お手並み拝見
リルの初戦闘です。
薄暗い森の中を俺とリルは黙々と歩く。ここはこっちの世界でも危険な森だ。油断することは出来ない。
30分くらい経った頃だろうか。前方の巨木の影からガサッと音がした。
俺とリルは瞬時に音のしたほうを向き、いつでも戦える状態になる。
「魔物か?」
「わかりません。でも魔物なら倒さないと」
幸い、茂みが音を立てる程度の大きさだ。歩くだけで地響きが起こるタイラントリザードとは違う。危険度は流石にそこまで高くはない筈だ。
しばらくして、茂みの隙間から一匹の狼のような魔物が出てきた。毛皮は黒く、赤い鬣が頭から背中にかけて走っている。かなり大きい。ツキノワグマくらいはありそうだ。間違いなく地球の狼のサイズじゃない。
「……狼?」
「いえ、これは狼じゃないです。狼に似た魔物のデスウルフです。初心者向けのデミウルフとは名前は似てますけど強さは全然違います。デミウルフはE級ですけどデスウルフはC級なんです。一人前の冒険者じゃないと危険です」
「てことは、リルにとっては平気ってことだよな」
「はい。私はB級冒険者ですからね。これくらいならなんとでもなります。アキラさんは周りの警戒をしてて下さいね。あれは私が倒します」
「わかった」
俺のトーチカハウスの辺りまで一人で来たくらいだからそれなりに強いんだってことは状況が示してるけど、実際にリルがどれだけ戦えるのか見たわけじゃない。リルの強さを知る意味でもここは任せよう。危なそうだったら手助けすればいいだけの話だし。
俺は一応「身体能力100倍」を発動させておく。タイラントリザードを倒した時にレベルアップ的なことでも起きたのか、素の状態のスペックがそこそこ向上してたので、今の俺は最初の状態に比べてもうちょっと強い。
「あ、そうだ」
よくファンタジーで主人公がレーダーみたいな能力を持ってたりするよな。あれって実際にあると凄い便利だと思うんだ。周知の警戒を任されたことだし、安全を期すためにもそういう力は持っていたほうがいいだろう。
俺は始原の力を発動させながら、ゲームのマッピング兼サーチ機能を思い浮かべる。索敵範囲は自在に変えられるようにイメージ。敵味方の種類や誰がいるのかがわかるように鑑定機能ともリンクさせておこう。
「……サーチ」
そうして出来たのが「マップ」だ。ステータス画面を確認すると、ちゃんと追加されている。
そして今、俺の視界にはゲームで見るようなサーチ機能付きのレーダーマップのようなものが表示されている。俺を中心とした半径100メートルくらいの範囲に、リル、デスウルフ、無数の虫と小動物がいる様子が表示されている。画面を埋め尽くさんばかりで、正直鬱陶しい。
なので設定を変更して一定以上の脅威度を持たない存在は表示しないようにする。すると一気に画面が整理されて、俺とリルとデスウルフだけが表示されるようになった。とても見やすくて便利だな。
ちなみに色は俺が緑、リルが青、デスウルフが赤だ。自分は緑、仲間や親しい人間は青、緑と青の人間に対して害意を持っている存在が赤色に表示される。これは人も魔物も関係ない。それ以外の特に何の関わりもない存在、要するに有象無象は白で表示される。つまり特に色分けはされないってことだ。
それと自分の存在をまだ認知していないから敵対意思は持っていないけれど、見つかったら即座に襲ってくるような相手は白で表示される。魔物なんかがこれに当たる。害意を持った瞬間に色が赤に変わる仕組みだ。まあこれはシステム上仕方がない。相手の感情を読み取るだけでも凄い機能だ。未来予測の機能までは期待出来ない。
他にも、脅威度は低いものの多少の害意や悪感情を持った存在は黄色で表示されたり、マップの表示範囲を自在に変更出来たりと色々な機能が存在する。まあイメージ通りの便利なアプリが出来た感じだ。
とまあ、これら一連の流れを行なっている内に、リルとデスウルフの戦いが始まろうとしていた。お互いにじりじりと詰め寄って、間合いを詰めている。
やがて痺れを切らしてデスウルフが飛び出した。見るからに強そうな後ろ足のがっしりした筋肉を活かし、リルに向かって一気に飛びかかってくる。
対するリルは落ち着いたもので、デスウルフの突進を危なげなく躱し、隙を突いてデスウルフの喉元を切り払った。
「ギャンッ」
断末魔とも言えない何とも微妙な悲鳴を上げてデスウルフが沈む。一撃だ。瞬殺だったな。リルは息一つ乱れてない。剣に付いた血を振り払って鞘に納めている。
「凄いな」
素直な感想を伝えると、リルは少しはにかんで笑った。
「ありがとうございます。アキラさんにいいところを見せたくてちょっと頑張ってみました」
「何というか、美しかったよ。一連の流れが」
「本当ですか!そう言ってもらえるなんて、頑張って鍛錬した甲斐があったというものです」
