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最終話 使命の時

 俺が魔王……?

 そんなことが……。

 そんなことがありうるのだろうか。


「そんなことは信じない! 信じないぞ!」


 アリアは竜司に向かって泣くように叫ぶ。

 ‎俺の心を代弁するかのようだ。

 ‎竜司は遠くを指さす。


「アリアさん、あれを見ろ! この世界も君のいた世界のように魔竜で溢れかえることになる。いや、この世界はもっとひどいことになるだろうね」


 竜司がご託を並べる間も、結界の周りからおびただしく吐き出される黒い霧を必死に止めようとするが、俺にはどうにもならなかった。結界を停止することも弱めることすらもできない。


 霧が地上にいる人々をも飲みこみ始めた。

 ‎飲み込まれた人たちは体が炭のように黒くなると大きく膨らみ、やがて赤い両目をした異形へと変化していく。

 逃げ惑う人々の悲鳴が聞こえてくる。

 鏡美と鬼灯はどうした?!

 さっき2人が倒れていたあたりに目をやると、霧の手が迫っているのが見えた。

 ‎だが、俺は助けにいけない。

 ‎自分こそが黒い霧を撒き散らしているのだから。

 いつの間にか、サイコキネシスも使えなくなっている。

 もちろん、アリアももう結界の外に出て助けにいくことはできない。


 どうすれば?!

 ‎そう焦っていたところ、鏡美たちが倒れている地面が下から盛り上がるのを見た。

 ‎地面から現れたのは竜の頭だ。

 ‎善悪の知識の木の首の1つが鏡美と鬼灯を乗せると、周囲の霧を食らい、2人を守る。

 ‎竜司が指示したのだ。


「僕にとって大切な2人だ。魔竜にさせやしない! だけど、いつまでも黒い霧を押さえられるわけじゃない! アリアさん、これは君にしかできない……」


「黙れ!」


 アリアが叫ぶ。

 すると、竜司は俺を見てほくそ笑む。   ‎


「滑稽だね、兄さん。兄さんがどうして結界を停止できないか教えてあげるよ」


「な、なに?!」


「それが本音だからさ。いくら、自分に対して、鏡美ちゃんとみなわのことを心配するような態度を見せたところで、兄さんは自分がかわいいのさ、自分とアリアさんだけが楽園にいれば、その他のものはどうなろうとどうでもいいんだ」


「お前は黙っていろ!」


「図星だろ。兄さんはそういう人間だ。弟の僕にはお見通しだ。兄さんは弱いときは周囲を恨み、強くなれば、周囲のことなんてどうでもいい、そういう人間だ。だから、こんなことになったんだ!」


「お前になにが分かる!」


「分かるさ、僕たちは鏡のようにお互いを見ている。僕たちは同じさ。僕が悪なら、兄さんも悪なんだ。復讐を考え、行おうとしたことが十分に悪いことなんだ。魔王として滅ぼされても何の文句が言えるんだい?」


「死ぬのは俺でなくお前だ!」


「違うね、兄さん。死ぬべきは2人だ。僕と兄さんは2人とも死ぬべきなんだよ」


「もういい!」


 霧が剣のように鋭く、濃い塊になると、竜司に襲いかかる。

 ‎だが、善悪の知識の木の一本の竜の首が立ち塞がって、霧を口で受け止めた。

 

「僕が生きてきた理由は兄さんをおさえること。そのためにはまだ死ねないんだ」


 ずいぶんと正義の味方みたいなことを言うものだ。

 俺はこれまで奴を悪の権化のように思って、奴に復讐することだけを生き甲斐にしてきた。だが、実際には俺こそこの世界を危機的状況に追い込む悪そのものらしい。怒りを通り越して、自分はなんなのかと絶望しかない。

 この世界から見たら、竜司のほうが正義の味方で俺は滅ぼされるべき悪なのかもしれない。

 

「アリア、俺を殺せ」


 気がつくとそんなことを口走っていた。

 彼女は目を丸くする。


「なぜ、そんなことを言うんだ?!」

 ‎

「どうやら、俺はどうしようもない悪者だからだ」


 アリアが俺の頬にビンタをあびせた。


「そんなこと二度と言うな! 私はどうなる?! お前は私にキスまでしたんだぞ!」


 アリアの涙は美しかった。

 彼女はさらに俺を強く抱きしめるとキスをしてきた。


「これは私が背負う。この世界を見殺しにするのは私だ。私はお前を選ぶ。鏡美や鬼灯のことだって私が引き受ける。あの2人が魔竜になるのは全て私の責任だ。私とお前はずっととなりあって生きていこう。2人だけで」


 そのとき、心のなかに光があるのを見た。

 希望の光。アリアがいてくれたら俺は生きていける。

 自分が魔王かもしれないという絶望すらもはね除ける。

 

「分かった、アリア。俺は死なない。この世界も守る。俺が死ぬ以外に方法を考えるんだ」


 すると、竜司の嘲り笑いが聞こえてくる。


「ずいぶん兄さんには似つかわしくない言葉だね。自分をあきらめないなんて」


「自分が価値ある存在だと認められたんだ。だから、そう振る舞える」


「なるほど、兄さんは鏡美ちゃんやみなわだけでなく、そのアリアさんからも愛されているんだね。少し不公平だよ。僕は誰からも愛されないのに。あと葉すら奪われてしまった」


