第十四話
完結しました。第八十九話までの物語です。主人公レオーナの物語をお楽しみください。
部屋に帰ると夕食が用意されていた。
「ふむ、見た目は綺麗なんだけども」
レオはウェンデルの料理に溜息をついた。
濃い味のセオドアの味が懐かしかった。ティーチェソースの料理をもう一度食べられたらなぁ・・・・・・。レオは少し故郷に帰りたい気分になった。
父王様にセンドリーにクインシー、元気でいるだろうか。ケンフォレンとマーモットは祖国を旅立ったかな。ジーン姉さまは私の事を恨んでいるに違いない。自分より姉さまがウェンデルに嫁げば良かったのに・・・・・・。あんなにウェンデルに行きたがっていたのに、なぜ私なのだろう・・・・・・。ジーン姉さまはウェンデルの事を知り過ぎた、と父王様は言っていた。何を知り過ぎたのだろう。あの晩ジーン姉さまは使者に青の剣の事を口にした。
―シェルシード・・・・・・青の剣。この事だろうか。今のレオにはそれしか手掛かりが無い。あの時姉さまは何が言いたかったのだろう。
「明日調べてみよう・・・・・・」
レオはそう決心すると静かにフォークを置いた。
次の朝、朝食をすませ、エーメに知識の塔に行く事を伝えると「今日は駄目です。お作法を習う事になっております」と断られた。
「お作法?」
レオは何をするのか見当もつかない。
「お客様をもてなすお茶の作法など、―とにかくウェンデルで過ごす為に色々作法を覚えないと駄目なんです。すみません」
エーメは申し訳なさそうに謝った。
「いや、謝らなくていい、大丈夫だ」
とレオはエーメがすまなさそうに、固く小さくなっているのを、解きほぐすように彼女の肩をそっと撫でた。
「今現在、レオーナ様に会いたいというお客様がいらっしゃいます。カレエ様とマドリー様のお二人です。そのお客様をもてなす為、まずはお茶の作法から学ばないといけません」
とエーメが言う。
「―私に会いたいという方はカレエ様とマドリー様?どんな方だ?」
「カレエ様はダーラの姫君で、芸術家でいらっしゃいます。黒髪の美しい方です」
「芸術家なのか。どのような事をしていらっしゃるのか?」
「そうですね絵画とか習字などあらゆる芸事に造詣のある方ですね。数人の教え子がおられるとか」
「へえ、教え子がいるほどの方か、会うのが楽しみだ。それで、マドリー様はどのような方?」
「マドリー様は、ただいま妊娠しておりまして、体調が悪いとの事。お会いするのはしばらくかかるかと思います。でも、マドリー様はレオーナ様にお会いするのをとても楽しみにしておられます。小柄な可愛らしいお方です」
「そうか、妊婦の方なのだね。お会いするのは、こちらはいつでも構いませんので、お身体を大切にして下さいとお伝えしてくれ」
「承知いたしました。そうお伝えいたします」
とエーメはそう言うと頭を下げた。その彼女によろしく頼むとレオは肩を軽く叩いた。
「じゃ今日は知識の塔には行けないのだな?」
レオは残念そうに言った。
「今日だけじゃありません。姫様には色々仕事の日がございます」
「仕事?」
レオはウェンデルで仕事をするとは思わなかった。おのれ父王様め!こんな事聞いてないぞ!どこが三食昼寝付きだ!と父王を恨んだ。
「姫様方で刺繍をする日などが、ございますよ。月に一、二回は行われております。後、夏までに一行詩を書いていただきます。一行詩は字のごとく一行の詩で成り立つようお願いいたします。お題は特にありませんので、自然や音楽などで閃いたものを素直に綴られたらどうでしょう?ちなみに、お題が被ると恥ずかしい事とされますのでお気をつけて下さいませ。一行詩は一年に一回ウェンデルの神に捧げるものなのです。この城の地下にあるという荒ぶる神の心を静め、眠りについていただくためのものです。神は同じ題だと眠りにつく事が出来なくなると言われております。一行詩は同じ題だと詩としての役割が果たせなくなります。そうなると大変な事となりますので、お題被りは恥なのです。一行詩はイノス様とレオーナ様が、それぞれ考えた詩を提出します。夫婦で対となります。夫婦はお互いの一行詩を知る事が出来ません。勿論他の人の一行詩もです。発表時に初めてレオーナ様は、他の方の詩を知る事となります。詩を綴る者たち(ウェフ・リー・ハバート)と呼ばれる方達が、詩を選考されます。そして、ウェンデルの広間にて皆が集まり、その場で今年の一行詩が発表されます。これを歌会の日と呼びます。ウェンデルにとって一番と言ってもいいくらい、重要な行事ですから、真剣に向き合って下さい。自分達の一行詩が選ばれるのは、夫婦にとって名誉な事、頑張ってくださいね」
「ふむ、そんな行事があるのか・・・・・・じゃない!そんなにやることあるのか?毎日通い詰めで塔に行くつもりだったのに」
レオは知識の塔に行けない事実を、突きつけられて落ち込んだ。
