魔法使いの鳥4
朝日がのぼると同時に、リノは起きた。
簡単に身支度を整え、台所から適当な籠を選び、畑へ続く扉を開ける。
「まあ」
朝露が太陽にきらめき、その眩しさに目を細めた。おおきく艶やかな野菜と果物は、陶器でできた置物みたいだと、リノは思った。
「林檎と玉ねぎと人参はサラダね。じゃがいもと胡瓜はスープ。パンの材料は戸棚にあったから……、あとは、何かしら」
ここ数年、リノは朝食らしい朝食を、食べていなかったと気付く。スープとサラダと焼きたてのパン。なんて贅沢な朝食だろう。
「食べ過ぎても眠くなってしまうわ。あ、カボチャね。カボチャは大きくなりすぎてはいけないのよね。……もう、大きいみたい」
リノの頭くらいの大きさのカボチャも収穫する。籠には入らないので、二往復。
「カボチャ…、カボチャ、ね。……こんな奇妙な形の野菜は初めて見たわ。どうやって食べるのかしら? 」
カボチャだけではない。魔法使いの台所には何に使うのか分からない怪しい食材や薬が実に多かった。
「塩……、塩はどれかしら。これ?少し違うような気もするわ。困ったわ。舐めてみるしかないわよね。ちょっと怖いわ。蛙に変身する薬だったらどうしましょう」
そうして、慣れない台所で作り上げた料理だったが……。
「まずい」
魔法使いは、リノの料理に顔を歪めた。
ニコニコと笑っていたリノの顔から、血の気が引いていく。
胸の前で祈るように両手を組んだリノは、消え入りそうな声で「ごめんなさい……」と呟いた。
魔法使いはスプーンを机に置くと、ライ麦のパンに、大きめに噛みついた。口直しだ。
「パンは……まあ、普通だな。だが、これはまた、固いな……」
そうして、スープとサラダを忌々しげに睨みつける。
「これからは味見くらいしろ」
「……したんです。お口に合いませんでしたか?」
声には自然と涙が混じる。
当然だ。リノとしては可もなく不可もない出来だと思っていた。むしろ、普段食べているものよりずっと贅沢で美味しいスープとサラダだとも思っていた。
「口に合うもなにも、このスープには塩しか入っていないだろう。サラダに至っては、塩すら振られていない」
「それが、何か……?」
「色々、置いてあっただろう。ローリエ、ローズマリー、バジル、ペッパー、シナモン……」
「あの怪しい生薬……、いいえ、その、私てっきり、あれらは魔法に使う特別な薬草だとばかり」
怒られるか打たれるかと身を竦ませたリノであったが、魔法使いは呆れにも似た、ため息を吐くに留めた。
リノの心臓が早鐘を打つ。何か言わなければ。リノにはお金も、帰る家もないのだ。
「あの、バジルは、知っています。昔、庭に生えていました。料理にも使ったことがあります。その、村が貧しくなるまでは……。食べられる草は、全部、食べてしまったの」
魔法使いは眉間に深い皺を刻んだ。
「明日から、お前の仕事に書庫の整理も加える。銀貨二十枚分はしっかり働いてもらうからな」
「……ごめんなさい」
魔法使いは頷くと、無表情で二口目のスープに挑んだ。
*
一週間は瞬く間に過ぎた。
リノは、自分がいかに無知であったかを思い知る。初めて手にした銀貨二十枚はとても重くて、手が震えた。
魔法使いに手渡されたリノの私物の小さな手提げ鞄。その鞄の中身を全て出し、銀貨を仕舞う。これがいっぱいになった頃、リノはここを立ち去るのだ。
寝間着に着替え、ベッドに潜り込み、そっと目を閉じる。
金貨三十枚を手にした両親は、何を考えただろうか。
重い、と一瞬でも思ってくれただろうか。
「……思ってくれないほうが、ずっといいわね。私に家族はもういない。いいえ、最初からいなかった。これからも私は一人で生きていく。そう、決めたのよ」
私は、私を生きるの。
祈るように言い聞かせ、眠りにつく。