第十二話
完結しました。第八十九話までの物語です。主人公レオーナの物語をお楽しみください。
知識の塔と思われる塔はソード達がいた噴水の奥の右にあった。円柱型になっていて天井部分はガラス張りの丸天井のようで、この建物の中の様子が少し窺える。そこを見る限り二階建てのようだ。
「・・・・・・ここかな?」
レオはあたりを見まわしたが、それらしき建物はこの塔の他はなかった。
「きっとここだろう」
レオはその塔に近づいた。遠くで見るより意外と大きいな・・・・・・。彼女は塔を見上げながら、塔の入口であろう扉の取っ手に手を掛けた。
「―!」
すると、手に静電気のような痛みが走った。
「何だ?これ」
レオは自分の手を見つめた。扉に触れた部分が青白く光っている。その光は次第に消えていった。
「また何か紋様ができるのか?」
手の平と手の甲をしばらく確認したが何もない。
「どうするか・・・・・・また痛い思いしないといけないのか?」
レオは扉の前で思案した。
「ふむ・・・・・・もう一回扉を開けて駄目だったら他を探そう。知識の塔ではないかもしれないし」
そう決心したレオは、エイッとその扉のノブに触れ開けた。
――扉はレオが思っていたよりすんなりと開いた。
「ええっ!」
思いっ切り扉を押したので、レオは勢い余って前に倒れそうになった。
塔の中に入ると扉を閉める音が響き渡る。静かだ。円柱の館内に本棚が所狭しと並んでいた。本の表紙の革の匂いと紙の古い匂いがする。塔の天井のほとんど全部が天窓になっており室内はかなり明るい。その光の中で人がうずくまっているのを見ると、レオはそっとその人物に近づいた。
―イノスだ。何か分厚い本を抱えて眠っているようだ。光がイノスの髪を明るく縁取り長い睫毛が影を落とす。意外とその寝顔は可愛い。
「起こさないようにしてやるのだ」
レオが彼の顔を覗いていると、突然後ろから声をかけられた。振り向くとレオの腰の丈くらいしかない小さな老人が、ニコニコしながら立っている。
「この者は疲れておる。ゆっくり休ませるのだ」
「ええと・・・・・・あなたはどちら様?」
急に現れた老人にレオは驚きながら訊ねた。
「ふふ、ワシか?ワシはディ・フォン、この国の王だ」
ディ・フォンはえへんと胸を張ってみせた。
「えっ?!」
レオはそう聞いて驚いた。もっと国王は大きくて男らしい人だと思っていた。ディ・フォンは子供の様な背で、身体もレオが一撃で倒せそうなくらい弱々しい。
「―失礼しました。このたび輿入れいたしました、レオーナ・ランド・イシリスと申します。よろしくお願い致します」
レオは慌てて礼をとった。
「うんうん。ディ・フォンじゃ。よろしくな」
ディ・フォンはレオの手を取って、ぶんぶんと握手した。
「―ところで、レオーナや、本が好きだと聞いたが」
「あ、はい。とても好きです」
「そうか、ここには貴重な本が沢山ある。楽しんでくれ」
とディ・フォンは嬉しそうに頷いた。
「ありがとうございます。こんなすごい本のある書庫に入らせて下さって、感謝しかないです。ここだと何時間でも過ごせます。許されるなら毎日でも通いたいくらいです」
「ほう、余程本が好きなのだな」
「ええ、これが無いと生きてゆけない程です。ここだと一生かけても読み切れない程、本があります。ここに来れてよかった」
「そなたは本の虫じゃな。どんなものが好きなのじゃ?」
「えーと、そうですね。歴史ものと世界を知れる地理とかです」
「ふむ。歴史ものはレオーナでは、ほとんどのものが読めまい。文字が古代のもので、複雑でな。イノスかワシに歴史の事は聞くがいい。歴史ものはオウリエン書記を読むとよい。そなたでも読めるものだ。この国の歴史がわかりやすく纏まっている」
とディ・フォンは一冊の本をレオに渡した。
「で、これが辞書じゃ」
のしっとレオの腕に分厚い辞書を重ねた。
「―地理は地図などから他の世界が調べられる。自由に見るがいい」
「はい、ありがとうございます」
レオは嬉しさ一杯の笑顔をみせた。
「―それで、イノスとはどこまでやったのじゃ?」
と突然レオにそう訊ねてきた。
「―へ?」
レオは質問の意味を理解できない。
「手袋を取るがよい。見せてみい」
「あ、あの」
ディ・フォンは、うろたえるレオの右手の手袋を取った。手の甲は赤い紋様が浮かび上がっている。キスだけだって分かってしまう。おう、恥ずかしい。
「―なんじゃ、キスどまりか。つまらないのじゃ」
ディ・フォンは深いため息をついた。
「これでは子供が出来るのも、まだ先なのじゃ」
