50 幸せに満たされる。
俺が落ち着いてから、姉と先生はいろいろなことを俺に話してくれた。俺はどうやら姉の学校…春城高校のイベントへと行き、そこで問題を起こしたらしい。いや正確に言うと、巻き込まれて問題を起こしたらしい。そしてそれが原因で倒れたんだと先生から説明された。
「それって…本当なの…?俺、覚えてないんだけど…。」
そう言うと、姉と先生は固まった。
え、なんで固まるの?
「…りゅ、竜二君…。本当に覚えていないのかね…?」
先生は手を震わせて(歳のせい?)聞いてきた。
「はい…全く。」
「こりゃいかんなぁ…竜二君。どこまで覚えて…」
「……い、いやぁぁぁぁあ!!竜二なんで何も覚えてないの!?記憶喪失ってやつ!?え、本当に!?なんで?なんでなのっ!?」
姉が俺の身体全体を揺すって、物凄い勢いで言葉を浴びせてきた。耳がキンキンする。それにただでさえ身体が痛いのに、さらに揺すられて…か、かなりヤバい。
「…!ちょ、ちょっと、お嬢さん!あまり身体を揺すらんといてやってくだされ…。落ち着きなさいな…。1ヶ月も寝ていた人の身体を急に揺するのは、かなり身体には良くn…」
「っ先生どうしようっ!!竜二が…竜二がっ!!記憶ないって!!記憶喪失ってやつなんじゃないのっ!?どうするのよぉ!!なんとかしてよっ!!ねぇっ!!!」
姉は俺の身体を揺すった勢いで今度は先生を揺すりながら、言葉を浴びせた。俺を揺するよりも、先生を揺する力の方が強く、言葉はもはや早口言葉だった。というかそろそろやめてあげてっ!先生の顔青い!!死んじゃうよ!?
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しばらく姉を宥めていたが、どうやら落ち着いてきたようだ。先生もその間に、なんとか正気を取り戻したみたいだ。まだ顔色は良くないけど。
「ご、ごめんなさい。竜二が記憶無いって言うから、驚きのあまりつい…。」
姉は先生に頭を下げて謝った。さすがにやり過ぎたと思ったのだろう。というか謝り方的に、俺が悪いみたいになってるじゃん。本当のことを言っただけなのに…気に食わないなぁ。
少しだけ、ムスっとした表情になってしまう。しかし姉は、そのことに気づいていない。
「ま、まぁ驚くのも仕方ないのぉ。わしも驚いておる。それで竜二君。どこまで覚えておるか、何が一番新しい記憶なのかを教えてくれないかね?」
急に俺に話を振られ、このタイミングでかよっ!と突っ込みたくなった。でもまぁ患者は俺だしな。そりゃそうか。
「一番、新しい記憶…。そうですね、姉さんが道路に突き飛ばされたとき、かな…。うん、その後は何も覚えてないな…。」
とりあえず俺は、先生の質問に沿うように応えたつもりだった。しかしその応えが、姉をまた興奮させてしまったようだ。
「わ、私が道路に突き飛ばされたのは結構前の話よ…!なんで…竜二がこんなことにっ!!竜二は悪いことなんて…ツインテール狂いなだけじゃないのっ!!それがどうしてこんなことになるのよっ!!!」
うん、一言多いね。それにしても結構前…?俺にとってこの記憶は、感覚では昨日起こったことみたいなんだけどなぁ。どうにも姉の言うことが信じられない。
「そうじゃのぉ…ツインテール狂いとはけしからんなぁ。どう考えても、ポニーテールの方が良いじゃろうに。チラチラと見えるあのうなじが堪らんのにのぉ。」
先生は鼻の下を伸ばして「デュフッ」と、下品な笑い方をしている。それにしても…
「…考えは十人十色だと思いますけど、俺は断然ツインテール派ですよ。姉さんは前までツインテールだったのに、切っちゃったから…。あーあ、もったいない。」
それを聞き、先生の表情が変わった。
「なんじゃと!?お嬢さん、ツインテールが出来るほどの長い髪だったのかね?ポニーテールはさぞかしお似合いじゃったろうに…。あーあ、もったいないのぉ。」
しみじみと、俺と先生は「もったいない」、「もったいないのぉ」と語り合った。
「…っ!!っあー!!もぉっ!!うるっさいわねぇ!!元はと言えば、竜二が怒らせるからいけないのよっ!!というかこのキモ医者がっ!!鼻の下伸ばしてんじゃないわよっ!」
顔を赤くして怒っている姉が、可愛くて仕方なかった。俺は勘違いをしていたのかもしれないな。ツインテールは、もちろん好きだ。でも姉自身のことも、好きだったのかもしれない。
「ははっ!あっははは!あー面白い!」
「そ、そんなに笑わないでよ馬鹿っ!!」
恥ずかしくて、涙を浮かべているようだ。か、可愛い。それに、なんだか幸せだなぁ。俺は久しぶりに『幸せ』という感情に、身体が満たされる感じがした。




