第十七話
完結しました。第八十九話までの物語です。主人公レオーナの物語をお楽しみください。
「・・・・・・?」
知識の塔につながる二階の広場に行くと、又見知らぬ男が立っていた。レオの方を真っすぐ見ている。
―又変な男じゃないだろうな・・・・・・レオは男の方を訝しげに見た。
腰ほどの長い髪は結いもせず風に任せて揺らいでいる。色はレオの髪に似た銀色だ。顔つきは男というより女のように美しい。瞳はこちらを射るように鋭い。
―睨まれているみたい・・・・・・うむ、私何かしたかもしれぬ・・・・・・レオはカレエの事があったので、何か知らずに恨みを買っているのではないかと不安に思った。服装はレオと変わらない長衣に下服を穿いている。
―もしかして、女の方?私と同じく嫁いできたのか?とレオは推察した。
「・・・・・・」
レオは軽く会釈をし、その場を過ごそうとしたが、その人はレオの前に立ちふさがってきた。
「―?!何でしょう?」
「―失礼、私はクレア・アレア・バードと申します。あなたの名を聞かせてください」
とその人は声をかけてきた。その声を聞いてやはり女性だとレオは確信した。それにしても、凄い美人だなとレオは思った。目鼻立ちがはっきりして視線が痛いほど鋭い。気の強そうな方だな・・・・・・金色の獣のような瞳が印象的な方だとレオは思った。
「レオーナ・ランド・イシリスと申します」
とレオはクレアに頭を下げそう名乗った。
「名にランドとありますね、セオドアの姫ですか?」
「はい。セオドア出身です」
「セオドアと言えばティーチェが美味い所ですね」
「ええ、よくご存じで。―セオドアにいらした事が?」
「ええ、二、三度。あの料理は絶品でした。また食べたいものです」
クレアは懐かしそうに微笑んだ。レオはその笑顔を見て、実は優しい人なのかしらと思い少しホッとした。でも、さっきはどうして睨まれたのだろう・・・・・・?
「あの・・・・・・先程、私を睨まれていた気がするのですが、私何かしましたか?」
レオは恐る恐るクレアに訊ねた。
「―?睨む?別に睨んだ覚えはありませんが」
クレアは不思議そうに答えた。
「そうですか」
レオはホッとした。カレエのようにイノスを秘かに想っていて、恨まれていたらどうしようと思っていたのだ。
「―私は少し目付きが悪いみたいです。そう感じたなら謝ります・・・・・・申し訳ございません」
とクレアは頭を下げ謝った。
「―ああ、いえ。怒っていらっしゃらないならいいのです」
レオは頭を下げるクレアを両手で起こした。
「レオーナ様と言えばイノスの奥方ですか?そうだったかと記憶しております」
「ええ。イノス様の妻です。旦那様をご存じで?」
「ええ。ソードから聞きました」
「ソード様はこの噴水の近くでお会いしました。何でも男の方が好きとか、本当でしょうか?」
レオはドキマギしながら期待を込めてクレアに質問した。
「ああ、そうですよ。それと彼は私の旦那様です」
「へ?」
レオは突然の告白に言葉が出ない。
「ソードは私の旦那様です。ソードからは何も聞いてないのですか?」
「ええええっ!」
あの男色家を許している本人か!とレオは心底驚いた。そういえば、ソードはクレアの名を言っていた、名前は覚えておかないと、と彼女は焦った。
「そう驚く事もありませんよ。事実ですし」
とクレアは当然の様に言ってのけた。
「男色家なのは事実ですか?」
「そうですね、私が言ったのですよ。浮気をするなら男としろと。男同士でいちゃいちゃして欲しいと願いました。元々は女好きでしたが」
「え?じゃ最初から男色家じゃないんですか?」
「ええ、無類の女好きでした。しかし、私と夫婦になって私が命じたのです。男となら許すと」
「そうだったんですか」
あの人は女好きだったのか。衝撃の事実にレオは驚きを隠せない。
「根っからの男好きではなかったのですね、残念です」
レオは、ほうと嘆息した。その顔は少し高揚しているようだ。
「もしかすると、あなたは、どうなのでしょうか・・・・・・うん、そうなのかも。質問が間違っていたらすみません。・・・・・・男と男の愛は美しい。そう思いませんか?」
クレアはそう唐突に悩みながらレオに問いかけた。
「そう・・・・・・思います」
なぜこのような質問をなさるのだろう?もしかして、もしかするのか?レオは期待を持って答えた。
「『レアーズの行方』という本の存在を知っていますか?男同士の恋を描いたものですが」
レオはクレアの口から出た言葉に絶句した。なぜならそれは彼女がセオドアに居た頃からの彼女の愛読書だったのだから。
「知っています!愛読書です!その本は故国でも肌身離さず持ち歩いておりました!」
レオはいつもより興奮気味に叫んだ。誰がこのような彼女を知っているだろうか。今までこの様な本を読んでいる事を隠し続けてきたのだ。姉達に見つからないように、細心の注意を払って、いつも難しそうな本の中に紫丁香花色の本を隠していた。ここに同士がいる!それだけでレオは嬉しすぎてたまらなかった。
「おお、そうですか。それは嬉しいですね。作家として冥利に尽きます」
「作者でいらっしゃるのですか?!」