ディ・フォンは目に涙を溜め、しくしくと泣き始めた。
「あの、そんなに、お泣きにならなくても」
と慰めようとしたレオにディ・フォンはガッと詰め寄った。
「―おぬし、もう少し色気を出してイノスをメロメロにするのじゃ」
「えっ?そ、それは」
レオは困惑した。そんなに子供が欲しいのだろうか。
「もっとこう、しなをつくるといい。目線は流し目を使ってこうじゃ」
ディ・フォンは色っぽくポーズを決めて見せた。レオがするより断然上手い。ディ・フォンの方が女の人のようだ。
「―え、そんな事・・・・・」
恥ずかしいな・・・・・レオは困った事になったと戸惑っていると「父王うるさい」と後ろから声がかかった。振り向くとイノスが立っていた。
「イノス!キスどまりとはどういう事じゃ?」
とディ・フォンがイノスに詰め寄る。
「父王うるさい」
イリスはうるさそうに、窓際の方へと歩いて行く。
「こら!イノス!ワシの質問に答えんか!」
「―眠い、寝る」
イノスは寝床を整えると、すぐに眠り始めた。
「イノス!」
ディ・フォンはイノスを揺さぶり起こそうとした。
「あ・・・・・・あの、疲れているから、ゆっくり休ませてあげるのでは?」
レオはディ・フォンの動きを止めようと彼の肩を掴んだ。
「む、そうであった」
ディ・フォンはイノスから手を放した。そしてイノスから離れた場所へと歩いて行く。
「こやつはこんな風だから、レオーナ、お前から誘うのじゃ」
「―あの、まだ子供は早いんじゃないかと・・・・・・」
レオは焦りながらディ・フォンに訴えた。
「そんな事は無い!子供を作るのじゃ!ウェンデルは子が少ないのが難題なのだ!」
怒り狂ったようにディ・フォンは叫んだ。
「まだこちらに来て間もないですし・・・・・・。心の準備が・・・・・・」
そう言うレオの言葉を聞き、彼は怒りを抑えた。
「む、それもそうじゃな。・・・・・・気が急いでいた。すまぬ」
ディ・フォンは深々と頭を下げた。
「いえ、国王様にそこまでしていただかなくても・・・・・・」
レオはディ・フォンの肩にそっと触れた。
「二人仲良くおなり。早くな」
再び顔を上げたその表情は穏やかで、先ほどの怒気は何だったのかとレオは思った。
「はい」
レオは二人の仲が上手くいけるようになるか、自信が無かったが、ディ・フォンを安心させるため、彼にそう答えた。
「ここの分からない本で、ワシの解説が欲しかったら、女官にでも伝えるがよい。なるべくそなたの助けになろう」
「え、いいんですか?」レオが嬉しそうに顔をほころばせると、「国王の仕事は大変じゃ、ここに来て息抜きをさせてもらおうと思っている」それはもう大変なのじゃとレオにそう漏らすと「それではまたな」ディ・フォンはそう言うと、あっという間にレオの前から立ち去った。その直後、バタバタと男達が知識の塔に入って来た。見る限り三人の様だ。皆がっしりとした体躯の若者たちだ。
「失礼いたします。此度輿入れなされた姫君ですね。我ら国王の専属騎士兼文官でございます。私はゲルダム・インゼと申します」
と茶色の髪と薄い青の瞳の特徴の男がレオの前で跪く。
「同じく専属騎士のテニムス・ウォーダネンと申します」
彼らの中で一番長身の男が礼をとった。さらりと髪が流れる。その者は栗色の長い髪を後ろに束ねていた。
「私はセノム・ダレイと申します。突然の非礼申し訳ありません。王様がここに、いらっしゃいませんでしたか?」
と息を切らしながら、鮮やかな赤髪が印象的で、彼らの中で一番小柄な少年が、レオに訊ねてきた。
「はい、先ほど・・・・・・。どこに行かれたかはわかりませんが」
レオは何事かと驚きながら答えた。
「又逃げられた!あれ程書類に目を通して下さいと頼んだのに!」
セノムが、がくりと肩を落とした。
「行くぞ、セノム。王を探すのも我らの仕事の一つだ」
と、ゲルダムがセノムの肩をポンと優しく叩いた。
「次は外に行ってみよう、どうだ?テニムス?多分、例の場所に向かわれたのでは?」
「そうだな、外だと行くところは大体察しが付く。ゲルダム、お前の勘を信じよう」
とテニムスが頷いた。
「では、失礼いたしました」
三人はレオに一礼すると知識の塔から去って行った。
「実はまだここにいるんじゃよーだ」
とレオの前にディ・フォンが姿を現した。
「えー!」
まだここに居たのかと、レオは驚いた。
「まだまだじゃのう。それではな!」
と言うと風の様に去って行った。素早い。あれは老人の動きじゃない。
―ただ者じゃないな、とディ・フォンが過ぎ去った空間を眺めながらそう思った。




