活動資金を手に入れた
「女神の雫……、本当に実在したのね。リル、そんなに貴重なものをありがとうね」
「全然いいんだよ。お母さんが治ってよかった……!」
「でもね、リル。もうこんな命を危険に晒すようなことしないのよ。あなたはたった一人しかいないんだからね」
「お母さんもだよ」
「それでリル、先程の方は?」
「あっ、紹介するの忘れてた。……あれ? アキラさん?」
リルとラティナさんの感動のシーンを邪魔しないよう外で待っていたら、どうやら流れが変わったみたいだ。俺を呼ぶ声がする。
「アキラさん?」
扉を開けてリルが出てくる。
「こんなところにいたんですね。何で出て行っちゃうんですか。さ、中に入って下さい」
「親子の感動のシーンだからな。余所者が邪魔するわけにもいかないだろ?」
そう言うとリルは頬を膨らませて言う。
「アキラさんは私達の恩人なんですから全然邪魔者なんかじゃないですよ!」
「そ、そうか」
俺なりの気遣いだったけど、どうやらそれは要らなかったみたいだ。
再びリルの家にお邪魔する。奥の部屋に通されると、そこには先程に比べて随分元気そうなラティナさんがいた。俺を見てベッドから起き上がろうとしたので、慌ててそのままでいいと言って止める。
「あなたがアキラさんね。リルの母親のラティナです。今回はあなたのお陰でリルばかりか、私まで助かったわ。本当にありがとう」
そう言ってラティナさんが頭を下げる。
「いえ、きちんと契約を結んだ上でのことですから、そんなに気にしないで下さい」
「それはそれ、これはこれよ。金銭の絡む契約だったとしても、あなたに助けられたのは事実なんだから。今度改めてお礼をさせて下さいね」
「は、はあ。ありがたく受け取っておきます」
何度も固辞するのは逆に失礼に当たるだろう。お互いの心身の健康のためにも気持ちはありがたく受け取っておこう。
「アキラさん。あなた見た目の割にはとてもお強いと聞いたわ。凄いのね。うちのリルもそこそこ出来るほうだとは自負してるんだけど、あなたはもっともっと強いとか」
「あ、ありがとうございます」
なんて返せばいいんだこんなの。
「どうやったらそこまで強くなれるのかしらね。……あっ、今聞いたことは忘れてちょうだいね。冒険者に強さの秘密を訊くのはマナー違反だものね」
そこでリルが口を挟んでくる。
「お母さんは昔、冒険者だったんですよ。だからアキラさんの秘密が気になっちゃうんです」
「へえ」
親子代々で冒険者をやってるわけか。だからリルが結構強かったのかもな。色々教えてもらえる師匠がすぐそばにいるってのは大きいだろう。
「アキラさん、今回は本当にありがとうございました。出来ればこれからも仲良くしてくれると嬉しいです」
リルがそう言って、親子揃って頭を下げてくる。
「もちろんだよ。これからもよろしくな」
「はい!」
「ところでアキラさんはこの街は初めてなのかしら?」
ラティナさんがそう訊いてくる。
「はい。というよりもこの国の街に来ること自体が初めてです」
「あら、ということは外国からいらしたのね! ようこそエデルリア王国へ!」
「ありがとうございます」
「ならリル、アキラさんにこの街をご案内してさしあげて」
「あ、うん」
「いえ、大丈夫ですよ。リル、俺のことはいいからお母さんの面倒を見てあげてくれ。まだ病み上がりなんだし、俺の案内はお母さんの体調が完全に回復してからで全然いいからさ。取り敢えず在留資格だけ取っておきたいから、身分証を発行してくれるところを紹介してくれないか?」
「アキラさん、私のことは……」
ラティナさんはそう言って遠慮しようとするが、リルがそれを遮って言う。
「うーん、アキラさんがそう言ってくれるなら、そうさせてもらってもいいですか? やっぱりまだちょっと心配ですから……」
「全然いいって。ラティナさんも気にしないで下さい。早く元気になって下さいね」
「ありがとう。アキラさんってお優しいのね」
