空を自由に飛びたいな
今回辺りから段々とファンタジーらしさが強くなっていきます。
何もない草原地帯をただひたすらに歩く。暇なので「始原の力」の練習も兼ねて、色々イメージしながら歩いているところだ。
ところでこの力、イメージしたら即発動というわけでもないらしい。体の奥の力を意識して、それからイメージしないと発動しないみたいだ。
まあそりゃそうだよな、とも思う。何かを想像する度にそれが現実に起こったりしてちゃ、おちおち夢さえ見ることも出来ない。人間考える生き物なんだ。何も考えないでいることなんて不可能に近い。……たまにいるけどな、そういう人も。
てな訳で、意外とこの「始原の力」を使うにはコツがいる。発動にも色々プロセスがあって、それを踏まえなければそもそも力を使うことが出来ないらしい。だからまずは体の奥にある力を意識するところから始めないといけないのだ。
体の奥ってなんだよ、って自分でも思うけど、実際そうとしか表現出来ない。なんか、体の奥のほうだ。どことか言われても知らん。どこだよ。
まあ、その体の奥のほうになんか力というかみなぎる熱みたいなのをうっすら感じるので、それを強く意識するというわけだ。これも普段から感じまくってちゃあ気になって日常生活に支障を来すので、意識しなければあんまり気にならない程度にしか感じることが出来ない。だから発動するためにも強く意識しなければならない。
そんなこんなで何とか力の発動の条件を整えたところで初めて発現したい結果をイメージするわけだが、これがまたなかなか難しい。ただでさえ力の起動に気を取られているというのに、そこから新たに何かを想像しろ、なんて言われてもそう簡単に出来るもんじゃない。バナナ食いながら三日前に食った揚げパンの食レポをやれと言われてるようなもんだ。不可能じゃない。けどやってみたら意外と難しいんだよ。
とはいえこれをモノにしなければ地球に帰るどころか、この世界で生きていくのも危ういので頑張るしかない。普段から使ってればいずれ慣れるだろうし、気長にやっていこう。
さて、じゃあ早速何かをしてみよう。取り敢えず直ぐに使える攻撃系のものがいい。何があるかな。
色々考えてみたけど、手っ取り早いのは火かなという気がする。まあ攻撃系で一番ポピュラーなのが火系統だもんな。人類が他の生き物と一線を画するのも、この火を自在に扱うことが出来るからだ。火を征する者は自然を征するのである。
というわけで、早速力を意識して発動の準備。ゲームに出てくる配管工のおじさんの火球をなんとなくイメージして、力を発動してみる。
すると体の奥のエネルギーがググッと腕の方に集まってくるのを感じ、段々と掌が熱を帯びてきた。
「な、なんだこれ」
今までにない感覚だ。集まってきた熱を解き放ちたくてムズムズする。俺は横を向き、掌を何もない平原の方に向けてその熱を打ち出すように飛ばした。すると掌からバレーボール大の真っ赤な火球がけっこうなスピードで飛び出て、30メートルほど先の地面に激突する。次の瞬間、ゴオッと音を立てて等身大サイズの火柱が上がり、そこに生えていた草が消えてなくなった。
「…………うおおおおお!楽しいいいっ!」
小学生の頃、誰もが妄想したであろうファイヤーボ○ル。まあ俺は高校二年生まで妄想してたけどな!それを今、俺は現実でやったんだ!テンションがうなぎ登りで爆上がり。上がった温度とうなぎだけでうな重百人前は作れそうだ。最近うなぎも絶滅危惧種に指定されたりしてるっぽいし、丁度いいんじゃないだろうか。
「『ファイヤー○ール』!『ファイヤーボー○』!『ファ○ヤーボール』!」
生まれて初めての異能に自分を抑えきれなくなって、火球を乱発しまくる。これ、ものすごい楽しい。これだけでもう異世界に転生してよかったと思ってしまう。駄目だ駄目だ、地球に帰ることが目標なのにそれが揺らいでしまいそう。……というか、これ、創造神の力であって、別に異世界限定の力じゃないんだから地球に帰ってからでも使えるのでは?
