第十話
完結しました。第八十九話までの物語です。主人公レオーナの物語をお楽しみください。
「おはようございます、姫様」
レオが寝ぼけまなこで目をこすると、レッシーが寝具を片付け始めた。
「おはよう、レッシー」
レオはボーっとしながら挨拶した。
「おや、なるほどキスどまりでしたか、昨夜の晩は」
レッシーはレオの右手をちらりと見てそう言った。
「な、なぜそれを?」
レオはその一言で一気に目が冴えた。
「手の甲の色でわかりますよ」
「色?じゃ色が変化するのか?」
驚いたレオは右手の紋様を見つめた。
「そういう事です。夫婦の仲が良ければ色も変わってきます。キスは赤ですね」
とレッシーは答えてくれた。
「そうなのか・・・・・・」
夫婦の秘め事を見透かされるってどうなのだ!とレオは焦った。
「さ、それはさて置き、姫様は外にお出かけになりたいとか?」
「うむ、城中をもっと見て回りたいし、この部屋でじっとしているのは、どうもしんどいと思う。あと書庫とかないのか?」
とレオはレッシーに訴えた。
「ええ、ございますよ。イノス様の許可が出ておりますから、朝食後にでもお出かけになりますか?」
「本当か?じゃそうさせてもらおうかな」
レオは嬉しすぎて、つい弾んだ声を上げた。
「かしこまりました。では朝食をおとりくださいまし」
「うん、ありがとうレッシー」
レオは急に心が軽くなった気がしてきた。
朝食がレオの前に並べられる。カルフで作られたパンにスープに果物が今日の朝食らしい。ウェンデルの食事は少し味付けが薄いな。レオはスープを飲みながらそう思った。昨夜はそんな事に気が付かない程緊張していたのかな?それにしても薄い味だ。塩をもう少し入れたい気分だ。セオドアの料理はもっと濃い味付けだった。一生この味を食べ続けなくちゃいけないのか・・・・・。クインシーの食事が懐かしく感じた。あの味は二度と口にできないのだな。レオは少し落ち込みながら淡白な味の朝食を平らげた。
朝食後、レオはレッシーに着替えるように言われた。
「どうして?」
「まずは袖を通して下さいまし、私は背を向けますから」
レッシーは服を差し出した。これは下着ですと白い上下の服も渡された。
「―?うん」
レオはどう見ても男物の服に、違和感を覚えながらその服を羽織った。
「着たぞ。これって男物か?」
立て襟に銀糸の飾りのついた上衣に下服。昨夜のイノスの服装に似ている。
「そうですよ。城の中は基本的に召し使い以外の女性は歩けません。書庫に行きたければ男装するしかないのですよ」
とレッシーはレオの上衣の留め金を留めながら答えた。
「じゃエーメみたいな恰好じゃ駄目なのか?」
エーメの服装は茶色の上衣に細い帯を締めている。丈も膝が隠れるくらいで動きやすそうだ。この格好だったら楽そうだなと、レオは彼女の服を着てみたかったのだ。
「召し使いも入れる所が限られています。姫様がご覧になりたい書庫は男性でないと入れません」
きっぱりとレッシーは言い放った。
「そうなのか?」
残念そうにレオは訊ねた。
「そうです」
とレッシーは、にべもない。
そうこうしているうちに、レオは服を着替え終えた。
「エーメ姿見を」
「はい、レッシー様。・・・・・・!!まああ!!」
部屋の外から鏡を持って来たエーメは、レオの姿を見て歓喜の声を上げた。
「素敵ですわ!レオーナ様は男装の麗人ですわね!これなら、どんな男どもも負けますわ。女の方はよろめきますわ」
エーメは、はああと息を漏らしレオを見つめた。
「エーメ、姫様の前に姿見鏡を」
興奮気味のエーメに、レッシーは冷静に声を掛けた。
「はい、レッシー様」
レッシーの指示にエーメは少し落ち着いたようだ。
「・・・・・・男装の麗人ねぇ」
鏡に映った自分を見てレオは呟いた。白地に銀糸の刺繍が施され膝まである上衣は腰の部分でくびれ、レオの身体の細さを強調している様にも見える。下服はぴったりとレオの足に合い、かえって女らしさが出ている様にレオは感じた。
「女って分かるんじゃないのか?」
とレオは不安気に聞いた。
「そこが良いのです!素敵です!」
エーメはキラキラした瞳で答えた。
「エーメ、姫様の御髪を整える事に集中して、それから、手袋をお渡しして」
再びレッシーの冷静な指示が入った。
「手袋?」
とレオが尋ねると、紋様が見えない様にする為です、とレッシーが答えた。エーメがレオに手袋を渡してくれたのでレオは手袋をはめた。
「はああ。素敵すぎる」
エーメは興奮して胸を押さえて、レオの姿にうっとりしている。
「エーメ、口じゃなく手を動かしなさい」
「はい、申し訳ありませんレッシー様」
エーメはレオの長い髪を鬢の前を二房に残し、後はリボンで後ろに束ねた。
「素敵ですわ!エーメは一生レオーナ様について行きますわ!」
「あっそう・・・・・・」
レオはエーメの気迫に負けそうになり、困り顔だ。
「そういえば、ウェンデルの女性は、うなじを見せては駄目なのでは?この髪型だとうなじが見える気がするけど」
とレオはふと疑問に思った。
