ワンサイドゲーム
人類の力を思い知れー。
やがて奴がやって来る。ズシンズシン、と重い足音を響かせながら一直線にやって来る。俺はそれを、最初のポイントで待ち構える。今俺がいるのは即興で作った攻撃拠点。見た目はまるで、戦場でよく見るトーチカだ。しかも例の如く鋼鉄製だから、防御力もお墨付きだ。間に合わせで作ったとはいえ「拠点製作」の技能で作ったんだから完成度は高い。簡易ながらも普通より強固なトーチカを一瞬で量産出来るんだから、地球に帰ったらさぞ各国の軍隊から重宝される技能だろう。
そんなトーチカの中で、俺はティラノサウルスを見つめている。奴は一直線にこっちまで向かってくるから、とても狙いやすい。
奴との距離が50メートルを切った。その時点で、俺は攻撃を開始する。攻撃する時には、ただ一点のみを狙えばいいんだから距離が離れててもやりやすい。俺は生み出した大量の火球を、連続して撃ち出した。それらは狙いを違えることなく、全てティラノサウルスに命中する。
「ギャアアアアアアアアアア!!」
ティラノサウルスが絶叫する。攻撃の手は緩めない。追加で撃ち出した火球が次々と命中する。
「グルアアアアアアアアアアアッ!!!」
痛いだろう。熱いだろう。今まで感じたことのない痛みだろう。それが今まで強者としてただのうのうと生きてきたことのツケだ。とくと味わえ。
腐っても流石はティラノサウルス。何十発もの火球の直撃に曝されてなお、立ち上がってこっちまで突進してくる。凄まじい生命力だな。ちょっとわけて欲しいくらいだ。
俺はすぐさま簡易トーチカから脱出し、身体能力100倍マックスでその場から離脱する。速さだけはこっちに絶対的なアドバンテージがあるので、捕まりさえしなければ距離を保つことは可能だ。ティラノサウルスはトーチカに激突し、さらにダメージを負った様子でその場でふらつく。その間にそのまま俺は走り続け、ある程度行ったところで再びトーチカを作成した。
これが俺の作成だ。絶対的な防御力を誇る陣地に立てこもって一方的に敵を攻撃し、距離が失われたら即座に離脱してまた距離を置いて立てこもる。これをひたすら繰り返すだけだ。ぶっちゃけ作戦と言えるほどの完成度ではないし、人間相手ならただの遅滞戦闘行為程度にしかならない。けどこれがただひたすら、愚直に突っ込んでくるだけの憐れな蜥蜴野郎が相手なら話は別だ。命懸けのバトルは単なるワンサイドゲームと化し、狩る側は狩られる側へといとも簡単に転落する。それこそ作戦の力。これこそが真の強さ。単なる腕力だけじゃない、頭脳戦こそが人類に与えられた真の武器だ。
……なんてかっこいいこと言ってるけど、実際のところは軍事の「ぐ」の字も知らないズブの素人なんだけどな。まあ仮にも万物の霊長の種族である以上、頭くるくるぱーの爬虫類には負けたくはないよねってことだ。
そうこうしている内にまたティラノサウルスの野郎が追いついてくる。今度はさっきよりもやや走る速度が落ちてる。地道な攻撃はしっかりと効いてるってことだ。
やがて射程内に入ったティラノサウルスに向かって、またもや火球の嵐をお見舞いする。いい加減蛇行するなり学習すればいいのに、ティラノサウルスは愚直にただただ真っ直ぐ突っ込んでくる。攻撃を当てやすいことこの上ない。一気に陳腐なヌルゲーと化した感じだ。ただし命懸けのな。
「ギャアアアア……」
悲鳴もさっきより弱々しい。確実に弱ってきている。けど底知れない生命力を振り絞って、またティラノサウルスは立ち上がってくる。
またもや離脱。今度は少し開いたところに出た。そこだけ木が生えておらず、弱った敵を迎え撃つのには絶好の場所だ。早速トーチカを作成し、準備を整えておく。多分これが最終決戦だ。出来るならここでとどめを刺したい。
やがてさっきよりも更に弱々しく、テンポの落ちた足音を響かせて森の奥からティラノサウルスが姿を現わした。見れば、もう全身の至るところに焼けた傷が出来ていて実に痛々しい。こんなになってまでよく俺を追いかけてくるなぁ。怖くは無いんだろうか。不思議だな……。多分、今まで他の生物に負けたことが無いから怖いって感情がわからないのかもしれないな。
まあいい。逃げてくれないなら倒すのみだ。俺は今までで一番大きな火球を生み出す。これで最後だ。喰らえ!「大火球」!
