〜1〜 プロゲーマーが転生してみた
〜1〜 プロゲーマーが転生してみた
ふと目が覚めると、そこは深い森の中。
頭には鈍痛が響いていた。
どこかで見たような様々な植物が生い茂っていて、視界には森の木々に遮られて尚輝いている日光が飛び込んでくる。
ここはどこなんだろう。
うまく思い出せない、俺はいったい何をしていたのだろうか。
カチャカチャ...
暗い部屋にコントローラーの音が忙しく響いている。
青いスローブに身を包んだ白髪の少女は、黒い刀を片手に疾走していた。
「野良神さんナイスカバー!サンキュー」
俺は花塚灯、29歳無職で一人暮らしの童貞且つ著名なゲーム実況者でもある。
今俺は日本で流行っていた、とあるMMORPGの最終ステージを生放送で攻略中だ。
このゲームは、地球より広いとされる広大なマップと自由度の高さから人気を生んだが、運営が『これ以上成長するのは不可能だ』と発表し、すでに最終アップデートも迎えている。
今じゃ俺は世界大会イベントで二位に大差をつけて一位になった、いわゆる世界トップランカーだ。
ゲーム実況者としての人生もこのゲームと共に始まり、一人暮らしの俺には使い切れないほどの収入を得るほどになっている。
そんなふうになれたのは、初心者の頃の俺を見捨てずに面倒見てくれたパーティメンバーのみんなのお陰だ。
パーティは全員で22人。
内6名が最初のパーティメンバーで、俺はこの6人に面倒を見てもらっていた。
俺は基本後衛なんだが、各ステージ攻略やパーティ対抗戦などを除く総力戦の場合は、このように前衛に出て戦っていた。
耐久力とアビリティには自信があるのだ。
その為、時には味方を守って盾になることもあった。
話を戻して、最終ステージ攻略も終盤。
生き残っているパーティメンバー全員とそれぞれが使役している使い魔もといNPC達を総動員して一気に畳み掛ける。
最後にパーティのリーダー“野良神さん”が、その手に持つ大剣でとどめを刺して最終ステージ攻略は終了した。
それから半年くらい経った頃、既に俺以外のパーティメンバーは全員やめてしまっていた。
彼らにも現実での事情があり、攻略し尽くしたゲームで遊ぶ余裕がなかったのだ。
俺も特にとどまる理由はなかったが、週三日という頻度で生放送するくらいしかやることがなかったので、とどまる事にしたのだ。
そんなある日、生放送中にバグの発生する座標を視聴者にコメントで教えてもらった。
そんなものまだ残っていたのか?いや、視聴者の冗談がなにかなのか?
発売当初からマップの地形自体はほとんど変わっていないから、だいたいの場所は覚えている。
だからそんな場所が今更見つかるなんておかしい。
なんて考えも浮かんだが、ちょうどネタがなくて困っていたから、行くことにした。
早速そこに転移魔法で転移してみる。
するとそこには真っ黒な丸い大きな穴が空いていて、俺の意識はそこに吸い込まれていった。
んで気がつくとここである。
最初は夢だと思ったが、感覚があったのだ。
そう、感覚だ。
自分がやっていたゲームは自由度が高いと言えどあくまでもテレビゲーム。
足元の草に手で触れるとチクッとする感覚があるのは言うまでもなくおかしい。
この時点で分けわからんのだが、直感的にわかってしまった。
.....異世界転生ってやつだこれ。
ふざけんな!どうしてくれるんだ俺の生活。
俺はよくある異世界転生ものの主人公みたいに現実世界に不満があったわけじゃないし、もしあの生活が自分にふさわしい生き方じゃなかったとしても俺はあれで満足してたんだよ?
