観光にトラブルは付き物です
本日2度目の投稿です。
服屋を出た俺は、そのまま表通りをしばらく探索していた。服屋で服を買って、食料品も大量に購入した。あと足りないものはなんだろう、と考えた時にふと思い至った。
異世界に関わらず、旅をするということはすなわち人の手が加えられていない自然の中でキャンプをするということだ。つまり調理器具と大量の水、風呂などが必要になる。
俺の場合、水と風呂は問題ない。「水生成」もしくは水魔法があるから、水自体は魔力の持つ限り、つまり事実上無限に生み出せるし、風呂も例の持ち運び要塞ハウスがある。ベッドも完備されているんだから、寝心地だって抜群だ。要塞ゆえに盗賊や魔物の心配も無い。……果たしてそれをキャンプと言ってしまっていいのかは正直謎なところはあるけどね。
ということはだ。足りないものは自然と限られてくる。例えば調味料。これはさっき朝の市で大量に購入したので問題はない。次に調理器具。鍋とかスキレット(フライパンでも可)、ボウルとかはあったほうがいいだろう。そして何より食器。食器が無ければどうやって食べるんだという話だ。
アリアナ大森林にいた頃はリルが食器を持っていたからそれを使ったけど、これからの旅にリルがついてくるわけではない。もちろん「始原の力」で物質創造系の技能を作ってもいいけど、それはまた今度にしようと思う。
「始原の力」って能力の守備範囲が狭い技能は比較的簡単に作れるんだけど、複雑な物を生み出したり、万能に近いような技能は相当難しいんだよな。水くらい簡単なものなら大量に作っても問題は無いんだけど、化合物とかになってくると一気に反動が跳ね上がる。「鑑定」で物質の原子構造まで見れば作れなくはないけど、めちゃくちゃ時間がかかるしコストパフォーマンスも悪い。だから単一の物質として同じ元素の金属の塊を生み出すのと、それを加工した状態(合金とか)で生み出すのとではまるで効率が違うんだよな。金属の塊を出してから、それを加工するのは比較的簡単なんだけどね。これは技能じゃなくて、魔法の要領だ。土魔法とか、錬金術って言うみたい。アリアナ大森林を歩いている最中、色々練習していたのだ。
まあつまり、自分で作るより買ったほうが楽なんだよ。分業って大事だね。
そのまま陶工や金物屋のある辺りをうろうろして、鍋、フライパン、やかんなどの調理器具を一通り揃えた俺は、することも無くなったので今度こそ無目的にうろうろすることにした。
表通りは一通り巡ったし、裏通りにも行ってみるかな。
ニューヨークみたいな海外の都市は、日本と違って表通りと裏通りとの治安の差がとても激しいと聞く。表通りでは多くの人がお洒落をして優雅に街中を歩いていたとしても、裏通りに入った途端に地面に座り込んでたむろしたり、複数人で群れて通行人に絡んだりする人が増えたりするらしいのだ。
日本は基本的にどこへ行っても治安がいいので、夜の歓楽街とかに行っても言うほど危ないというわけではない。夜に女性が一人歩き出来る国というのはそれほど多くはないのだ。
ヴァルツィーレの街も表通りは治安がよかったし、裏通りも治安がよいことを期待したい。
結論から言うと、特にたむろしたりだとか、怪しい人達がうろついているだとかいうことはなかった。
まあ、スラム街が無いと決まったわけでもないから、そういう危ないのはスラム街に固まっているのかもしれないな。
現に今、俺は裏通りを歩いているけど、すぐ横を子供達が走って通り過ぎていったり、主婦と思われるおばちゃん達が井戸端会議をしたりしている。平和そのものだ。
まあ裏通りと言っても日光は普通に入ってくるし、別に薄暗いなんてこともないからな。裏通りって言い方が悪い。ここは住宅街と言ったほうがしっくりくる。裏通りって言葉のイメージが暗いものを連想させるだけだ。実際、すぐそこで猫が何匹か集まって日向ぼっこをしている。大変混ざりたい。俺は猫が大好きなんだ。猫アレルギーなんだけどな……。
しばらく歩いていると、住宅街を抜けて倉庫が沢山立ち並ぶ区画に入ってきた。
「人がいない……」
街中な筈なのに、まるで人がいない。ここら辺は使われていないのかな?
