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ちくびーむ

サブタイトルに特に深い意味は無いです。

 二人でタイラントリザードの肉を腹一杯にいただいた後、俺はリルに風呂を勧める。


「リル、風呂はどうする?」


「お風呂ですか?」


 不思議そうな顔をしてリルが聞いてくる。何か変なこと言ったか?


「どうかしたのか?」


「いえ、こんな森の中でお風呂に入れるなんて思ってなかったので、ちょっとびっくりしちゃいました。そうですよね、家ですもんね。お風呂くらいあるよね」


 リルは少し遠い目をして何やら独り言を言う。確かにこんな森の奥深くで家があって豪勢な食事があって、さらに風呂まであるなんて言われれば普通の人間は狐に化かされたんじゃないかって疑うよな。俺だってチートを得る前だったらこんなの絶対に信じない。何か裏があるって感じてしまう。

 でも冷静に考えれば、そんなの意味が無いってすぐ気付くんだけどな。わざわざ旅人を招き入れて、盗賊かもしれないリスクを冒してまで豪勢な食事を出したり接待したりなんてするわけがない。何より純粋な好意ってのは何処と無く表情とかでわかるもんだ。自分で言うのもなんだけどな。


「それじゃあありがたくいただきますね」


「はい。それと汚れた服は風呂場で洗ってね。替えの服は無いけど、タオルとかなら出せるから乾くまでそれで我慢してくれるかな」


 一応、タオルは用意してある。拠点製作の技能で、机とかベッド、毛布みたいに備え付けの設備は作れるみたいだった。風呂場を作った時に、バスタオルも作れる気がしたのでやってみたら出来たって寸法だ。バスタオルも備え付けのカテゴリーに入るんだな。例えばこれがパジャマとかだったら出来ないんだけど。その辺の事情が少し曖昧だ。基準としてはビジネスホテルみたいな感じなんだろうか。


「全然問題無いですよ。女同士ですしね。わざわざありがとうございます」


 まあこっちは中身男なんだけどね。この体になってからでも普通にそういう欲求はあるから尚更大変だ。

 よくある性転換モノなんかだと、女の体になったら男時代のそういう感情が薄れたり、もしくは体に引っ張られて男を好きになったりなんて展開が多いけど、俺の場合はちょっと違うみたいだ。どうも変わったのは外側の体だけみたいで、女を前にすると普通に欲情する。現に今してる。リル、ここで脱ぐなよ!


「ちょ、リル、ちゃんと脱衣所があるからそこで着替えてくれ!俺もいるだろ!」


「あ、すみません。脱衣所あったんですね。それじゃいただきます」


 なんとか退去していただいたけど、これから大変だな。多分、この森を出るまではしばらく同居することになるんだろうし、向こうがこっちを全然意識してない分こっちの苦労が大変なことになりそうだ。

 俺の精神持つかな……。


 そんなことを考えていると、風呂場のほうからリルが俺を呼ぶ声が聞こえてくる。


「あ、アキラさん!」


 妙に切羽詰まった声だ。変だな、何かあったっけ?

 風呂場に行くと、裸のリルが尻餅をついて風呂場の壁を指差していた。……けど特に何も無い。シャワーが出っ放しになってて水が勿体無い。


「……どうしたの?」


 事情がよく理解出来ないので聞いてみる。


「み、水が!勝手に出てきました!」


 どうやらリルが指差してたのは壁じゃなくてシャワーみたいだ。シャワーが珍しいのかな?


「これ、シャワーだけど。使い方わからない?」


「えっと、なんですか?これ」


「…………」


 どうやらこの世界にはまだシャワーという概念は存在してないみたいだ。異世界に来て早々に文明チートしてしまったぜ……。


 その後、シャワーの使い方も含めてちゃんと風呂の使い方を教えてから、俺は風呂場から脱出した。リルがずっと素っ裸でいて隠そうともしないもんだから、正直ヤバかった。

 普通同性でも隠すだろ!それともこの世界では隠さない習慣なのか。だとしたらヤバイかもしれない。俺はこの世界で理性を失わずに生きていけるんだろうか。不安になってきた。

 …………き、綺麗な色してたな。リルの◯◯。





 風呂から上がったリルにタオルを渡して、新たに敷いた布団にリルを案内する。俺はベッドでリルは床に敷いた布団なのは少し申し訳ないけど、まあスペースも無いし我慢してもらうことにする。

