表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/55

50話記念 番外編 神坂景おパンツ盗難事件

記念すべき第50話を超えました。ここまで読んでいただいてありがとうございます。記念に番外編をお届けします。本編とはあまり関係ないですが、少しギャグパートありの日常編と思って読んで下されば幸いです。50話までの文字数で言えば合計約20万文字。エタらずにここまで書き続けられたのもひとえに皆さんのブクマ、感想などの応援あってのことです。今後とも是非よろしくお願いします!

 ある朝起きてみたら妙に涼しかった。もう六月に入り、そろそろ日が昇ると暑くなってくる季節の筈なのだが、今日はやけに寒い。

 気候も近いとはいえ六月が完全に初夏の日本とはやはり違うから、日本に比べて平均気温はやや寒かったりする。まだ完全に春を抜けたわけではないからそういう日もあるのかなぁと思い、布団から出ると大変なことに気がついた。


 俺のパンツが無い。


 これはどういうことだろうか。確かに昨日、俺は寝る前に上下の下着を着用していた筈だ。ブラジャーなんてものはこの世界には……一応あるにはあるが、日本のものほど高性能ではないしそもそも俺は持っていないから着けずに寝たが、少なくとも肌着とおパンツくらいは身につけていた筈なのだ。

 日本にいた頃では、寝る前に布団にねっ転がりながらナニを致して、そのまま寝落ちした結果朝起きたら下半身丸出しで寝ていたなんてことはしょっちゅうあることだったが、この世界に来てからはそのような事態に発展したことは一度もない。せいぜい、ヴァルツィーレにいた時、ナニをしている真っ最中に宿の女の子に見られたくらいだ。……それも十分ヤバイような気もするけどな。

 とにかくだ。昨日はアデルとセックスしたわけでもないし、自分で慰めたりもしていない。男物のトランクスとは違って女物のショーツだから寝ている間に勝手に脱げたということもない。何者かが寝ている俺から脱がして奪い去ったとしか考えられないのだ。

 誰だ盗りやがったのは。今この瞬間も俺の穿いていたパンツが野郎に使われているかもと考えるだけで寒気がする。生憎と元男で心も尚男のままなので、俺には男に自分のパンツを使用されて悦ぶという趣味は無い。というか普通に女の人でも嫌だろ。パンツを盗んで使うようなキモい人間、誰だってお断りだ。


 しかしそれでも疑問は残る。犯人はただパンツを盗んだのではない。寝ている俺の、着用しているパンツを脱がして盗んでいったのだ。寝ている間でも、俺はマップの技能を使って常時警戒をしている。寝ていても不審者が近づけばアラームで目が醒める筈なのだ。だからそれこそオリヴィエ陣営か、その背後にいたどこか外国の国最強級の暗殺者レベルの手練れのがやって来たりでもしない限り、俺の警戒網を抜けることなんて出来ない。それに自惚れではないが俺に気づかれないようにパンツを奪えるほどの手練れは世界にもそうそういない筈だ。オリヴィエ陣営関係者なら何故そのまま俺を殺さなかったのかという謎も残る。これは単純にパンツが盗まれたというだけの事件では済まされない。類稀なる戦闘力と危機察知能力を持った、バルツァー領最強の戦力たるこの俺に対する宣戦布告なのだ。



     ✳︎



 新しくパンツを穿き直した俺は、部屋の中をぐるぐる歩いて悩んでいた。今ここで俺が「パンツが無くなった」などと大騒ぎしようものなら、犯人には誰が盗んだかわかっていないと喧伝するようなものであるし、バルツァー領政府の人間にとっても領内最高戦力の俺を出し抜く敵がいることが公になってしまうため不安になる人間が出てくる心配もある。何より俺が恥ずかしい。中身が男であるとはいえ、外側の体は女なのだ。それも、我ながらそこそこ整った顔立ちをしたスタイル抜群(残念ながら背は低いが)の美女である。人間、普通は自分の見てくれに恥じない程度の振る舞いはしたいと思うだろう。パンツを盗まれたなどということは不名誉だし、やっぱり恥ずかしいのだ。それで万が一見つかったとしても、誰か見つけた人が「見つかりました! 何処どこにありました!」などと言って俺の着用済みパンツを手にして報告しに来るのだ。控え目に言って恥ずかしすぎて死ねる。

