VSホブゴブリン
レーダーマップの赤い反応はもうすぐそこまで来ている。やがてガサガサと音を立てて茂みをかき分けて出てきたのは、毛の無い大男のような背格好をした、醜悪な顔の灰色の魔物だった。
かなり大きい。2メートルはある。筋肉の量も半端ない。何となく昔話に出てくる鬼を思い出した。
見るからに強そうだけど、実際どの程度強いのかがわからないと、逃げればいいのか正面から向かっていっていいのかもわからない。というわけでまずは鑑定をしてみよう。
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名前:ホブゴブリン
年齢:5歳
性別:雄
体力:1502/1562
魔力:405/406
知力:23→21
身体:181→192
状態:興奮(全ターゲットの性別が異性の為、興奮状態)
技能:色魔(戦闘相手が異性だった場合、興奮して攻撃力がやや向上する。興奮度に応じて上昇する割合は変化する。冷静さは失われる為、知力は少し下がる)
説明:頭にホブと付いているが、その強さはゴブリンとは全くの別物。知能もそれなりに高く、気をつけてかからないと初心者は返り討ちに遭う。
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鬼みたいな見た目をしてはいるけど、どうやらオーガでは無いみたいだ。まあオーガが実際にこの世界にいるのかどうかは、まだ確認してないからわからない。
いずれにせよ、今は大した問題じゃない。
「アキラさん、ホブゴブリンです」
「みたいだな」
ホブとついてはいるが所詮ゴブリンだ。俺の敵ではない。とはいえ頭に何もつかない無印のほうのゴブリンとは比較にならないくらい強いみたいだし、知能のほうもただのゴブリンよりは若干高いみたいだ。紛らわしいし名前変えたほうがいいんじゃないかな。
「ホブゴブリンは名前にゴブリンってついてますけど、ゴブリンとは似ても似つかないくらい強いですからね。気をつけて下さい……ってまあ、アキラさんなら問題ないとは思いますけどね」
ちょうど俺の思ってたことをリルが忠告してくれる。ありがたい。
「うん、まあ見ててよ。すぐ終わらせるさ」
自分を前にしているというのに目の前の獲物が全く緊張した様子を見せないことに対して苛立ちを覚えたのか、ホブゴブリンが雄叫びを上げた。
「グギャアアアッ!!」
まあ俺達は傍目には戦闘力なんて持たないか弱い存在に映るからな。しかも俺に至っては丸腰だ。爪も牙も持たない人間なんていい獲物にしか映らないだろう。
でも負ける気が全くしない。今の俺のステータスは通常時の100倍だ。
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名前:神坂 景 (Kohsaka Akira)
年齢:19歳
性別:女(心は男)
体力:15200/15200
魔力:∞
知力:145
身体:1000
能力:始原の力
状態:身体能力100倍
技能:火球、身体能力100倍、水生成、拠点製作、布団作成、鑑定、無限収納、言語理解、マップ(NEW)
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こんな感じに体力なら10倍くらいの差があるし、パワーも5倍以上ある。魔力に至っては比べることすら出来ない。まあそれはホブゴブリン相手に限らず全ての相手に対して言えることなんだけどな。魔力無限って最高。でもなんで無限なんだろう。今度萩本さんに訊いてみよう。気になって昼も眠れない。
さて、そんなことを考えている間に、痺れを切らしたホブゴブリンが叫びながら飛びかかってきた。手加減とかそういう慈悲っぽい感情は一切感じない。魔物にそんなのを期待するのも変だけど。
とはいえよくファンタジー小説とかでゴブリンは捕まえた人間を犯して嬲り殺すなんて聞くけど、こいつにはそういう邪な考えはないんだろうか。こんな厳ついのに思いっきり攻撃されたら普通は木っ端微塵になると思うんだけどな。「色魔」って何の意味があるんだろう。技能の存在意義が…………ま、まさか快楽殺人主義者?
「ガアアアッ!」
よく見ると、右手を振り上げて棍棒を叩きつけようとしてくるホブゴブリンの顔に嗜虐の笑みが浮かんでいる。こいつ性癖の歪んだただのやべえ奴じゃん!弱冠5歳にしてそれって素質あるよ!