せっかく世界一になったんだしもっと威張りちらしたかったんだ!...って言うのは本心じゃないが。
こんなの受け入れられない。
しかし…うん。 まずは落ち着いて情報収集だな。
…なんていっても周りは木だらけ。ただひたすらに木。
よし、情報収集なんてやめた。
次は自分だな。
さて、俺は今どんな姿をしているのだろうか。
大抵は前世の服装のままのはずだが...。
目線を下に向けると、そこには見覚えのある青いスローブがあった。
これは俺が前世のゲームでアバターに装備させていた自作の防具だ。
よく見ると靴や腕輪なども前世のゲームものと同じであるようだ。
ん?まてよ?確か俺のアバターの性別は...。
そっと股のあたりに手を添えてみる。
...無い。
嘘だ!童貞のまま人生を終えるなんて嫌だ!
こんなの酷すぎるよ。
もう一人の俺の出番はもう二度と来ないというのか…
ガクッと地面に倒れ込み、俺は嘆きに嘆いた。
この世界が何なのかは知らないが、現実世界に戻ることができるのなら戻りたい。
いや、絶対に戻ってやる。
俺は前の生活が良かったんだ。
ゲームと共に生き、ゲームで稼いだ金で飯を食う、そんな生活が。
そんな生活にどうにかして戻ってやる。
こっちに来れたんだ、きっと戻る手段もあるはず。
それを見つけるためにも俺は、この世界で生き抜いてやる!
こうして俺の異世界での冒険が始まったのだった。
頭髪は白く、毛先は濃い灰色。
片方だけ括られた長い髪は胸元まで伸びていて、垂れた前髪から覗かせる青い瞳は、龍を彷彿とさせる鋭い光を放っていた。
蒼色のスローブを身にまとい、両腕に銀の腕輪をつけたその少女は、森の中で一人呟いた。
「...ダルい」
ひとまず道を探そう。
道さえ見つかればどこか人の住んでいるところへたどり着けるはずだ。
間違って魔物に出くわしたりしませんように。
そう願って歩き続けて一時間。
言うまでもなく木だらけなのだが、わかったことがある。
それは、森に生えている植物は全てあのゲームにあったものと同じだということだ。
あのゲームにあったものと同じ植物、そして俺の姿がなぜかアバターそっくりになっている、と来たらやはりあのゲームの世界に入り込んでしまったと考えて問題ないだろう。
そうなると気になることが結構ある。
まずは土地に関すること。
俺の記憶ではあのゲームにはバグを懸念して木が密接して生えているエリアはなかったはずだから、覚えている通りの地形である可能性は低い。
つまり、以前の記憶に頼ることができない。
なので誰かに会って確かめる必要があるわけだ。
そして他に気になること、それはステータスだ。
こんなにあのゲームの要素が揃っているのだから、もしかすると魔法とかスキルとかも使えるかもしれない。
そう思って、心の中で「ステータス!」と念じてみた。
そんな簡単に行くものなのかな…
すると目の前にスクリーンのようなものが表示され、そこには俺の情報が映し出された。
心配してた自分が馬鹿みたいだ。
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種族名:人間
個体名:花塚 灯
Lv.100
HP:48500
MP:99999
SPD:42639
物理攻撃:11480
魔法攻撃:86950
物理防御:99999
魔法防御:99999
スキル:【鑑定Lv.99】【探知Lv.99】【転移Lv.99】【収納魔法Lv.99】【炎魔法Lv.99】【雷魔法Lv.99】【韋駄天走】【治癒魔法Lv.99】【状態異常無効化】【鑑定阻害】【探知阻害】【無属性魔法Lv.99】
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どうやら予想通りだったようだな。
ゲームのデータは全て引き継いでいるらしい。
そうわかってから、俺は【収納魔法Lv.99】からとあるマジックアイテムを取り出した。
見た目は金でできた短めの杖のようなもので、先端に埋まっている赤い水晶が特徴だ。
それは使い魔を召喚するアイテム「サモンイビルワンド」で、9体いる使い魔[=NPC]はすべて俺が一から作ったもの。
あのゲームの最終ステージ攻略でも世話になった奴らだ。
彼らは最低でもLv.90相当の実力を持っており、Lv.100に到達しているものもいる。
NPCの彼らが、この世界でちゃんと動作出来るかは気になるが…
