乱闘騒動
「よお、昨日はよくもやってくれたじゃねえか」
昨夜襲撃してきたチンピラ冒険者の内一人が物騒な顔をしながら話しかけてくる。肩に担いだ両手剣が、逃す気は無いと言外に伝えているみたいだった。まあこっちには逃げるつもりも負けるつもりも無いんだけどな。
「そっちこそどうやって憲兵駐屯所の前から逃げたんだ? 昨日の今日でまた俺の前に現れるなんて、夜這いしようとして返り討ちにされた割には随分とお熱なんだな」
あくまでこっちは被害者側ですよとアピールするために、敢えて説明口調で皮肉を言ってみる。もちろん周りの野次馬達に聞こえるように大きめの声でだ。まあ、傍目にはいたいけな少女2人をチンピラ共が武器を持って囲んでいる時点でどっちが悪者かなんて訊くまでもないようなことだとは思うけど、一応な。
お陰で当初は関わり合いにならないように距離を置いて眺めていた群衆が、ざわざわと騒めき出す。
「おい、憲兵を呼んだほうがいいんじゃないか?」
「でも何か深い事情があるんじゃ」
「さっき夜這いがどうのとか言ってただろ。きっとあいつらが目当ての女を手に入れるために脅してるに違いないぜ」
「ならやっぱり憲兵を呼ばないと!」
いい感じに場の雰囲気が俺達を擁護するほうに流れているな。この調子で何事もないといいんだけど。そんな上手くはいかないだろうな……。
「テメェら! 部外者が口出ししてんじゃねえぞ! こいつはそこにいる貴族の娘を誘拐した張本人なんだからな!」
案の定、チンピラ冒険者が大声を張り上げてこっちが悪いのだと主張してくる。誘拐なんて事実とは程遠いけど、客観性を度外視して字面だけ見ればその通りだから質が悪い。本人が望んでいた逃亡の手助けをしただけだとはいえ、相手側からしたらそれは誘拐と変わらないんだからな。まったく、こんな時だけ被害者面しないで欲しい。
「ど、どっちが本当のことを言ってるんだ?」
「そんなこと俺に言われても知らねえよ。どっちにしろ憲兵を呼んだほうがよさそうだな」
「わ、私憲兵を呼んでくるわ」
野次馬達が困惑しつつも、俺にとって都合のいいほうに事態は進む。俺達は憲兵を呼ばれても何も痛いところなんてないからな。むしろ他領の憲兵に御家簒奪の事実を知られるかもしれないことを考えれば、こいつらにとっては不都合とも言える。どちらにしろ俺達は困らない。
実際、憲兵を呼ばれたくなかったのか、チンピラ冒険者達は苦虫を口いっぱいに頬張って噛み潰したような渋い顔をして、苛立たしそうにしている。
「チッ、これ以上大事にはしたくなかったんだがな。仕方ねえ。野郎共! 多少手荒でもいい。貴族の娘を捕まえろ! そっちの女は煮るなり焼くなり好きにしていいぞ! 行け!」
「「「うおおおおおおお!!!」」」
何とも酷い言い草だな。煮るなり焼くなりって、欲望が丸見えなんだよ……。でもまあ、職務意識とは程遠そうな取り巻き達を焚きつけるにはいい餌だよな。チャラい見た目の割にはあのチンピラ冒険者は色々考えてるのかもしれない。
それにしても貴族の娘を「捕まえろ」って。「取り戻せ」の間違いじゃないか? もはや隠す気も無いのかよ。
さて、そんな悠長に考えてる暇も無くなってきたな。憲兵を呼ばれる前にカタをつけてずらかるつもりなんだろう。連中、容赦なく飛びかかってくる。仕方ない。こちらも反撃させてもらうとしよう。
「アデル、少し待っててな」
「は、はいっ」
俺はアデルを下がらせ、身体能力をMAXまで解放する。そのまま飛び出して、一番近くにいた敵に死なない程度に威力を抑えた腹パンを食らわせた。
