爆走トラックは花嫁を添えて……
いつの間にか何だか良く分からなくなった話。
「ごめんなさい……貴方とはもう会えない……」
その言葉と共に流れる涙は別れの色をはらんでおり、波打ち際に残され独り佇む男の背中には、やるせなさと虚しさ……そして未練が漂っていた。
大手一流企業の参入で、経営が右肩下がりの地方企業は危機的状況下に置かれており、今まさに地元で5店舗を経営する『スーパー ヤケクソ』も例外では無かった。
破壊的な値下げシールが自慢の『スーパー ヤケクソ』は仕事帰りのサラリーマンや主婦の強い味方として、地元では知らない者は居ないほどの人気店だった。
しかし、それも近くに大型スーパーマーケットが出来て以来、客足は遠退き経営難に苦しんでいた。店の維持費、職員の給与、仕入れ先の廃業。時代の波は『スーパー ヤケクソ』をも呑み込もうと足下まで迫っていたのだ……。
「腹は決まりましたかな。店長さん?」
小太りのスーツ姿の男が、憎たらしい笑みを浮かべ『スーパー ヤケクソ』の店長へと挨拶にやってきた。
「何度来ようがこの土地、この店は売らんぞ!
帰れ!!」
新たな店舗の候補地として目を付けられた『スーパー ヤケクソ』は、超大型スーパーマーケット『極悪プラザ』に目を付けられ露骨な嫌がらせを受けていた。仕入れの妨害、虚言流布、時には悪質クレーマーまで送られる始末……。
しかしそれでも店を手放す事はしなかった。地元民の意地と言う奴だ。はたまたヤケクソかは知らないが……。その結果借金が膨れ上がり、遂に首が回らなくなってしまった。
「あなた! もう私耐えられないわ!」
「……ここまでか」
ヤケクソ店長はある日、極悪プラザの社長と会う約束を取り付けた。借金を帳消しに店を手放すつもりでいた。
「……ほなこれだけの額で買い取りましょ」
店長は文書に記載された内容とあまりにも少ない額に唖然とした。
「散々な嫌がらせの後にこれか……!!」
そこには店舗の改修費や工事費を差し引かれ、僅かばかりで叩き買い同然の売買契約が記載されており、尚かつスーパーヤケクソを極悪プラザの傘下に置く口実で、店長の娘を社長の側室にする旨が書かれていたのだ!
「雇われ店長として仕事を与えてやる。それならば定年までには借金は消えるだろう? ハッハッハ!」
完全に足下を見られたヤケクソ店長はそのまま苦虫を噛み潰した顔で帰宅した……。
(店だけならまだしも、娘はやれん……!!)
帰宅後、契約書を見た店長夫人は青ざめた顔をし、たまたま偶然そのタイミングで帰宅した店長の娘は、唯ならぬ二人の様子から何かを察した。
「お父さん……それ何?」
机に置かれた契約書を素早く拾い上げる娘。店長の制止も虚しく娘は自分の身に降りかかった災いを知る事となる。
「…………」
「大丈夫だ。お前は何も気にする事は無い。アイツの嫁になんかさせないからな……!!」
娘は契約書を机に戻すと二人に向けて柔やかに笑いかけた。その顔は何処か落ち着いており、決意と決別、意思と意地に溢れていた。
「いいわ。それでお店を守れるんでしょ? 私嫁に行くわ……」
「なっ……!」
「ダメだ!!」
二人は娘の提案に首を激しく振る。娘を犠牲にしたくない親心が激しく二人を突き動かす!
「ヤケクソは無くなるけど、新しくお父さんのお店として生まれ変わるんでしょ!? 私が行けば全てが収まるわ!!」
「アイツは他の店舗の娘を人質にして逆らえなくしている極悪人だぞ!?」
事実極悪プラザの社長は、事業拡大の為に他にも沢山の娘を人質同然として囲っており、自宅地下のハーレム部屋に幽閉していた。人質となった数多くの娘達は、人質としての役割の他に社長の性欲処理として酷い扱いを受けており、人権は無いにも等しかった。
そして大物政治家や工事会社の重役をハーレム部屋に招き、性接待を受けさせる見返りに便宜を図ってもらっていたのだ!
