今後の方針
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宿の前の乱闘騒ぎからトンズラした俺達は、最初に俺達が出会った場所、倉庫街に来ていた。ここならばしばらくは人も来ないから、一時的にここに身を潜めて今後の方針を確認しようと思う。
とはいえ倉庫街なんて隠れ場所として誰もが思いつくような場所だから、あまりおちおちしていられないことも事実だ。ここもいずれ捜索の手が入るだろう。だからそれまでに方針を決めてここを出ないといけない。気が休まるのはもう少し先になりそうだ。
「景様……。申し訳ありません。私のせいでここまで話が大きくなってしまって……」
アデルが沈痛な顔をして謝罪してくる。
確かに、ザイモンとかいう輩が不敬罪を公衆の面前で言い渡して、それを多くの人間が聞いているんだから、あのままあそこに留まっていたらまず間違いなく憲兵に捕まっていただろう。アデルが自分をバルツァー伯爵家の正統な後継者であると証明するものを何も持ってない以上、簒奪者であるとはいえ形式上は貴族の証明を持っているあいつらの主張が通って、逆にこちらの主張は蔑ろにされる可能性は非常に高い。だから俺達は何も悪くないのに憲兵から逃げなければいけないし、街の人にも顔を知られるわけにはいかない。この街から出て行く以外には、逃れる術は無い。
でも、悪いのはザイモンやその背後にいる簒奪者共であって、決してアデルでは無い。だから俺はアデルを擁護するし、怒ることも気にすることもない。
「気にすんなって。俺が決めたことだ。御家簒奪するような相手だし、このくらいのことはしてくると思ってたから想定の範囲内だよ。何も問題ない」
「ありがとうございます……」
アデルは俯いてはいるものの、口元に笑みを浮かべて感謝の意を込めて頭を下げてくる。気にしないと言っている俺を嬉しく思ってくれてるのかな? そうだったら俺も嬉しい。
さて、これからどうするかなんだが。俺としては、今すぐにでもバルツァー伯爵領に乗り込んでいって、簒奪者を一族郎党取っ捕まえて王宮に突き出しても一向に構わない。とはいえ俺は王宮にパイプがあるわけではないし、いきなりこいつらが簒奪者ですと言っても多分誰にも信じてもらえないだろう。貴族に不敬を働いた怪しい不届き者扱いされてお終いな気がする。どうにかアデルが正統な後継者だということを証明出来ればいいんだけどな。
その旨を伝えると、アデルは心配要らないといった風に言った。
「それなら多分大丈夫だと思います。今は亡き私の両親は、まだ私が幼い頃に一度、現王陛下に謁見したことがありますので、その時の記録が残っていれば恐らく本人確認が出来るかと」
「うーん、それってなかなか難しくないか? ようは記録って言っても文字なわけだろ。アデルも成長しているわけだし、流石に文字情報だけで本人を特定するのは無理だと思うんだけどな」
「そこは心配ありません。実は私が小さい頃、貴族の証明として王宮にある貴族用の戸籍に魔力を登録してあるのです。魔力の波形は一生変わりませんから、個人を識別するにあたってはこれ以上無い証拠になります」
そんなのがあったのか。簒奪者達はそのことを知らなかったのかな?
