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8.「私はある意味、現代のシャーマンと称して憚らない」

「題して、『瀬戸内に島守を復活させよう・プロジェクト』と命名する! 略して『島守もり・プロ』! なんと、尾道の離島に島守がよみがえる! 来年度における観光課はこれを目玉にして猛アピールするので、よろしく!」


 と、不破 純平はホワイトボードに書きなぐったあと、会議室に響く声で言った。

 声楽家顔負けの、みごとなバリトンボイスである。

 勢いよくふり向き、テーブルについた観光課の職員を見まわした。どの面々も、昼食後、いきなり開かれた緊急会議だったので、頭の切りかえができていない。


 尾道市市民会館二階の一室。海側の窓にはブラインドがおろされていた。節電のため灯りはついていない。

 しかしながら外は快晴だったので、フロアは白い光で満たされていた。


 かたやテーブルのまえにお行儀よく着席した一同は、不破部長を見た。

 浅黒い肌は脂で光って見え、目力めぢからがみなぎっていた。いかにもバイタリティあふれる五十代の男だった。唇の上とあごに髭が目立った。髪の毛は短く刈りこみ、目尻や眉間にしわが多かった。

 笑うと愛嬌があるが、いったん仕事モードになると、居合の達人みたいなそれへと変貌する。 


 この名物部長は異様な熱量をもっていた。

 走り出したらとまらない。渾身のプロジェクトを立ちあげたならば、入魂の思いで初志貫徹させるのだ。

 その熱量はアツく、アツさを通りこして、ただひたすら暑苦しいほどである。

 不破部長はテーブルに両手をつき、前方をにらみながら、


「いまさら言うまでもないが、われら尾道市役所観光課は、観光客の誘致や接遇、観光資源の開発、観光施設の整備・運営をしている。ありがたいことに、外国からの観光客数は右肩あがりである。昨年、尾道市を訪れた観光客のうち、外国人観光客とサイクリング客が、それぞれ過去最多を更新したことは周知されているかと思う」


 と言い、ホワイトボードに数字を羅列していった。

 広い会議室に、エネルギッシュな勢いで書き込んでいく音が小気味こきみよくこだました。


「総観光客数は前年からやや増え、674万9,030人で、しまなみ海道が全線開通した平成11年の967万人には及ばないものの、12年以降では最多となった。なかでも、外国人観光客数は27万459人で、過去最多だった前年の21万4,045人から26.4パーセント増と大きく更新。19年の2万679人の13倍以上、26年の13万1,646人からでも倍以上に急増した。これもしまなみ海道が、海外で広く認知されたのが波及している」


 不破はまた職員を見まわし、


「われわれはこれにおごることなく、クォリティを保ちつつ、さらなる高みを目指さなければならない。――そういった点で、舞島に島守を復活させるのは、新たな新機軸を打ち出すと言えるのだ。そのまえに、みんなの意見を聞きたい」


 と、言い、そばに座った前田課長に手をさし向けた。

 前田はメガネをとり、草食動物のヌーのような眼をしょぼしょぼさせながら、


「緊急会議とは、こんなことを報告するために開いたのですか。藪から棒になにを言いだすのかと思いきや――」と、言った。


 烈子の父である熊谷くまがや 烈雄れつおが挙手した。

 ふだん家ではだらしないのに、職場ではパリッとしたスプライトのシャツとネクタイを締めていた。吊り下げ名札を首からたらした姿もさまになっている。ただし、ネックストラップはラッキーカラーであるピンク色にしており、女性職員には不評である。


「まさか不破部長お得意の、夢のお告げだとかおっしゃるんじゃないでしょうね? 単なる思いつきじゃありませんか。毎度毎度ふりまわされるのは、末端の人間なんですよ。もっと慎重になるべきです。予算もかぎられてるんですから」と、烈雄は言った。


 不破は熊みたいな大柄の係長をにらんだ。

 この二人は、まるで仁王像の阿形あぎょう吽形うんぎょうのようにウマがあい、おたがい体格がよく、体育会系なのも似ていた。とはいえ、不破部長の猪突猛進ぶりには、さすがの烈雄もかなわなかった。

 にらまれた烈雄は肩を縮め、思わず眼をそらした。


「思いつきなものか。これは神の啓示にほかならない。さっき、ランチのあと昼寝していたら、託宣たくせんがくだった。いまこそ舞島に島守をよみがえらせよと。私はこの企画に賭けてみたい。――つまり熊谷係長は、見込みが薄いと言いたいわけか?」


「お言葉ですが、いまさら舞島に島守を据えたところで、どうなるんです」と、烈雄は言い、両腕をひろげた。「お隣り、三原市が管理する宿禰島すくねじまだって、観光客がひっきりなしに訪れるわけではないんです。むしろ数年前に競売にかけられ、紆余曲折うよきょくせつがあって三原市に寄贈きぞうされたほどですよ。いい意味での二番煎じどころか、あえて宿禰島の劣化コピーをやらなくったって。コケる恐れが多分にあります。いや十中八九、まちがいなくコケるでしょう」


 不破は思わず苦笑いし、照れかくしに鼻の下をこすった。不破がカラスは白いと言えば、たいていの職員は同調するのものである。それを面と向かって異議を唱えられるのは烈雄ぐらいなものだった。


 不破はテーブルを離れ、会議室の壁際をゆっくり歩いていった。

 烈雄のそばに来たものだから、思わず身を硬くした。てっきりつかみかかるのかと思いきや、あっさり背後を素通りし、フロアの窓際まで達した。


 窓にはブラインドがおろされていた。

 昭和の刑事ドラマみたく、指で閉ざされたスラットにすき間をつくり、眼下の道路を見おろす。

 車の交通量はたかだか知れていた。猛禽もうきんを思わせる眼つきは、まさに犯人を追う刑事そこのけだ。


 道路の向こうが、市役所の公用車専用駐車場となっていた。尾道市役所本庁舎そのものは右手に佇んでいた。

 駐車場の奥が海で、間近に向島の岸が見えた。緑色にペイントされたタワークレーンがいくつも林立していた。造船会社のものだろう。物憂い動きで、H鋼などの鉄骨の束を運んでいた。


「夢に見たからには意味がある。身体の内奥からほとばしるアイデアに従うことこそ、今日こんにちの私を形づくってきたと言っても過言ではない。私はある意味、現代のシャーマンと称してはばからない。私は自身に忠実である」と、不破部長はバリトンボイスで胸を指して言った。ふり向きざま、観光課の一同を見た。「そもそも島守を復活させるプランの下地が、私には最初からあった。――告白しよう。私は二十代のころ、長野県の野尻湖のじりこにある弁天島べんてんじまで、島守をやったことがあるのだ。なぜ島でひとり寂しくそんな体験をしたのか? それは人生に絶望したから、あえて引っ込んだのだ。ものは試しだ。いまから諸君に、そのエピソードを語って聞かせよう」


 烈雄は椅子を引いて立ちあがった。


「初耳です。まさか、若き日の不破部長に、そんなことがあったなんて」


「私にだって、メンタルが弱い日もあったさ。――人は生まれ落ちた瞬間から強いわけじゃない。弱けりゃ、現状に甘んじることなく、強くなりたいと願うことだ。そして行動すること。やがて、私は力をつけた」


 不破は眼をとじ壁にもたれると、朗々たる声で過去をふり返った。

 この男、やることなすこと、なにもかもが芝居がかっている。

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