なんと!レオは心から喜んだ。ウェンデルで一番会いたかった人物を目の前にしたのだ。「白い肌に青の影が・・・・・・その陰にそっと口を寄せる・・・・・・これは悲恋の行為なのだ。彼の睫毛から滴る水の流れを見て、ソネリアンは愁然と吐息を漏らした。この表現が一番好きです!どの文章も詩的で麗美、主人公のアスキンとその従兄弟のソネリアンの二人だけの世界観がとても好きです」
・・・・・・と、すみません!レオはいつの間にかクレアの両手を握りしめていたことに気がついて慌てて手を離した。
「いや、構いません。むしろありがとうございます。こんなに、あの本を好きでいてくれて」
クレアは照れた笑顔でレオを見つめた。
「好きと言うか、愛しています」
「そうですか、ありがとう。こう言っては何ですが、実はあの二人は私の旦那様とレオーナ姫、あなたの旦那様イノスがモデルなのですよ。いいのでしょうか?ちなみにソネリアンの妻は私ですが」
クレアは心配そうにレオの顔を窺った。
「あの二人ですか?!金髪に黒髪!そうだ何故気づかなかったのだろう。盲点でした。アスキンが旦那様で、ソネリアンがソード様ですね?セシリアがクレア様ですか?」
「そうですが、怒らないのですか?」
「いえ、怒るどころか。もう感動ものですよ。・・・・・・あの二人は出来ているのですか?妻に隠れて逢瀬を繰り返しているのですか?」
レオは興奮気味にクレアに詰め寄った。
「ええ、まあ、そういう風に見える時がありますね」
「おお、そうですか!あの二人がそうなのか。ウェンデルに嫁いできて良かった」
レオは笑顔をはじけて見せた。近年稀にみる笑顔だった。
「そうですか、怒ってないならいいです」
クレアはレオのはしゃいだ様子に面食らったが、レオ自身が気に入ってくれているみたいなので一安心した。
「・・・・・・となれば、イノスの気持ちはどうなのでしょうか。ちと手を拝借、よろしいですか?」
クレアはそう言うとレオの手袋を外した。
「え?!な・な?」
レオは赤い紋様をクレアに見られた事に驚き、顔を真っ赤にした。
「ふむ、キスまでですか」
「そうですが、何か?第一これはファルンカから守る為だけの義理のようなものですよ」
「では私の想像も無きにしも非ずか。彼の本当の恋なのかも知れませんね」
「ど、どういうことでしょうか?」
レオは手袋をはめながらクレアに質した。
「こんなに魅力的な奥様に、義理でキスだけしかしないのは女性が嫌いなのではないかと。男性に興味があるのではないか・・・・・・つまり、イノスはソードの事好きなんじゃないかと思うのですが、どうでしょう?いつも、仲良くしているみたいですし。私の目からはイチャイチャしているようにしか見えませんが」
「はあ、なるほど。だから、私に興味がないのですか」
とレオはクレアの指摘に納得した。
「・・・・・・イノスはあなたに興味がないのですか?」
「現時点では二回しか会ってませんね」
「そうですか、それは寂しくありませんか?」
クレアは心配気にレオを見た。
「特に、寂しくはないですけど。旦那様にソード様がいらっしゃるのであれば、それでもかまいません。二人がモデルなら想像力が湧きますし」
とレオは言葉に力を込めた。
「一体どこでイチャイチャを見かけたのでしょうか?見てみたいですね」
レオは嬉しそうにクレアに迫った。
「その様子だと興奮で鼻血が出ると思うので教えたくはありませんね。それにイノスの片恋ですよ?」
「・・・・・・と言いますと?」
「こんな事自分で言うのもなんですが、私はソードに溺愛されているのですよ。そんな私の趣味のために男とイチャイチャしているのだから」
「そうなんですか」
「元は女好きですから」
なかなか直りませんでしたが、とクレアは、ぼやいた。
「これを見てください」
とクレアは右手の紋章を照れくさそうに見せてきた。
「これは?」
その右手にはカレエと同じ金色の紋章だった。
「この色はお互いに愛し合っている最大級の愛の印です」
「おお、そうなのですか・・・・・・」
レオは感心しながらクレアの右手を見つめた。じゃカレエ様も相思相愛なのだな。ふうん、いいなあ・・・・・・、っとなぜ私が羨ましがるのだ?レオは自分の心の声に戸惑った。それにしても、自分の旦那が憧れていた主人公達だなんて、世の中狭いなあ。
「じゃ、アスキンの片恋は本当なのですね?」
「まあ、そうなりますね。私の想像の範囲ですが」
「そして、ソネリアンもアスキンを受け入れてくれるのですね?」
「本物はそうではないですが」
ソードは私の事が相当好きらしいのでとクレアは、のろけのような事を言うと少し恥ずかし気に咳払いをした。
「そうだ、男性同士の恋愛がお好きなら、ウェンデルの街に連れていきたい場所がございます。今度機会を作って一緒に参りましょう」
「え?どんな場所でしょう。魅惑的な場所ですか?」
「ええ、とても。きっと喜んでもらえると思いますよ。では私は用事がありますので失礼しますね」
またの機会にとクレアは言うと足早に去って行った。
・・・・・・もっとお話がしたかったのになぁと遠のくクレアの後姿を眺めていたが、自分も知識の塔に向かわなくては、と気を取り直した。




