第十五話
完結しました。第八十九話までの物語です。主人公レオーナの物語をお楽しみください。
レオがレッシーに作法を叩き込まれて一週間、何とかお茶の作法を身に付け、レッシーにギリギリ及第点をもらえるようになったので、レオは初めてのお客様を迎える事となった。
「カレエ・ファイツ・インラ様というのだね」
レオはエーメに訊ねた。
「ダーラからお輿入れなされた、クロウド・アム・シュリアン様の奥様です。クロウド様はイノス様のお従弟でいらっしゃいます」
レオはエーメとレッシーの二人がかりで、美しく見栄えが良い様に、髪などを最終調整されている。
「旦那様の従兄弟君か、どんな方だろう。似ていらっしゃるのかな?」
「いいえ、体はイノス様より大きい方だと聞いております。とても穏やかでお優しい方だとも」
とエーメがレオの唇にもう少し、と紅を入れながら答えてくれた。
「へえ。お優しいのか」
「レオーナ様の旦那様もお優しいですよ」
「そうか?」
レオはイノスの態度から優しいのか、どうか判断できない。知識の塔で少し話せたが、彼とは、ほとんど会っていないので性格がわからないのが現状だ。
「ダーラって、確か民の名だったな?」
「ええ、民族の名です。この山脈を越えた所に砂漠があります。そこが彼らの拠点です。隣国シャーローンと争いが絶えません。故に女性でも戦闘能力が高い部族でもあります」
「へえ、凄い人達なんだな」
セオドアでは女性は戦闘に参加しないな、とレオは故国を振り返った。
「―早速いらっしゃいました。レオーナ様、さあ準備を」
レッシーがこれでよし、とレオの姿を見て満足そうに頷いた。
チリ・・・・・・ン、チリ・・・・・・ンと鈴の音が聞こえてくる。
この鈴の音は、これから貴女の所へ参ります、という合図だったな。それから、鈴を鳴らすと、お入りくださいって意味だな。レオは教わった事を自分で確認しながら作法をこなしてゆく。レオが鈴を振るとリンリンと金属の甲高い音がした。
鈴は預かりますとエーメが鈴を持って行った。
チリ・・・・・・ンと鈴が鳴らされてから、天蓋の布が捲られる。頭を下げお辞儀をする形で客人がレオの部屋に入って来た。艶のある黒髪は左右に括られ、丸い飾りに覆われている。黒髪をより黒く印象付ける白い肌は透き通り白磁のよう。伏し目がちの黒の瞳は黒目の部分が多く、お人形さんみたいだ、とレオは思った。
「失礼いたします。本日はお目通りかないまして無上の喜びでございます」
カレエは深くお辞儀をした。声も可愛い声だな。本当にお人形さんだ。レオはその美しさにドキマギしながら応対した。
「ようこそおいで下さいました。さあどうぞ、お座り下さいませ」
レオはレッシーに仕込まれた通りに、カレエにお茶を入れ振舞った。カレエは何も言わずお茶を飲んで静かに目を閉じた。レオはカレエの様子を見てひと安心した。我ながらなかなか良いお茶を入れられたな、と自分のお茶の味に満足していた。
「では、私どもは下がります」
レッシーとエーメが部屋から退出して行った。
・・・・・・姫同士だけで会話するのが基本的だったな。レオは二人きりになるのが少し不安になり、彼女達のいなくなった空間を見た。
「―あまり美味しくないわね」
ぼそりと声が聞こえた。
「―え?」
レオはとっさの事でそれが、カレエから発せられた事に気付くのに数秒掛かった。
「こんな女どこがいいのかしら。多分その銀髪が珍しかっただけよ。あとは何の取り柄もないわ」
―これって私の事?しかも超毒舌だ。とレオは思った。
「私の方が肌の色だって綺麗だし、髪だって艶々よ。あなたより二つも年下だし、若いのに」
「はあ・・・・・・」
どうやらイノスの事が好きなようである事は、鈍いレオでも分かった。
「イノス様はどうして私を選ばなかったの?こんな女と結婚して!目がおかしいのよ!」
「はあ、そうですか」
レオはそう相槌を打つしかなかった。
「―手を見せて」
不躾にカレエはレオに向かって言い放った。
「は?」
「手を見せなさいって言っているのよ」
カレエはレオの右手を強引に掴み、手の紋様を見た。
「・・・・・・フン、キスどまりって事。まだ抱いてもらってないの?」
「―はぁ・・・・・・」
レオはちらりとカレエの手の甲を見た。黄色?金色みたいな紋様がある。
―・・・・・・これってどこまでの仲なんだろうな、レオは想像が出来ないでいた。
「本当に愛されているか分からないわね。もう二週間くらい経つのにキスだけって・・・・・・」
「はあ」
レオはもはや相槌をするしかなかった。
「さっきからあなた、はあ、とか気のない返事ね。私に言われた事が図星って訳ね」