手に取ったマジックアイテムからは、確かに彼らの存在を感じた。
まぁ、ここで召喚する必要も無いし、久しぶりの再開は余裕ができてからでもいいだろう。
ついでに言うと、収納魔法の中身もゲームの時と変らず残っていた。
しかし、問題は俺の強さがこの世界で通用するかだな。
それを確かめるためにも、いち早く人を見つけなければ。
スキル【韋駄天走】を使って森の中を疾走していると、突然目の前の景色が変わった。
徒歩約一時間と疾走約一時間でやっと道を見つけた。
【状態異常無効化】を常時発動しているから息切れこそしなかったが、なんというか精神的に疲れた。
幸い、【探知Lv.99】で村らしきものが近くに発見できたし、ゆっくり歩いて行くとしよう。
しかし言葉が通じるだろうか。
通じなかった場合は一から勉強しなければならなくなるから面倒だな。
いろいろ心配事はあったが、そういう事を考えているうちに村に着いてしまった。
通ってきた道の両側は森に囲まれていて、切り開らかれた場所に村が立っているらしく村の入り口に門番みたいな人が立っていた。
【探知阻害】を発動し、木陰に隠れて様子を見るとしよう。
下手に話しかけて「曲者だ!出合えー!」的な感じになるとかなり面倒なので、ひとまず門番を鑑定してみる。
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種族名:人間
Lv.7
HP:46
MP:0
SPD:18
物理攻撃:47
魔法攻撃:0
物理防御:20
魔法防御:0
スキル:【】
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うん?見間違いか?
え、この人門番だよね。
入り口守ってるんだよね。
え?弱くない?
これじゃあオーガ1匹も相手にできないじゃん。...冗談だよね。
いや、もしかしたらこの人は村で一番弱いから門番やらされてるのかもしれない。
どの道情報収集に来たんだ。
この事もきちんと聞いてみないといけないな。
というわけで門番さんのもとへ直行!そして元気よく挨拶。
陽キャの俺にはこのくらい容易いこと…
「……………こんにちは。今日もいい天気ですね」
「どうしたんだい?女の子一人で外を歩いちゃだめだろう?」
だめだ。
前世の俺が人と話したのは中学生が最後、もう顔を合わせて会話するとか久しぶりすぎる…
何話したらいいかわかんねぇ、っていうか女の子?俺子供なの?女になったのは知ってたけど...
「あのー…俺何歳に見えます?」
「…15歳くらいだな」
なるほど。体はすべてアバター通りになっているのか。
確かゲームでも俺のアバターの見た目も15~16歳くらいだったはずだから、実年齢に合わせて体が変化しているというわけではないらしい。
「ところで、君はなんの用があってここに来たんだい?最近は魔物がよく出るって話だからここに来る人は少ないんだが...」
魔物がよく出る?ここに来るまでに1匹も出会わなかったが...
俺の転生と何か関係があったりして?
「ここには道に迷って来てしまいました。帰り方がわからないのでしばらくここに泊めてもらえないでしょうか?」
「構わないが、一応村長に確認に行ったほうがいい。村の真ん中にある建物に村長が住んでいるから、寄っていきなさい」
「ありがとうございます」
この村付近の森で異変が起きているのならば、そこの調査も行えるじゃないか。やはりこの村に来て正解だったな。
「お邪魔します。」
扉を開けて入ったこの家は、この村の村長の住まいらしい。
さっき話していた門番に勧められ、村長に挨拶に来たのだ。
「おや、見ない顔じゃな。この村になんのようじゃ」
白髪の老爺が杖を片手に、気迫のある声で聞いてきた。
いかにも村長って感じだ。
でもその言い方はないだろ。客人だぜ?俺
「道の途中で迷子になってしまって、ここにたどり着きました。もし宜しければ、暫くここに泊めてもらいたいのですが」
「構わないとも。ここの裏に宿屋があるから、そこにいくとよいぞ。」
宿屋となると金が必要だな。考えてなかった。
ゲーム内での通貨なら腐るほどあるが、通用するかわからないからな…
とりあえず渡してみるか。
「?!おぬし、それは収納魔法ではないか?!」
「あ、はい。そうですが…」
ん?どうしたんだろう。
鑑定·収納·探知は誰でも使える汎用魔法のはずなんだが、何をそんなに驚いているんだ?
