とマドリーはふんわりと笑って見せた。
「そうなのですか?何だか嬉しいです、故郷の事を褒められているみたいで。ティーチェの花をご存じならセオドアにいらした事が?」
「結婚前に一度だけ訪れた事があります。ティーチェソースの料理が美味しかった事を覚えております」
「ティーチェソースかぁ・・・・・・久々に食べたいですねえ」
「私も食べたいですわ」
でも・・・・・・とマドリーは下を向いてしょんぼりとした。
「―結婚しましたから、もうウェンデルの外に出る事はありませんけど・・・・・・」
「やはり、結婚した人はウェンデルから出られないんですか?」
レッシーから聞いていたが、本当にそうなのだとレオは愕然とした。
「ええ、一生この部屋で過ごすのが基本ですよ。今は多少許される事もありますが、昔は生涯この部屋から一歩も出る事が、許されなかったと聞きます」
―それは困った。レオは顔をしかめた。一生ここから出られないなんて窮屈で死にそうだ。もっと外の世界を知りたいのに・・・・・・。
「外に出たいのですか?」
少し暗いレオの顔を心配そうにマドリ―は質問した。
「―はい、外に行きたいです」
「イノス様に頼めば、あの方が他国に行く時など、一緒に外に出る機会があるかも知れないですよ」
「そうなんですか?!」
レオは嬉しくて飛び上がりそうになった。
「クレア様はよく外にお出かけになられますし、お兄様がお許しになっておりますから自由なのでしょう」
「えっ?!お兄様?クレア様の旦那さまって確か・・・・・・」
レオはまさかの人物を思い浮かべた。
「ソードは私の異母兄です」
とマドリーは微笑んでレオに告げた。
「えええ!それにしては似てませんね。雰囲気もなにもかも」
「母親が違いますから。お兄様はお父様似なのです」
「はぁ・・・・・・そうなのですか」
あのソネリアンに妹がいたのか。初耳だ。
「お兄様は変わってらっしゃるから、驚かれたでしょう?」
レオの心を見透かした様に、マドリーが質問してきた。
「男色家で、私の旦那様とできているとか」
レオはその事実が本当だと確信し、ドキドキしながらそう尋ねた。
「それは小説の中でだけですわ。元々は女好きのだらしのない人でした。けれど、クレア様と一緒になってからは、クレア様だけを愛する旦那様になりました。本人は男色家と言われていますが、そういう振りをしているだけで、本当はクレア様一筋なのですよ」
「え?そうなんですか?」
「ええ」
マドリーはにっこり微笑んで見せた。
――あの男色家の素振りは見せかけだったんだ。じゃ、旦那様の片恋は成就しないのだな。お可哀想に。レオが思い巡らせている間、しばらく黙ってしまったので、マドリーが不安そうに見つめた。
「どうかされましたか?」
「―あの、私の旦那様の事なのですが、ソード様の事がお好きなのですかね?」
とマドリーに質問して、レオはごくりと唾を飲み込み、返事を待った。
「―例の小説ですね?二人がモデルだとクレア様から聞いております。イノス様が兄の事好きなのか私にはわかりませんわ。あの本の通りだったら、それはそれで興味深いですわね」
マドリーはふふ、と微笑んだ。
「マドリー様もあの小説を読んでいらっしゃるのですか?」
「ええ、二人の世界観が好きですわ。でも、レオーナ様には失礼ですわね。自分の旦那様が他の男に心奪われるなんて話」
「いえ、私も旦那様の恋が成就するのを願っているのです」
「旦那様が兄の事を好きでも構わないのですか?」
「私はそのほうが、そそられます。美しい二人に私は邪魔ものですから」
「レオーナ様は心が広いのですね。私もそうだと素敵だなと思う事もありますが、イノス様にはちゃんと女性で好きな方がいらっしゃいましたし」
「好きな方?」