「ぐえっ」
「ぐぎゃっ」
ドカッ、と激しい音を立てて敵下っ端Aはそばにいた敵下っ端Bを巻き込んで吹っ飛ぶ。そしてそのまま2人は動かなくなった。
それを見た取り巻き達は一緒動きが止まる。
「ひ、怯むな! 全員で一気に囲んで叩き潰せ!」
「「「う、うおおおお!」」」
チンピラ冒険者の片割れがそう取り巻き達を鼓舞する。怯むなと言っている本人が若干怯んでいるのはご愛嬌と言ったところかな。けどどんなに鼓舞しても無駄だ。
敵に囲まれる前に突っ込んでいってどんどん腹パンを加えていく。たまに飛び膝蹴りとか回し蹴りなんかも交えて、次々に敵を吹っ飛ばしていく。
「ぐおおっ」
「ぎゃあああっ」
「ぐほぉっ」
ドサドサと倒れていく取り巻き達を見ながら、リーダー格のチンピラ冒険者達は戦慄の表情を浮かべている。でも今更後悔しても遅い。
「さてと、次はお前らだな。懲りない奴らだ」
「くっ……」
「ま、待て、俺らは貴族様の命令でやっているんだ。俺達を敵に回すってことは貴族様を敵に回すってことでもあるんだぞ!」
焦ったチンピラ冒険者(若干頭の回るほう)が、必死に言い訳を言ってくるけど、そんなこと俺には関係ない。
「ふん、簒奪者風情が貴族気取りか」
「なっ……!」
真実をバラされては堪らないんだろう。賢いほうのチンピラ冒険者が顔を青くして固まっている。図体だけの無能っぽいもう片方のチンピラ冒険者は、事態の重要さに気づいていないみたいだ。不思議そうな顔をして青ざめている相方を見つめている。
「そこまでにしろ」
突然、声がかかった。騒然とした場所が一気に静まり返る。見ると、馬に乗った役人と思しき人間がこちらを見下ろしていた。その側には筋骨隆々な男が巨大な両手剣を持って控えている。この街の役人と憲兵か? それにしては制服っぽいものは着ていないけど。
「誰だ?」
その疑問に答えるように、チンピラ冒険者(頭の回るほう)が役人のような男に泣きついて言った。
「ザ、ザイモンさん! 言ってやって下さい。こいつら、俺が貴族様の命令って言っても聞かないんす!」
「そ、そうだ! それに、ギリーさんが来たからにはお前らただじゃいられねえからな! ざまあみやがれ!」
役人みたいなほうはザイモンって言うのか。大男のほうはギリーというみたいだ。チンピラ冒険者達の仲間ってことは、この街の役人とか憲兵ではなさそうだな。
「ふむ。……おい貴様、私はザイモンという者だ。バルツァー伯爵家の家令を務めている。今回はその娘を連れて帰るよう当主様から仰せつかってきたわけだが……
、なぜ貴様はその娘を庇う」
ザイモンが、さも自分達が正義であるかのように白々しく話しかけてくる。俺が何も知らないと思っているんだろう。それにしても当主様ねぇ。簒奪者風情が何を言ってるんだという感じだ。
取り敢えず特に隠す理由も無いので、ザイモンの質問には正直に答えることにした。
「この子が好きだから」
「あ、景様……!」
背後でアデルが顔を赤くしているのが確認出来る。かわいい。
「それだけか」
ザイモンは詰問するように強めの口調で言ってくる。まあ普通だったら何かしら政治的な理由を抱えていなきゃ不自然だもんな。仮にも貴族、それも伯爵家を相手にするのだから、生半可な理由では多くの人間は動きはしないだろう。でも残念ながら、俺は普通の人間じゃない。だから普通の人間に当てはまる考えは、俺には通用しない。
「そうだよ。何か悪いか?」
例えば、夫が妻を守るのに理由がいるのか? 俺達はまだ夫婦でも恋人でも何でもないが、言ってみればそういうことだ。