「だからこその、男装です。今から姫様は男の方です。その格好をしている時は、男の方として振舞わねばなりません」
「ふうん、そうか。じゃ声とかに気を付ければいいのか?」
んん、とレオが喉の調子を整えようと咳ばらいをすると、「そこまでする必要はありません。形式上男性となっただけで、見た目も女性であることは分かりますし」とレッシーに突っ込まれた。
「では、わたくしエーメが途中まで送らせていただきます」
レオはエーメに連れられ、女人の間から外へと出た。そして最初にここに来た時と同じ場所である中庭へと案内された。その奥にある頑丈そうな大きな扉の前に立った。
その扉は玉虫色をしており、美しい輝きをしていた。
「美しいな、この扉は何でできているのだ?」
「フェマリーンという鉱物からできております。この扉は合金化されておりますが、鉱物はこのように、もっと濃い色をしております」
エーメは一かけらの鉱物をレオに見せた。私の宝物ですとエーメは微笑んだ。
「本当に綺麗な玉虫色だね。つやつやして柔らかい」
「この鉱物は合金化すると硬くなり丈夫になり、本来は柔らかいため採掘しやすいのが特徴です」
「何処で採れるのだ?このようなものを」
「遥か北の大地と聞いております」
じゃ、行きましょうかとエーメは扉を開いた。
扉の奥には多くの人々が行き交う広場が存在していた。ここの人々はレオが知っている人種じゃない者たちとか、見たこともない衣装が行き来して目が回りそうだ。
「・・・・・・」
レオは人々に注目されているような気がして不安に思った。
―まさか女とばれたんじゃないか?とレオがエーメに小声で言うと「いえ、レオーナ様が美しいから見つめられているのだと思います」と笑顔で教えてくれた。
「本当に?」
レオはエーメの言葉を怪しんだ。
「ええ、娘達がそわそわとレオーナ様を見つめてらっしゃいますわ」
「ふーん」
レオがエーメが指し示す娘達に目をやると、彼女達は恥ずかしそうに顔を覆ってどこかに行ってしまった。
「エーメの言う通りだったのか?」
とレオがエーメに訊ねると、ええ、そうですとも、と彼女は笑った。
「この場所は多くは召し使いや一部の商人の者が集まる場所です。ここが調理室。そしてここが私ども召し使いの部屋などがございます」
次々とエーメは様々な広間や部屋を突き抜けていく。レオは帰りで迷うかもしれないと不安に思った。
「レオーナ様は旦那様からお小遣いを、少しながらいただいておりますので、ここの中の商品を買う事も出来ますよ」
「え?そうなのか?いくらぐらい貰えるのか?」
「そうですね、毎月着物二着か・・・・・・レオーナ様の好きな歴史本などでしたら一冊ご購入できますよ」
「着物より本一冊の方が高いのだな」
「本は貴重品でございますゆえ。それでも、安い本もございます。マリアロッテのような小説などは私ども女官でも手に入ります」
「そうなのか」
では、あの小説もここで買えるのかもしれないな。レオは思わず、ほくそ笑んだ。
「それから、この財布をお使いくださいませ」
エーメは白の生地に黄色と青色の刺繍が施されている財布をレオに渡した。
「これは?」
「私の手作りです。お使いいただければ嬉しいのですが」
「花がモチーフなのだね。可愛いな、気に入った。是非使わさせてもらうぞ」
「ありがとうございます。レオーナ様に気に入っていただけてエーメは嬉しゅうございます」
「とても良い物をありがとう。大事にするぞ」
レオとエーメはお互いを見て微笑み合った。
「ここからが私達召し使いが入れない場所です」
エーメが指し示した、これまた大きな扉には、一組の男女が太陽を両手で包んでいる姿が、彫刻されている。これもフェマリーンで作られているようだ。
「この二人はなぜ太陽を包んでいるのだ?」
レオは不思議そうに聞いてみた。
「第二の太陽を二人は包んでいるのです。第二の太陽が舞い降りた後、このウェンデルが出来たとされています」
「第二の太陽?」
聞いた事のない言葉にレオは驚いた。
「すべてを変える禍々しい光とも、すべてを照らす聖なる光とも言われております。
元々この地は台地だったと言われ、第二の太陽が谷を作り今の地形になったとも。
つまり、ウェンデルは始めに第二の太陽ありきなのです。ウェンデルでは第二の太陽を崇め、祈りの対象として信仰している者もおります」
「信仰の対象に・・・・・・」
レオは興味深い話だなと思った。
「詳しくは知識の塔にて文献をお調べになれば、わたくしの説明より見識を深める事が出来ると思います」
「知識の塔?どこに?」
響きからして本が沢山ありそうだ。レオは興味津々に聞いた。
「ええと、二階の中庭にあると聞かされています。円形状の建物が中庭の四隅の一角にあるそうです。右奥の建物です」
「ふむ、二階ね」
「ではいってらっしゃいませ。日が暮れる前にここにお戻り下さいますように。必ずお守りください」
「うむ、わかった」
レオはエーメと離れる心細さを感じたが、やはり好奇心の方が勝ってしまい、意外と重い扉を押し中へと入って行った。