レオの胸がドクンと鳴った。
「あ、いえ、その昔・・・・・・子供の頃に好きな方がいらっしゃっただけです。今は違います。レオーナ様がいらっしゃいますし」
「どんな方だったんですか?」
レオは興味津々だ。
「え、あの・・・・・・でも・・・・・・子供の頃の事ですし。余計な事を言ってしまいましたね。すみません」
「知りたいです。イノス様の事、教えて下さい」
レオはマドリーの目を覗き込んだ。
「・・・・・・わかりました、ではお話しいたします」
マドリーは観念したようにふう・・・・・・と息を吐いた。
「イノス様の好きだった方はソリエラ・ターラ・ヴェン様。淡い金の髪と紫がかった薄青の瞳の素敵な方です。今はクエイラ国のリィ・シーザ・リトリイデ様の所へ嫁いでいらっしゃいます」
「クエイラ国・・・・・・」
レオはその国の名を声に出してみた。確かウェンデルから北の国だったはず。
「ウェンデルの北の山を守る一族を統べる国です。リィ様はその当主です。元々、ソリエラ様は私の兄ソードが好きだったのです。しかし、兄はクレア様を選び、ソリエラ様はリィ様に嫁いだのです」
「旦那様は片思いだったのですか?」
レオは自分の旦那が女性に片思いをしていた事に驚いた。すっかりソードに心奪われていると思っていた。相手はどんな方なんだろう。
「ええ、そうです。ソリエラ様は美しい方でしたから・・・・・・。兄とソリエラ様、イノス様、クレア様、カレエ様、クロウド様は全て幼馴染です。クロウド様はカレエ様を愛し、カレエ様はイノス様を愛し、イノス様はソリエラ様、ソリエラ様は兄を、兄はクレア様をと・・・・・・皆それぞれ片思いをした人が多かったのです」
と畳みかけるように説明を終えると疲れたのか、マドリーは静かに目を閉じた。
「ふむ・・・・・・では芋づる式に恋をしていたのですね?」
「芋づる式?ふふふ」
マドリーはレオの言葉に急に笑い出した。
「何か面白い事でも?」
肩を震わせ笑いを抑えようとするマドリーに、レオは不思議そうに尋ねた。
「芋ずる式って・・・・・・面白い事を言いますね」
マドリーは手で涙を拭きながら答えた。
「面白い?そうですか?」
何が可笑しいのか分からないレオは、笑うマドリーをただ見つめた。
「そうですよ。ふふふ」
マドリーはまたそう言うと笑った。笑うと余計に幼く見えた。
本当に笑ったら可愛いな、お花のようだとレオは思い「笑ったらより一層可愛くなるのですね、小さな花のようです」とマドリーにありのままに伝えた。
「え?そうですか。ふふふ、ありがとうございます。レオーナ様は男の方が女性を口説くような事をおっしゃってますわ」
マドリーはふふふと又笑った。
「え?そんなつもりは無いのですが」
「私少しときめいてしまいましたわ」
キャッとマドリーは恥ずかしそうに顔を覆った。
「え?」
「ふふふ。冗談です」
マドリーはそう言うと、又顔を手で覆いクスクス笑う。
「冗談ですか、参りました。・・・・・・ふむ、マドリー様は結構明るい方ですね。最初は大人しい方かと思っていました」
レオは率直にマドリーの印象を伝えた。
「そうですか?最初は猫を被ってたのですよ。こちらの方が地です」
にっこりとマドリーは微笑む。
「そうですか。こちらの方が私は好きですね、可愛らしい」
とレオがそう言うと、「ほら、また口説きが入った」マドリーは間髪入れずにレオに突っ込んだ。
「え?!」
「ふふふ、レオーナ様は無自覚な女たらしですわ」
「女たらしですか?」
レオはそんな事初めて言われたので困惑した。確かに幼い時に嫌々ながら、姉達のおままごとに付き合い、旦那役をさせられ甘い言葉を言わされた記憶があるが、その名残があるのだろうか?あれは本当に嫌な役回りだった。レオはそう振り返った。