実際、技術は凄いと思う。素の状態なら、平和な日本で争いとは無縁の何不自由無い暮らしを送ってた俺なんかよりよっぽど強いと思う。俺がデスウルフを倒そうと思ったら「身体能力100倍」に物を言わせてパワーでゴリ押しすることになるだろう。全然美しくない。
まあ技術はこれから学んでいけばいいんだよな。俺だってまだ若いし、いくらでも伸び代はあるだろうさ。
「アキラさん、デスウルフの死体を収納してもらってもいいですか?」
「いいよ」
これも素材が取れるんだろう。街に帰ったら解体でもするのかな。
「本当は倒した直後に解体するんですけどね。じゃないと持ち運べないですから。でもアキラさんの無限収納があれば余すところ無く素材を持ち帰れますから、大助かりです」
「まあ色々気にせずに持ち運べると便利だよな。アイテムボックスが高いのもわかるよ」
「アキラさんの場合はアイテムボックスよりも貴重だと思いますけどね……」
リルは少し呆れたような顔をしている。まあ気持ちはわからなくもない。超高いものを当然のように持ってたら驚くのと同時に呆れるのは地球でも一緒だ。
デスウルフの死体を収納して、俺達は再び歩き出す。荷物が無いから進軍速度がだいぶ早い。今まではお喋りに夢中になって危険を見落としてもいけないからと思って会話はしてなかったけど、マップを見ながら進めばそれほど注意が必要になるわけでもない。気が緩むのとは違うけど、少しリラックスして進むことにした。
「なあリル」
「はい、なんですか?」
「リルって見た目けっこう大人びてるけどさ、実際のところは何歳なの?」
リルは若干俺よりも年下だと予想している。身長も俺よりかなり高い。20センチくらいは違うかもしれない。でも別にのっぽってわけでもない。西洋人なら普通の身長だ。単純に比較対象の俺が小さいだけだ。
それにあれだけの剣術を身につけるくらいだ。訓練には長い年月がかかるだろう。だからそこまで差があるわけでもないだろう。
「歳ですか?私は17ですよ」
なっ、思ったより若かった。精々一個違いくらいだろうと思ってた。やっぱり西洋人っぽい顔立ちは年齢が読めないなぁ。
「随分と若いね」
「そうですか?」
「その歳でもうこんなに立派な冒険者として独り立ちしてるなんて凄いな」
「そんなこと言ったらアキラさんだって小さいのに私よりも強いじゃないですか」
小さいのに?それって身長のことだよな。
「身長は関係ないと思うぞ」
「身長じゃありませんよ。年齢ですよ」
これはもしかしなくても勘違いされている?
「俺、19だよ。リルより年上だぞ」
「えええええっっっ!!!」
そんな心から驚くなよ〜。
「私、てっきり年下だと思ってました……」
まあ確かにこの世界じゃあ実年齢よりも下に見られるだろうとは思ってたけどさ。初めて会った人間のリルが西洋人系の見た目だったってことは、他の人間もだいたい西洋人っぽい見た目をしてるんだろう。
ということはだ。平均的な身長や体格は日本人に比べて大きめなんだろう。
地球での俺の身長は、チビというほどでもないけど、男の中では決して大きいとは言えない部類だった。むしろ平均より低かったくらいだ。そして今は体感ではあるけど、大体150センチあるかないかくらい。なんとなく元の目線の高さから15センチくらい低くなってる気がする。
よく言われる、自分の身長に元の性別が男なら÷1.089、女なら×1.089してやると自分が異性だった場合の身長がわかるというやつは、あながち突拍子もない嘘というわけでもなかったらしい。
まあつまりだ。俺の身長は約150センチで、これは日本の女の中でもだいぶ低いほうになる。しかもここは異世界で、リルを見る限りおそらく皆さん日本人に比べて体格が大きめだろうから、今の俺は男女合わせた中でも相当小さいほうに入ると思うわけだ。
例えるなら、アメリカとかフランスみたいな平均身長の高い国に日本人が旅行に行ったら小さくて逆に目立つ、みたいなそんな感じだ。あと西洋人に比べて東洋人は若く見えるみたいな話もそのまんま適用されるに違いない。
冒険者みたいに体格が物を言うような危ない仕事も当然するつもりだし、そしたらやっぱり初めて会う人間からは嘗められたりするんだろう。見た目の年齢で不安に思われて仕事を任せてもらえないかもしれない。デスクワーク中心で体格の優劣があまり意味を持たない日本ならいざ知らず、バリバリ民間人が戦闘を行う超バイオレントなこの世界だとちょっとばかし生きにくいかもしれないな……。
そんな物思いに耽っていると、今度はリルが訊いてきた。
「アキラさんってタイラントリザードを倒しちゃうくらいですから当然強いんでしょうけど、実際どんな感じに戦うんですか?今も素手だしやっぱり魔法ですか?それにしては杖とか持ってないですよね」
