02
「5万ニゲはくだらないだろ!」
「いいや、使い方も分からないんだ。1万ニゲだ」
ジノと露店の店主の言い合いがヒートアップしていくのを叶はぽかんと眺めていた。気づけば周りにも野次馬が集まり先頭でなければ人に埋もれていたことだろう。
「不帰の森から出てきた物だ。せめて3、いや4だ!」
ホームセンターで3000円の自転車です。新品で3000ニゲだ。そしてここの一般家庭の平均月収は5万ニゲらしい。ぼったくりだ、と叶は思うが口は開かない。
「あそこのはガラクタも多い。使い方も分からない物は売れにくい」
「使い方なら……」
「カナエ、待って。ここは任せてくれ」
使い方なら知ってると言おうとしたらジノに止められた。異世界人とばれてしまうと気づいたのは止められてからだった。危機感が足りないなと反省しているとジノが自転車のペダルを掴んだ。
「多分これは……ここを回すと車輪が動くから……人が漕いで使う移動用の道具だろう。どうだ店主」
「なるほど……たしかに……荷物を入れるカゴと括り付ける台もついているな」
「これは今までのガラクタにはなかった代物だ。目新しい商品なら貴族なんかの買い手がついてもおかしくはないな?」
「ぐ……3万」
「4だ」
「3万5000ニゲでどうだ」
「……いいだろう。取引成立だ」
野次馬からわぁっと声が上がり、店主からジノへと金が入った麻袋が渡される。ジノは散り散りになる野次馬を避け叶の元へ戻ってくる。そうしてその手に麻袋を乗せた。
「これがジテンシャの代金だ。次は教会でいいか?」
「全部は受け取れないよ。ジノの取り分は……」
「いいって。久しぶりにこういうこと出来て楽しかった」
「……ありがとう」
叶自身、余裕がないだろうことは分かっている。ここは甘えて、いつか恩を返そう。そう心に誓って馬車へと戻った。
荷物と共に揺られて着いた教会は木造建ての質素なものだった。管理しているシスターと知り合いだからと案内してくれるジノに大人しくついて行く。口元にうっすらとシワを作るシスターは叶とジノを見るとにこりと微笑んだ。
「ジノさん、こんにちは。そちらの方は?」
「えっと俺、あ……カナエと言います」
「不帰の森の近くで見つけたんだ。名前以外の記憶がないらしい。ここでしばらく面倒を見てもらえないかと思って」
ジノの言葉に驚き、叶は隣を見上げる。そんな設定作ったなんて聞いてないのだ。だがそれを信じたシスターはそれはもう慈愛に満ちた微笑みで叶へと近寄り手を握る。
「まあ、記憶がないなんて不安でしょう。ここでは孤児達も預かっています。貴方のように困っている方も。もう心配はいりませんよ」
「ありがとうございます」
「シスター、いつものを運びますね」
「いつもの?」
「ジノさんには食料などを寄付していただいているんです」
ジノは一度外に出ると、荷物にあった木箱を二つほど抱えて戻ってきた。中は芋や豆が入っているらしい。教会の寄付金だけでは正直厳しいそうで、シスターはとても感謝していた。
「いつもありがとうございます、ジノさん」
「いえ、俺も教会には世話になりましたから。じゃあ俺はこれで。カナエも頑張って」
「何から何までありがとう、ジノ」
いつか恩を返すから、と確約できない言葉は飲み込んで去っていくジノを見送った。教会の扉が閉まると、シスターが木箱を運ぼうとしたので叶も手伝うために近寄った。食料が入っている箱なんて思いだろう。初老のシスターだけに任せるのはよくないと。
「手伝います」
「ありがとう、カナエくん。そういえば私の名前を言っていませんでしたね。エリヤです。どうぞよろしく」
「はい、お世話になります」
シスター・エリヤはにこりと笑う。それに叶も笑顔で返し、厨房へと移動した。ここで前の世界の知識が豊富なら料理のレパートリーを増やしたりしたんだろうが、如何せん実家暮らしの大学生だった叶にはそのスキルはない。世話になるのなら何か手伝いたいものだが何が出来るかもわからない。そこでふと、教会が静かなことに気が付いた。
「シスター、孤児たちも預かってると言ってましたけど、今はどこに?」
「みんな冒険者ギルドで依頼を受けていますよ。と言っても危険なものではなく、町の中で済む雑用ばかりですが」
なるほど、と叶は頷いた。孤児たちはみな雑用をして日銭を稼いできているらしい。戦闘はさっぱりだが雑用ならば叶にも出来るだろう。手持ちの金があるといってもそれはそれ、遊ぶためのものではない。自分でも稼げる方法があるならそうしたいし、ただ居座るだけも居心地が悪い。
「俺も冒険者ギルドで仕事を貰えるでしょうか」
「ええ、登録者なら依頼を受けれるわよ。10歳までは準構成員だけどそれ以上なら正式な冒険者として登録できるわ。カナエくんは15歳くらいかしら、十分登録できる年齢ね」
ほわほわとしたシスターに今年二十歳になりました、と言える雰囲気ではない。というか名前しかわからないという設定にしてしまったのだ。もう15歳とするしかないのだろう。ジノに話を怠った自分が悪いと叶は乾いた笑いを零して頷いた。
まだ日は高いからとシスターに場所を教えてもらい、冒険者ギルドへと赴く。今は混む時間帯ではないのか、平屋のそこは閑散としていた。受付らしきカウンターに行くと可憐な受付嬢……ではなく、ガタイの良い隻眼の男が待っていた。
「どうした坊主、依頼か?」
「えっと……冒険者登録に来たんですけど」
「ふむ、年齢は足りてそうだな。説明はいるか?」
「お願いします。注意事項なんかもあったらそれもお願いします」
「よし分かった、よく聞け」
大きな声の説明をかいつまむと、ランクはF~Sまであり、Fは10歳以下の街中の雑用のみ受けられる準構成員、10歳以上はEから始まり、ランクによって受けられる依頼が変わる。AやSランクの人間はそういないため貴重である。依頼によっては契約金を払う必要があり、依頼が達成されれば戻ってくるが、達成されなかった場合には違約金として没収されるという。また、依頼達成件数と認定試験でランクは昇級できるが、失敗が続くとランクを落とされることもあるらしい。
「依頼はあっちのボードに張り出してある。受けられるかはランクが記載されてるからそこを確認するんだな。とまあこんなもんだ。質問は?」
「大丈夫です。それで登録は……」
「名前は?」
「カナエです」
「カナエ……っと」
男はどこからか取り出した鉄のプレートに手をかざし、何かを呟く。ふわりと光が散るとそこにはこの世界の字が書かれていた。叶にもそれは読むことが出来、名前とランクの刻まれたドッグタグのようなものだと分かる。
「これでよし。依頼を受ける時は依頼表とこのタグを受付で見せればいい……お前さん武器も持ってないな。採取依頼を受けるにもダガ―ぐらいは買っておいた方がいいぞ」
「はい、ありがとうございます」
この世界の人は優しいな、と叶は思う。たまたまそういう人達に出逢っただけかもしれないので油断はできないが、少なくともこの世界でやっていけると思えるには十分だった。