「そうですよ。誉め言葉が上手です。私、夫がいる身でもフラフラ心移りしそうですわ」
「そんなつもりは無いのですが」
とレオは恐縮した。
「レオーナ様は男装の麗人とエーメに聞きました。ぜひ一度お目にかかりたいですわ。きっと凛としていて王子様のようなのでしょう。それに、声がとても素敵でいらっしゃる。本に出て来るエオリー様みたい・・・・・・」
マドリーはうっとりとした眼でレオを見つめた。
「エオリー様?」
どこかで聞いたような・・・・・・確か何かの小説に出ていたかな?マリアロッテだったかな、と首をひねった。
「マリアロッテに出て来る男装の麗人で、凛々しいエオリー様ですわ」
「あぁ、やはりそうでしたか、エーメに借りた本の中に、そんな名の人がいましたね」
「マリアロッテをご存じなのですか?じゃ『インテラーザの戦い』は?」
マドリーはレオの言葉に食いついた。
「インテラーザ?知りませんが」
「そうですの・・・・・・ぜひ読んで下さいまし!男装の麗人クラフス様が主人公のお話ですわ。エオリー様より少し女らしいのですが、時々女性の姿におなりになる所が萌えますわ」
マドリーは嬉々として、物語の登場人物の説明をした。その様子からレオはエーメに似ているなと思った。
「男装の麗人がお好きなのですか?」
エーメが男装の麗人好きなように、マドリーも同じであろうか?とレオは思いながら質問した。
「ええ、男性より好きですわ。しなやかな物腰、男性より優しい仕草・・・・・・どれをとっても素敵ですわ」
マドリーはうっとりとした顔をして、手を顔の前で合わせた。
「旦那様よりですか?」
「旦那様は別です。これは私の趣味なのです。別の話ですわ」
「・・・・・・趣味ですか」
色々な趣味があるものだ、とレオは思った。
「レオーナ様も市場にある芝居小屋に、お忍びでいらしたらどうかしら。レーゼの小屋辺りは全員女性の方が芝居をなさっておられますわ。男役の方がそれはそれは美しいとか」
「行った事があるのですか?」
「いいえ、一度もありません。私、実は足が悪く歩けないのです。ですから女官から情報を得ているのです」
マドリーは少し寂しそうに自分の事を話した。
「足が・・・・・・そうなのですか。それは失礼いたしました」
「いいえ、もう仕方のない事なのですから、気にしないで下さいませ。もうこの話はよしましょう」
マドリーは口をキュッと閉じ、それから微笑んで見せた。
「そうですか、わかりました。で、・・・・・・その女官というのはエーメですか?」
「よくご存じですわね、エーメですわ。彼女も男装の麗人好きですわよ」
「―そうですか・・・・・・」
やはりな、だから私の男装を喜んでいたわけだ。
「あの、レオーナ様にお願いがあるのですが・・・・・・」
「な、何でしょう?」
レオはマドリーのうれしそうな顔を見てやや引きつった。嫌な予感がする・・・・・・。
「エオリー様の台詞を言っていただけません?」
「―無理です」
レオはマドリーの願いの言葉を、被せ気味に断った。
「ええ?どうしてですの?お声が美しいから、エオリー様みたいで素敵でいらっしゃるのに」
「私はそういうのに向いてないのです」
レオはきっぱりと断る。こういう事が苦手な彼女は嫌がった。
「一言だけでもいいんです。レオーナ様お願いします」
マドリーは食い下がる。
「幻滅するだけですよ。私は演技力が無いのですから」
「やってみないとわかりませんわ。さ、この本からどの台詞でもお選びになって」
マドリーは本を差し出しながら深く礼を取った。
「無理です」
あんなに恥ずかしい事は無い。故国でも姉達に嫌々ながらも男役をさせられた。レオはぶんぶんと首を思いっ切り振り回して断った。
「・・・・・・」
マドリーは顔を上げない。