まぁそれより先に通貨だ。
「これで宿屋の代金を払うことってできますか?」
「え?あ…あぁ、ん?見たことのない硬貨じゃな。ここでは使えんが、客人ということならば代金は必要ないぞ」
やはり通貨はこれではダメか。
この世界の通貨を手に入れなければならないが、代金がいらないというのならばこの問題は後回しでいいか。
よし。とりあえずこれで生活拠点の確率は完了だ。
「これからお世話になります。今日はありがとうございました」
「あぁ…ゆっくり休んでいくとよい」
村長の家をあとにして、裏にある宿屋に向かった。
宿屋は村長の家よりすこし大きいくらいの民宿で、受付のお姉さんに事情を説明し、部屋に案内してもらった。
ベッドに体を倒してため息をつく。
「はぁ~。疲れたぁ」
人と話すのってこんなに疲れるものでしたっけ?
でも、情報収集が出来たのはかなりおいしい。
村長から聞き出せた情報は、
·この村はケレン村といい、マケドスヘイム王国領であること
·この村の南側の森には遺跡があり、魔物の住処になっていること。
·村の西側にしか出入り口はなく、その道を3週間近く歩いて行くと王国の首都であるルドニアという都市があること
·王都には冒険者ギルドがあり、たくさんの冒険者が集まっていること
·王国は今、東西に伸びるガルガンテ山脈を挟んでフランキスカ帝国と睨み合っていて、戦争が起きるかもしれないこと
ざっとこんな感じだったと思う。
聞いたこともない国や村·遺跡の情報。
俺の知る限りではそんなものはあのゲームにはなかった。
やはりこの世界は俺の知るゲームの世界ではないようだ。
とりあえず今日は人と話して疲れたから(と言っても話したのは門番と村長くらいだが)、怒涛の如く眠ってやる。
明日は今後の活動方針でも考えるとしよう。
次の日、俺は再び村長の元を訪ねた。
何やら騒いでいたので、気になったので来てみたのである。
家に入ると、昨日の門番が怪我を負って倒れていた。
「おぉ、おぬし良いところに来た。こやつの治療を手伝ってやってくれ」
村長を含め、何人かの治療班が彼を囲んで魔法をかけていた。
でもこの治療班の使っている治癒魔法は、見た感じだとかなり弱い。
Lv.5未満といったところだな。
こんなんじゃ治療なんてできやしない。
せいぜい痛みを和らげる程度だろう。
お世辞にも治療班なんて言えないな。
対する村長は、うん。前世のゲームで言えば弱いが、この治療班とやらよりは断然治療に向いている。
「治療すればいいんですよね?」
と俺は、おそらく治療の意味を理解出来ていないであろう治療班の方々を横目に【治癒魔法Lv.99】を発動する。
すると、門番くんの怪我はみるみるうちに回復していった。
「あ、ありがとう。凄いな、こんな治癒魔法は見たことがない」
「そんなことはどうでもいいです。村長、一体何があったんですか?」
門番の言葉をスルーして村長に尋ねる。
村長や治療班の方々も驚いているようだったが、それよりも今は何が起こったかが知りたいのだ。
もしモンスターが出たのであれば、あのゲームと同じものかどうか確かめる必要があるのだ。
鑑定はモンスターにも通用するから、見つけてしまえば簡単なのだが…
「どうやらオーガが出たようじゃな」
可哀想に…と続きそうな感じで村長は答える。
フラグ回収ご苦労さまです。
ほら言わんこっちゃない。
きっちりオーガにボコされてるじゃん、門番くん。
いや、これは結果としては良かったのかもしれない。
この村の回復力も確かめられたし、俺の見立て通りに門番がボコされたお陰でオーガの強さも予想通りだと分かったんだからな。
とりあえずそのオーガに会いに行くとしよう。
転生後の人生で初のモンスター討伐だ。
