プリン・ア・ラ・モード
綿毛に託して夜空に飛ばした招待状。
恋する鶏は夢の中。
ドレスコードは星空のワルツ。
合い言葉はお気に召すまま。
アンティークカプチーノはお好きかしら。
ああ、それと星降る夜は傘をお忘れなく。
道に迷ったらおとめ座を探して。
ここは永遠の春の庭。
午前三時のお茶会へようこそ。
*
アンティークカプチーノ。
もしくは木苺のソーダ水。
くるみとレーズンのタルト。
ハニーレモンのマフィン。
木苺のババロア。
生ハムとハニーマスタードと王冠鶏のいり卵のサンドウィッチ。
ピンクチョコレート。
銀のトレーはお皿でいっぱい。
踊るような足取りで庭に出てきた女は、庭の真ん中にこしらえたお茶会のテーブルに、ゆっくりと、銀のトレーを置いた。
「こんなものかしら」
あごに指をあて少女のように小首を傾げる女は、魔女だ。
踝まで伸ばした金色の髪は緩く波うち、月を映した瞳はアーモンドのかたち。蒲公英の妖精のような愛らしい顔、その姿。
齢十六で時を止めた彼女を魔女たらしめるものは黒いシフォンのドレスだけ。
ここは永遠の春の庭。
昨日も一昨日もその前も、明日も明後日もその次も、穏やかな春だけが訪れる。
魔女の名前は、ダンデライオン。
「なんてことだ! ねえダーリン、ダンデライオン! クリームが足りないよ! 」
白い樹の妖精のウッディがテーブルを見回し、非常事態だとでもいいたげに叫んだ。
ダンデライオンはくるりと一回り。黒いシフォンのドレスの裾を華麗に翻し、金色の瞳を三日月に細めて笑った。
「卵と牛乳とお砂糖があるわ。つまり、なんでもできるわ」
ダンデライオンの肩に、バサバサっと羽音をたてて烏がとまる。
「バード、どこへ行ってたの?」
バードと呼ばれた烏は、鼻を鳴らして言った。
「ダンデライオン。いいものがある、キラキラ光るサクランボ」
ダンデライオンは目を輝かせた。
「まあ……素敵! だったら」
プリン・ア・ラ・モードはいかが?
硝子の器にカラフルな果物と大きなプリン。生クリームをたっぷり添えて、一番てっぺんにキラキラ光るサクランボ。
ウッディは、待ちきれないとでも言いたげに、白い枝をしなやかに揺らした。
「いい香りだ。ダンデライオン、お見事」
「完璧なティーパーティーね」
「俺のサクランボのおかげだな」
「おやまあ、クリームがないと気づいた僕の手柄だろう」
「性根の悪い老木め」
「食いしん坊のお喋り烏め」
ダンデライオンはくすくす笑った。
「お味見どうぞ、仲良しさん」
もぐもぐ。
ぱくぱく。
ガリガリ、……ガリ?
「おや、どうやらこれはサクランボじゃないぞ。石みたいに硬いじゃないか。バード、僕を騙したな」
ウッディに睨まれたバードは、上を見たり、下をみたり、仕舞にはルルルと雲雀のような口笛を吹いた。
見知らぬ娘の耳からキラキラ光るサクランボを奪ったのはバードだ。はて。あの娘は、サクランボの木ではなかったのだろうか。
「なんてことだ! サクランボがなきゃ、プリン・ア・ラ・モードじゃない! 」
「お前は生クリームがあれば何だっていいんだろう」
「喧嘩をしないで、仲良しさん。これでいいのよ」
ダンデライオンは杖を取り出すと、硬いサクランボを二回叩いて「こちょこちょこちょ」と呪文を唱えた。
星屑のような魔法がサクランボを包み込む。
「ねえ、ウッディ。私の真っ白な妖精さん。もうひとくち齧ってごらんなさい」
「老木に無茶を言う。本当に歯が折れてしまうよ。……オーケー、ダーリン。麗しのダンデライオン嬢」
肩をすくませ、ダンデライオンからキラキラ光るサクランボを受け取ったウッディは、おそるおそる、かじった。端っこを、ほんの少しだけ。
するとどうだろう。
あんなに硬かったサクランボが、今は熟れた桃のように柔らかい。
「とっても甘いサクランボだね。胸が震えるよ。なんだか色づいてしまいそう。これも君の魔法? 」
ダンデライオンは白い枝に腕を絡めて、大きく笑って、首を横に振った。
「それが恋の味なのよ」
うっとりと、夢見るようなダンデライオンの声。
バードは、ダンデライオンの肩に飛び乗ると、褒めて欲しそうに胸を膨らませた。
ダンデライオンの白い指が、バードの頬をくすぐると、バードは金糸雀のような声で鳴いてみせた。
「素敵なプレゼントをありがとう、バード」
「喜んでもらえて嬉しいよ」
「ダンデライオン。半分残して庭に埋めよう!たくさんの実が成るように」
「ウッディ、あなたって天才ね」
ダンデライオンが踊るような足取りで杖を振ると、たちまちサクランボは土に埋められ、あっという間にキラキラ光る赤い小さな芽を出した。
ダンデライオンがサクランボの芽に耳を寄せる。
「ねえ、さっそく何か言ってるわ」
キラキラ光るサクランボ。
いつか誰かの耳を飾った一粒のカーマイン。
囁かれた愛の言葉は永遠となり、春の庭に響き渡ることでしょう。
「うふふ。さあ、お茶会の準備を急がなきゃ。お客さまがお待ちかね、ね?」
ダンデライオンのドレスの裾が、ふわりと揺れた。
アン・ドゥ・トロア。
アン・ドゥ・トロア。
白鳥の涙。
トランプの女王。
今日はどんな話を教えてくれるの。
春の庭の魔女が歌う。
白い樹の横に置かれた丸いテーブルには、お茶会の準備が整えられ、椅子には人間に化けたバードとウッディがお行儀よく座った。と、いっても、バードの背中には黒い羽が付いてるし、ウッディはどこもかしこも真っ白だ。とても人間には見えない。
それも、ご愛嬌。
宙に浮く、蝶々を模したランタンに、ダンデライオンがひとつ、ひとつ、灯りをともしていく。オレンジに光る羽を与えられた蝶々が、軽やなダンスで真夜中の春の庭を舞う。
仕事を終えた魔法の杖が、小さな黄色の蒲公英に姿を変えると、ダンデライオンはそれを大事そうに耳の上に飾った。
「完璧ね」
ダンデライオンの手には、いつの間にかプリン・ア・ラ・モードが。プリン・ア・ラ・モードのてっぺんには、いまさっき初めての実をつけた、お喋りなサクランボが輝いている。
「どうぞ、お入りなさいな。カーマインのお嬢さん」
ダンデライオンは、左耳を押さえ不思議そうな顔で庭を覗いている娘に、声を掛けた。
弾かれたように顔をあげた娘の頬が、みるみるうちに赤く染まっていく。
こんな美しい人は見たことがない。
娘の青い瞳は雄弁に語る。
「カーマインのお嬢さん」
春の日向のような声が、もう一度、娘の名前を呼ぶ。
カーマインのお嬢さん。
それが娘に与えられた名前であった。
「午前三時のお茶会へようこそ」
夜空に浮かぶおとめ座が、微笑んだ。