―もしかして・・・・・・とレオは思った。そして、すすり泣きの声を聞いて、やはり泣かせてしまったかとマドリーを心配そうに覗いた。
「・・・・・・」
マドリーは顔をくしゃくしゃにして泣いていた。
「マドリー様そんな事で泣かなくても・・・・・・。そうだ、私より男装が身についているクレア様に頼んでみたらどうでしょう?」
これはいい考えだぞ、とレオは提案した。
「クレア様はそんな気持ちの悪い事、出来ないと断られました」
マドリーはぐずぐずと泣きながら答えた。
―やぶ蛇だった。・・・・・・レオは天を仰いだ。
くすん、くすんとマドリーの泣く声が響く。レオは段々マドリーが可哀そうになり目を瞑り決意した。
「―わかりました。やるだけやってみましょう。やらせといて文句は言わないでおいて下さいよ」
「本当ですか?!本当にやって下さるの?」
マドリーの顔がパッと輝きを戻した。
「期待しないで下さい。下手だから」
とレオは釘を刺した。
「じゃ、早速この台詞を」
マドリーはレオの言葉を聞いてないかの様に、ウキウキと本を開いてレオに台詞を指さした。
「・・・・・・え?き、き、来たれアス?タロッテ、我が手を取るのだ」
レオはうろたえながらその台詞を言ってみた。
「違います。来たれ!マリアロッテ!我が手を取るのだ!です」
とマドリーの指示が入る。
「来たれマリアロッテ。我が手を取るのだ」
レオは恥ずかしそうにぼそぼそと言った。
「もっと声を張って。美しく流れるように」
「美しく?」
どうすれば美しくなれるんだろう、レオにはよく分からない。
「そう、流ちょうに美しく、やってみて下さい、レオーナ様」
「うん、・・・・・・来たれマリアロッテ我が手を取るのだ」
「そんな棒読みじゃなくて」
とマドリーから注意される。
「え?・・・・・・そう言われましても、どう言えばいいのです?」
「来たれ!マリアロッテ!我が手を取るのだ!」
マドリーはまるで役者の様に、完璧に台詞を吐いた。
「おお、凄い。じゃマドリー様がすればいいじゃないですか。私には不向きですよ」
「駄目です。私がうっとりしたいのです。自分が自分で言った台詞にうっとりなんてできませんわ。それにレオーナ様は声が綺麗なのですから、練習すればいい線いきますわ」
「え?でも・・・・・・」
練習?そんな暇ないのだが、とレオは焦った。
「そうですね、これから毎日レオーナ様に通っていただいて、私自ら指導いたします」
そうきっぱりとマドリーは、レオの意見を聞かずに勝手に決めてしまった。
「は?え?」
レオはマドリーについて行けない。
「よろしくて?」
「は?いや、あの練習しても上手くならないと思いますよ」
「いえ、上手くなります!させます!」
自信たっぷりにマドリーは言う。
「え・・・・・・でも、暇も無いですし」とレオが断ると「私の願いを聞き届けて下さらないの?」マドリーは下を向き落ち込み始めた。
「あの・・・・・・泣かないで下さい。え、あーどうしよう」
レオはマドリーの様子に頭を総動員して考えた。・・・・・・そうだこういう提案をしてみよう。レオはそう思いつくとニヤリと笑った。
「あぁ・・・・・・わかりました。毎日は無理でも週一、二回って事でよろしいですか?」
「本当ですの?」
マドリーは嬉しげに顔を上げた。それは空が晴れ渡るかのような明るい笑顔だった。
「その代わりと言ってはなんですが」
レオはマドリーに耳打ちした。
「まあ!そういうことでしたらお力になれるかと思いますわ。では演技の指導は週二でよろしくて?」
とマドリーが訊ねる。
「そうですか!ではお互いの条件は合致したという事でよろしいですか?」
「そうですわね」
「ではよろしくお願いいたします」
ふふふ、レオ達は嬉し気に微笑んだ。