 まだ寝るのには早いので、それからしばらくのんびりすることにした。することも無いのでリルに色々な話を聞いてみることにする。


「なあリル」


「はい、なんですか?」


「リルはなんでこの森に来たの?」


「理由ですか?」


「そうだよ。さっきもリルが言ってたけど、この森ってけっこう凄い森なんだろ?特に理由も無いならわざわざこんなところまで来ないよなって思ってな」


「理由ですか。うーん……」


 リルが神妙な顔をして悩む素振りを見せる。


「ああ、言いたくないなら別に言わなくてもいいんだよ」


「いえ、まあアキラさんならいいでしょう。一宿一飯の恩がありますし、話してもつけ込まれる心配も無さそうなので」


「何か深い理由があるみたいだけど、いいの?そんな簡単に初対面の人を信用しちゃって」


 もし言いたくなさそうなら無理して聞き出さなくてもいいかなと思っていたら、リルは首を振って言った。


「いえ、アキラさんならその心配もありません。一体どこの誰が悪巧みしようと思ってわざわざこんな森の奥でご飯をくれて、しかもお風呂や泊まるところまでくれるっていうんですか。アキラさんはお人好しです」


「なんだよ。別にいいだろ?あんな状態でほっとけるかよ」


「ふふふ、まだ知り合って短いですけど、そんなアキラさんだから話そうって思ったんですよ」


「そ、そうか」


 そうやって面と向かって言われると少し照れくさい。


「私、ヴァルツィーレに住んでるって言ったじゃないですか」


「うん」


「生まれも育ちもヴァルツィーレなんですけど、そのヴァルツィーレにある実家の母が今、実は病に罹っていて後どれだけ持つかわからないんです」


「……すまん」


 それは気の毒な話だ。少し無神経だったかもしれない。


「いえ、いいんです。気にしないで下さい。……それで、一応これでも私、冒険者としては一人前なんでそこそこの稼ぎはあるんですよ。だからお医者様にも診てもらったんですが、それでもダメでした。お医者様では治せないそうです。もっと、高位の神官様の聖法とかエリクサーみたいな奇跡が必要だって言われました」


「…………そうなのか」


「それでも私、諦めたくなかったんです。幸い、奇跡級の存在には心当たりがありました」


「それってもしかして」


「はい、想像の通りだと思います。ヴァルツィーレの人間なら誰もが知っている、アリアナ大森林の奥に湧くと言われている女神の雫です」


「その、女神の雫が病気に効くのか」


「はい、多分。実際に使ったり見たりしたことがあるわけじゃないので、確実にとは言えないんですけど。……でも、女神の雫で死の淵から生き返ったって話はヴァルツィーレに住んでいればたまに聞きますし、もしかしたらって思って」


「そうだったのか……。女神の雫か……」


「普通、こんな話をしたら皆止めます。いくら私が一人前だからって言っても、所詮一人の人間です。アリアナ大森林は人間が一人で行けるような場所じゃないんです」


「でもリルはここまで来たじゃないか」


「それは単に運が良かったんだと思います。普通だったら、中に入ったらもう二度と出てこれないって言われてます。それこそ、かなり高位の冒険者がパーティーを組んで本気で攻略にかからない限り、生きて帰るのは難しいです。それすらも大きな危険が伴います」


「そんなに大変だったのか」


「はい。実際、ここに来るまでに何度か危ない場面がありました。幸いなんとかなりましたけど……。だからこの家を見た時は本当にびっくりしたんです。夢でも見てるのかなって、自分を疑っちゃいました」


「あははは……」


 そりゃ森の中を歩いてて金属製のドームが突如として出現したらびっくりするよな。現代アートのオブジェが飾ってある都心の公園じゃないんだし。


「しかもその中にいたアキラさんが、タイラントリザードを一人で倒せるくらい強いってわかった時はもっと驚きましたよ。……それで、アキラさん。お願いがあるんですけど、聞いてもらってもいいですか?」


 リルが真剣な表情をして切り出す。


「うん、まあ内容によるけど」


 流石に女神の雫を取ってきてくれ、とか言われたらそれは無理だ。だってどこにあるかもわからないんだから。でもどうやらそれはなさそうだ。話の流れ的に何となく予想がつく。


「私、今言ったように何としてでも女神の雫を手に入れたいんです。でも私の実力じゃそれは不可能に近い。……だから是非、タイラントリザードを一人で倒せる強さを持つアキラさんに護衛についてもらいたいんです。もちろん護衛料は払います。金貨5枚でどうでしょうか」


「ふむ」


 護衛か。これはまたテンプレートな異世界イベントだな。テンプレばっかり続いてる気がしなくもないけど、ここは話の流れ的に承諾する場目だろう。金貨5枚がどれだけ凄いのかわからないけど、ここで放っておいて死なれても寝覚めが悪いし、何より森から出た時に街を案内してくれる人間がいるってのは心強い。ここは是非、買ってでもリルを護衛するべきだろう。それに何より、俺自身、その女神の雫ってやつに興味が湧いてきた。別に欲しいわけじゃないけど、そういう地球には無かったファンタジーな要素をこの目で見てみたいという気持ちがある。