「他にも黒い噂は尽きない……だからお前をそんな奴の所へは絶対に行かせないからな!!」
大きく机を叩き、契約書を片手に部屋を出て行く店長。夫人はその場に泣き崩れ、娘は再び外へと出掛けていった……。
「ごめんなさい……貴方とはもう会えない……」
「……え? いきなり急な話って……そんな!」
「とにかく! 私結婚する事にしたの……!」
結婚の二文字に心を打ち抜かれる思いになった男は、足の感覚が無くなるような冷たさに襲われながらも、何とか頭を働かせ状況を整理しようとした。
「相手は極悪プラザの社長よ……結婚すればウハウハの日々が待っているわ。しがない運転手の貴方とは天と地よ……!!」
駆け出した彼女を追い掛けるにも足が思うように動かぬ男は、手を伸ばし懸命に彼女に声を掛けた。しかし彼女が振り向くことは一度たりとも無かった……。
「こんなシェケナな終わり方って…………!!」
男は消えゆく彼女の背中に寂しさを観ていた……。
その後、彼女は店長に内緒で極悪プラザの社長に会いに行き、極秘で契約を進めた…………
式は地元で盛大に行われる事になった。地元に顔を売り、名を知らしめる意味も込められての事だ。表向きは清い結婚式だが、そう思っているのは参列者のみで、関係者は奴隷契約で在ることを完全に察していた。
「お父さんお母さん……私明日結婚するから……」
「お、お前いつの間に!?」
「そ、そんな……」
彼女の指にはめられた大きなダイヤの指輪を見て、全てを察した店長夫妻。夫人は大きく泣き崩れ、店長は怒りで頭を机に大きく打ち付けた!
「一店舗だけ残して貰える事になったの……これでお父さんのお店、潰さずに済むわ……」
娘の身を挺した契約に、店長は無力さを痛感し泣きに泣いた。しかし既に借金は膨れ上がり過ぎており、娘を犠牲にせざるを得ない状況に、益々嫌気が差している店長であった。
「それじゃあ、私行くから……明日、来てよね?」
一通の招待状が机に置かれ、彼女は足早に家を出た。必死で涙を堪えたが、家を出た瞬間全てが溢れ走りながら彼女は泣いた。
「くそっ! ……くそっ!!」
「うう……そんな…………」
言葉を失い泣き続ける夫妻。
―――ピンポーン!
「こんにちはー。シェケナですー!」
返事も無く、仕方なく家へと入る男が目にしたのは泣き崩れる夫妻と、傍らに置かれた一通の招待状だった…………
「馬子にも衣装……だな」
ウエディングドレスを一目見て、社長は彼女に吐き捨てるように微笑した。都会の女を囲っている社長にとって田舎の彼女は何ら魅力を感じず、彼女はこの後式の参列した政治家の慰み物になる事が決まっていた。
会場へと進んだ社長と彼女。会場には社長サイドの関係者で埋め尽くされており、酷く嫌らしい笑みを浮かべたオヤジ共で溢れていた。表向きは結婚式
「右から二人目のハゲ眼鏡、あれがお前の最初の相手だ……アイツは激しいのが好きだからよく動くようにな……」
ゲスい笑みを浮かべた社長は新郎席へと座る。遅れて新婦が席へと座るが、自分に向けられる初めての視線に恐怖で足が竦んでいた。
―――バーン!!
激しく開け放たれた扉。突然の来訪者に周囲の目は一気に扉へと向けられた。
そこにはギター片手にジーパンとTシャツ姿の男が毅然として立っていた!
