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5.「いまどき、島守をやろうってな、たいていは奇人変人だ」

 尾道港で待ち伏せしていたのに、タッチの差で間に合わなかった。

 せっかく午後五時を告げるチャイムが鳴るまで待っていたのに……。 

 レンタサイクルターミナルの受付をやっていた高校時代の女友だちに呼び止められたのが失敗だった。

 話に夢中になっているうちに、烈子のすぐうしろを大量の荷物を抱えたあの青年が素通りしていったようだ。


 ずいぶん離れてしまってから、特徴的な背高ノッポの姿に気づいた。

 女友だちに別れを告げ、急いであとを追った。

 渡船乗り場へ行ったが、時すでに遅し。船上の人となってしまい、向島の岸にそって、遠のいていくところだった。


「あちゃ、ミスった。なにやってんだか、私」


 烈子は波止場はとばの突端で、苦々しく立ち尽くしていた。

 背後で誰かが近づいてくる気配があった。


「なに、ボケッと突っ立っとるんだね、お嬢ちゃん。シトラス号に乗り遅れたのかい」


 ふり向くと、港の関係者らしい作業着姿の男性が立っていた。

 赤黒いほど、よく日に焼けた肌をしていた。対照的に歯はホワイトニングしたらしく、取り替えた電灯みたいに真っ白。ほうきとちり取りを手にしており、黒地に赤い文字で、『YAZAWA』と書かれたタオルを首に巻いていた。もういい年のはずなのに、明るすぎるほどの茶髪にしていた。


「いえ、そうじゃないんです」烈子は、顔にかかったほつれ毛をかきあげながら言った。「ある男の人がいま、乗ったと思うんです。さっき、お世話になったんで、どうしてもお礼を言いたかったんですけど――言いそびれちゃった」


「そりゃ悲しいねえ。わずかのタイミングで思いは届かなかったってわけか」と、男はかぶりをふりながら言った。「あえて聞くまでもないさ。お嬢ちゃんの顔を見りゃわかる。その彼に、すっかり惚れちまったようだな」


「なんで決めつけるんですか。そうじゃありません!」


「おれにはわかるよ、伊達に人生六十年近く生きちゃいない」と、男はタオルの端で汗をぬぐい、ニカッと笑った。顔じゅう、小じわだらけになった。「おれはこう見えて船舶修理工だ。若造のころから、それひと筋。くれの造船所で修業を積んだあと、こちらに雇われたんだ」


「チャラい感じに見えますが、お仕事はまじめなんですね」


「船が調子悪くなったら、おれにまかせとけってやつだ。どんな症状も、たちどころに、なおしてみせる。――けど、お嬢ちゃんみたいな恋の病はなおせないな。おれの専門外だ」


「よけいなお世話です!」と、烈子はそばにすり寄ってこようとする男から距離をとった。「……話、もとに戻しますけど、背の高い男性が乗ったのを見かけませんでしたか? 出発ギリギリに駆けこんだはずです。リュックサックを背負って、荷物いっぱい抱えてた人」


 タオルの男は眼を見開いて、烈子の顔をのぞきこみ、


「ああ、それなら」と、言った。「それなら、是孝これたかだろう。名字までは知らんがな。半年前、東京からやってきたあいつのことにちがいない。今日は買い出しに来てたんだな。いまの便に乗ったはずだ」


「是孝。たぶん、それです。彼です。舞島の管理人になったって言ってた」


「そそ。岩子島のとなりにある、舞島だ。昔はどこかの殿様が、バカンスに利用してた島だとか。当時は、島のまわりに石垣を築き、いっぱい松の木が植わってて、物見櫓ものみやぐらまで建ってたそうだ。いまでこそ、松の木しか残っちゃいないがな。――シトラス号であいつはいったん因島まで渡ったあと、そこから仲良くしてもらってる漁師の船に乗り換え、細島のとなりの舞島まで届けてもらえるようになってる。……って、是孝の奴、お嬢ちゃんには管理人をやってるって言ったの?」


「言ってました。市役所の観光課が募集してて、応募されたそうです」


「そりゃ驚き」と、タオル男はおおげさに口をあけた。「あいつは舞島の管理人に申し出たはいいが、最初っから心を閉ざしてた男でね。ときどき、そこ(、、)の港湾振興課へ用事で来ても、職員とひと言ふた言、話するぐらいで、あとは誰とも口を利かない。おれも声をかけたことあるが、ろくに返事もしやがらない。しょうがないんで、最近は相手にすらしてないがね。よくあんな世捨て人みたいなのが採用されたもんだ。――ま、いまどき、島守をやろうってな、たいていは奇人変人だ。あれぐらいがちょうどいいのかもしれん。マトモな人間じゃ、とてもつとまらない。おれなら、あまりの退屈さで気が変になっちまう」


「是孝さんは、奇人変人で有名なんですか」


 タオル男は片手で口もとを隠し、


「ここだけの話な」と、ささやいた。「あいつは、東京での仕事やプライベートに疲れ、尾道に流れてきたらしい。なにがあったかまでは知らん。たしかに島にあがれば、究極の引きこもりライフを送ることができるだろう。市役所の面接で、そう言ったみたいだが……。じっさいはどうか」


「じっさい?」


「そんな甘っちょろい話なもんか。あいつは、いまでこそおとなしそうに振る舞ってるが、じつは指名手配犯じゃないかと疑ってる」


「まさか、そんな」


「舞島の管理人をつとめるという大義名分をかかげ、さもいいことしてます、のアピールをしてるが、罪滅ぼしのつもりで名乗り出たんじゃなかろうか? それじゃなくとも、島ではあいつ一人になれる。仕事は島の手入れと言いながら、ひそかになにやってるか、知れたもんじゃねえぞ。もしかしたら、小屋んなかでいけないことをしてるかも。そもそも、あいつのツラを見たろ。なにか後ろ暗い過去を引きずったような陰がある。誰とも口を利きたがらないのは、つまるところ、ボロが出るのを恐れて、あえてしゃべらないのかもしれねえ」


 烈子は、口から泡を飛ばしてまくし立てる男に迫られた。背の低い烈子はリンボーダンスをするかのように、そり返った。たまらずうしろに逃げた。


「しょせん、おじさんの推測にすぎないんでしょ? なんでそこまで飛躍しちゃうんですか」


 タオル男は我に返った様子で眼をしばたたいた。


「……ま、そりゃそうだな。確たる証拠もない。人生六十年近く生きてきた、おれの勘にすぎん」


「陰があるのは、そういうキャラクターであって、必ずしも犯罪者とはかぎらないんじゃ……。だいいち、市役所は面接にあたり、問題があるような人は採用しないんじゃないでしょうか。指名手配犯が、わざわざ丸裸にされるようなリスクを冒すなんてありえないです」


「人の履歴は、やろうと思えばいくらでも偽造できるさ。おめでたいね」と、タオル男は言った。「しかしなんにしたって、お嬢ちゃんの惚れた相手が、よりにもよって是孝とは……。あんたも、負けじと変わり者だわな」


「だから、先走りしないでくださいったら!」


 これ以上、波止場でやりあっててもらちが明かないので、烈子は家に帰ることにした。


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