プロローグ
完結しました。第八十九話までの物語です。主人公レオーナの物語をお楽しみください。
とても美しい空の夜でした。月が雲の淵から覗いていました。
そんな夜だったのです。
少女が老人に出会ったのは。
「・・・・・・」
少女は今、自分がどこにいるのか、分からなかったのです。辺りが暗すぎて。
「けけけ」
暗闇の中に鳥の鳴き声が聞こえます。ここは森の中なのかもしれないと少女は思いました。樹木の匂いがしますし、近くには水の流れる音もします。
「何処へ行けば明るくなるかなあ」
森の暗さは、少女を不安にさせました。
どうしてここにいるのだろう?そういう思いが、ふと少女の頭を過ります。
「早くここから出なきゃ」
とてもお腹が空いて、つらい思いを自分はしている。それしかわからなかったのです。自分がどんな姿をしてどんな顔をしているのかも。
「・・・・・・!」
何かが少女の右手を切りました。血らしきものが滲みます。多分、草が彼女の手を切ったのでしょう。少女は血の感触を左手で感じながら、ふと一つだけ思い出したのです。
―自分は何処からか逃げ出したのだと。
そんな時です。
おおおお!と吠えるような声が少女の耳にいきなり入って来たのです。少女は狼か何か動物だと思いました。でもよく聞いたら、歌声のようです。
「・・・・・・よ、友よ・・・・・・今宵の歌を・・・・・・共に歌わん」
光が森の中に灯ります。少女が木の幹から顔を覗かせると、一人の老人が木の株に座っていました。どうやらこの光は老人が灯したカンテラの光の様です。
「銀の月が歌う歌を聞かせておくれ、朝露の小曲、木々の夜想曲、風の舞曲・・・・・・」
老人はとてもつやつやした皮の無い、白木の木の株に座っていました。そうして歌い終わると、しばらく目を閉じてじっとしていたのです。
老人は目を開け「ふむ」と一言呟くと、背負ったリュックから、もう一つカンテラを取り出し、傍にある木の枝に掛けました。辺りがより一層明るくなりました。後はナプキン。ブリキのコップ。バリバリに固く焼いたパン二つ。そして赤いつやつやしたリンゴ一つ。
それから鍋を取り出して枝に掛け、水とその木の葉っぱ、その他にも少女にはわからない色々なものを鍋の中に入れました。
「・・・・・・」
少女は黙ってその様子を見ていました。とてもその空間が幸せそうに感じたのです。
鍋がコトコトと動き始めました。
老人が鍋の蓋を取ると、シチューのいい匂いのする湯気が、老人の顔を包みました。
クリームシチューの匂いです。
それが分かった時、少女は思わず唾を飲み込みました。そうして、老人が嬉しそうにシチューをひとすすりしている姿を見て、(あのおじいさんが、私に気付いて食事に招いてくれないかしら)そう強く望みました。
老人はシチューを少し食べると懐かしそうに目を閉じて、しばらくそうしていました。
そして微かに肩を揺らして笑いました。老人の頬は赤くつやつやしており、笑うと艶やかさが際立ちました。老人は自分の白髪の混じった長いあごひげを撫でつけました。
「そうさ・・・・・・な、彼に会ったのは・・・・・・あの・・・・・・日が・・・・・・最後だね・・・・・・」
そう言うと老人はしばらく黙りこみましたが、また口を開きました。
「ああ、懐かしいものだよ。彼は色んな話を残してくれた」
口をチャプチャプさせて、スプーンの中のシチューをひと舐めしました。
(ああ!なんて美味しそうなんだろう!)
少女は老人が食べているシチューをどうしても食べたくなりました。
「銀の木の話・・・・・・それから、ラショネのスープ皿・・・・・・そして・・・・・・黒い瞳の人・・・・・・そして・・・・・・」老人が次の言葉を話しかけた時、月の光が森を通りました。
月の光は少女の髪を美しく照らして行きました。
「ほう・・・・・・金・・・・・・だね。・・・・・・美しいもの・・・・・・だな」
老人は少女の方を向いてそう言ったのです。
「そこに居ないでこっちへおいで・・・・・・金の人」
少女は自分の髪が金色だと初めて知ったのです。
老人はにこやかに少女を手招いています。
「・・・・・・ごめんなさい」
少女はそう言うとぺこりと頭を下げました。
「・・・・・・!?なぜ謝る?」
「・・・・・・覗くつもりはなかったの。でも、あなたのお話が聞きたくなって・・・・・・」
「私の?」
「あなたの」
「ほ!シチューを食べたくは・・・・・・なかったのかね?」
老人はそう言うとほほほと笑いだしました。
「もちろん!ごちそうになりたいです!」
少女は言った後で慌てて口をつぐみました。
「ほ!ほほほ・・・・・・正直な子だ!」
老人は嬉しそうに微笑みました。
「そうさ・・・・・・な。・・・・・・ま、こっちへおいで」
老人はポケットの中から、大きなハンカチを取り出し、草の上に広げました。
「さ、おいで」
彼はハンカチを指さしここに座るように言いました。
少女はその大きなハンカチの前で、小さく会釈してそこに座りました。
