第91話 みなわの勇気
本来ならあれだけのことが起きて大変な騒ぎとなるはずだが、ほとんど問題とされなかった。
それは竜司の仕業だろう。
だが、俺としても決着をつけなければならないことがあったので、他のことで心を騒がせたくはなかった。
あと葉が死んだ次の日は晴れてはいるが、暗い雲が西のほうから迫るような天気だった。俺は鬼灯みなわを呼び出した。みなわの住んでいる家からすぐ近くの公園に行くと、先に彼女は来ていた。
「よう」
「お久しぶりですわね」
彼女は俺の方をじっと見つめている。
「今日、話したいことは2つある。1つはお前の兄貴のことだ。お兄さんと戦うのに協力してほしい」
意外そうな顔をする鬼灯。
縦ロールを指先でいじりながら、俺から視線をそらす。
「ご冗談を。私では兄には遠く及びませんわ。足手まといになるだけでございます」
「いや、お前の力が必要だ。お前が鬼灯先輩に立ち向かえば、きっと倒せる」
「それはどういう理屈ですの?」
「竜司と鬼灯先輩が戦うところを見た」
まるで、信じられないという表情を浮かべる鬼灯。
「竜司が言ってた。君の兄貴は君を本当はひどく恐れているのだと」
「そんなバカな! 恐れているのは私のほうですわ!」
「そう思わせることで、君を恐れていることをこれまで隠してきたんだあいつは、鬼灯朽長という人間は」
「無理ですわ、兄に立ち向かうなんて」
「お前なしではおそらく勝てない、頼むから協力してほしい」
「……お断りさせていただきますわ」
やはり兄をこの上なく恐れているのがひしひしと伝わってくる。
気まずい沈黙のときが流れる。
「ところで、2つ目の話したいことはなんなのですか?」
とうとう来たが、ここはけじめをつけないといけない。
「鬼灯、いや、みなわ。僕は君とはやっぱり付き合えない」
「……!」
彼女は強ばった表情になる。
だが。
「そうですか、あなたはあの妹キャラ全開の鏡美さんのほうが、私よりもお好みというわけですわね! わかりましたわ! もう話すことはございませんですわ!」
「いや、違うんだ。鏡美とはもう別れたし」
「え? じゃあ、どういうことですの? ひょっとして……?」
「ああ、アリアだ」
俺ははじめてここで自分の気持ちを素直に言葉にした。今までもやもやとしていたアリアに対する気持ちがここで明確になった。もう迷うことはない。
と、そのとき、みなわは一気に近づいたきたかと思うと、涙でうるむ瞳で睨み付けてきた。
「私は、決して怖がりませんわ! あなたにフラれたことで泣いてしまうことを! それをあなたに見られることを! そして、思い知らせてあげますわ! いつの日か、今のこの決断が間違っていたということを!」
泣きながら叫ぶように言うと、みなわは去って行こうとした。
だが、数歩のところで立ち止まる。
「それと、さっきの話、お受けいたしますわ! 私はあなたも兄も怖くありませんわ!」
「みなわ、ありがとう」
「それとこれからは気安く、みなわと呼ばないでくださいまし!」
鬼灯はそう言い放って、今度は本当に去っていった。




