女神の雫
ブックマークありがとうございます。
早く女神の雫を見つけなきゃいけないからな!
……なんて意気込んだのが懐かしい。あれから更に三日経った。
もう俺もリルも相当辟易としてきている。会話の数もだいぶ減ってきた。行けども行けども、まだ女神の雫は見当たらない。
……というかそもそも女神の雫ってどんな感じで湧いてるんだろう。滝みたいなところでもあるのかな? 何か特徴が無けりゃこのままじゃいつまで経っても見つからない…………。
「…………あっ!!!」
「アキラさん?」
そうだよ。場所がわからないならマップで探せばいいじゃないか。ああ……、何でこんな単純なことに気がつかなかったんだろう。もし何か特徴的な目印でもあればすぐに見つかる筈なのに。
「なあリル。女神の雫がどんな風に湧いてるのかってわかる?」
「噂程度なら聞いたことがありますよ。なんでも、森の中心部分に泉があってその中心から湧き出してるとか……。他にも泉そのものが女神の雫だとか……。あはは、要領を得なくてすみません。詳しくはヴァルツィーレの人間もあんまり知らないんです。色々な噂がありますから」
「いや、いいんだ。助かったよ」
泉か。色々な噂はあるみたいだけど、泉かそれに近いモノはあるとみて良さそうだ。噂ってもんは大抵の場合誇張されたり尾ひれがついたりするわけだけど、根も葉もないところからは噂ってのは生まれないもんだからな。
それにしても随分と特徴的な目印だ。しかも森の中心部分ときた。俺の場合はマップで自分が今どの辺にいるのかがわかるし、これは案外簡単に見つかるかもしれない。
思い立ったなら早速サーチだ。マップの表示範囲を地図アプリみたいにどんどん拡大していく。マップの表示がどんどん大きくなっていく。やがて地形がはっきりわかるレベルにまで範囲を広げると、ここから20キロ程先に泉らしきものがあるのが見つかった。多分これだ。
その泉っぽい対象にカーソルを合わせて拡大してみると、ご丁寧に名前と説明が表示された。……地図アプリか! いや、そうなるように設計したんだけどね。
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アリアナの泉
女神アリアナが住まうとされる神秘の泉。泉の水は非常に澄んでおり、僅かに魔力を含んでいる。泉の中心部に浮かぶ小島の洞窟の中には祠がある。祠のある部分には御神体の岩が鎮座しており、そこから魔力を豊富に含んだ地下水が湧出している。湧水には健康を増進したり病を防止する効能がある他、重度の怪我や病などを回復させる効能もあるため大変貴重。巷では女神の雫と呼ばれて高値で取引されている。
この祠は女神アリアナを祀る祭壇であり、かつてはヴァルツィーレの街の領主の家系が祭司を務めていた。現在では立ち入る人間はいないものの、神聖な魔力のおかげで朽ちることなく佇んでいる。
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来たあああ! 女神の雫、実在しました!
いや、正直眉唾物だと思ってたけど実在してたんだな。びっくりだ。リルが持って帰るついでに俺も少々と言わず頂いちゃおう。無限収納に入れておけば量はいくらでも入るし、劣化することもないからな。無限収納様々だ。もっと言えば無限収納を作った俺様々だ! …………。
「……アキラさん、どうかしたんですか?」
唐突に質問したと思ったらすぐに黙った、客観的に見たら意味不明な俺の行動を不思議に思ったのか、リルが声を掛けてくる。
どうしようか。泉の位置がわかったって言っても信じてもらえるかな。というか仮に信じてもらえたとして、どうしてわかったのかを訊かれたら詰むな。説明のしようがない。まさか始原の力について説明するわけにもいかないし……。
と思ったけど、今更だった。そういえばリルには魔物が襲ってくる時に少々どころじゃないくらい不自然な誤魔化し方をしてたんだった。泉の場所がわかったと言えばリルは落ち着いてなんていられないだろうし、今回も「企業秘密」でゴリ押ししよう。
「いや、泉の位置がわかったんだ」
「えっっっ!!!? ほっ、本当ですか!?」
案の定めちゃめちゃ取り乱してる。
「どどっ、どうしてわかったんですか!? ……いえ、今はそんなこと訊いてる場合じゃないですね。どこにあるんですか!?」