「キモいっ!」
俺は振り下ろされた棍棒を躱して、全力パンチを顔面にお見舞いする。メキョっといい音を響かせてホブゴブリンはふっ飛んでいった。
「ガッ」
十数メートル先の木に叩きつけられたホブゴブリンが短い断末魔を上げて崩れ落ちる。身長2メートル以上はありそうな巨体は、それっきり動かなくなった。
まあ身体スペックに数倍の差があるんだ。単純に自分の5倍の筋力を持った相手に思いっきり殴られたら普通の人間は死ぬだろう。相手が人間じゃなかったとはいえ、当然の結果だ。
「い、一撃ですか」
後ろでリルが驚いている。そんなリルも同じく強めの魔物を一撃で降したのは記憶に新しい。
「リルだって一撃だったじゃないか」
「いえ、確かにそうですけど、私の場合は剣がありました。アキラさんは素手です」
「そんなに違うもんかな」
「子供でもナイフを持っていれば、うまくいけば大人だって殺せます。でも素手なら絶対に無理です。アキラさんがやったのってそれくらい凄いことなんですよ」
まあ言われてみれば確かにそうだ。子供が素手で大人をぶちのめすという状況の想像がつかない。
「それに大男くらい大きなホブゴブリンを十数メートルもぶっ飛ばすだけの力があるってことですよね。そんな小さな体のどこにそんな力があるんでしょうか」
俺だってわからない。身体能力100倍になってる時って俺の体に何が起きてるんだろう。謎だ。
その後、特に素材になる部位があるわけでもないけど魔石がそこそこの値段で売れるらしいので、ホブゴブリンの死体は無限収納に収納しておいた。
無限収納はフォルダ分けが出来るので「魔物素材」のフォルダを作り、さらにその中に「魔物素材(未加工)」のフォルダを作ってそこに仕舞っておいた。リルのデスウルフもそこに移してある。今度、素材を加工したり加工した素材を手に入れる機会があれば「魔物素材(加工済)」のフォルダも作ろうかな。
ちなみに魔石というのは、魔物が持っている器官のようなものらしい。魔力の結晶体で、高濃度の魔力を抽出できるんだとか。これがあるお陰で魔物は通常の動物よりも強靭な肉体でいられるというわけらしい。稀に魔法を使ってくる個体がいる(らしい。リル曰く)のも、魔石によるものだそうだ。
魔石は鉱物に混ざって自然採掘される他に、魔物からも採れるらしい。魔石の埋蔵地が不明瞭な為、メインの供給源は魔物討伐を行う冒険者ギルドみたいだ。
そんな魔石は色んな魔道具とか魔法の媒体に使われる。魔石にも色々なランクがあって、等級の高いものほど大きくてかつ純度が高いそうだ。
今回のホブゴブリンの魔石は中程度。悪くはないが、決して良いほうでもないらしい。とはいえ魔石というものはそもそもの値段が高めだから、けっこういい値段になるって塩梅だ。ある程度の実力さえあれば、冒険者稼業は実に実入りのいい職業だそうな。その分危険も付き纏うし、人も選ぶからある意味当然っちゃ当然だけどね。
さて、ホブゴブリンとの戦闘を終えたので、女神の雫の探索を再開する。リルのお母さんの体調の問題もあるし、出来る限り早めに見つけたい。
今はまだ午前中だ。真っ暗になるまでのあと5〜6時間は探索できるだろう。太陽の光が入ってこないような薄暗い森の中だからいまいち実感は湧かないけど、腹の減り具合から言っても昼前くらいだろう。現に腕時計には11時と表示されている。
ちなみに2日ほど異世界で過ごしてみて、1日の長さはそんなに変わらないことがわかった。身につけていた衣服以外の荷物は全て失われたわけだけど、幸いなことに腕時計は一緒にこっちの世界についてきたので、それで時間を気にしながら日照時間とか体感での気温とかを比べてみたのだ。
