アデル
冒険者ギルドを出た俺は、ギルマスお勧めのエミル食堂に向かう。今まで食べたこの世界の食事はどれも美味しかったので、エミル食堂も期待が持てる。
どんなものがあるのか楽しみだ。
ギルマスの言う通り、道を一本挟んで向かい側に行ってみると、食堂が何軒か立ち並ぶ区画がある。その中の一軒の看板に「エミル食堂」と書いてあるところがあった。あそこかな。
俺はエミル食堂の中に入ってみることにする。
「いらっしゃいませ!」
元気な声で迎えてくれたのは、数名の給仕と思しき店員達。皆、若い女の子揃いで、店に入っただけで幸せになれる。しかも皆、メイド服姿だ。それも秋葉原にいるようなフリルが沢山付いていて、スカートの丈も短いような似非メイド服じゃなくて、落ち着いたデザインの本物のメイド服。もちろん地球のものとは細部のデザインが違うけど、方向性としては同じだ。眼福だ……。
やはりメイド服はこうでなくちゃいけないよな。メイド服に過度な装飾や無駄な卑猥さは要らんのだ。本来、メイド服は作業服だ。それでいて、正装、つまり制服を兼ねる。あれは職業意識と美意識が融合した一種の芸術作品なのだ。だからこそ、そこに無粋な装飾などは要らない。嗚呼、美しい……。
あ……、そういえば俺も今は(身体は)女だからメイド服を着たって(見かけ上は)問題は無いんだよな。まあ、俺の性格的に誰かに傅くってのは苦手だから着ることも無いだろうけど。
いやぁ、それにしても眼福だ。
「お好きな席にどうぞ」
結構な人気で席の空きも少ないので、両隣が空いているカウンター席に座る。
「メニューをお持ちしますね」
そう言って給仕の子がメニューを持ってきてくれる。さて、何にしようかな。
メニューを開くと、そこには簡単なイラストとともに各種メニューの説明が添えられていた。この世界にしては珍しい、客に優しい気配りだ。こういうところもギルマスお勧めの理由の一つなんだろう。
メニューの中から、クリームパスタのようなものを選んで給仕の子に伝える。
「かしこまりました。少々お待ちください」
給仕の子が注文を受けて、パタパタと厨房に駆けていく。うむ、可愛い。
そうして運ばれてきた昼食を、店内を駆け回るメイド服達を物色しながらいただいて、心身ともに満腹になった俺はお店を出たのだった。美味しかったし、また来よう。
昼食を済ませた俺が街をぶらついていると、道の向こうのほうが騒がしいことに気づいた。何だ?
「待ちやがれ!」
「このっ……、ファイヤーボール!」
「「きゃああああっ!」」
人混みの中だというのに魔法が放たれて、地面に着弾する。おいおい、街の中での攻撃魔法は正当防衛以外は御法度ってギルドの受付嬢さんが言ってたぞ。犯罪じゃないか。
日本で言うなら、繁華街にナイフを振り回す男が出没したようなイメージかな? 幸い怪我人は出なかったようだけど、パニックは広がったみたいだ。周囲の人から悲鳴が上がる。
「すみませんっ……」
そう言いながら人混みをすり抜けて、女の子が走って逃げてくる。ちょうど俺の真横を通り抜けた形になった彼女は、どこかで見たことのある女の子だった。
というか、さっき倉庫で隠れんぼしてたあの子だ。あの時はただ単に御付きの人から逃げてるだけだと思ってたけど、何やらのっぴきならない事態に追われているようだ。
「オラァどけ! どきやがれ! 燃やされてえか!?」
そう言って人混みを蹴散らして女の子を追いかけるのは、これもまたどこかで見たことのある顔ぶれだ。先程俺に絡んできた例の沸点の低いチンピラ冒険者達だった。
通行人達は巻き添えを食らっては堪らないので、自然と道の端に捌ける。不愉快だけど、道を空けさせるには脅すのが一番効果的なんだよな。男達は障害物の消えた道を走って追いかけていった。
騒動が去った後、通行人達がようやく再起動して動き出す。中には立ち止まったまま、近くにいた人と今の事件について話し出す人もいる。
さて、俺はどうしようかな。
こういう明らかなトラブルに自分から首を突っ込むのは出来れば避けたいんだけど……。相当物騒な相手みたいだし、放っておいたら間違いなく彼女は捕まるだろう。街中で攻撃魔法をぶっ放すような相手だ。捕まった後で無事で済むとも思えない。
一度顔を合わせただけで、特に義理も無いんだけどな……。そうは思いながらも、見過ごしたらいい夢を見れそうにないのはわかりきっている。仕方ない。今夜の快眠のためにも追ってみることにするか。
俺はマップの範囲を拡大して、さっきの女の子と、ついでにチンピラ冒険者達をマーキングする。取り敢えずこれで見失うことは無い。
女の子は必死に路地裏とかを使って逃げているのがわかる。男達は、もう騒ぎになることも厭わずに躍起になっているみたいだ。
さて、俺は先回りして女の子のほうに向かうとしよう。