ああ、そういえばまだリルには……というか日本にいた頃も含めて誰にも俺の戦ってるところは見せたことが無かったな。日本にいた頃は当たり前だけど殴る蹴る刺すくらいしか攻撃の選択肢は無かったから戦い方もワンパターンだけど、この世界に来てからは魔法……というか技能での遠隔攻撃が出来るんだった。もちろん魔法じゃなくて技能だから杖なんて物も必要ない。魔力を消費して撃ち出すんだから実質魔法みたいなもんだろうとは思うけども。
とはいえまあ日本で戦うことなんてほぼ無いんだけどな。殴っても蹴っても暴行罪になるし、刺したりしたら殺人未遂だ。喧嘩なんてほとんどしたこと無いし、数少ない喧嘩の経験も小学生の頃が最後だ。特に武道を嗜んでいたわけでもないし、つまり俺は戦いにおいては完全に素人ってわけだ。
幸いインドア派だった割には不思議と運動神経は悪くはなかった(良いわけではない!)から、走ったり殴ったりする動作に致命的な支障を来すことは無いだろうことが救いだ。
「それはまあ相手によるかな」
だから俺は無難にそう返すことにする。嘘ではない。殴る蹴るといった直接的な暴力でどうにかなる相手ならそれで済ませるつもりだし、素人のパワー任せな喧嘩の容量で太刀打ち出来そうにない相手なら遠くから一方的に攻撃するのに限る。実際、タイラントリザード相手にやってみせたように。
「アキラさんは不思議な人ですね」
「あはは……」
事実なだけに、何とも言い返せない。俺自身は普通の人間だけど、転生とか創造神の力とか色々な要素が重なり過ぎて、今の俺は客観的に見て明らかに不思議な人間になっている。詳しく説明出来ない以上、どう見ても不思議ちゃんだ。現実にいたら教室での立場が怪しい奴だ。ヤバイです。
「私、護衛してもらう側が言うのもなんなんですけど、アキラさんが戦うところも見てみたいです」
「あーそうだな」
俺が強いって思われてるのは、あくまで森の中に住んでいたってのと、タイラントリザードを倒したっていう状況証拠があるからだ。リルが実際に俺の戦うところを見て強いと思ったわけではない。護衛を頼んで命を預ける側としても、実際にその目で見ておかないと不安に思うところもあるだろう。側から見れば安請け合いしたようにも見えるわけだし、少し至らなかったかな。
「次、魔物が出てきたら俺が戦うよ」
肩慣らしにもちょうどいいだろう。身体能力100倍と言えど、まだ実際にそれを戦闘で発揮したことはない。確実に慣れておかないといざって時に危ないしな。……危なかったしな!実際!
その後も雑談をして適度にリラックスしながら、俺達は探索を続ける。なかなかレーダーマップには魔物が引っかからない。
そうだな、索敵範囲を少し広げてみようか。
俺は索敵範囲の設定を、半径100メートルから半径500メートルに拡大する。
すると一匹、白い反応が引っかかった。魔物だ。
「リル、魔物だ」
「っ、どこですか?」
流石だ。一瞬取り乱したけど、すぐに立ち直って臨戦状態に持っていった。プロだな。
「大丈夫、まだ500メートルは先だよ」
「500メートルも……。本当なんでそんなに離れててわかるんですか?不思議……」
リルがまたも驚いてる。そろそろ慣れてくれてもいいんだけど。俺のやることに驚かなくなるのはまだまだ先みたいだ。
それとそういえば、この世界での距離の単位は不思議と地球と同じらしい。この前萩本さんがチラッと言っていたけど、どうも昔にこの世界に対して天界の干渉があったみたいだ。地球や他の世界の進んだ文化を、パラダイムシフトを起こさない範囲で広めてるんだと。他の世界での煩雑なやり取りとか色々な問題を見たこの世界担当の天界の職員が、発展を促すために技術干渉したみたいだ。
と言ってもそれも前任者の話みたいだけどな。今はこの世界担当の天界の職員とはコンタクトが取りにくいみたいなことを言っていた。俺を送り出す際に、女体化だとか言語チート実装の遅れみたいな不手際が色々とあったのも、それが原因らしい。俺をこっちに送り出す際、地球側職員とこの世界出身の職員が合同で何とか間に合わせたみたいだ。本来ならこの世界担当の職員がやる筈だったところを、お門違いとも言える地球とその他担当の職員がやったから慣れない仕事のせいでミスが多発してしまったそうだ。
まあ仕方がないとはいえ、俺を担当してくれた職員達は随分申し訳なさそうにしていた。悪いのは彼等じゃないから別にいいって言ったんだけどね。原因はこの世界担当の奴だ。そいつはどこで何してんだろうね。
さて、そんなことを考えてる間に魔物との距離がだいぶ近づいてきた。マップ上のアイコンも無関心の白から敵対の赤に変わっている。
さあ勝負だ。哀れな魔物には俺の訓練に付き合ってもらうとしよう。
俺は臨戦態勢に入って魔物が出てくる方向に向き、まだ見ぬ魔物を待ち構えた。
次回はついにアキラが肉弾戦闘を行います。