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大丈夫だ、問題ない

久しぶりの投稿です。

 目が覚めた。目の前に知らない天井があった。……いや、嘘をついたな。知ってる天井だ。でもあまり長い付き合いじゃない。

 俺は金属製ののっぺりとした天井を見上げて、寝ぼけた頭でそんなことを考える。天井の無機質な表情が寒々しい。まあいくら熱伝導の良い金属だからといって、季節は春だから本当に寒いわけではないけど。

 隣を見ると、すやすやと寝息をたてるリルの姿があった。疲れてたんだろうな。もう日は登ってるけど眠りは深いみたいだ。


 俺はのそっと起き上がって、リルを起こさないようにそっと外に出る。異世界三日目の朝日が身に染みて気持ちがいい。


「はーーーー」


 遮る物の何もない開放的な屋外で、大きく伸びをする。日本にいた頃は不規則極まりない、退廃した物質文明の結晶みたいな生活を送ってたから本当に久々の朝日だ。

 俺は水生成で水球を空中に浮かべて、少し肌寒い気温の中顔を洗ってさっぱりする。なんかこういうのっていいな。惰眠を貪るのもまた素晴らしいけど、健康的に早起きするのも悪くはない。


 さて、リルが起きてくる前に朝食の準備をしておこう。メニューは昨日と同じ暴君竜(タイラントリザード)の直火焼きだ。変わり映えしないメニュー、しかも朝から肉とか重過ぎ、という感じで突っ込みどころは満載だけど、それも仕方がない。

 まだ生活基盤が整ってないから、衣食住のうち食は必要最低限しか満たせてない。住は拠点製作のおかげである程度は満足できる範囲に収まってるけど、衣に関してはほとんど着た切り雀だ。

 一応洗ってはいるから汚いわけじゃないけど、乾かしてる間に関しては素っ裸なわけだしな。当然そんな状態で街中を歩くわけにはいかない。異世界にやってきて公然猥褻で捕まるのだけはご勘弁願いたい。俺に露出プレイの性癖はないよ。

 街に着いたらまず最初に服の確保からだな。最悪宿に泊まれなくても、俺には拠点製作があるから泊まることに関しては心配は要らない。まずは服だ。人間、衣食住足りてこそ余裕が生まれるというものだよ。俺は健康的で文化的な生活を送りたいのさ。


 そんなことを考えてると、家(いちいち拠点って言うのも変だし、家と呼ぶことにする)の扉が開いてリルが出てきた。


「お、リル。おはよう」


「おはようございます。アキラさん、早いですね」


「今日はいつもより早く目が覚めたんだよ。昨日はしっかり眠れた?」


「はい。とても外出中とは思えないくらい気持ちよく眠れました。おかげで溜まってた疲れもすっかり取れて気分がいいです」


 そう言うリルの顔色は良い。表情も明るく感じられる。これなら今日からの探索にもいい影響がありそうだ。


「そうか。じゃあ早速朝ごはんにしようか。また昨日と同じ肉だけどいいかな」


「全然構いませんよ!朝からタイラントリザードのお肉が食べられるなんて思ってませんでした」


「けど肉しか無いんだよな。野菜とかパンとかが無くてすまん」


「あっ、私パンなら持ってますよ。と言っても旅用の黒パンだから美味しくはないですけど……」


 そう言ってリルは部屋の中にあったザックから紙に包まれたものを取り出してくる。

 広げてみると、中に黒いパンみたいなものが入っていた。


「これが黒パン?」


「はい。でも本当に美味しくないですよ。タイラントリザードのお肉と一緒に食べるには向いてないと思います」


「まあ、この際食べられるなら何でもいいよ。野営?してる最中だし、食べられるだけいいって。ありがたくいただくよ」


「いえ、そんな、タイラントリザードみたいな高級品に対してこのくらいしか渡せないのは心苦しいくらいです。だから気にしないでください。いつかまた美味しい料理のお店、案内しますから」


「じゃあその時はよろしくな」


 よっしゃ。グルメ案内人ゲット。無事女神の雫を見つけられたら、異世界食道楽と行こうじゃないか。共に食い倒れだ。


 その後、朝食を取り終わった俺達は出かける準備をする。

 と、その前に。


「多分この家もう来ないよなぁ」


 そう。多分、女神の雫を手に入れて街に帰ったら、わざわざこんな森の奥深くまで来ることもない気がする。何度でも作れるとはいえ、せっかく作った家をこのままにするのも何かもったいないし、何よりこんなところに全金属製の怪しい構造物を放置するのもまた変な噂とかを呼びそうだ。

 というわけで、物は試しだ。出来ることなら持ち運んでみよう。


「リル、忘れ物は無いか?」


「はい。大丈夫です。アキラさんは手ぶらなんですか?」


「俺は無限収納があるからね」


「ああ、あのアイテムボックスですね。その割にはそのアイテムボックスも持ってないみたいですけど……?」


「アイテムボックス?」


 無限収納とはまた違うモノか?


「あれ?違うんですか?でも昨日確かにタイラントリザードの巨体を出し入れしてましたよね」


 もしかしてこの世界、アイテムボックスという名の鞄か袋はあっても、人間自体が技能としてそういうものを持っているわけではない?