 だから何があってもこの事件を公表することは出来ない。これは俺一人の戦いなのだ。斯くして俺のひとりぼっちパンツ奪還戦争の火蓋は切って落とされたのだった。



     ✳︎



 無い。無い。無い。

 あれからもう一度自分の部屋、脱衣所、風呂場、トイレ、食堂、廊下と自分の移動したありとあらゆる場所を隈なく探してみたが、パンツのパの字はおろか小型の布類を見つけることすら出来なかった。風呂場にあるのは巨大なバスタオルだし、俺の洗濯物は既に干された後に取り込まれている。箪笥の中に仕舞われた下着の数を数えてみても、やはり俺のパンツが一枚だけ足りなかった。

 これだけ探しても見つからないし、やはり落ちている場所の捜索ではなく犯人探しに切り替えたほうが良いのだろう。そう考えた俺は、次なる行動に移ることにした。そう、信頼出来る協力者を極少数動員して、俺の秘密を守りつつ怪しい人物を炙り出す作戦である。



     ✳︎



 俺は内政課執務室の扉を叩く。


「どちら様で?」


「俺だ。入るぞ」


「コウサカ殿か。どうぞ入られよ」


 事実上の最高権力者たる俺が入室の許可を求めるのも変なことではあるが、まあ許可を求めたというよりは入室する旨を伝えただけだ。仕事をしている人間のいる部屋にいきなり進入するのも不躾というものだからな。こういう些細なところでの礼儀に人間性が出るのだ。他人は意外と自分のことをよく見ている。人から信頼されたければそういうところを大切にしたほうが良いというのが俺の人生哲学だ。まあそんな大層なことを言えるほど長生きしているわけでもないけどな。

 部屋に入ると仕事をしていた内政課の官僚が揃って礼をしてくる。

 なんだかどこぞの総統になったかのような気分だ。軽く返礼してそのまま職務を続けるように伝えると、彼らは一礼してまた仕事を再開した。

 そんな勤勉な彼らを眺めつつ、俺は執務室の一番奥の机に向かう。


「コウサカ殿。いかがなされた? また何か妙案でも思いつかれたか?」


 その席に座っていたイェルガーが立ち上がって訊いてきた。


「いや、今回は少し違う。あまり大ごとにしたくない。付いてきてくれ」


「何? わかった。暫し待たれよ」


 部下にいくつか指示をして、自分の書類をまとめてからイェルガーがこちらに来て言った。


「お待たせした。話を伺おう」



     ✳︎



「なんということだ……。まさかコウサカ殿を出し抜く輩が敵側にいたのか……」


 かくかくしかじかで俺が一連の流れを伝えると、イェルガーは真剣な顔をして悩み始めた。そこに俺を小馬鹿にするような表情は一切無い。「パンツが盗まれた」という事実だけではない、その裏にある隠れた意味にまでしっかりと理解が及んでいるからこそのこの態度だ。やはりイェルガーは優秀で真面目な男なのだ。


「イェルガー。あんたにはこの領内、それもバルツブルグだけでなく近隣の町や村も含めたこの辺り一帯の人の流れを洗って欲しいんだ。宿に泊まった人間の数と城門の関所の記録が違ったら怪しい。ただ、犯人はこの俺を出し抜くほどだ。そんな記録に残るようなヘマをやらかすとも考えにくい。どんな酔っ払いの証言でもいい。街の警備記録も洗ってくれ」


「承った。私が信頼出来る部下に、事情を隠して調べさせよう。他に有効だと思った調査方法に関してはこちらで適宜試していく。コウサカ殿はコウサカ殿で、その特殊な力で色々と探しておいて欲しい。これはバルツァー伯爵領全体の危機なのだからな」