「今そのオーガはどこにいるんですか?」
「今は他の門番たちが扉を抑えているはずだから、まだ中には入って来ていないだろう…しかし君、まさか倒しに行く気か?」
「そうですけど」
俺の即答に門番くんは目を丸くしているけど、ついさっきオーガにボコられたやつに心配なんかされたくないね。
「おぬし…一体何者じゃ?その見た目で、単身でオーガに勝とうというのか?」
まぁそう聞かれれば、自信があると言えば嘘になってしまうな。
しかしその見た目でって言うのは聞き捨てならんな。
確かに見た目は「全体的青い白髪の齢15歳の少女」にしか見えんだろうが、それはアバターの見た目であって、中身は29歳無職で一人暮らしの童貞且つ著名なゲーム実況…
おっと、嫌な事を思い出した。
「単身で…というのは難しいかもしれませんね」
今回はあくまでも調査だ。
もしかすると、俺の思い浮かべているオーガとは全く違うものかもしれないし。
「ならば儂もついていこう」
「そ、村長?!」
後ろで治療班とやらが騒いだが、村長って強いのかな?
本人がそう言うってことはそれなりに実力があるのだろう。
鑑定してみるか。
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種族名:人間
Lv.17
HP:58
MP:60
SPD:15
物理攻撃:8
魔法攻撃:61
物理防御:11
魔法防御:76
スキル:【炎魔法Lv.11】【治癒魔法Lv.14】【無属性魔法Lv.4】
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なるほど。このステータスなら俺の知るオーガ1匹くらい相手にできるかもしれない。
しかし、思ったより弱い。
たぶんこの村長も村の中では弱い部類に入るんだろうな。
強い人が村長になるとは限らないし。
「失礼、鑑定させてもらってもよろしいかな?」
唐突な質問に戸惑ったが、答えないわけにも行かないのでとりあえず承諾。
「構いませんよ」
わざわざ聞いてくるあたりこの村長は紳士的だなーって思ってたら、懐から紐でくくられた黒い小石を取り出した。
「村長、それは?」
「これは、鑑定石というマジックアイテムじゃ。これがあれば、鑑定のスキルを持っていなくても【鑑定Lv.20】に相当する効果を発動できるんじゃぞ」
と、得意げに見せてくる村長。
なるほど。さっきから俺の探知に引っかかってたのはこれか。
ていうか、なんでそんなに得意げなの?
Lv.20ってそこまで高レベルじゃないよな。
せいぜいHPとMP、あとスキルが5個くらい覗ける程度のはずなんだが…
一体この世界はどうなっているんだ?
それはそうと、俺のステータス見られるのはまずい気がする。
彼は今から村の長としてオーガ討伐に向かうのだ。
彼に自信を失われては困るので、【鑑定阻害】で妨害するべきだろう。
「む?鑑定不能?初めてみたのう…」
鑑定していいと言っておきながら鑑定阻害発動してる俺マジ鬼畜じゃん。
なんか申し訳ないな。
「壊れてしまったのかもしれん。今度また新しいのを調達しに行くとするかの」
手間を取らせてすまん、と言って村長は家の外に向かった。
さて、この世界で初めての戦闘だ。
ワクワクする気持ちを抑えつつ俺は村長のあとに続いた。
門番と思しき人達が、扉を4人がかりで抑えている光景が目に止まった。
全員のステータスを確認してみたが、最初に会った門番くんとさほど変わらないようだ。
ほんと、よくあんなので門番が務まったな。
「あぁ、村長が来てくれた」
「この村随一の魔法使いが来てくれたぞ!」
「助かった…」
彼らは村長を見ると、口々に安堵の言辞を漏らした。
え?この村随一の魔法使い?