そう思って想像してみるけど、あんまりいいことにはならなそうな予感。日本でマジシャンとして働く未来が垣間見えた気がする。その後、面白人間としてテレビで祭り上げられ、怪しい組織の人間に掴まって実験体にされるところまで見えた。うん、戻れたとしてもあまり元の世界では力は使わないようにしよう。そもそもこっちの世界にも魔法があるか、あったとしてもどれくらいの人が使えるのかとかは全然知らないんだけどな。まあ萩本さんはファンタジーな世界って言ってたし、魔法が無いわけではないと思うんだけど。実際のところは見てみないとわからなそうだ。
そんなことを考えている間も火球は打ち続けていたので、辺り一面は黒焦げになってしまった。周囲数十メートルからは完全に草が失われてしまったようだ。満足するまで、それこそ百発くらい打ったかもしれないけど、全然疲労とかは見られない。身体の奥の力も微塵も減った感じはしない。流石、始原の力だ。この程度じゃびくともしないらしい。いいね、力強いぜ。取り敢えず火球は問題なく習得できたみたいだ。これでひとまず防衛手段は最低限確保できた。
さて、次はファンタジー世界に定番の、アレが出来るかどうか挑戦してみよう。……そう、ステータス画面だ!大きく息を吸い込んで、そして例の呪文を唱える。
「ステータス、オープン!」
…………俺以外に誰もいない平原に、一陣の風が吹く。何も起きない。おかしい。こんな筈じゃなかった。
「す、ステータスオープン!」
また何も起きない。そんな馬鹿な!ファンタジーな世界でステータスが見られないだなんてことがあっていい筈がない。
今度はより具体的に、半年くらい前にやったRPGのステータス画面を思い出しながらやってみる。
「……ステータスオープン!」
ぽん。
今度は電子音を響かせながら、ちゃんとホログラムウィンドウのようなものが目の前に浮かんだ。やったぜ。なんだ、ちゃんとイメージすりゃあ出来んじゃん。
俺は浮かび上がったRPGそっくりのステータス画面を見てみる。
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名前:神坂 景 (Kohsaka Akira)
年齢:19歳
性別:女(心は男)
体力:126/128
魔力:∞
知力:145
身体:6
能力:始原の力
技能:火球
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そこには名前とか年齢、性別みたいな個人情報から、体力や魔力、知力にいたるまで色んな数値がステータスとして表示されていた。いたのだが……おい!性別:女ってなんだよ!俺、世界に女って認識されてんの!?公式で決定かよ!もう覆らないの前提じゃん!しかも(心は男)って!完全にそっち側の人みたいじゃないか!……いや、別にそっち側の人達を馬鹿にしてるわけじゃないんだよ。ただ、本質が違うだろうと、そう言いたかったんだ……。
とにかく、性別はもう変えようがないらしい。これからはレズの女の人として生きていくんだろうなぁ……。この世界、同性愛ってどうなのかな。日本の戦国時代みたいに一般的だといいな。宗教の戒律違反とかだったら嫌だな……。もし駄目だったとしたらどうしよう。たいしたことないように思えて、これけっこう致命的だもんな……。
ステータスによって、改めて残酷な真実を突き付けられてしまう俺氏。どうして世界はこうも厳しいのか。
……あ、さっきぶっ放しまくった火球もちゃんとスキルみたいな形で反映されてるんだ。ちゃんと覚えて使えるようになった技とかは、スキルとして登録される感じなのかな。けっこう親切な設計みたいだ。けど中には魔力とか知力みたいに俺の知らない情報まであるし、どうやらこのステータス画面に表示される情報は俺の知識ベースってわけでもないらしい。よくある、ファンタジー世界に特徴的なご都合主義だろう。俺の代わりに、萩本さんみたいな人達が世界の情報とかにアクセスしてるのかもしれない。……いや、それはないな。天界の職員達って、ただでさえ忙しいんだ。いちいちこんなことにまで手を割いてる余裕なんて無いだろう。やっぱり自動収集するようなプログラムとかが働いてるんだろうな。
なんて取り留めもないことを考えながら、身を以て始原の力の凄さを実感する。流石は創造神の力。けっこう何でも出来るみたいだ。具体的なイメージが無いと使いづらいところはあるけど、その使用方法は多岐にわたるっぽい。まあ宇宙を創造した大いなる神の力なわけだし、普通に考えれば出来ない筈もないんだけどな。
ということはだ。凡そほとんどの人間が抱くであろう夢、ひょっとして空を飛ぶなんてことも出来るんじゃ……?