ふふんとカレエは嬉し気に、レオの顔を見てニヤリと笑った。
「はあ、まあ」
「夜はイノス様いらっしゃるの?」
「いえ、一度っきりです」
「ふふん、そうなの。全然あなたに興味が無いって事ね」
カレエはレオの返事を聞いて嬉しそうだ。
「あの・・・・・。もしかしてイノス様の事お好きなのですか?」
レオは恐る恐るカレエに訊ねた。
「フン、そうよ。何か文句ある?」
カレエは悪気無く堂々と言ってのけた。
「旦那様がいらっしゃるのに・・・・・・」
とレオは少し窘めるようにカレエに言った。
「旦那は旦那。イノス様はイノス様よ」
カレエは当然の様にきっぱりと言い切った。
「あなたがイノス様に嫁ぐ前から、ずっとずっと前から私はイノス様が好きなの」
「へえ、そうなんですか」
「イノス様とは幼い頃から、会っていたわ。よくウェンデルに来ていたの。よく遊んで下さって、優しくて笑顔が素敵で、かっこ良くて私がお嫁さんになるつもりだったのに。イノス様は結婚には興味なさそうだったし、私がクロウドと結婚したのも全然止めてもくれなかったし、一生結婚しないものだと思っていたのに。あなたみたいな女と結婚するなんて最悪よ。サ・イ・ア・ク」
カレエは眉間の皺を寄せてみせた。
「はあ・・・・・・」
そう言われてもなあ・・・・・・カレエの剣幕にレオは少し困惑した。
「私とあなたがどう違うの?私の方が綺麗で女らしいし、性格だって気立てがいいし。あなたみたいに、男性の恰好が似合う男っぽい人なんて。ガサツだし、全然女らしくないのに」
―自分の事すごい好きなんだな。自分で自分を褒めるくらいだから。レオは思ったことをズケズケ言うカレエが姉のジーンと重なって見えた。そういえば、男装姿をいつ見られたのだろう?姫君の間か?
「ちょっと、聞いてるの?」
カレエは自分の思った通りの反応が、レオにない事に気が付き苛立った。
「ええ。ちゃんと聞いてましたよ」
とレオはのほほんとした返事をした。カレエの意地悪が全く堪えてない様子だ。
「何その態度。私に言われても平気のようね」
「ま、私の事は本当の事ですし、カレエ様はイノス様の事、本当に好きなんだなって思いまして」
レオはふふふと微笑んで見せた。
「何よその上から目線!イノス様の妻になれたからって、いい気分でいるのでしょう!」
カレエはレオの態度に激怒した。
「いいえ、イノス様の妻になりたくて此処に嫁いだわけでもないし、愛されている自信も無いし、イノス様がどんな人かも一切分からないです。なんだか先が思いやられるっていうか・・・・・はは」
レオはポロリと本音をもらした。
「そうなの?イノス様はあなたに冷たいの?」
意外なレオの返事にカレエは驚きを隠せない。
「というか、一回だけこの部屋にいらっしゃっただけで、後は少し会話をしたくらいで、無視されていますね」
レオは他人事みたいに淡々と話した。
「ふうん、イノス様ってあなたの前だと、どんな感じ?」
カレエはイノスとレオの関係に興味津々だ。
「えーと・・・・・・。基本ムスッとしていらっしゃいます」
「そう、イノス様は笑顔の素敵な方なのに・・・・・・。そう、そうなの。イノス様はあなたが好きだから結婚した訳じゃなさそうね」
「はあ、そうみたいですね」
旦那様が笑顔・・・・・・想像できないな、レオは自分の夫の意外な顔を知って内心驚いた。
「何だか拍子抜けしたわ。イノス様に愛されてないなんて、可哀そうなあなた」
「はあ」
「イノス様が相手にしてくれなくて寂しかったら、私の所へいらっしゃい。退屈しのぎにお話し相手になってあげる」
とカレエは先程見せた態度と打って変わって、親身になってそう言った。
「ありがとうございます」
とレオは急に態度が変わったなと思いながら礼をした。
「いつでもいらして」
カレエはそう言うと微笑んだ。レオへの怒りは同情へと変わっていったようだ。
それからカレエは旦那様のクロウド・アム・シュリアンに押し切られて結婚した事などを話してくれた。彼女の旦那様については「だって、愛するよりも愛されて結婚した方が幸せになるでしょ。あの人私にベタ惚れなの。だから、結婚したのよ」とのろけのような事を語った。
―基本悪い人じゃなさそうだな・・・・・・。レオはカレエの人柄を振り返りそう思った。
イノス様は笑顔の素敵な方か・・・・・・あの冷たい表情の人が笑顔ね。彼の笑顔が拝める日がくるのだろうか・・・・・・。カレエが部屋を去った後、イノスの事を思い、レオは深いため息をついた。それから茶器の片付けの為、エーメを呼んだ。