「アイテムボックスって何?」


「知らないで使ってたんですか?内容量が見た目よりもずっと大きい袋とか鞄のことですよ。貴族様とか大商人とか一部の冒険者なら持ってますよ。便利だし貴重ですからね。高いんですよ」


 やっぱりそうだったのか。なら不用意に何も無いところからタイラントリザードを出すところを見せたのは良くなかったかな。


「あれ、でもアキラさん、昨日タイラントリザードを出した時、特に何も持ってなかったですよね……あれれ?」


 うーん、気づかれたか。


「うん、確かに俺は何も無しで物を出し入れ出来るよ。無限収納って言うんだけど、それもあんまり話せない秘密の一つなんだ」


 そう言うとリルはにっこり笑って返事をする。


「大丈夫です!私、恩人のアキラさんの秘密は絶対守ります!」


「ありがとうな」


「いえいえ、こちらこそ」


 今回は目撃者がリルだけで、しかもリルみたいないい子だったからよかったけど、これが他の人なら必ずしもそう上手くいくまい。きっと誰かバラす人はいる筈だ。

 そうならないようにアイテムボックスっぽく偽装する必要があるな。街に行ったら買う物リストに鞄(アイテムボックスっぽいモノ、もしくは本物のアイテムボックス)を追加だ。


「それにしても無限収納ですか。いいですねー。旅とか楽そうです」


 そりゃあ楽だろうなぁ。昔でも現代でも、長距離遠征の最大のネックになるのが荷物だ。多分日本に住む人ならそのほとんどが旅行するときに出来るだけ荷物を少なくしないといけない、なんて経験をしたことがあるんじゃないだろうか。これが飛行機で海外に行く、なんて話になってくれば、よりその傾向が顕著になる筈だ。

 軍隊なんかでもそうだ。膨大な数の軍人が集まる軍隊の活動を支えるには、これまた莫大な量の物資が必要だ。兵站の重要性を理解しないまま大規模な作戦を決行して、大規模な被害を出すことを何度も繰り返した旧日本軍の悲惨な事実を考えれば誰だってわかることだろう。

 多分、まだ輸送インフラの発達してないこの世界では、アイテムボックスは相当貴重なんだろうな。軍隊を動かすにはうってつけの道具だから、テンプレ通りに貴族達はアイテムボックスを抑えてるんだろうし、大商人なんかに目をつけられたりもするかもしれない。俺みたいな、見た目ただの小娘が持ってるには惜しいくらいなんだろう。

 リルはいい子だし大丈夫だけど、これから出会う人間の中には悪い人もいるかもしれない。常にそのことを意識しておかなきゃな。


「そうだな。リルの荷物も持ってあげるよ」


 けど身内とか、言いふらしたりしなさそうな人相手だったらこの力を使ってあげてもいいかもしれない。権力者とかに目をつけられるのは面倒だから出来るだけ避けたいけど、別に万が一実際に目をつけられたって払いのけられないわけじゃないしな。その為の始原の力だ。


「いいんですか!助かります。いやー、この森は色々備えていかないと命に関わりますからね。来る時も重くて大変だったんですよ」


「だろうなぁ」


 リルのザックは、凡そ通常のリュックと言えるサイズじゃない。エベレストにでも登りに行くのかってレベルだ。


「しかもいざとなったら捨てて行かなきゃいけないこともありますからね。また別に小分けした荷物も持たなきゃいけなくて、重くて重くて仕方がなかったです」


 異世界って車も無いんだろうし大変だな。魔物を討伐した後の素材とかはどうするんだろう。


「さてと、準備はこれでいいかな」


 家の外に出た俺達は最後の確認をする。リルは腰にちょっとしたポーチと剣を下げている。俺に至っては手ぶらだ。


「そんな軽装備で大丈夫ですか?」


「大丈夫だ、問題ない」


 ……。


「さて、それじゃあ出発しましょう!」


「あ、ちょっと待ってくれ」


 リルが元気いっぱいに言うのを止める。


「どうかしましたか?」


「いやな、この家をそのままにするのもどうかと思ってな……」


「どういうことですか?」


 この家は、見ての通り全金属製だ。この世界はおろか、現代地球でも悪目立ちすることこの上ないだろう。いくらここが深い森の中で人目につかないからといって、噂にならない可能性が無いわけではない。こっちの世界の人から見たらどうやって作ったのかもわからないオーパーツなわけだしな。

 まあそれを言うなら、ここに来るまでにタイラントリザードとの戦闘でいくつかトーチカを作ってるからそれはどうするんだって話になるんだけど、もうどこにあるのかもわからないし、どうしようもないものは仕方がない。少しでも見つかる可能性を低くするのは大事だよな。


 というわけで俺は家に手を触れて念じる。お家よ、無限収納に収まれ……。


「はい、出来た」


「え、ええええええええっ!!」


 無事、家は俺の無限収納内に収納された。金属製の構造物が跡形もなく消え去る。

 いやあ、無限収納って便利だな。こんなことも出来るんだ。四次元ポケットの概念を発明した人は偉大だね。


「なっ、い、家が!無くなっちゃいました!」


 案の定リルは驚いている。これをやった俺自身も驚いてる。でもこれで、拠点を自由に持ち運びできることがわかったな。次からの野営も拠点に関しては心配しなくて済みそうだ。


「さて、じゃあ出発しようか。リル?」


「はッ!意識が」


 ファンタジーを知ってる俺でも驚くくらいだし、リルにとってみれば青天の霹靂だったに違いない。固まってたリルを再起動させる。


「じゃあ、行こうか」


「はい」


 異世界三日目。この世界ではある意味天涯孤独だった俺にも新しい仲間が出来た。何となく未来は明るい気がする。向かう先の森の中は暗いけどな……。


 準備を整えた俺達は、薄暗い森の中に向かって歩き出した。

いざ、アリアナ大森林へ。ようやく異世界ファンタジーらしくなってきました。

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