「身体能力100倍」を使用して一気に壁を足掛かりにして屋根の上に立った俺は、そのまま女の子のいる方向へ一直線に駆け抜ける。道の形や人通りなどの制約を受けなくていいからとても速い。景色がどんどん流れて気持ちがいい。一回やってみたかったんだよなぁ、これ。びゅんびゅん屋根の上を飛び回って、あっという間に女の子のところに先回りすることが出来た。
ザッ、と女の子の数メートル先に着地する。
「えっ!?」
案の定驚いた顔をしているけど、ここはひとまずスルーだ。
「追われてるんだろ? 着いて来い」
俺は女の子の手を掴んで走り出す。マップ上で男達の位置は把握しているから、撒くのは容易い。
「あ、あなたは……」
突然空から現れて、逃走の手助けをしてくれる俺を不審に思ったんだろう。俺なら何が目的か気になって仕方がないと思う。
「今は静かに」
そう言って女の子と一緒に角を曲がって、物陰に身を隠す。ここなら多分見つからない。
「畜生! どこに逃げやがった!」
「おい、こっちは行き止まりだ。あっちだ」
「チッ、逃げ足の速い奴め……」
「うるせえ。文句は後だ。早く見つけないとボスにどやされちまう」
「クソッ。仕方ねえ」
そう言ってチンピラ達は向こうの道へ走っていった。俺と女の子は潜めていた息を一気に吐き出す。
「ふぅ……」
「はぁ……」
緊張の糸が切れた女の子は、安堵した様子で深呼吸をしている。ちなみに俺は元から緊張していない。戦ってもどうせ勝てるからね。息を止めていたのは呼吸音でバレないようにするためだ。ようやく息が落ち着いてきた女の子は、こちらに向き直って尋ねてきた。
「あの、どうして助けていただけたのですか」
どうして、か。理由なんて無いんだけどな。そう言っても信じてもらえないだろうし、何て答えたものか。
「……強いて言うなら、気持ちよく眠るためかな」
「……?」
やっぱり意図が伝わっていない。なんて言ったらいいのやら。
「さっき、たまたま見かけただろ。知ってる人間を、助けられるのに見捨てるのは気分が悪くってな。……まあ、言ってみればただの気まぐれだよ」
「……優しい方なのですね。ありがとうございます。お陰で助かりました。捕まっていたら、どうなっていたか」
そうお礼を言って女の子はしばらく黙った後、改めてこちらを見据えて言った。
「お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」
「景だよ。神坂景。君は?」
そう返すと女の子は少し逡巡した後、答えてくれた。
「……アデルと申します。神坂様とおっしゃるのですね。この度は本当にありがとうございました」
「まあ気にしなくていいよ」
しかし彼女は続けて言う。
「……ですが追手は彼らだけではないのです。裏には……貴族がいます。正直一般人にどうにか出来る相手ではありません。助けていただいてありがたいのですが、危険なのでこれ以上は私に関わらないほうが良いかと思います」
女の子、もといアデルは俺のこと心配して言ってくれているのだろう。普通の人間なら他人にそこまで迷惑をかけるなんて出来ないしな。だからここから先は俺の我儘だ。
「アデルは俺に迷惑をかけまいと言ってるんだよな。もしかしたら俺が迷惑なのかもしれない。けど、首を突っ込んだ事から中途半端に逃げたくもないんだ。アデル、本当のことを言ってよ。理由は知らないけど、捕まりたくないから逃げてたんだよな。見知らぬ人に縋ってでも逃げたいんじゃないのか? ……って、まあ、ほとんど初対面の俺に言うのも変なんだけどね……」
一気に畳み掛けるように言ってしまった。恥ずかしい。俺の正義感の押し付けなんて傍迷惑だろう。
「私は……」
アデルが小さく呟く。
「私は! 助かりたいです……っ。逃げ延びて幸せに暮らしたいです……。もうこんな生活嫌です……!」
何がきっかけになったのかはわからないけど、長い逃亡生活があったんだろう。その影には逃げ出したくなるほどの暗い日常があったに違いない。上品な身なりの割には心許ない伝手、一人もいない護衛。複雑な家庭事情がありそうだ。
逃げて逃げて逃げ続けて、ついにこの街までやってきたはいいものの捕まりそうになって。ようやく俺の助けを得て追手を撒いた段階で許容量を越えた思いが溢れたのかもしれない。逃げ続けてようやく得た他人からの救いの手。それを取らずに人に迷惑をかけまいとするその清い心。多分だけど、この子はとても強く、いい子なんだ。そんな強い子でも見ず知らずの俺に思いを吐露してしまうくらいには、辛かったのかもしれない。
これらは完全に俺の想像でしかなくて、実際にはただの親子喧嘩だったりするのかもしれないけど。でも可愛い女の子が泣いてるんだ。助けれやらなきゃ男が廃るってもんだろ? ……今は女だけどな!