この村長ってこの村じゃ強いほうなの?何かの間違いじゃないのか?
あのステータスで強い方って...
確か村の人口は50人くらいだったはず。
えーと、村長がオーガ1匹に匹敵すると考えて、あの門番が10人でオーガ1匹を相手にできるとすると…
つまりこの村は、オーガが最低でも6匹来ただけで滅んでしまうってわけだな。
うんうん…ってだめじゃないか。
たった今目の前で扉が破られた。
はぁ、とため息を付きたくなる気持ちを抑えつつ、開いた扉から顔を覗かせたオーガを鑑定する。
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種族名:オーガ
Lv.4
HP:90
MP:22
SPD:32
物理攻撃:91
魔法攻撃:0
物理防御:68
魔法防御:88
スキル:【狂乱】
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赤黒い皮膚に強靭そうな肉体、体長は2.5mほどでこめかみの辺りには角が生えていて、片手には木の幹のような太い棍棒。
どうやら俺の知るオーガで間違いないようだな。
個体レベルがLv.4なのに魔法防御が88もあるのは、おそらく今までに何度か魔法使いと戦ったことがあるからだろう。
オーガが生まれながらに持っている【狂乱】というスキルは、1秒間にMPに1消費する代わりに発動中は物理防御·魔法防御のどちらも半分になり、SPDと物理攻撃に2倍のバフがかかるというものだ。
さて、村長はこいつに勝てるだろうか…
視線を横にやると、村長が隣で炎魔法を発動しようとしていた。
見たところ、発動するのは「火弾“ファイアボール”」のようだ。
この魔法はMPの消費が少なくクールタイムも短いので連射もできるし、かなり燃費のいい攻撃魔法だ。
しかしデメリットもある。
魔法の威力は個体レベルに依存するから、個体レベルが低いと火弾も弱いものとなってしまうのだ。
村長のレベルは17、上限が100であることを考えると威力はあまり期待できないだろう。
なにせ相手の魔法防御は88だ。
普通のオーガが相手ならダメージは与えられただろうが、これでは無理だ。
「火弾“ファイアボール”!!」
村長は杖を持っていない方の手から魔法を発射した。
しかし狙ったのはオーガ本体ではなく、その手に持った棍棒。
村長の火弾は見事棍棒に命中し、その火は瞬く間にそれを包んだ。
「ぐぉぉ!」
オーガはすぐに棍棒から手を離し、後ろにのけぞった。
どうやら火を嫌うのは本能的なものらしく、オーガは一切のダメージを追っていなかった。
しかし村長の判断は素晴らしいものだ。
まず武器を破損させることで相手の攻撃手段を減らす…
さすが指導者たる判断力、数字だけで相手の強さを判断していた自分が恥ずかしいな。
とはいえ、数字が戦況に全く影響を与えないわけではない。
村長には申し訳ないがここあたりで交代して貰おう。
「村長、下がってください。あとは俺がやります」
「む、しかし…」
「あのオーガは魔法防御が80を超えています。おそらく、今までに幾度か魔法使いと戦ったことがあるのでしょう」
「ふむ…確かにそのようじゃな…」
村長も鑑定石でオーガのステータスを確認したようだ。
「それではおぬしに任せるが、大丈夫なのか?」
「えぇ、問題ありません。戦うのは俺じゃないんで」
そういって俺は、使い魔を召喚するべくマジックアイテム「サモンイビルワンド」を取り出した。
今回わざわざ使い魔を召喚することにしたのには、2つの理由があった。
一つは、俺の実力を見せないため。
村に来た見知らぬ少女が、村随一の魔法使いである村長の数百倍強いというのが知れると、村長の面目は丸潰れだし、それにもし俺が有名にでもなったりしたら、厄介事に巻き込まれるかもしれないからな。
もう一つの理由は、NPCの状況が変化したかどうかの確認だ。