特に見るべきものも無いので、適当に歩いて別の場所に行こうとすると、向かいの倉庫のほうに人影がチラッと見えた気がした。
いないと思ってたけど、人がいたのか。
人影が消えたほうに向かって歩いて行き、角を曲がって見る。しかしそこには誰もいなかった。
幻覚?
気のせいだったか、と思って踵を返そうとすると「ガタッ」という音が物陰から聞こえた。
やっぱり誰かいるみたいだ。何で隠れてるんだろう。やましいことでもあるのか?
積み上げられた資材の裏に回ると、そこには警戒の眼差しでこっちを見上げる女の子がいた。体格は自分よりも少し小さい。珍しいな。この世界の人は大抵俺より大きいから、少し驚く。年齢は15歳くらいで、どことなく上品な感じがする。どこかのお嬢様かな? それにしては付き人もいないし、もしかしたらはぐれたのかもしれない。
「女の子?」
「えっ?」
俺がそう呟くと、女の子は予想が外れた、みたいな顔をしてこっちを見返してくる。
「君、どうしてこんなところで隠れてるの?」
不思議に思って訊ねると、女の子はしばらく逡巡した様子を見せて返してくる。
「い、いえ、特に理由はございません」
絶対何かあるでしょう。とはいえ初対面の人間に込み入って聞くような傍迷惑なコミュ力も持っていないので、そこは大人にスルーしておく。
「隠れんぼなら見つからないようにな。さっきスカートの端っこが見えてたから」
そう言うと、女の子はバッ!と自分のスカートを見て裾を摘む。なんだか人に見つかりたくない理由でもあるらしい。叱ってばかりの御付きの人から逃げているとかそんな感じかな。
「それじゃあ俺は行くけど。見つかりたくないなら音は立てないほうがいいよ」
特に用事も無いのでそのまま倉庫街を出て行く。女の子は不思議なものを見るような目でこっちを見ていた。
倉庫街から表通りに出た俺は、辺りを見回して食事処を探していた。随分歩いたし、ちょうどお腹も減ったので一休みしたい。
2日続けて屋台でもいいんだけど、やっぱりちゃんと椅子に座って食べたい。明日からの下見がてら、どこかお勧めのお店が無いかギルドに言って受付嬢さんにでも聞いてくるとしよう。
「どけオラァ!」
冒険者ギルドの扉を開いて中に入った俺の耳に聞こえてきた第一声はそれだった。なんだなんだ。
床からガシャーン、パリーン!と大変物騒な音が聞こえてくる。冒険者ギルドの中は騒然としていた。
見ると、柄の悪そうな……というより悪いお兄さん達が暴れていた。昼間から酒かよ、と思ったけど、どうやら酒に酔ってるわけでも無いようだ。余計質が悪い。
「ったく、何でどいつもこいつも口を割らねえんだ」
「おいおい、その辺でやめとけよ? あんま目立つなって雇い主からも言われてんだろ?」
「あ? 知るかよんなもん。こっちは目当ての奴だけ見つけりゃいいんだよ」
「官憲に目をつけられても知らねえぞ。そうなったら俺は手を引くからな」
「けっ、好きにしやがれ。いけ好かねえ野郎だな」
「言ってろ」
おお……。随分と荒れてらっしゃる。会話を聞くに、どうやら探し人がいるみたいだ。それで態度が態度だからなのか、誰も教えることはしなかったと見た。それで不機嫌になってるのかもしれないね。
「おい女。どけよ」
男達がやってきて、ちょうど入り口のところに立っていた俺の肩をガッ、と掴んで押し退けてくる。
「何すんだ」
瞬時に「身体能力100倍」を数パーセント発動して、肩に掛けられた手を払いのける。バシッ!と音がして、先程大声で騒ぎ立てていた男の手が弾き飛ばされた。
「痛っ! ……テメエ、何しやがる! ぶっ殺されてえのか!?」
「何って……。そりゃこっちの台詞だよ。お前こそ何すんだ」
客観的に見ても明らかに悪いの向こうですよね? そう思って周りを見回してみると、皆蒼白な表情をしてこっちを見ていた。なんで?
「おい……、こいつよく見たら結構上玉だな。シメるのは楽しんでからでもいいんじゃないか?」
「あん? ……へへ。確かに悪くねえ。おい、てめえちょっと着いて来い」
?
