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未だ咲かぬフリティラリア  作者: 逸見玲
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05

 ギルドでの依頼をこなし、近場のモンスターのほとんどと戦った。空いた時間にはシスターの手伝いをしては、仲良くなったリゼやロイガと街を回り常識を学んでいく。そうして一週間ほど経った頃には叶も町へと馴染み始めていた。通りの店も覚え、一人でも買い物ができる程度には。

 リゼもロイガも用事でいない日、ダガ―が刃こぼれしてきたことを思い出したが叶に研ぐ技術はない。買った店ならやってくれるかと立ち寄ると、中には見覚えのある姿があった。爽やかそうな男性が槍を乗せたカウンターを挟み店主と話をしている。

「ジノ!」

「……カナエ?」

「久しぶり、っていっても一週間くらいか。また行商帰り?」

「ああ。ついでに武器の調整をしに。カナエはどうしてここに?」

「ダガ―が切れ味落ちてきて、見てもらおうと」

 それを聞いた店主は叶の顔を覚えていたのか、身を乗り出し声をかけて来る。

「もうか?そいつは大分イイヤツだからふき取るだけでももう少し保つはずなんだが……見せてくれ。ジノ、後回しになるがいいか?」

「大丈夫だ。どうせ一週間は滞在して休むつもりだったんだ。その間に見てもらえればいいよ」

 ジノが叶を手招きする。呼ばれるがまま近寄りダガ―をカウンターへと抜き身で置く。青白い刀身はやや鈍く光を反射している。それを見たジノは目を見開いて店主と叶を交互に見た。その視線へと答えることはなく、店主は叶へと向き合う。

「坊主、魔法をかけて使ったりしなかったか。それも複数の属性で」

「えーっと……はい。楽しくなって色々かけてました」

 正直に白状する。魔法が楽しかったのだ。そしてファンタジ―にはよく出る属性剣なんてものも使いたくなる。そうして叶は欲の向くままに好奇心を爆走させて、様々な属性をかけダガ―を振るっていた。やってはいけない事だったのかと叶が俯きつつ店主の顔色を伺えばにやりと目を細めてこちらを見ていた。

「まさか複数を実戦レベルでつけるたァな!」

「はい?」

「カナエ、これは魔力を通しやすい素材で作られてるんだ。最初に買った時に比べて刀身がくすんでいないか?」

「言われてみれてば……」

「こいつはな、属性によって刀身の色が変わる。んで、くすんじまうのは複数の属性を使われまくった時だ」

 なるほど、と頷く。だがそれなら何故、叶が買う時に説明がなかったのか。それに特別高い物でもなかったはずだ。不思議に思っていると見透かすように店主が続ける。

「魔法が使える奴はわざわざ刀身に魔法をかけるなんて面倒はしねぇよ。だからこいつは売れ残ってた。それでも物自体はそれなりのもんだ。手入れも普通の剣と同じだ。売れ残りを買ってくれた礼に今回はタダで手入れしてやるよ。珍しい状態も見せてもらったしな!」

 ガハハと豪快に笑う店主に驚きを隠せない。普通、残り物だなんて客に言うのか。ジノは叶の表情から読み取ったのか、苦笑して口を開く。

「こういう人なんだ。そう思って接すればいい人だよ」

 さらりと毒を吐いた気がしないでもない。恐る恐る店主の方を見るが気にいた様子はなく、そうだぞなんて言いながら笑っている。

「じゃあ坊主……カナエって言ったか。あとついでにジノの分だな。三日後に来てくれ。それまでには終わらせておく。他に入用はないか?」

「オレはないかな。カナエは?魔法使えるみたいだけど、ダガ―だけじゃ厳しくないかな」

「ギルド登録したけどこの辺りのしか受けないし……今はいいや」

 店主に挨拶をし、ジノと共に店を出る。時刻は昼時、腹の虫が鳴き始めるころだ。時間を確認するまでもなく叶の虫が鳴いた。と同時にリゼとロイガが通りかかる。

「カナエと……ジノさん!」

「二人とも、用事は済んだの?」

 キラキラとした瞳でジノを見上げるリゼ。そりゃそうだ、と叶は思う。自分だって女だったらジノに目が行くだろう。大人の抱擁感に甘いマスクに低く過ぎず優しい声。叶が物悲しくなりながらロイガを見ると、悔しそうにする表情が伺えた。それを知ってか知らずか、ジノはにこりと微笑む。

「これから昼食にしようと思ってたんだ。一緒に行くかい?」

「はい!」

「お、オレも!」

 食い気味にロイガも答える。そうかぁと生暖かい目をしながら叶も同行を決めた。ジノは気付いているのか、それとも気付いていないのか、本人のみぞ知る。

 ジノの先導で着いたのはギルド横の大衆酒場。酒場と言っても昼間は子どもだけでも入れるファミレスのようなものだ。この一週間、叶も幾度か利用した。この世界での成人は十八とのことで、酒は飲めずにいる。適当に頼み席へと着く。ここはジノが払ってくれるというのでありがたくお願いすることになった。料理が揃うとリゼがいつもより少し高い声で口を開く。

「ジノさん、今回はいつまでいるんですか?」

「一週間くらいだよ。二人は依頼帰りかな」

「はいっ。ジノさんは今度はどこに行ってきたんですか?」

「北の村へヨルガの実を仕入れにね。これを王都まで持っていくんだ」

 叶達がいるのはアズエラ王国、ジノはその中心に行くと言う。多くの人が流れる街、知識の坩堝、もしかしたら異世界についても分かるかもしれない。今までここでどうにか生きることを考えていたが、帰る方法がないとは決まっていない、調べてもいない。そう思うと元の世界が恋しく思えてくる。家族も、友達もいるのだ。この世界に情が移り切らない内に行動するべきかもしれない。ならば、と叶はジノを見た。

「迷惑なのは分かってる。けど、俺も王都に連れて行ってくれないか」

「カナエ!?」

 リゼとロイガ、二人から声が上がる。ジノは真剣な目で叶を見た。

「理由は?」

「……記憶を取り戻したい」

 これだけで通じるだろうか。だがリゼとロイガがいる以上別の世界の話を出すのは憚られる。ジノはそれだけで分かったようで、頷いた。

「確かに、王都の方が情報はあるかもね。シスターにはちゃんと言うんだよ」

「わかってる」

「そうと決まれば準備が必要だ」

 皿を空にしてジノが立ち上がる。それに続き叶、そして動揺しているリゼとロイガ。ジノは教会にも用があると言うので共に向かう。設定を元にした事情で王都へ行くことを告げれば、シスターはあっけらかんと受け入れた。

「目標があるのならそれに向かうのは良いことです。それにジノさんについて行けるのなら道中も安心でしょう」

 そうして他の誰が口を挟む間もなく、叶の旅は決定した。


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