ゴオッと大きな音を立てて火球が飛んでいく。それは避けることを知らないティラノサウルスに向かっていき、直撃して大きな爆炎を上げた。
「ギャアアアアアアッ………………」
断末魔を上げて巨体が倒れていく。ズシン、という音を立てて、ついにティラノサウルスは倒れ伏した。もし死んだふりだった時のことを考えて、一応慎重に近づいていく。とはいえあいつに死んだふりなんて芸当が出来るような気もしない。死んだふりなんてのは、そうすることでしか生き残れない弱い生物のすることだ。本質的に強者であるティラノサウルスがそんな小技を必要とするとも思えない。
実際、目の前にまで近づいてみても特に反応は無い。小突いてみたけど、やっぱり本当に息絶えてるみたいだ。……俺の勝ちだな。
「ふぅ………………」
思わずその場で座り込む。緊張が一気に解けて、力が全く入らない。全身から汗がどっと出てきた。これが腰が抜けるというやつか……。
それにしてもティラノサウルスは強敵だった。一応は作戦勝ちってことで俺自身はかすり傷一つ負ってないけど、命の危険があったという事実には変わりがない。万が一ティラノサウルスの頭が良かったりしたら正直危なかったかもしれない。異世界2日目でいきなりこれなんだ。この世界には一体どれだけの強い生き物が存在するんだろう。生き残るにはもっともっと強くならなきゃいけないな。出来れば、今回のティラノサウルスくらいなら片手間で倒せるくらいにはなりたい。道は遠い。でもこの力があればいつか出来る。
「あーー疲れた!」
背の低い草が生えている地面に寝転んで叫ぶ。薄暗い森の中、ここだけ開けてるおかげで太陽が眩しい。暖かい空気が緊張をときほぐしてくれる気がする。緊張が解けたら腹が減ってたのを思い出した。今、猛烈に腹が減ってる。
「………………このティラノサウルスって食えんのかな?」
あんまりに腹が減ってるせいか、禁断の考えが浮かんでしまった。いくらなんでもティラノサウルスを食べるのって……それは有りなの?って感じだ。何というか、生態系を構成する一生物として何か重大な反逆をしているような気がしてならない。……でも焼けた肉が凄い美味そうなんだよなぁ。あれ食っても大丈夫かな……。まあ俺、この世界の出身じゃないし平気だよね……?いや一応確認しときたいな……。
というわけで、再び始原の力を発動。今回イメージするのは……「鑑定」!異世界ファンタジーに定番のアレだ。
俺は「鑑定」したい内容、技能の機能、表示方法とかをイメージしながらティラノサウルスの亡骸を見つめる。すると初めは朧げに、続いてだんだんはっきりと目の前に何かホログラムウィンドウみたいなものが浮かび上がってきた。イメージ通り、見た目はステータス画面に似ている。ぼんやりとしていた内容も次第にはっきりとしてきた。
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名前:タイラントリザード(死亡)
年齢:21歳
性別:雄
体力:0/15628
魔力:0/8023
知力:3
身体:1200
技能:咆哮、突進時反動軽減
状態:死体。中はレア、外側はウェルダンと、ちょうどいい具合に焼け焦げている。基本的に肉食獣は不味いと思われがちだが、このタイラントリザードは非常に美味しく珍味であると言われており、その味を求めんと日々冒険する人も多い。しかしタイラントリザードは史上最強クラスの生物であるため、その味を知る者はなかなかいない。
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よし!「鑑定」成功だ!