取り敢えず無視して受付のカウンターに向かおうとすると、またもや肩を掴まれそうになったので、咄嗟に腕を掴んで捻り上げる。
「無視すんっ……、痛てててっ!」
ナンパにしては随分と強引だな。強引な男は嫌われるぞ。まあどう転んでも中身が男の俺が男に靡くなんてことは無いんだけどな。残念だけど他を当たってくれ。
痛い痛いとうるさいので(←酷い)、パッと手を離してやると、振り解こうとしていた男が勢い余って地面にすっ転んだ。間抜けだ。
「くっ……、て、てめえ!」
「おい、そこまでにしておけ。皆見てる。これ以上やると憲兵を呼ばれるぞ」
仲間……なのかよくわからないけど、一緒にいるもう一人の男がそいつを止める。こっちは若干冷静なのかな? その割にはさっき俺のこと変な目で見てたような気がするけど。大方、冷静な男気取りってとこだろう。カッコつけたつもりだろうけどまあ、目の前の男にそんなこと言ったって無駄だと思うけどな〜。
「ああ!? んなこと知るかよ! コイツは俺に恥をかかせたんだぞ! ぜってえシバいてやる!」
「ぶふッ。…………失礼。恥なら最初からかいてるだろ」
堪え切れずに噴いてしまったが、気にしないで欲しい。周りを見ると、他の人も笑いを堪えようと必死になっている人がちらほらいた。
「もう許さねえ!!!」
沸点低いな。二酸化炭素かよ。
「お前達! 何をやっている!」
そこに大きな声で怒鳴り込んでくる人がいた。ガタイのいい中年親父って風貌だ。カウンターの向こうのほうからやって来たから、ここの責任者か何かかな。テンプレ通りならギルドマスターって可能性が高い。
「ギルマス!」
受付嬢の一人が助かった、というような声を上げる。やっぱりギルマスだったね。
「チッ、興が削がれた。行くぞ!」
興が削がれたって、そんなカッコいいことしてないでしょう君達。
「チッ……無駄に騒ぎだけ大きくしやがって」
一緒にいたほうの男がそれっぽくカッコつけて言うけど、全然様になってない。というのも、髪型が面白すぎて痛い人にしか見えない。セットに失敗したヤンキーみたいで、どうも日本のゲーセン裏の彼らが思い出されて仕方ない。
ギルド内に微妙な空気を残して、二人組のヤンキーは出ていった。
「お嬢ちゃん、怪我は無いか?」
お嬢ちゃんだって。こちとら中身男ですよ。
「見ての通り傷一つ無いですよ」
「そうか。なら良かった。アイツらは最近噂になってる不良の二人組でな。色々と問題ばかり起こしてるんだが、重犯罪だけは犯さないんだ。だからなかなか処罰出来なくてどうにもこうにも困ってる……ってこんなことお嬢ちゃんに言っても仕方が無いな。顔を覚えられただろうから、外を歩く時は気をつけろよ」
「わかりました。お気遣いどうも」
厳つい見た目の割に細かい気遣いが出来るじゃないの。いい人だな。まあ、そういうことにまで気が遣えるからこそギルドマスターなんていう責任ある役職に就けているんだろうけどな。
ギルマスが戻ろうとするので、その前に聞いておこう。
「ギルマスさん」
「うん? 何だ、さっきのことで相談か?」
「いや、そうじゃなくて。この辺に美味い定食屋とか無いですかね?」
「…………美味い定食屋? それなら通りを一本挟んだ向かいのエミル食堂ってところがお勧めだが。……まさかそれを聞きに冒険者ギルドまで来たのか?」
ギルドは通常の依頼の他にも街の情報なんかも扱っているので、情報を求めてよく旅人や商人なんかが話を聞きに来ることは有名だ(と、これまたリルが言っていた。なんでも、街のことでわからないことがあったらギルドに訊けば大抵解決するからギルドを頼れ、ってことらしい)。だから俺はわざわざ冒険者ギルドまで美味い定食屋の情報を訊きに来たわけなんだけど……。
「……何というか、お前さんも災難だったな」
「いいですって。気にしてませんから」
「気にするまでもないってことか。期待の持てる新人だな」
そう言うと、今度こそギルマスは奥に引っ込んでいった。
……あれ? 俺が冒険者登録したことは、初対面のギルマス本人は知らない筈なんだけど何で知ってるんだ?
悪い冒険者に絡まれるテンプレって楽しいですよね。