 え?今朝既にもう十分ファンタジーを味わったって?それとこれはまた別腹だ。浪漫があるじゃないか。


「いいよ」


「えっ」


「その依頼、受けるよ」


「本当ですか!ありがとうございます!」


 承諾の旨を告げると、リルは精一杯の感謝を伝えんばかりの表情で喜ぶ。


「アキラさんがついてきてくれると本当に助かります。ああ、これで希望が繋がった……」


「そんなに?」


「はい。感謝してもしきれません。私だけなら多分生きて帰ってこれないんだろうなって少し諦めてましたから」


「じゃあなんとしてでも女神の雫を手に入れなきゃな」


「はい。絶対に手に入れて母を助けるんです。アキラさんがいたら100……いえ、1万人力ですね !」


「それは言い過ぎじゃないかな」


 なんてったって「身体能力100倍」なんだから。単純計算で100人、良くて数百人分くらいだろう。女になったせいで素の体力が落ちてるから、ひょっとしたらもっと低いかもしれない。


「なんか安心したら気が楽になってきました。ふふ、今夜は久しぶりに気持ちよく眠れそうです」


「そうだな。まあ自分の家じゃないから少し落ち着かないかもしれないけどな」


「それは大丈夫だと思いますよ。アキラさんの家だと思えばむしろ安心できます」


「そ、そっか」


 こんな短時間で随分と気に入られたな。日本にいた頃じゃ考えられない。


「ところでアキラさんってこの国出身じゃないみたいなこと言ってましたよね。どこから来たんですか?」


 いきなり話が変わったな。それだけ気持ちに余裕が出てきたのかな。


「俺はちょっと、……いや、かなり遠いところから来ててな。思いっきり迷った結果この森にいたわけなんだけど」


「迷い過ぎですね」


「うるさいよ」


 迷ったというか、迷い込んだというか。


「まあこの辺じゃ見ない顔ですもんね。いないわけじゃ無いですけど、数は少ないです。西方の国出身ですか?」


「西?いや、うん、まあそんなとこだよ」


 東じゃないんだな。ここはテンプレとは少し外れるみたいだ。


「西方諸国はこの辺とは文化が違うみたいですからね。冒険者たる者、いつか行ってみたいです」


「そうだな。俺もこの世界を色々見て回りたいよ」


「よかったらその時は是非一緒に行きましょうね」


「おう」


 一人旅もいいけど、やっぱり人と一緒にいたほうが楽しいだろうな。交通インフラとか観光スポットが発展した現代日本なら一人旅も趣があって楽しいだろうけど、この世界じゃそういうのは期待出来そうにない。変わり映えのしない街道を延々とただ歩き続けるのは退屈極まりないだろう。


「にしても結構男っぽい喋り方するんですね。素ですか?」


「そうだよ。元からこんな喋り方だよ」


 元が男だからね。


「面白い人ですね。ティラノサウルスを丸腰で倒すくらい強いですし、なんだか興味が湧いてきました」


「興味なぁ。まあ面白いことも多少はあるだろうけどな」


「ふふふ、別に詮索するつもりもないですよ。言ってみただけです」


「まあ、その気になったらいつか面白いこと教えてあげるよ」


「本当ですか?ふふ、楽しみにしてますね



 そんなこんなでリルと話している内に、だんだんと眠くなってきた。明日からは女神の雫を求めて探索をする予定だから、もう寝たほうがいいかな。


「それじゃあリル、もう寝ようか」


「はい。……今日は本当にありがとうございました」


「まあ気にすんなよ。……明日から頑張るんだろ?女神の雫、早く見つかるといいな」


「はい、ふふふ。……それじゃあおやすみなさい」


「おやすみ」


 俺は部屋の灯りを消す。仕組みがよくわからないけど、どうもこの拠点自体に組み込まれた設備みたいだ。俺の魔力を使って光ってるっぽい。

 灯りを消すと一気に部屋が真っ暗になる。防衛観点的に窓が小さいから外の明かりも入ってこない。まあもっとも外は街灯もネオンも何も無いから本当に真っ暗なんだけどな。月明かりにしたってほぼ無いようなもんだ。


 異世界に来て二日目が終わる。今日は随分濃い日だったな。……寝てばっかりな気もするけど。昼寝したから眠れないかな、とも思ったけど普通に眠れそうだ。

 俺は肩まで毛布をかぶる。どうでもいいけどこの拠点製作で作った毛布の質感が気持ちよすぎる。もしかして最高級品だったりするんだろうか。

 そんな益体も無いことを考えていたら、隣から規則正しい寝息が聞こえてきた。

 まあ疲れてるだろうな。一人でずっとここまで歩いてきたんだろうし、片時も休まらなかったに違いない。今日はしっかり休んでもらおう。明日からまた探索を続けるんだからな。


 暗くて見えないけど、リルがいるほうをチラッと向いてそんなことを考える。

 俺も明日に備えよう。やがて俺も眠りに落ちていった。

だいぶ打ち解けたみたいですね。

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