前世のゲームでは俺の命令通り使えてくれていたが、この世界ではどうなのか。
もし召喚された直後に暴れたとしても、俺の力でどうにかできるから問題はないはずだが…
召喚したのは、9体いる使い魔の中でも近接戦闘に長けた悪魔「メイフィス」。
黒いスーツに黒い手袋。
赤い瞳は獲物を狙うかの如く光り、真白い肌は見るものに恐怖を与えるほど。
紳士的な雰囲気を漂わせるその長身の男は、フラフープくらいの大きさの足元の魔法陣からゆっくりと姿を現し、俺の前に跪いた。
「お久しぶりです、御主人様」
「あぁ、久しぶりだなメイフィス」
喋った!ゲームの時はNPCだったから喋るなんてことはもちろんしなかったが、
どうやらこっちの世界では意思を持っているようだ。
さて、俺の命令通りに動いてくれるかどうか…
「メイフィス、早速だが命令だ。そこにいるオーガを好きに倒してみてくれ」
「御主人様のお望みとあらば…」
そう言ってメイフィスは立ち上がった。
問題ないみたいだな。
まぁでも今の彼らには意志があるようだから、ちゃんと考えて命令するように心がけておく必要がありそうだ。
しかしそれ以外にも確かめたいことはある。
NPCの設定欄が上限1700文字だったので、調子に乗って超細かく設定してしまったが、それもちゃんと反映しているのかという事だ。
「…好きに…倒して…」
声が聞こえた方に視線を向けると、まさに悪魔と呼ぶに相応しい冷酷な笑みを浮かべてオーガにゆっくりと歩み寄るメイフィスが見えた。
確かメイフィスに施した設定は…「紳士的且つ冷酷」って感じでだいたい合ってたはずだから、うん。反映されていると判断していいだろう。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
オーガは、目の前に迫ったメイフィスに向かって殴りかかった。
それをメイフィスは片手を添えるようにして止め、それと同時に反対の手でオーガの腕を切り飛ばした。
「?????」
オーガはその場に倒れ込み、訳もわからず悶絶していた。
メイフィスの武器は金属でできた黒い手袋で、指先が鋭く尖った爪のような形をしている。
ちなみにメイフィスのステータスはこんな感じ。
------------------------
種族名:最上位悪魔[グレーター·ダーク·デーモン]
個体名:メイフィス·ノヴァグ
Lv.100
HP:72690
MP:49600
SPD:37500
物理攻撃:82300
魔法攻撃:41110
物理防御:89700
魔法防御:38110
スキル:【鑑定Lv.60】【探知Lv.61】【影移動】【炎魔法Lv.99】【闇魔法Lv.83】【状態異常無効化】【鑑定阻害】【探知阻害】【地獄の業火】【無属性魔法Lv.33】
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メイフィスのHPは俺の約2倍、物理攻撃では俺を遥かに凌駕している。
前世で俺がやっていたゲームでは、同じLv.100のプレイヤーですら彼に勝てるのは俺と俺のパーティメンバー以外いなかっただろう。
彼の出る幕ではなかったかもしれないな。
逆に相手をさせられているオーガが不憫というものだ。
そうですねと言わんばかりにこちらに振り返ったメイフィスは、金属の爪に付いた血をハンカチで拭きながら肩をすぼめて見せた。
すこし視線をそらしてみると、そこにはバラバラになったオーガの体。
鑑定は…
するまでもなく死んでるな。
「おぬしら一体…!」
「あのオーガをこんな簡単に倒すなんて…」
村長や村人達はメイフィスがオーガを容易く屠った事にかなり驚いている。
オーガくらいの相手なら前のゲームでは当たり前の光景だったんだがな。
「おぬしら、実は名の通った冒険者だったりするのか?」
「あー…いや、それはその…」
どうやって説明したらいいだろうか…
素直に転生してきた異世界人ですと告白するべきか?