「……『空を飛ぶ』」
期待を胸に、始原の力を発動させながら呟く。すると次の瞬間、猛烈な浮力が俺の体にかかってあっという間に地面から離されてしまった。
「うわっ!!」
ぐんぐん地面から離されていく。ヘリウムガスを詰め込んだ風船くらいのスピードで空に昇っていく俺。はたから見ればたいした速度じゃないように見えるかもしれないけど、本人からしてみればものすごい速く感じる。だってまるで制御が効かないんだ。空なんて当然飛んだことないからかなりテンパる。
「うわわ、うわあっ、ヤバイヤバイヤバイ!どうしようどうしよう!」
取り敢えず降りるのが最優先だ。もう相当高いところまで来てる。高層ビルの屋上くらいはあるんじゃないだろうか。
「『降りる』!『降りる』!」
必死に降りるイメージをして始原の力を発動させると、今度はさっきまであった浮力が急に途切れるようにして消えた。
さて、浮かんでいるものに働く浮力が無くなるとどうなるでしょう。正解は重力に引かれる、でした。つまり落ちてるというわけだ。
「うわあああああああああっっ!!!」
極端過ぎだろ畜生!!!さっきなんでも出来る凄い力って思ったけど訂正!扱いにく過ぎんだよ!!
「『止まれ』『止まれ』『止まれ』『止まれ』『止まれ』ぇっ!!!!」
落ちたら本当に「必ず死ぬ」かもしれないので、必死に空中で静止するイメージを思い浮かべながら叫ぶ。地面がどんどん迫ってきてあわや地面激突かと思われたが、本当に寸前で、それこそ残り2メートルくらいのところでなんとか空中に静止することが出来た。文字通り静止しているので身動きは取れないけど、どうやら助かったみたいだ。
冷や汗がツーッと流れ出て、地面に向かって落ちていく。落ちた汗は地面にぶつかり、パッと弾けて広がった。危うく俺もそうなるところだった……。
着地のため静止のイメージを解くと、俺をその場に留めていた力が失われてドサッと地面に落下する。
「痛えっ!」
2メートルとはいえ、受け身も取れずに落ちたら十分に痛い。下が柔らかい地面でよかった。アスファルトとかだったら最悪どこか骨が折れてたりしたかもしれない。
俺は無事着地出来たことに安堵し、大きく息を吐く。2メートルでさえこれなんだ。もしこれが200メートルだったりしたら……。
背中を寒気が走り、ブルルっと身震いする。一歩ミスったらそれが現実になってたかもしれないんだ。この力は気軽にほいほいと使えるものじゃない。やっぱりもっと、使う前に具体的な効果を決めてからじゃないと危なくて使えたもんじゃない。
初めて動力機関を使って空を飛んだライト兄弟達もこんな気持ちだったんだろうか。まったく、安易な気持ちで空を飛ぶもんじゃないな。皆さんも考え無しに空を飛ぼうと思わないようにしましょうね。
本来飛べないものが空を飛ぶのって難しいんです。でもいつかは自分一人で飛んでみたいですよね。