リルは取り乱してても賢明な判断が出来る子みたいだ。そう、今大事なのはどうやって知ったのかではなく、どこに泉があるのかである! …………いや、訊かれなくて助かった。いくら「企業秘密」でゴリ押し出来るとはいえ、それにも限界があるからね。訊かれないに越したことはない。
「ええと、あっちの方角にだいたい20キロくらい行ったところにあるみたい」
マップが示す方角を指差して答える。
「い、急ぎましょう! 見つかったなら早く手に入れて持ち帰ってあげたいです!」
リルにはさっきまでの落ち着きなどまるで見られない。
でも考えてみればそりゃそうだよな。女神の雫なんてさっきまでは実際にあるかどうかも疑わしい程度の存在で、仮にあったとしてもどこにあるかなんてまるでわからないような代物だったんだもんな。そして、リルはそんなものに一縷の望みをかけてまでこの森にやってきたんだ。半ば諦めてたようなさっきまでと違って、本当にあるって知ったら必死になるよな。……なら護衛依頼を引き受けたからには、俺も責任を持ってリルを手伝ってやらないとだよな。
「リル、女神の雫のところまで少し早めに走るからな。しっかり付いてこいよ」
俺は「身体能力100倍」を発動させながら、リルにそう伝える。ここから先は真面目モードだ。
「は、はい!」
「索敵は任せてくれ。リルは付いてくるのに全力を費やすんだ!」
そう言って俺は駆け出す。「身体能力100倍」、20%まで解放だ。
*
「はぁっ……はぁっ……!」
リルは荒い息を立てながらも必死に付いてくる。もうかれこれ一時間以上はぶっ続けで走っているので、リルの体力は限界に近い。本人も体力には自信がないって言ってたしな。でもリルは休みたい、なんて一言も言わずに付いてくる。本当にそれだけ本気で女神の雫を手に入れたいんだろう。
「頑張れ! あと少しだ」
「は、はい!」
そうしてしばらく走り続ける内に、突然木々が無くなって開けた場所に出た。目の前には大きな水溜まりがある。ようやくアリアナの泉に到達したみたいだ。ここまで長かった……。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」
見事に走りきって体力を使い果たしたリルが地面にへたり込む。目の前の泉には気づいてないみたいだ。
「リル。前を見てごらん」
「は、はい……」
数分して少し息が落ち着いてきたリルに、そう伝えてみると、リルはゆっくりと顔を持ち上げて正面を見据えた。
「うわぁ……っ!」
目の前に広がっていたのは、直径50メートル程の透き通った綺麗な泉。林冠に空いた僅かな穴から、泉の中心に浮かぶ小島に向かって木漏れ日が射し込んでいる。光が水面に反射しているのに加えて、泉の水があまりにも透き通っているので泉の中すらも照らし出されているその光景はあまりにも幻想的だった。
「これは綺麗だな……」
綺麗、としか言いようがない。下手な言葉で飾るとその美しさを損なってしまうような気さえする。
鳥の囀りや虫の羽音、風の音さえしない静謐な空気は、まさに神秘の泉だった。こりゃ女神も住みたくなるよなぁ……。
ちなみに泉の周囲には魔物はいないみたいだ。まあいても雰囲気を壊すだけの無粋な存在だし、いなくて丁度いい。もしいたら全力で排除するし、いないほうが正解だ。
この森は泉に向かうにつれて樹木が高く大きくなっていくみたいで、今俺達がいる泉のあたりは樹高が100メートルに届きそうだった。幹の太さなんて家一軒以上はある。まさにファンタジーだ。
さて、女神の雫を採りに行こうか。俺は少し休んである程度回復したリルに声を掛ける。
「リル、女神の雫はあの小島の洞窟の中に湧き出してるみたいだ。早速採りに行こう」
「あ……、はい。でも何でわかるん……、いえ、もう気にしないことにします……。行きましょうか」
この期に及んでまた披露される根拠不明、それなのに実際に事実である俺の謎感知能力を、リルは遂にそういうものだと受け入れることにしたみたいだ。うん、賢い選択! それでいいんです!
幸い泉はそこまで深くはなさそうなので、小島までは泳いでいくことにする。周りには魔物はいないなど、泉の中にも特に何もいないみたいだ。
俺とリルは服を脱いで、女神の雫を入れる容器だけを持つ。流石に全裸にはならないけどね。……リルのより俺のほうが大きいのが元男として何とも言えない気持ちになるけど、そこには目を瞑ろう。もちろん実際に目を瞑るわけじゃないよ。リルのが見えないだろう?
