◯ラゾーマ
朝になった。何というか、普通に眠れた。今日からの魔法の練習をあれだけ楽しみにしてた割には、布団に潜ってからの記憶が存在しない。慣れない探索で疲れてたんだろうか……。
隣を見ると、もうリルは起きてるみたいだ。ベッドがもぬけの殻だった。
「よいしょっと」
ベッドから降りて洗面所に向かう。朝日を浴びに外に出ようかとも思ったけど、そういえばここは森の中だった。昨日みたいに開けた場所じゃないし、朝日も木漏れ日程度にしか射し込んでこない。道理で部屋の中が薄暗いわけだ。
顔を洗ってすっきりしてからリビングに向かうと、リルが朝食の準備をしていた。
「あ、おはようございます! 今日もいい天気……かどうかはわかりませんけど、いい気分ですね!」
「うん、そうだな」
気分上々ってほどでも無いけどな。いくら魔法の練習が楽しくても周りがこうも暗くちゃ、そこまで気分は高揚しない。寝起きってのもあるか。
リルの作った朝食を食べて、出掛ける準備をする。と言っても俺の場合は歯を磨いたりするくらいだ。持ち物は特に何もない。
「すいません、お待たせしました」
「大丈夫だよ。じゃあ行こうか」
「はい」
✳︎
「それじゃあ早速魔法の授業にしましょうか」
簡易拠点を無限収納に仕舞って、出発すると直ぐにリルがそう言ってきた。
待ってましたーっ!
「リル先生! よろしくお願いしますっ!」
俺は興奮を抑えきれずに大きく返事をする。
「せ、先生? なんだか照れちゃいますね」
教えてくれるんなら、例え相手が自分より年下であっても先生として敬うべきだ。それが教わる者としての礼儀ってもんだよ。
「おほん……。さて、それではまず魔法とは何か、というところから始めましょうか」
照れ隠しに咳払いをして、でもまだ少し頰の赤いリルがそう切り出してくる。
「魔法とは何か……」
「はい、そうです。アキラさん、そもそも魔法って何だと思いますか?」
「何だろう。願ったことを叶える不思議な力?」
元いた地球での魔法の扱いはそんな感じだった。まあ現実にあったわけじゃないけど。
「いいですね。少し訂正する箇所はありますけど、本質としてはその通りです。じゃあその不思議な力は何で動いてると思いますか? ……うーん、言い方が悪いですね。魔法を使う時の元となるエネルギーはどこから供給されていると思いますか?」
「どこだろう。空気かな?」
この世界に来てから俺は魔力を感じ取れるようになった。でもそれは自分の中にも感じるけど、空気中にも感じるんだよな。と言っても空気中の魔力は魔力って言うよりも、ふわふわとしたまた別の物が漂ってるような気もするんだけど。
「いいですね。もしかして空気中の魔力をうっすら感じ取れてたりしますか?」
「うん、何となくふわふわしたものを感じるよ」
「それです! 多分それが魔力です。と言っても空気中の魔力と自分の魔力はまた別物なんですよね。それと魔力は何も空気中だけじゃなくて地中や水中にも存在してます。自然に存在する魔力を体に取り込んで、自分にあった波長に変換して初めて魔法が使えるんです。それでその変換効率や、変換した魔力をストックしておく容量には個人差があるんです。だから人によって魔力量が多かったり少なかったりするんですよ」
「へえ……」
「魔法を使う時には、身体中にうっすら広がっている魔力をぐーっと腕のほうに集めてから使いたい魔法をイメージして魔法名を唱えるんです。そうすると、ほら」
そう言ってリルは腕を前に突き出す。
「ファイヤーボール!」
ボッ!という音を立ててリルの手からバレーボール大の火球が飛び出していく。ファイヤーボールは近くに立っていた巨木の幹に当たって、その表面に焦げ目をつけた。
「おおっ!」
これが魔法! これこそが異世界に必要不可欠なファンタジー要素!