「ちょっと待ったーーーー!!」
新婦目掛けて走り出した男!
「……えっ!」
まさかの乱入に手で顔を覆う新婦。
「……何だあのアホは? おい、あのトンチキを止めろ!」
SPが慌てて男を止めに入る。しかし男はギターをSPに向けて、こう言い放った!
「動くな! それ以上近付くと俺のギターがシェケナを吹くぜ!!」
(シェケナ……?)
SPは謎の言動に戸惑いどうして良いのか混乱している。そしてその隙に男はポケットから取り出たカメラで会場を撮りまくった!
「ヒヒ……名の知れた大物が沢山居るなぁ……?」
写真を恐れ外へと逃げ出す政治家達。そして会場を荒らすように駆ける男は、新婦の元へ。
「ご祝儀、置いとくぜ!!」
―――ドゴッ!
振りかざしたギターが社長の頭にヒットし、社長はその場へと倒れた……。
「……シェケナな奴め。ほら、行くぞ……!!」
「え……!? え……!?」
新婦の手を引き無理矢理走り出す男。彼女は夢か幻か分からぬこの状況で、手に伝わる温もりから少しずつ実を感じ取った。
会場の外にはスーパーヤケクソが仕入れで使っている4tトラックが置いてあった。勢い良く運転席に乗る男。助手席にはウエディングドレスのままの新婦が乗り込んだ。
「運転出来たの!?」
「これから覚えるさ!!」
男はエンジンをかけ、勢い良くトラックを走らせる! しかしその後ろから社長が操る高級車が凄まじい爆音で追い掛けてきた!
「へへ、奴さんのお出ましだ……!」
「ちよっと、大丈夫!? わわっ!」
アクセルを更に吹かし昼間の田舎道を暴走するヤケクソトラック!
「ねぇ!! 目の前赤信号よ!!」
前には赤信号で停止している車の列が見え始めた。
「よっと……!」
―――ポチッ
『緊急車両が通ります! 道を空けて下さい!』
ヤケクソトラックから流れる緊急車両のアナウンス。それを聞いた前方の車達は道を空け、トラックはその間を優雅にすり抜けた!
「何よこの仕掛けは!?」
「お前のオヤジさんから教わったんだよ! 昔映画で観たんだって!」
男が助手席の上を指差した。そこには『一番星』と書かれたシールが貼られていた。
「……お父さん」
道行く車が止まった交差点をトラックと高級車が爆走し、片側二車線を併走!
「この野郎! 止まれ!!」
高級車から怒号を浴びせる社長。その頭には大きなたんこぶが赤々と膨れ上がっていた。男はダッシュボードから小さなケーキを取りだした。スーパーヤケクソで売られているショートケーキだ。御丁寧にもヤケクソシールが貼られており『50円』となっていた。
「いちいち止まってたら積荷が腐ってちまうよ! バーカ!」
―――ベチャッ!
高級車のフロントガラスに投げ付けられたショートケーキ。社長は前が見えなくなり思わずブレーキを踏み込む!
田舎道を優雅に駆け抜けるヤケクソトラックは、高級車を置き去りに走り去ってしまった!
「……こんな事してお父さん大丈夫かな?」
「なぁに、マスコミにアイツの悪事の数々をバラしてやったら、凄い食い付きでな! 来週の今ごろには大変な事になるだろうよ!」
男は笑い飛ばした顔で優々とトラックを操った。
「これから覚えるとか言って、本当は運転出来るんじゃん……!」
「男は皆誰しも一度は憧れるものさ!」
ビシッと指差した先に輝く『一番星』シール。それは男の生き様を物語っていた。
「これから何処行くの?」
「……シェケナはもう要らない。俺にはお前さえいればそれでオーケーさ!!」
男は後ろに置いたギターを一目見てパチンと指を鳴らした。
二人の夢を載せたヤケクソトラックは、何処までも走り続ける―――
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