ちゃぷ……、と泉に足を踏み入れると、冷んやりとした水の温度が伝わってきた。
「冷たっ」
「まだこの時期にこれはちょっと辛いですね〜っ。しかもこの森の中は外よりも気温が低めですからもっと冷たく感じます」
でもまあ仕方ない。女神の雫のためだ。俺とリルは震える歯を噛み締めながら水の中を進んでいく。
中心まで25メートルも無いので、俺達はすぐに小島に着いた。
「洞窟だな」
「少しドキドキしますね」
洞窟探検なんて小学生の時に家族でキャンプに行った時以来だな。男心がくすぐられるぜ。まあ、ここの洞窟は島自体がかなり小さいから奥行数メートルも無さそうなんだけどな。
俺とリルは洞窟に足を踏み入れる。洞窟の中は当然のように薄暗いけど、中にまで外の日光が入ってくるから真っ暗というほどでもない。
数メートル進むとすぐに行き止まりになった。
「これは……」
「祠、ですね」
そこには和洋折衷な感じの祠があった。神社みたいにも見えるし、教会みたいにも見える、不思議な感じだ。どちらにせよ小さい割に幽玄な雰囲気を感じる。こういう所好きだな。落ち着く……。
それにしてもマップの説明の通りだったな。本当に洞窟の中に祠があったよ。マップすげー。手放せないよ。
祠の奥には岩があった。その岩の裂け目から湧水がちょろちょろと流れ出していて、祠の下に小さな池を作っている。池はそのまま細い川になって、洞窟の外に流れ出しているみたいだ。
「これが女神の雫か……」
「本当に……あった……っ」
リルは感動のあまり立ち尽くしている。
おっと、そうだ。この水を鑑定してみよう。
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名前:女神の雫
効能:魔力を豊富に含んだ地下水。健康を増進したり病を防止する効能がある他、重度の怪我や病などを回復させる効能もある。巷では女神の雫と呼ばれて高値で取引されている。
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アリアナの泉をマップで検索した時とほとんど変わらない文言が並んでいる。コピー&ペーストの文化は異世においても健在みたいだ。それはさておき、どうやらこの湧水が女神の雫で間違いないみたいだ。
「リル」
俺はリルを促す。
「はい」
リルは瓶を取り出すと、水が流れ出ている部分に注ぎ口を近づけて女神の雫を採取する。すぐに瓶がいっぱいになって、リルは瓶に蓋をした。そのまま胸元に持って行って、感極まったように抱き締めている。
「よかったな。後は届けるだけだな」
「はい……!」
リルが感動している内に、俺も採取しておこう。俺は無限収納から瓶を取り出して女神の雫を採取しては、また別の瓶を取り出して採取するのを繰り返す。……そこ! セコいとか言わない! 無限回復薬はいくらあっても損しないんだからな!
それにしても、異世界に来て初級ポーションよりも先に最高の回復薬を手にするとは思ってもみなかったな。俺なら何度でもここに来れるし、無限収納もあるから回復無双が出来そうだ。
採取を終えた俺達は、また元来たように泉を泳いで戻る。今度は2回目で心構えも出来ていたので、冷たいのもまだ我慢出来た。
服を着て、装備を整えてから採取した女神の雫の小瓶を大事に収納する。リルは大切な瓶を落とさないように、しっかりと鞄の奥に入れていた。
「さてと、じゃあ行こうか」
「はい!」
俺とリルは目的を達成したので、帰ろうと泉に背を向ける。
その時だった。
ーーザパァッーー
泉の方から水が跳ねる音がした。俺とリルは反射的に泉に向かって振り返る。さっきまで魔物はいなかった筈なのに!