いや、それは止めたほうがいいな。
それこそ厄介事に巻き込まれかねない。
「じ…実は、俺達は辺境からやってきたものでして……そ、そう!冒険者を目指していたんです!」
「ほう…冒険者ですか…。それでしたら、王都ルドニアに向かわれるといいですね」
あれ、この村人達あっさり信じてくれた。
「しかし、その…そちらの男性は?冒険仲間と言うのであれば納得いくが、たった今魔法陣から出てきたようじゃが」
「そ、それは…」
一番聞かれたくないことを聞かれた…
「それにおぬし、先程あのオーガに魔法攻撃に対する耐性があると見抜いておったな」
「…!」
一番聞かれたくないことを聞かれた…
「御主人様、どういたしますか?」
「…!」
一番聞かれたくないことを聞かれた…
しかも小声で…!
「こ、こいつは俺の家の執事で…俺が冒険者になると言ったときに付いてきてくれたんです。そして今の魔法陣は、森の中に隠れさせていたこいつをこっちに転移させる魔法でして」
「おぬし、その見た目で転移魔法を使えるのか?!」
「えぇ。といっても、それを可能にしているのはこの腕輪なんですがね。これは俺の実家の秘宝で、親が俺を気遣って持たせてくれたものです。先程オーガを鑑定できたのもこれのお陰です」
ふぅ。とりあえず話は繋がったな。
「ほう。それほどの機能を兼ね揃えたマジックアイテムを渡されるとは…!おぬしのご両親は素晴らしいお方じゃな」
両親…親、か。
「……」
俺の親は、俺が18歳の頃にどちらもこの世を去っている。
学校も勉強もうまく行かず、学生としての人生を諦めた俺を最期まで愛してくれた。
二人の愛に応えるため、学生をやめた17歳の頃からアルバイトを始めた。
しかし二人はまもなく他界した。
もともと体が弱かった親だが、金もあまりなく病院に行けずじまいで、葬式もろくにしてやれなかった。
ひどく落ち込んだ俺はアルバイトをやめ、ゲームに逃げたのだ。
こんな親不孝な俺を、今でも愛してくれるだろうか。
「もしや…そなたのご両親はもう…」
「ご想像の通りです」
「それは…申し訳ない。不敬なことを聞いてしまったようじゃ」
「いえ、お気になさらず」
宿に戻った俺とメイフィスは、今後の方針について話し合っていた。
「御主人様、先程の冒険者になるという話ですが…」
「あぁ。この村の者たちに言ってしまった以上、なるしかないだろうな。それに冒険者になると情報収集も楽になるかもしれない」
「なるほど。了解しました御主人様」
そう言ってメイフィスは跪いてお辞儀した。
「なぁメイフィス、その『御主人様』ってやめない?なんかその呼び方すごくムズムズするからさ…」
「はい、ではなんとお呼びすればよいでしょうか?」
飲み込み早っ!
そういえば俺の名前まだ誰にも言ってなかったな…
「花塚灯だから、アカリって呼んでくれ」
「了解しましたアカリ様」
彼の飲み込みの早さには助けられる。
さっきの俺が適当に考えた設定も理解して対応してくれたからな。
しかし…様付けも辞めてほしかったんだが…
これくらい許してやるか。
「メイフィス。これから俺たちは冒険者になるために王都ルドニアに向かう。出発は明日、詳しい情報は後々伝える。」
「承知いたしましたアカリ様。ところで、他の者たちはどうするのですか?」
今メイフィスが言った「他の者たち」とは、他の使い魔達のことだろう。
「どこか俺たちが落ち着ける場所が見つかるまで、もしくは出て来てもらわねばならない緊急事態の時に呼び出すつもりだ。」
「なるほど」
ケレン村の南の森の奥深くにあるという、魔物の住処になっている遺跡にでも今度行ってみるとするか。
その時まで彼らには眠っていてもらおう。
今回、私の小説を読んでいただきありがとうございます。
書いたのはこれが初めてなのでおかしな所がたくさんあると思いますが、これからもっと良くなるように努力していきますので、応援よろしくお願いします。