「さ、お食べ」
「・・・・・・」
シチュー皿から立ち上る、とてもいい匂いの湯気を思う存分吸いこむと、少女はシチューをひとすすりしました。
「おいしい」
少女が想像した通りの、いや、それ以上の味でした。
その様子を見て老人は嬉しそうに、ほ・・・・・・ほ、と笑いました。
少女はシチュー、それからパン、真っ赤なリンゴを半分ごちそうになりました。どれも、とてもおいしいものでした。
「こんな暗い所に一人でどうした?迷い子かな?」
老人はそう訊ねると、マグカップをリュックから取り出し、紅茶を注ぎ少女に渡した。
ありがとう、と少女はマグカップを受け取ると、少しうつむき、それから不安そうに話し出しました。
「・・・・・・私、何もわからないの、ここが何処かもわからないし、自分の姿さえわからないの」
と少女は悲しいため息をつきました。
「ほう、迷い子か。ふむふむ」
老人は眉間にしわを乗せて考え始めました。
「それから、何かに追われているようなの」
と思い出した様に少女は老人に伝えました。
「今まで迷い子は、皆そう言う」
老人はうんうんと頷きました。
「月が連れてくる。あんたのような悲しそうな子供を」
老人は静かに目を閉じました。
「私は迷い子なの?他の人もここに?」
「ふむ・・・・・・たまに・・・・・・な」
「その人達はどうなったの?」
少女は不安そうに尋ねました。
「安心しなさい、皆幸せになった。私は彼らに幸運をもたらす為にここにいる。あんたのような子を救う事が私の役割」
そう言うとにこやかに老人は笑って見せてくれました。
老人は少女に黄色と、青色と、オレンジ色のガラス玉を渡すと「これは、あんたが悲しい時に役立つ。大事に取っておきなさい」と優しく微笑みました。
「これは?」
少女はゆらゆらと光る不思議なガラス玉を見ながら訊ねました。
「あんたを幸せにする魔法のガラス玉。あんたの人生が幸せでありますように」
老人はガラス玉を少女の手に渡し、その手を包み祈ってくれました。
「ほら、その白いエプロンのポケットにでも入れておきなさい」
少女は言われた通りに自分のエプロンの右ポケットの中にしまい込みました。
「・・・・・・そうさ・・・・・・な、あんたには、銀の姫の話をしてあげよう。」
「銀の姫?」
「そう、銀の姫。とても美しい銀の髪の姫・・・・・・ウェンデルと言えば・・・・・・かの昔に栄えた王朝の名前での・・・・・・」
と白髪の老人は少女にゆっくりと語り始めました。
「ウェンデル?!」
「そう、・・・正しくはヴェルテイルとも言ったかのう。これは、私のじいさんの・・・・・・そのばあさんの妹の・・・・・・その姉のばあさんから伝わった話でな」
老人は少し声を潜めて話を続けたので、少女は老人の話を聞くため側に寄りました。
「この話はあんたがもう少し大きくなってから話す物語だから、それまで誰にも言っちゃあいけないよ。約束できるかい?」
「約束するわ」
「本当に?」
と老人は少女にそうにじり寄り尋ねました。
「ええ、本当に」
少女はその約束事に力を込めて誓いました。
「・・・・・・ふむ。それと・・・・・・この話を話す時・・・・・・この話に一か所以上自分で話を付け加える事・・・・・・」
「どうして?」
少女は不思議そうに尋ねました。
「この話は未完成なのだよ。この話をどうか完成させてほしい。君が生きている間に出来なくとも、君の子孫が話を繋いでいってくれればよい。まだまだ話が抜けている箇所がいくつもある。それらを埋めたりして完成させてくれぬか?」
「お話が私に話が作れるかどうかわからないけど、シチューもご馳走になったし、お礼にその物語を続けてみるわ。私一人では完成しなくても、私の子供たちが後の話を続けてくれれば、いいのね?」
「物語の冒頭に付け加えてもよいし、結末から新たに話を続けてもよい。物語の途中でも構わない。思うままに物語を変更してくれたらよいのだよ。物語を面白くしてくれたら、わしは嬉しく思う。この物語いつか私の大切な人に伝えて欲しいのだ」
「大切な人?」
「その時が来ればわかる。それまでよろしく頼むよ」
老人は本当に嬉しそうに、にっこりと微笑んで見せてくれました。
「・・・・・・これが、わしがあんたに話す話の二つの約束」
老人はそう言うと片目をつむって見せました。
「約束するわ」
少女は何度も頷きました。
「月にかけて?」
と老人が右手を上げると。
「ええ、この夜の月の美しさにかけて」
と少女は同じように右手を上げました。
老人はつやつやした頬をより赤くして笑い、「ほ・・・・・・よろしい・・・・・・」とそう言いました。
―私がそう祖母に聞いた老人と少女の話はこんな風でした。
今の私には懐かしいものですが・・・・・・。
ウェンデルが架空の話だったのか、本当にあったのかは、今となっては分かりませんが、私なりに、かの王国ウェンデルの話をさせていただくとしましょう。ほんの少しのエピソードを加えて。
序章 終