にしてもこいつ、素で身体能力100倍になった俺よりも強かったんだな。真正面から戦わなくて本当よかった。もしかしたら異世界に来て早々、ミンチになってたかもしれないんだな……。
あと、このティラノサウルスがやたら突進にこだわってたのにもちゃんと理由があったんだな。「突進時反動軽減」なんて、巨体で超重量を誇るティラノサウルスにとって相性ぴったりじゃんか。人間も含めて、この世界の生き物が何か特殊な技能も無しに自分のステータスを確認出来るとも思えないし、このティラノサウルスは自分の得意なことをなんとなく本能的に理解してたんだろう。それが経験則によるものなのか、それとも本能的なものなのかはわからないけど。もしかしたらこいつは最初っから突進ばかりする性格で、その結果「突進時反動軽減」なんて技能を習得したのかもしれないな。というかそっちのほうが可能性は高そうだ。この世界の人は皆、そうやって技能を獲得していくのかもしれない。
この世界の人達の強さや技能について考えてる間にも、腹が切実に訴えかけてくる。もう無理だ。腹が減って仕方がない。大丈夫。鑑定しても美味しいって出てきた。相変わらず自然界の法則に反してる気もするけど、食の求道者は皆反逆者ということなんだろう。さて、食べられるかどうかの心配も無くなったし、丸一日ぶりの食事といこう。焼きたての最高級ステーキが何トンも。なんて豪勢な朝ご飯なんだ。
「いただきまーす!」
ナイフもフォークも何も無いし、ブロックにすらなってないけど、こんがり焼けた肉の香りに耐えきれなくて俺はそのまま何メートルもある巨体にかぶりつく。行儀もへったくれもあったもんじゃない。こんなとこ人に見せられないな。どこかの誰かさんのせいで、今や俺もうら若きれでぃーとやらの一員みたいだしなー。
無理矢理噛み千切った肉が、口の中で自己主張をしだす。巨体を動かすための肉は引き締まっていて、噛み応えがありつつも筋張ってはおらず飲み込みやすい。食感は実に俺好み。ばっちりだ。肝心の味はというと、焼肉のタレはおろか塩すらかけてないというのに、それ自体がもういい味を出していて、付け足すものが無くても十分に美味しくいただける。ああ、最高だ。丸一日何も食わずに腹が減っていたのに加えて、命懸けで戦って勝ち取った勝利の味だ。異世界に来て最初に食べるものがこんなに美味いだなんて、感激で涙が出てきそう。
「うまーーーーーーい!!!」
我慢できなくなって大声で叫ぶ。美味い。美味い。こんな時、白いコメと美味い酒……おっと、まだ未成年だったな、ゴホンゴホン……があれば、最高なのにな。ああ~、ちくしょううめえぜ。さっきまであんなに緊張してたってのに、もう天国にいるみたいだ。俺は次々に巨体にかぶりついては涙するのを繰り返す。
地球にいた頃から考えても、こんなに美味いものは食ったことが無い。料理の種類とかの食事の質は地球のほうが上だろうけど、食材の可能性はこっちの世界のほうが上かもしれないな。まあ一般的に出回ってる品質なら地球のほうが圧倒的に上だろうし、総合的に見たら地球の食文化のほうが進んでるんだろうけど。とはいえ文化に優劣なんて存在しない。アマゾンの原住民もびっくりのめちゃくちゃ野性味溢れるこの食事でさえこんだけ美味いんだ。まだ見ぬこっちの世界の食事もきっと美味いだろう。美味いといいな。楽しみだ。
なんだかグルメ作品の食レポみたいになっちゃったな。さっきからずっと食べ続けて、もうお腹もいっぱいだ。これ以上食べられる気がしない。
あー、腹が膨れたら風呂に入りたくなってきた。さっきの戦いで汗もかいたし、ちょうどいいだろう。
俺は早速拠点を制作する。さっき作ったトーチカは完全に実戦用だったから、風呂とかベッドみたいな余計な設備は一切ついてない。だから今回作るのはちゃんと生活感を重視した拠点だ。もちろん、ティラノサウルスとの戦いの教訓も踏まえて完全防備は忘れない。要塞としての本質は忘れちゃいけないよね。まあ、ティラノサウルスみたいなあんな強い生き物がそうわんさかといるとも思えないけどな。そんなにいるならきっともう既に生態系が崩壊してるだろう。だからあくまで念押し。別に防御力を上げても何も減らないんだから、だったらしっかり作っといたほうがいいじゃん?手抜き工事はいざって時に痛い目をみるって地球にいた頃に散々学習したからな。人間は学習する生き物だよ、諸君。
出来上がった要塞に入って、風呂を沸かす。なんだかもうここで生活していけそうな気もするけど、流石に街にはいかないとな。俺だって人が恋しくなることくらいあるんだ。
戦闘で汚れた服を脱いで、風呂場に入る。後で服も洗わないとな。乾かす間は着るものが無くなるけど、まあ誰も見てないしちょっとくらい裸でも問題ないだろ。こういうところはまだまだ男のままだな。別にいいと思うけどなー。誰にも迷惑かけてないんだし。そりゃ公衆の面前とかなら流石に控えるとは思うけどね。
そんな益体もないことを考えながら湯につかる。まだ午前の内に入る風呂もまた気持ちいい。もし後々屋敷とかを建てる機会があったら、風呂は絶対に充実させよう。
自活の目途もたったし、命に危険があるわけでもなし。別に急いで人里まで行く必要性もないので、俺は気が済むまで風呂に入っていた。そのせいで風呂から上がる時に思いっきりのぼせてたのはご愛嬌ってことで。
人類の作戦勝ちです。それにしても焼き肉、美味しそう。恐竜だし鶏肉みたいな味がするんでしょうか?もしジュラシッ○パークが出来たら、そこの併設レストランとかで食べてみたいですね。