そこから察するに、ここの日照時間は日本よりやや短いか、ほとんど変わらないくらい。イメージ、春とか秋くらいのものだろう。気温も同じく春や秋くらいで、日中は暖かいけど夜は少し肌寒い感じだ。緯度とかもあんまり日本のあった辺りとそこまでの違いは無いんだろう。まあ日本は縦に長いからな。具体的にどの辺かまではわからないけど、少なくとも極付近とか赤道直下みたいに今の服装で生活に支障を来すような地域では無さそうだ。暑い分には脱げばいいけど、寒くても着れないからね。しかもこの体は女なんだから、暑くてもおいそれと簡単に肌を露出するわけにもいかない。こういう時は少し男の身体が懐かしくなる。
そんなことを考えながら進んでいると、レーダーマップにまたもや反応が引っかかった。
今度は何だろう。500メートル先をウロウロしている。獲物を探しているのかもしれない。
「リル、また魔物みたいだ。今度も500メートルくらい先にいる」
「まだけっこうありますね。本当、何でわかるんですか?」
「まあ、それは企業秘密で」
「ですよねぇ……。残念ですけどまだ知り合ったばっかりですしね。いつか教えてもいいっていうくらい仲良くなったら教えてくれると嬉しいです」
「いつかね」
まあリルなら言っても大丈夫なような気もするけどな。でもまだ流石に早い。出会ってからそんなに経ってないし。遠からず秘密を明かす日も来るんじゃないかなって気はするけどな。
さて、どうやら敵さんは俺達にお気づきになったようだ。レーダーマップでの反応が白から赤に変わる。
「来るぞ」
「はい」
俺とリルは戦闘態勢に入る。
「今度はどっちが戦う?」
「じゃあ今度は私が。アキラさんはまた周囲の警戒をお願いします」
「わかった」
本日3回目の会敵。茂みの奥から現れたのは、またもやホブゴブリンだった。今度はさっきよりもやや小さめで、190センチくらいの大きさだ。
「またコイツか」
「ホブってついててもゴブリンですからね。やっぱり繁殖力は高いですし、数も多いです」
「こんなのが増えまくったら戦えない人達は大変だな」
「まあホブゴブリンって生息地が限られてますからね。言うほど被害は大きくないですよ。魔力の強い森とかダンジョンにしか現れないみたいです」
「へえー。てかこの世界にもダンジョンってあったんだな」
「この世界?」
危ない危ない。つい気が緩んでボロが出てしまった。
「あ、いや、何でもないよ。この国ってことだよ」
「……?一応この国にもダンジョンはありますよ。と言ってもダンジョンマスターがいるような人工的なダンジョンは少ないですけどね」
「なるほど。自然の迷宮か」
「ええ。あとは大昔の遺跡だとか、そんな感じですかね」
この世界にもダンジョンはあるんだな。それも自然発生的なものと、人工的なものとの2種類があるみたいだ。いつかそういうところにも行ってみたいもんだな。楽しそうだ。
と、そんなことを話している内にホブゴブリンが威嚇してきた。
「ギョアアアアアッ!」
どこのホブゴブリンも目の前で獲物が緊張感なくお喋りしてたらお怒りになるらしい。まあそれはホブゴブリンに限ったことじゃないとは思うけど。
「はっ!」
剣を構えたリルが飛び込んでいく。応戦するようにホブゴブリンも飛び出すが、一瞬の交錯の後、立っていたのはリルだけだった。
また今回も一撃で決めたみたいだ。
「やっぱりリルって強いな」
今のところ一撃で倒した率100%だ。
「私、あんまり持久力は無いですから。出来るだけ早く勝負をつけるためにも急所を狙うよう意識してるんです」
リルは剣に付いた血を振り払って答える。
「凄いよ」
「えへへ、ありがとうございます」
照れ笑いするリル可愛い。こんな可愛い子がこれだけ強いんだもんな。やっぱりここは異世界だよ。
かくいう自分も見た目に反して相当なパワーはあるけどね。
倒したホブゴブリンを収納して、俺とリルはそのまま森の探索を続けた。