「殺したのはお前じゃないか?!」


「僕に忠誠を誓っていたのに、兄さんに心を奪われた以上、殺す以外になんの選択肢があると思うんだい。結局僕を愛してくれる人なんていなかった。親もそうだ」


「だから、父さんや母さんを殺したのか?」


「そのとおり。父さんや母さんは僕があまりに強い力をもっていたから恐れた。この力は兄さんをおさえるためのものだったのに」


「俺が憎いのか?」


「憎い、当然でしょ。兄さんには絶対惨めな最期を送ってもらわないと割に合わないよ」


 俺たち兄弟はどこまでおろかなのか。

 竜司は誰からも愛されなかったと感じることで、俺を憎んでいる。それはまさにこれまでの俺の姿だ。

 本当に鏡を覗きこんでいるかのようだ。


 だが、俺にはアリアがいてくれる。

 自分には価値がないと思うことから、間違いは始まるのかもしれない。 

 このまま弟と戦って倒したところでなんになるだろうか。

 

「竜司。俺はお前と戦わない」 


「兄さん?! 何を言ってるんだ? 言ってる意味が全くわからないぞ!」


「俺はお前と戦わない」


 竜司を倒そうとすることが間違いだと気づいた。

 すると、不思議なことに黒い霧の勢いがおさまりだす。

 その様子を見て驚く竜司。


「兄さんは本気なのか?! 信じられない。アリアさんにそこまでの力があるなんて」


 黒い霧がなくなっていく。それどころか魔竜になった人々が元に戻り始める。

 

「これが竜樹の狙いだったのか。アリアさんはそのために兄さんの側に置かれたのか?! これまで僕は兄さんを押さえるためにやってきたというのに」


「これでお前は俺と戦う必要はないだろ?」


 竜司は突然笑いだす。


「なんだこの様は。これまで仕えてきた竜樹にすら僕は裏切られるとは。笑うしかない」

 

 竜司は戦意を喪失したのかへたりこんでしまった。


 アリアは俺を見つめる。


「お前からあれだけ強く感じた憎しみの心が消えてる」

「そうか、ならそれは君のおかげだ」


 俺は強くアリアを強く抱き寄せる。

 

 だが次の瞬間。


「うわあああああああ!」


 アリアが悲鳴をあげた。

 見ると足元に血が滴っていた。

 

「アリア! 大丈夫か、しっかりしろ!」


 アリアが倒れて、その先に人影があった。

 漆黒の鎧と兜の奥に赤い目を燃やす。

 見覚えがある。アリアの世界にいた魔王だ。

 その手には黒い剣があり、切っ先は血で染まっていた。


「わが分身、竜一よ。そんなくだらぬ愛などで、ごまかされてはならん」


「て、てめえがやったのか!」


「見ての通りだ。私以外に誰がいる? 私はお前と契約を結んでいる。この結界に入ることはたやすい」


「て、てめえええええ! 契約を結んだから、魔王になったのか俺は!」


「そういうことではない。お前と私はいる場所が離れていても一つなのだ」


「お前と一つだと!」 


「良いぞ、憎しみを滾らせよ。それでこそ魔王たる余の分身だ。愛などでそれを捨てるとは。看過できぬ。それと、汝も魔王なのだから、余のことを魔王と呼ばず、トゥバンと呼べ」


 そこでアリアが口を開く。


「私は大丈夫だ。傷もそれほとではない。お前の結界のおかげか傷の癒えるのも早い」


 そう言うと立ち上がり、トゥバンに向かって水鏡の剣を抜き放つ。

 剣の輝きは今までに見たことがないほど、まばゆかった。


「今こそ使命を果たすとき! 魔王覚悟!」 


 小さな結界の中でトゥバンとアリアが対峙する。


「竜樹の騎士よ、かかってくるがよい」


 ほぼ逃げ場のないところで激しく切り結ぶ2人。

 互角の戦いであった。

 いや、アリアが少し押しているか。

 しかし、トゥバンの赤い眼光が鋭くなる。

 

「これは!」


 魔竜のにらみを思いだす攻撃だ。

 だが、アリアの周りにマジックミラーのような曲面が出現する。蛇星鏡だ。

 魔王のにらみの効果を弱めたようだ。


「猪口才な真似を!」

「なに?!」


 だが、赤い眼光がさらに煌めくと、蛇星鏡がくだけ散る。

 そして、動きの止まったアリアを魔王の剣が貫く。

 

「ぐっ!」

 

 俺は咄嗟にアリアをかばっていた。

 魔王の剣が腹に深く突き刺さっている。


「汝、何を考えているのだ! ぐおおお!」


 トゥバンが苦しみだす。

 どうやら、俺が腹に受けた傷と同じ場所に痛みを感じているようだ。


「我らは契約を結んだ。汝は余の分身、我らは一心同体なのだ。軽はずみなことをするでない」


「一心同体だと!?」


 アリアが驚愕の声をあげる。


「では、倒しようがないというのか!」


「そのとおり、我らは一つなのだ。竜樹の騎士よ、余を倒せば汝の大切な男も死に絶える」


 本当にそうなのだろうか。

 今の状況で本当の敵はなんだ。

 この目の前にいる魔王トゥバンか。

 いや、そうではない。


 善と悪はそもそもなんだ。

 人が勝手に引く境界線の内側と外側に過ぎない。

 