けどなんだか思ったより普通だった。確かに魔法は凄いんだけど……これって「火球」の技能と何か違うのか? 発動のプロセスは若干違うかもだけど、結果としては全く同じような感じが否めない。
……ってまあ、そりゃそうか。始原の力で生み出した技能は、魔力を消費して発動するんだ。過程はどうあれ、同じ魔力で発現した現象なんだから結果も同じく似たようなものになるのも然もありなんだ。
ということはつまり、魔法で代用しちゃえばわざわざいちいち技能を始原の力で作らなくても同じ効果を期待できるってことだよな。多分、使う際の自由度も魔法のほうが高いんだろうし、技能を作るのは魔法だと制御が難しいような時だけにしよう。技能と魔法、どっちも便利だし時と場合に応じて使い分ければいいよな。
「ざっとこんな感じですね。ちなみに慣れてきたら、簡単な魔法だったら無詠唱で使うこともできますよ。でも実際にはものすごい集中力が必要ですし、戦闘で実用的なレベルの魔法を無詠唱で使える人はほとんどいませんね」
「へえ……。無詠唱か……」
慣れてきたらチャレンジしてみよう。
「それじゃ早速アキラさんもやってみて下さい」
「よーし」
てな訳で俺も魔法の練習をしよう。イメージ自体は「火球」と同じでいいよな。
俺はリルに言われた通り、身体中に広がっている魔力を腕のほうに集めようとする。
「…………ん?」
「どうしました?」
ちょっとした違和感。確かに魔力自体は身体の中に感じるんだけど、さっきリルが言っていた説明とは少し違うような気がする。
身体中にうっすら広がっているというよりは、どうも身体の奥から湧き出してくるような……。
「ファイヤーボール」
ボワッッッ!!!
「うわっ!」
「きゃっ!」
一気に巨大な火球が生み出される。直径2メートルくらいはあるかもしれない。……って熱い!
慌ててファイヤーボールを射出する。飛び出したファイヤーボールはさっきリルが当てた巨木にぶち当たる。ドガァンッ!という大きな音とともに巨木が真ん中から弾け飛んだ。
「は?」
リルは現実を受け入れられないようだ。俺も受け入れられない。
「…………」
やらかしたかもしれない。
巨木は大破炎上、轟音を立てて崩れ落ちる。巨大な火柱が薄暗い森を明るく照らす様子は、少しばかり幻想的でーーーってこのままじゃ森林火災だ! 水!水!
さっきは「火球」の要領でファイヤーボールを使ったらこうなった。だったら「水生成」の要領でウォーター系の魔法を使えば……!?
「ウォーターっ!……ボール?」
そんな魔法があるのかは知らない。でもファイヤーボールがあったんならウォーターボールもあるよな、きっと。
今度は意識して、魔力をより多く注ぎ込む。何となく無限に魔力が湧き出す感覚がある。ステータスにも「∞」と表記されているみたいだし、底を尽きる気がしない。
今度はさっきのファイヤーボールよりも大きい、直径10メートル程の水球が浮かび上がる。流石にこれだけ水があれば鎮火する筈!
「うおらっ!」
射出されたウォーターボール(仮称)が、燃え盛る倒れた巨木に当たって弾ける。ジュワッという音と共に大量の水蒸気が発生して、辺り一面が真っ白な霧で覆われた。
しばらくして水蒸気の霧が晴れると、そこあった火は無事鎮火していた。
「ふぅ……。危なかった」
幸いなことに森林火災にはならなかったみたいだけど、小規模ながら自然破壊をしてしまった。これはヤバかった。かなり焦った……。これからはもう少し魔力を絞って練習したほうがいいな……。
「あ、あ、アキラさん……。これは一体……」
あ、ようやくリルが再起動したみたいだ。
「リル、俺も魔法が使えたよ。ありがとう!」
何か言われる前にとりあえずお礼を言って話を逸らしておこう。
「あ、どういたしまして。アキラさんも魔法を使えるようになってよかったです…………ってそうじゃなくて!」
「うっ」
「何なんですか! あの威力は! A級冒険者とか宮廷魔術師なんか目じゃないくらいの威力ですよ! ひょっとしたら宮廷魔術師団長くらいあるんじゃないですか!? アキラさん本当に何者なんですか!?」
「そんなこと言われてもな〜」
俺にもわからないよ。この世界に転生してくる時に始原の力はお願いしたけど、こんな馬鹿みたいに強力な魔法チートを使えるようにして下さいなんてお願いはしてない。そりゃ強いほうが嬉しいけどさ。
それにしても何でこんな威力なのかはさっぱりだ。「火球」の時はそんなでもなかったよな?