まあ俺の案内は今じゃなきゃいけないってわけでもないしな。気長に待つとしよう。知らない土地を探索するのもまた旅の醍醐味だ。
回復したとはいえ、まだ病み上がりのラティナさんを寝かせた後、俺とリルは居間に戻ってくる。
「アキラさん、今回はありがとうございました。約束の報酬です」
そう言ってリルが小さめの布袋を渡してくる。受け取ると、中には金貨が10枚入っていた。
「10枚?」
確か、王国の貨幣だと金貨10枚は10万エル。日本円換算で100万円だった筈だ。約束の金貨5枚より2倍ほど多い計算になる。
「もともと女神の雫なんて見つかりっこないと思っての護衛依頼でしたけど、本当にアキラさんが見つけてくれてお母さんが助かったので感謝の意を込めてちょっと多めにしておきました。一応、看病の間は働けないので、その分の生活費を除いた今払える全財産になります」
「ちょっ! そんな全財産なんて貰えないよ。約束通り金貨5枚でいいって」
「アキラさん、安心して下さい。お母さんが元気になったらまたすぐに取り戻せますから。私達の気持ちなんです。受け取って下さい」
「うーん、そういうことならまあ……」
単純に貰える額が増えたってことで喜んでおこう。
「リル、取り敢えず宿を確保したいから、良さそうな宿と身分証をもらえる場所を教えてくれないか?」
「宿じゃなくて家に泊まっていって……と言いたいのは山々なんですけど、病人のいた家ですからね。申し訳ないです」
「いや、いいって。気にすんなよ。あ、あと窓開けて空気の入れ替えと部屋の掃除をしっかりな。病原菌がまだ部屋にいるかもしれないからね」
「びょうげんきん? 何ですか? それ」
この世界にはまだ病原菌の概念が存在してなかったか……。それとも単純に一般庶民が知らないだけか?
「あー、まあ、病気の元になる小さい悪魔みたいなもの、かな? 目に見えないくらい小さいから、それを掃除して追い出すんだ」
「そんなのがいるんですか!? なら早速掃除しないと!」
リルは慌てて部屋の掃除をしようとする。
「あと、もしかしたらリルもその病原菌に感染してるかもしれないから一応少しだけでも女神の雫を飲んでおくといいかもしれない」
当然、リルと一緒に森で生活していた俺も後で飲んでおくつもりだ。結核は空気感染するからな。用心するに越したことはない。
「わ、わかりました。飲んでおきます」
俺よりは少ないにせよ、リルもある程度のストックは持っていた筈だからな。いざという時の予備も含めて、十分足りるだろう。
「それで、宿と身分証の話でしたね。えっと、まずは身分証が無ければ多分この街の宿には泊まれないので、身分証を先に手に入れることが必要ですね。アキラさんは強いですから、多分冒険者ギルドで冒険者資格を手に入れるのが一番いいと思います」
まあ俺もなるなら冒険者かなとは思っていた。
「そうだね。冒険者ギルドはどこにあるの?」
「来る時に通った表通りを、門のほうとは反対方向にずっと歩いていけば大きな建物がありますから、そこが冒険者ギルドですよ。入り口に剣と盾を模した看板が出てるので一発でわかると思います」
「なるほどね。宿はどこがいいかな」
「うーん、そうですね。この街だと、少し高いんですけど花の丘亭っていうところがおすすめですね。いいところは色々あるんですけど、花の丘亭は少し高いくらいで十分以上のサービスがありますから、結構評判良いんです」
「わかったよ。花の丘亭にはどうやって行けばいいかな」
「花の丘亭は、冒険者ギルドから歩いて1分くらいの場所にあるので道行く人に訊けばすぐにわかると思います。冒険者ギルドの正面の道を歩いて三つ目の角を右に曲がればすぐですよ。同じく花を模した看板が出てるのでこっちもわかりやすいと思います」
「ありがとうな。それじゃあ早速行ってくるよ。お母さん、お大事にな」
「はい。ありがとうございました。お母さんが元気になったらまた是非お礼をさせて下さいね!」
「うん。それじゃあまたな」
「また」
俺はリルの見送りを受けて、外に出る。さあ、目的地は冒険者ギルドだ。