「アリア、結界を斬れ! この結界を斬るんだ!」


「な、なに!?」


 トゥバンが驚きあわてふためく。


「分かった、竜一!」


「やらせはせぬ! くっ。離せ! 離せ!」


 俺は後ろからトゥバンを押さえつけ、アリアの邪魔をさせない。

 アリアの剣が結界壁に振り下ろされる。

 結界にひびが入る。

 この結界を斬ってアリアはここに飛び込んできたのだ。

 俺の血で汚されていない本来の水鏡の剣ならやれるはず。

 アリアの再度の一撃が結界壁をこなごなにする。

 

「バカな! このような! ぐわああああああ!」


 結界の崩壊とともにトゥバンが消える。


「魔王も結界も消えた!」


「なんとかなったらしいな」


 俺とアリアは抱きしめあう。

 だが、当然傷は深い。


「竜一、大丈夫か。ひどい傷だ。すぐに手当てをしなければ」


 そのあたりで、俺の意識はなくなった。




「お兄ちゃん!」

「ちょっとはしゃぎすぎですわ、鏡美さん」


 よく日焼けした見慣れた少女と縦ロールのお嬢様が視界に飛び込んでくる。

 入院中の俺の見舞いにきてくれたのだ。 

 俺は腹の傷こそ深かったが命に別状なかった。


「あれ、アリアさんはどこ?」

「今、売店に買い物に行ってるんだけど」


「え?」

「え?」

「「ええええええっ!」」


 最後は2人の声が重なった。


「2メートルはどうなったの?」


「俺の結界を断ち切ったからか、アリアは自由に動けるようになったんだ」


「ほんとですの?! ほんとですの?!」

「よかったね!」


 

 

 2人が帰ったあと、俺とアリアは病室で抱きしめあっていた。


「アリア」

「竜一」


 そして、キス。


「あんまりやってると看護師に注意されるぞ」

「そういうものなのか」


 残念そうにするアリア。


「なあ、竜一」 

「ん?」

「弟とはどうするんだ?」

「退院したら会ってくる。一人で平気だ」




「まさかほんとに一人で来るなんてね」


 竜司とは退院して次の日、学園の屋上で会った。


「お前の前に立つと以前は頭痛がしたのに、今は結界がなくても、頭痛がない」  

 

「そうか、ということは僕の結界の力が効きにくくなったってことだね。それってつまり兄さんが僕のことを以前ほど憎んでいないってことか」


 竜司は複雑そうな顔をする。


「僕は兄さんのことを赦せない。兄さんがいなければ、と今でも思ってる」


「分かってる、お前と急には仲良くなれないのは。でも、俺はもう恨むことはしない。やめていきたい。なかなか感情レベルでは難しくても。それが正しいことだと分かったから」


「兄さん……」


 竜司との和解にはかなりの時間を要するだろう。

 家戸あと葉のこともある。

 これからが本当の戦いだ。




 再建中の研究室で叔父が話す。


「で、結果だがな、アリアくんがなぜこちらの世界に残れているのかはやはり分からない。しかし、本気なのかね? 私としてはデータが取れるから嬉しいが、異世界に行こうだなんて」


 そう、叔父の魔竜を召喚する結界をうまく利用することであちら側の世界に行けないかという話になった。

 ひとまずこちらの世界の危機は去ったが、アリアの世界がどうなったか確認する必要がある。 

 それに今回のことが終わったからといって、俺が魔王でなくなったということにはならないだろう。

 俺とアリアは2人で異世界に行けるものなら行きたいと願った。

 それから、1ヶ月ほどした今日、叔父に呼び出されたのだ。


「理論上はこの装置で可能なはずだが」


 それは底面が直径数メートルの円になっている円錐状の装置であった。

 この中で叔父が結界を使用すると、異世界にうつされるらしい。 

 

「お兄ちゃん、ほんとに行っちゃうの? 帰ってこられるのかな……?」


 不安そうにする鏡美。当然だろう、戻ってこられるかどうか分からない。だが、前に一度帰還できたのだから、きっと方法はあるはず。


「私は反対ですわ」


 鬼灯の機嫌は悪い。

 

「竜一、お前は本当にいいのか?」


 アリアまでもがそう言ってくる。


「ああ、これからはどこへ行くのもお前と一緒だ」


「これからは?」


 アリアが珍しく意地悪そうな笑顔を浮かべる。


「これからも、だな。なんせ2メートル以内でずっと一緒だったもんな」


 そう答えると彼女は女神のように微笑んだ。


 

 そして、俺たちは異世界に旅立った。

 

 To be continued……



最後までお読みになってくださった読者の皆さま、本当にありがとうございました。


近いうちに続編を書こうと考えています。

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