「ふむ、物好きな奴め。物好き故に命を落とすことになるとは馬鹿な人間だ。……ギリー」
「ああ」
ギリーと呼ばれたほうの大男が、大剣を構えて近寄ってくる。どうやら穏便に済ませてはくれないらしい。わかりきっていたことだけどね。
「貴様の行いはバルツァー伯爵様の命令に対する明確な妨害であり、反逆の意思が見て取れる。よって他領内ではあるが、例外的に王国貴族法の定めるところにより貴様を不敬罪及び反逆罪の罪で現行犯処刑とする」
「何?」
それはおかしい。処刑ってなんだ。それに不敬罪&反逆罪って、それはそっくりそのままそっちに返せるブーメランじゃないか。
とはいえそれは事実を知っている人間にしかわからない事実だ。この一連の流れを見ていた野次馬達は、話の中に貴族が登場してきたあたりからもう誰も出しゃばってきたりしてこない。貴族相手に勝てるわけがないからな。皆、我が身は可愛いに決まってる。
さて、困ったぞ。このままでは、この場を乗り切っても後からやってきた事情を知らないヴァルツィーレ領政府の憲兵に捕まるし、泊まっていた宿の人にも迷惑がかかる。
…………仕方が無い。こいつらをぶっ倒してすぐにこの街を出よう。アデルの実家があるバルツァー伯爵領まで行って、元凶となった簒奪者とやらを潰すしか俺達が合法的に暮らせる道は無い。
幸い、まだこの街で仲良くなった人間はリルしかいないから、街の人間に迷惑をかけるようなことにはならなそうだ。
足がつくといけないから、リルには夜中にでもこっそりと急に旅立たなければいけない理由が出来たことを告げて、その後ひっそりと街を出よう。
そこまで考えて、ギリーが飛びかかってきた。
「へへ、貴様には何の恨みもねえけどな。ここで死んでもらうぜっ!」
ブオンッ、という風切り音を立ててギリーの大剣が振るわれる。その後に起こるであろう悲劇を予想して野次馬達が悲鳴を上げるが、何も起こらない。
「どこを狙ってるんだ?」
横にずれて大剣を回避した俺は、大きく振りかぶってギリーの腹めがけて拳を振るう。力加減は若干適当だ。中ボスじみたこいつ相手だと下手に手加減しても一撃で倒しきれないから、ある程度力を込めておいたほうがいいと踏んだ。
余程自信があったんだろう。自慢の攻撃が外れて呆けた顔をしているギリーの腹に、気持ちいいほどクリティカルに俺の腹パンがヒットする。
「ぐっっっふぅぉっ」
およそ人の出していい声とはかけ離れた断末魔を上げながら、ギリーは吹っ飛んでいく。吹っ飛んだ先には馬に乗ってのうのうとこちらを眺めていたザイモンの姿が……。
「な、何! こっちにくるな、うわ、うわぁぐぎゃっ」
2人は仲良く組んず解れつしながら吹っ飛ばされていって、10メートルほど離れた地面に激突して動かなくなった。
「これでよし」
両手をパンパン払って一息つくと、こちらを化け物を見るかのような目で見てくるチンピラ冒険者2人と目が合った。そういやまだあいつらが残ってたか。
「ん?」
「「ひいいいい!」」
そのまま2人は白目を剥いてその場に崩れ落ちる。結局、俺は何も手を下すことなくあいつらは自滅したな。
さて、周りを見ると野次馬達が呆然とした表情でこちらを見ている。アデルだけは潤んだ瞳で俺を見ていたけど……。
そろそろ憲兵が来てもおかしくない頃だ。今のうちにトンズラしよう。
「アデル、行くよ」
「はい!」
俺はアデルの手を握って走り出した。
対人なら基本的に主人公はチートです。今のところ……