しかし、振り返った俺達が見たのは魔物なんかではなかった。
虹色に輝く水面。跳ねる水飛沫。淡い光を発しながら優雅に泳ぐ半透明の女の人の姿ーー。
「せ、精霊……」
最初に思い浮かんだ言葉はそれだった。目にしている光景があまりに綺麗で、棒立ちのまま動けない。
「女神様……」
呟くような声でリルがそう言う。確かにこの光景を見たら、女神という表現が一番しっくりくるだろう。そうか、あれが女神アリアナか……。
そのまましばらく精霊が泳いでいる姿を眺める俺達。その間、一言も声を発したりはしなかった。少しでも鮮明に今見ている光景を目に焼き付けていたかった。
「ーーーーーー」
何て言ったのかは聴き取れなかった。そもそも何かを言ったわけじゃないのかもしれない。音として聴こえたわけでもなかった。でも、どこか俺には精霊が俺達を祝福してくれているように感じられた。そしてそう感じたのは俺だけじゃなかったみたいだ。
「め、女神様……っ」
感激の表情を浮かべているリル。母親を救うために万に一つの可能性に賭けて女神の雫を採りに来たと思ったら、本物の女神に会えたんだ。縁起が良い、なんてレベルじゃない。母親が治るのは実質保証されたみたいなもんだ。これで治らないのなら縁起なんて言葉存在しないだろう。
やがて女神アリアナは泉の上をふわりと一周した後、溶けるようにして泉の中に消えていった。
神々しかった泉がいつもの姿に戻る。そこにはつい先程までの幻想的な世界は存在していなかった。薄暗い森に静謐さが戻ってくる。
ふと隣を見るとリルが泣いていた。悲しむような涙目ではなく、救われたような涙だった。
「リル」
俺は声を掛ける。
「戻ろうか」
「はい!」
✳︎
「よーし、じゃあしっかり掴まってろよ」
俺はリルをお姫様抱っこしながらそう告げる。
「は、はい……。でも本当に大丈夫ですか?」
「なに、母親に早く届けたいんだろ? 任せろって」
「でもなんかちょっと体勢が……」
「う、うるさいな!」
リルより一回り小さい俺がリルをお姫様抱っこしてると、少々体勢が不恰好になってしまう。俺だって締まらないのくらいわかってるよ……。
「じゃあ行くけど、あんまり喋るなよ。舌噛むからな」
格好悪いのでそう言って誤魔化す。
「はっ、はい」
「出発!」
「えっ?きゃっ、ぎゃああああああ〜〜〜〜!!」
直径200キロのアリアナ大森林の中心から、森を出るまで最短距離で100キロ。けどこれはあくまで直線に進んだ場合の数字であって、実際には地形の問題もあるからもう少し距離がある。更に森を出た後もヴァルツィーレの街まではもう10キロある。今は一刻も早くリルの母親に女神の雫を届けたい状況で、探し物も無いんだから来た時みたいに普通に歩いて帰る必要もない。
そんな時に取れる最善の方法は…………、はい、皆さんの予想した通り、お姫様抱っこダッシュです!!
これならリルが頑張って走るよりもずっとずっと早くヴァルツィーレの街に戻ることが出来る。やらない手は無いでしょう。難点は、耳元で女の子にあるまじき絶叫を聞かされ続けることかな。街に着いた時に俺の耳、無事に生きてるといいんだけど。
リルを抱えて猛烈な速度で森の中を駆け抜けながら、俺はそんなことを思っていた。
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○冒険レポート
アリアナ大森林
……古よりこの森の奥には女神アリアナが住んでいるという伝承が伝わっている。かつてこの付近には草原が広がっていたが、女神のもたらす豊穣の力によって付近一帯が大森林へと成長していった。その性質上、森を構成する樹木は通常に比べてサイズが倍以上大きく、かつ密集している。そのため森の中は昼でも薄暗く、植生は高木層に偏っている。また、この森に生息する動物、魔獣類は総じて大型かつ凶暴なものが多く、熟練の冒険者であっても綿密な準備や行動計画なしに立ち入るのは危険であると言われている。豊穣の恵みを受けた森がそのような経緯を経た結果、信仰の対象となる泉に人が寄り付かなくなったのは皮肉であると言えよう。
ちなみに景が異世界に転生して一番初めに立ち入った森がここであった。もし始原の力を持っていなかったならば、彼(彼女?)が生きて出ることは無かったであろう。
この森の中心部には女神アリアナの住まう小さな泉が存在し、森はそこを基点として同心円上に広がっている。女神アリアナが姿を現すことは滅多に無く、その姿を目の当たりにした者は数少ない。泉に到達した際、偶然アリアナと接触した景は実に幸運であった。
その女神アリアナの正体は大気に満ちる魔力が変質、結晶化して意識を持った精霊であった。
・アリアナ大森林 直径約200kmの円形
・アリアナの泉 直径約50mの小さな泉。中心部には小島があり、その周囲にのみ日光が差し込んでいる。誰の目にも止まることのないその光景は大変美しく、静謐な空気は女神の住まう地に相応しい。
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