「わかった。それじゃあよろしく頼む」


「こちらこそ」



     ✳︎



「ダメだ。おかしな記録はおろか、目撃情報すら上がってきていない。数件の犯罪の検挙には繋がったが、それ以外は領内は平和そのものだ」


 意気消沈した顔でイェルガーが伝えてくる。


「平和そのものか。素晴らしいことじゃないか」


「この場合はそうであってはならないのだ。我が領の行政では太刀打ち出来ない闇がいるということが発覚してしまったのだからな……」


 そう言って落ち込むイェルガーの姿は、悩める為政者そのものだった。苦労してんだな。今度内政課の面子ごと甘いもんでも振る舞ってやるか。


「そちらは?」


「こっちも同じだ。俺に敵意を持った人間を探してしらみ潰しに接触してみたが、どれもオリヴィエ時代に甘い汁を吸っていたような小物ばっかりでまとまな奴はいなかった。全くの手掛かり無しだ」

 はぁ、と二人揃って溜め息をつく。深刻な空気が部屋を支配していた。


 そこへカツカツカツ、と歩く音が聞こえてきた。この歩き方は……アデルだ。


 ガチャ


 アデルが部屋の扉を開けて顔を見せる。


「アデル」


「あ、景様♡」


 俺を見つけたアデルは心の底から嬉しそうな顔をして近寄ってきた。この深刻な事態だってのに、なんとも幸せそうな奴だ。かわいい。


「イェルガー殿。あなたもいたのですね。二人揃ってどうなされたのですか?」


 そこで俺はイェルガーにもした説明を、軽く簡略化してアデルにも伝える。優秀なアデルのことだ。詳しく説明しなくても本質を見抜いてきちんと理解してくれるだろう。と、そう思っていたのだが。


「それでしたら心配ありませんよ」


 と言い出した。何やら知ってそうな顔つきだ。どういうことだ?


「景様のパンツはわたくしが適切に使用させていただきました」


 シーン、とその場を静寂が支配する。しばらく経って我に返った俺は叫んだ。


「犯人お前かよ!」


 そこからアデルの供述が始まった。どうも、俺を想う気持ちが溢れてしまい、それを抑えきれずどうしようもなくなった結果、犯行に及んでしまったらしい。その間、イェルガーはずっと居た堪れない表情をして小さくなって立っていた。確かに気持ちはわかる。五十過ぎの中年が若い女二人のアブノーマルな同性愛に始まる生々しい性癖暴露大会をずっと聞かされているのだ。さぞ居心地が悪いに違いない。俺がイェルガーの立場ならまず逃げたくなる。

 それはまあご愁傷様としか言いようがないので置いておくしてだ。確かに、俺は俺に敵意を抱いていた人間ばかり探していた。「マップ」技能の警告アラーム機能も、俺に敵意を抱いているか、もしくは俺にとって不都合な行動を取る人間をマークして知らせてくれるだけで、身内の細かい行動まではいちいち音を出して知らせてくれたりはしない。そういう設定にすることも出来るが、そんなことをしたらひっきりなしにアラームが鳴り響いて俺の精神が崩壊してしまう。

 つまり最初から前提が間違っていたのだ。犯人は敵ではなく身内で、それも悪意などなく純粋に俺を想う気持ちが大き過ぎたが故に過ちを犯してしまった。実害は殆ど無く、また取り立てた大騒ぎになっている様子も無かったため、犯人はひっそりと何事も無かったかのように過ごしていた。俺達はずっと勘違いしたまま、見当違いの方向を探し続けていたのだ。


 かくしてこの「神坂景おパンツ盗難事件」は、非常に下らない真相と、予想より遥かに俺がアデルに好かれていたという事実を明るみに出し、そして若干の治安向上と領政府の危機意識の啓発という副産物を残して幕を下ろしたのだった。ちなみにアデルは俺のパンツを返すつもりは毛頭無いらしい。「家宝にします」とのことだった。「家宝も何も、お前は俺と家庭を築くんだからそのパンツは結局俺の元に戻ってくることになるんだぞ」と伝えると、「それもそうですね」とほくほく顔でのたまっていた。

 それにしてもだ。「適切に使用」って何だよ!!!

アデルは思ったより変態でした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