「そうだったのですか。よほど知識の塔がお気に召したのですね」
とエーメが同情するようにレオを見つめた。
「うむ、とても興味深いところだった」
レオはしみじみと塔の様子を振り返った。
「そうですか。じゃ、早く知識の塔に行けるように、作法を自分のものにしないと駄目ですね」
エーメはレオを励ますように、にっこりと微笑んだ。
「やはり作法を覚えないと知識の塔に行けないのだな?」
とレオは残念そうにエーメに訊ねた。
「ええ、そうですよ。頑張って覚えましょう。覚えたら即、知識の塔に行けるよう手配致しますから」
エーメは頑張りましょうね、とレオの手を両手で包んだ。
「わかった。これさえやれば塔に行けるのだな?」
レオはさっさとその作法を覚えて、塔に行くぞと気合を入れた。
「ええ。さ、早速始めましょうか。準備致します」
エーメは茶器などを部屋の床に並べ始めた。
茶器は白磁の陶器で揃えられており、どの物にも細かい花柄を絵付けされていて美しい。
「へえ、綺麗だな」
レオは茶器の一つを手に取って眺めた。
「イルファという土地の白磁を扱う窯の一品です。もうイルファではこの品は作られておりません。貴重なお品なので気を付けてお使いくださいませ」
「あ、そうなのか。気を付けよう」
レオは慌てて茶器を元の場所に戻した。
「ここからは、レッシー様がご指導されます。レッシー様!用意が出来ました」
とエーメが呼ぶと「わかりました。よろしくお願い致します」とレッシーが部屋の中へと入って来た。
「では始めます。茶器は急須、茶碗です。後は茶葉を入れる匙、お湯が入っている瓶、砂時計、以上です」
レッシーは一つ一つ丁寧にレオに説明してくれる。
「まず、茶器にお湯をかけて温めます。そして、茶碗にお湯を注ぎ少し待ちます。急須に茶葉を入れてください。そうしたら急須に茶碗の湯を入れてください。この砂時計の砂の溜まった方を上に向け置いて下さい。その砂が全て落ちたら、急須を高く掲げて茶碗にお茶をこの様に注ぎます」
レッシーはそう言うと、急須を肩よりも高く上げた所から、茶碗に勢いよく入れ始めた。
「おお!そんな事をするのか?セオドアでもお茶はいただくけど、そんな事はしなかったな」
とレオは驚いた。
「この方がお茶を美味しくいただけます。そして最後の一滴まで出し切ります。最後の一滴が、一番美味しいので粘って出して下さい」
レッシーは急須の中のお茶を、絞り出すように茶碗に注ぐ。
「そうなのか?そんな事気にしなかったな」
へえ、とレオは感心した。
「どうぞ、一度飲んでみて下さいまし」
お茶の最後の一滴を落とすと、レッシーは茶碗を差し出した。
「うん」
レオは勧められた通りにお茶を口に含んだ。
「おお!お茶の味が深い!美味しい!出汁のような、何かコクがある・・・・・・すごくいい香りが鼻に抜けて美味しいぞ」
生まれて初めてだ、こんなお茶飲んだのは。レオはこのような美味しいお茶があるのかと感動すら覚えた。
「そうでしょう。お茶が美味しくなる作法ですから」
レッシーは自慢げにそう答えた。
「このお茶はいつでも味わえるのか?こんな美味しいお茶なら毎日でも飲みたいものだ」
レオはお茶を堪能しながらそう言った。
「いいえ。お客様がいらした時しか、お出しできません。この茶葉は大変貴重なものですから」
「そうなのか?残念だ」
美味しいだけに希少価値が高いのだろう。レオはそう解釈した。
「さ、まず茶碗に注ぎ込む作業から始めましょうか。この動作が一番習得するのに時間がかかりますから。まずはお茶ではなく水で練習してみましょう」
「うむ、わかった。やってみよう」
レオは張り切って、レッシーにお茶の作法を学んだ。
先ずは急須を肩よりも上に持ち、腰の位置辺りの所に手を置いた茶碗を目がけて注ごうとしたが、なかなか水が茶碗に入らない。数分も経たないうちにレオの服はびしゃびしゃに濡れてしまった。
「・・・・・・あまりこの作法に不向きかと思われます」
レッシーの容赦ない言葉が胸に突き刺さる。
「―そうだな。無理みたいだ」
レオは自分の不器用さに落ち込んだ。
「しかし、このレッシーにお任せください!一流の作法を徹底的に仕込んで見せます。びしびししごきますよ!覚悟して下さいまし!」
レッシーは興奮気味に叫んだ。
「是非ともよろしくお願いいたします」
レオは深々と頭を下げた。
「姫様、私にそのような態度は控えて下さいませ」
とレッシーは少し困ったように、頭を下げたままのレオの体を起こした。
「うん、わかっている。あなたに敬語を使わなくてはいけない程、頼りにしているってことだ」
レオは縋るように、レッシーの手を取って彼女に頼んだ。
「そうですか!では一切の手も抜きませんから、姫様もついて来て下さい!早く作法をものにしましょう!」
レッシーとレオは固い握手を交わした。―早く作法を覚えて知識の塔に行けますように!レオはそう心から願った。