「本当アキラさんは謎ですね……。深く考えるのはやめにしたほうが良さそうです……。それにしても、魔法が使えて良かったですね。初めての段階で既に教える側の私よりもずっと強いみたいですけどね…………」
ああ、リルが遠い目をしている……。
「それじゃあ魔法も使えるようになったことですし、探索の続きといきましょう……」
ダメだ、リルが落ち込んで元に戻らない。
✳︎
昨日と同じように魔物を倒しつつ探索を続ける。しばらくする内に腹が減ってきたので、昼食にすることにした。
ちなみに時間を知る上で頼りになるのは腹時計しかない(腕時計はさっきの魔法の練習の時に熱&水のコンボで壊れた。俺の地球にいた頃からの相棒が!)。この薄暗い森の中じゃ、太陽の光なんてまるで役立たずだ。太陽の位置で時刻を計ろうにも、そもそもどこに太陽があるのかすらわからない。鬱蒼として閉ざされた森の天井を見上げていると、そもそも太陽って何だっけって気持ちになってくる。いい加減日光を寄越せ! 鬱になるぞ!
なんてぼやいてる内にリルが昼食を用意してくれたので、ありがたく受け取ってそれをいただくことにする。
「いただきます」
むぐむぐ。ん、うまい。
「あ、そうだ。アキラさん」
「ん?」
口に物が入ってる状態で話すのはお行儀がよくないので、声だけで返事をする。
「いくら魔法を身につけたと言っても、一応この森について色々知っておいたほうがいいかもしれません。もしよかったらこれ読んでみて下さい」
「何?」
そう言って手渡されたのは、文庫本サイズの本。ご丁寧に活版印刷だ。一応この世界にも活版印刷くらいならあるんだな。
どれどれ。タイトルは「エインズワース冒険記」みたいだ。
「この本の筆者は、今から50年くらい前の有名な冒険者なんです。冒険者の最高峰と言われるS級冒険者で、世界中を旅した伝説の冒険者なんですよ! この人が巡った色々な場所の、特徴とか注意事項なんかが書いてあるのでこの本は冒険者達の間で聖書って呼ばれてるんです」
「へぇ、そりゃ凄いや。……ところでそのS級冒険者ってどのくらい強いの?」
50年経ってもまだ読まれてるようなベストセラーを書いた人なんだから凄いのはわかるんだけど、じゃあ実際S級冒険者ってのがどのくらい強いのかまではよくわからない。
「わかりません。でも聞いた限りだとタイラントリザードくらいなら一瞬で倒しちゃうみたいです。凄いですね……」
「マジか……」
あのタイラントリザードを一瞬で、か……。今の俺にはまだ無理そうだな。S級冒険者ってのは、少なくとも身体能力100倍で火球を無限に撃ちまくる俺よりも強いみたいだ。
あ、でも素材さえ気にしなければ特大ファイヤーボールで倒せるかも。お肉勿体ないけど。
さて、昼食も摂り終えたし、食後の一服に読んでみるかな。
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「エインズワース冒険記」アリアナ大森林編
この森がなぜ危険だと言われるのか。それはこの森に生息する魔物が例外なく大きいからである。それもただ大きいだけではない。強いのだ。
例えば普通の森にゴブリンがいたとする。するとこの森にはそれを一回りも二回りも大きくしたホブゴブリンがいるのだ。ホブゴブリンはゴブリンの上位種である。当然、戦闘力も比べ物にならない。正直なところ、誤解を招くから雑魚の代名詞である「ゴブリン」の部分を取り除いてもらいたいほどだ。それほどまでに差があると言っていい。具体的にはゴブリンがF級ならホブゴブリンはD級だ。
D級というのは一般的な冒険者と同じ程度の強さを持つということである。しかもこのホブゴブリン、アリアナ大森林においては魔物の中でのヒエラルキーの最下層に位置するのだ。この森にはホブゴブリンよりも強い魔物達がごまんといるのである。一般的な冒険者では立ち入ることすら難しいであろう。言わずもがな、その頂点はタイラントリザードである。
冒険者各位は入念に準備を行い、決して嘗めてかかるようなことはあってはならない。願わくばこの本を読んだ人間が、無知なる冒険者にその危険性を説いて欲しいものである。
〜マイケル・エインズワース〜
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何というかまあ、その通りですねって感じだった。確かに入る前に読む分には役に立つだろうけど、この本に書かれてることはもう一通り経験しちゃったからなぁ……。しかも一番初めから……。
少しテンションが下がったけど、午後からもしっかり探索しましょう。早く女神の雫を見つけなきゃいけないからな!