「なら最初からそれで照合させてもらえばいいんじゃないの?」
「それは難しいと思います。貴族かどうかもわからない、どこの馬の骨とも知れない相手に貴重な王宮の戸籍資料を開示するわけにはいきませんからね。それに、そもそも信頼の置ける存在だと示さない限り、王宮に立ち入ることすら出来ないと思います」
「そりゃそうか」
現代日本で言えば、名家のお嬢様だと主張する女の子が首相官邸に出向いて、直接不正を直談判するようなものだ。いくら直談判しようにも、官邸関係者ではないのだからまず立ち入らせてはくれないだろう。
まあ厳密に言えば、現代日本は身分制社会とは言えないからお家乗っ取りなんかに政府は介入して来ないし、何より警察権を持ってるのは警察だからそもそも出向く先が違うなんていう突っ込みはあるけどな。
「じゃあ取り敢えず、まずはアデルの実家に行って悪者を倒す、と。その時一緒に不正を行った資料を証拠として確保しておこう。それで傾いた領地の経営を応急処置的に何とかしてから、王宮に行って全ての元凶を証拠と一緒に突き出すと。こんな流れでいいかな?」
「はい。大丈夫だと思います」
御家奪還の算段はついたな。待ってろよ、簒奪者共め。絶対に潰してやる。
さて、今後の予定が確定したので、早速ここから脱出しよう。俺はアデルを連れて、マップで人目を避けながら外壁まで移動することにした。
「ここを登るんですか……?」
聳え立つ外壁を見上げながら、アデルが不安そうな表情をして訊いてくる。高さは優に数メートルを超える。特殊な道具無しには、まず人間が乗り越えられる高さではない。
「まあ門番のいる正門は当然封鎖されてるだろうからね。それに、これを登るわけじゃないよ」
そう。別に登るわけではない。
その言葉に安心したのか、アデルが安堵のため息を吐く。
「そ、そうですよね。こんな壁登るわけな……」
「しっかり掴まっとけよ〜」
俺は話をぶった切ってアデルを抱きかかえる。
「え? えっ?」
「行くぞ〜。よっ」
そしてアデルを抱きかかえたまま、助走をつけて一気に外壁を飛び越えた。
「きゃああああああっ」
初めて聞いたアデルの悲鳴は、なんだか新鮮だった。
✳︎
壁を越えてヴァルツィーレの街を脱出した俺達は、街から少し離れたところにある小さな森に隠れていた。
ヴァルツィーレの街の周りは、辺り一面に草原が広がっていて大変見晴らしがいい。だからどこか遮蔽物のあるところじゃないと、相当離れていたとしてもまず誰かに見つかってしまう。なんだかんだこのヴァルツィーレは大きな街だからな。通行人の数も多いんだ。
そして今俺達がいるのは、アリアナ大森林とか反対の方向にある小さな森だ。この辺りはヴァルツィーレの街を流れている川の下流に当たり、そこそこ水が豊富なので木も育ちやすいんだろう。だいたい小学校の敷地数個分くらいのこの森は、そこまで大きくないので凶悪な魔物も存在しない。俺達みたいな人間が隠れるのにはちょうどいい場所ってわけだ。
「今夜にでも出発するから、今のうちに休んでおこうか」
「わかりました」
魔物の中には夜に活動するものもいるし、小規模な盗賊なんかも比較的警備の薄い夜に徘徊するらしい。現代日本みたいな街灯も存在しないから、当然夜の森の中は真っ暗になる。この辺りは草原が広がっているから月明かりだけでも比較的行動しやすいみたいだけど、それでも昼に比べて人の往来は格段に少ない。
人が少なければそれだけ俺達みたいな追われてる人間の移動も楽になる。だから俺達は日が暮れてしばらくしてから移動を開始する予定だ。とはいえ流石に徹夜で歩き続けるのは体力的にもしんどいものがあるので、ならば昼の今のうちに休んでおこうという判断だ。
と、そこまで考えていると、ポツリと頬に水滴が付く感触がした。
「ん?」
やがてポツポツとした音がザーザーという雨音に変わるのに、そこまで時間はかからなかった。
「雨ですね」
「降られちゃったか」
森の中なのでそこまで雨に濡れるようなことはないが、流石に全く濡れないわけではないし地面も多少はぬかるんでくる。こうなったらあれの出番だな。そう、「拠点製作」で作った簡易要塞ハウスだ。少し狭いけど多分ギリギリ出せるだろう。今度、密林用とかにもう少し小さいハウスを作ってもいいかもしれないな。
「アデル、ちょっと離れててくれ」
「……? はい」
俺は「無限収納」から、前に作った簡易要塞ハウスを出す。
「えっっ!?」
当然驚かれるけど、あまり動揺した感じはしない。こんなことが出来る人間を既に知っていたのかな?
「あんまり驚かないんだ」
「いえ、とても驚いていますよ。ただ、これをなさったのは景様ですから」
なるほど。俺のことを神か何かだと思っているアデルは、俺が何をしてもそれを受け入れちゃうんだな……。
「取り敢えず濡れちゃうから入っていいよ」
「はい。お邪魔します」
俺はアデルを招いて、ドームハウスの中に入った。




