第9話 模擬戦と狂気
叔父はモニタールームに移動し、この真っ白な壁と天井と床の部屋には俺とアリアだけが取り残されていた。
模擬戦を前に俺は高揚していた。
学園では結界使用者同士の模擬戦というものは行われていた。
しかし、俺が参加することは当然できなかった。
そして、いじめられては一方的にやられてきた。
そのことを思い出すと怒りがこみ上げてくる。
思わず拳に力が入る。
「竜一、どうしたんだ? ずいぶん怖い顔をしていたが」
「いや、なんでもない」
アリアが訝しげに俺を見ていた。
「では、まず一人目の相手だ」
モニタールームから模擬戦の部屋につながっているマイクから叔父の声が聞こえた。
すると、向こう側の壁が扉のように開いた。入ってきたのは体にフィットした緑の服を着た少年。
年のころは中学生くらいか。
俺とアリアの二人組と少年はお互いに10メートルほど離れて立った。
「では、試合開始」
その瞬間。
「展開!」
少年の足元から一気に空間の揺らぎが波のように押し寄せてきた。
同時にアリアの髪が光りだし星屑があたりに舞うと鏡の球面を形成する。
そうこうしているうちに、俺とアリアは結界の中にとりこまれた。10メートル以上の結界のようだ。
「発動!」
少年の声が聞こえたと思うやいなや、俺は床に叩きつけられた。
うつ伏せに倒れたまま動けない。
体が見えないなにかで押し潰される。
最初っから俺狙いか。
叔父さん、いきなり弱点をついてきてるぞ。
これで俺の動きを封じられたらアリアは攻めにいけない。
「竜一!」
アリアはマジックミラーの球体で体を覆ったまま、俺に近づく。
そして、俺はその球体の中に飲み込まれた。
その瞬間、体を押さえつけられるような感覚はなくなった。
俺は立ち上がって、少年の方を見る。
少年は床にうつ伏せに倒れていた。
俺にかけた結界の力がアリアのこの鏡の球体で反射されたのだろう。
つまり、アリアと密着してくっついていれば敵の攻撃は反射できるわけだ。
密着? 気づけば俺とアリアは息のかかるくらい近くで向かい合っていた。
これから抱擁するかのような距離。
アリアは心なしか顔が赤いようだ。
これは俺のことを特別意識しているのか?
いや、というより男慣れしてないからだろう。
「試合終了」
アリアの圧勝。
結界の力を跳ね返す以上、単純に結界を使う攻撃に負けることはない。
だが……。
「どうした、竜一? 浮かない顔をして」
「いや、なんでもない」
俺はなにかひっかかっていた。
だがその理由に自分でも気づけなかった。
「では、次行ってもいいかな、竜一?」
叔父の声がきこえた。俺はうなずく。
緑の服の少年は出ていき、代わりに赤い服の少女が入ってきた。
年のころは小学校高学年といった感じか。
俺たちと少女は10メートルほど離れて向かい合う。
「試合開始」
叔父の声とともに。
「展開!発動!」
これは!
「アリア、気を付けろ!
あの結界は、範囲は自分を覆う程度で自分の身体能力を高める結界だ!」
「心得た!」
少女は正面から間合いを詰めてくる。
すさまじい速さだ。
アリアは俺をかばうように少女の前に立ち塞がった。
その瞬間に少女の拳とアリアの拳が激しくぶつかる。
ほぼ互角の威力か。
少女は一歩ひくと右足で回しげりを放った。
アリアはそれを両手で受け止める。
そして、少女の足を引き左脇にかかえこんだ。
次に少女の軸足を蹴りこむ。
片足をつかまれた少女は背中から倒れる。
その少女の喉元にはアリアの足先がすぐさま突きつけられた。
「試合終了」
アリアの戦闘力はほんものだった。
あの結界を反射する術を使わなくても、身体能力だけでこの強さだ……。
「竜一、やはり傷が癒えていないから体調が悪いのではないか?
顔色がさきほどから優れないようだが。
なんなら模擬戦を中断……」
「いや! 大丈夫だ!」
つい語気が強くなってしまった。
好感度を下げるようなことをやってはいけない。
「悪い、急にでかい声だして。本当に大丈夫だから」
とりあえずアリアに微笑んでおく。
なにか分からない感情が胸のうちで爆発しそうなのをごまかすように。
ほどなく3回目の試合が始まろうとしていた。
今度も最初の試合の中学生くらいの少年だ。
黄色い服を着ている。
「試合開始」
「展開! 発動!」
速い!結界の展開速度が異様に速く、そして。
「ぐっ!」
目の前のアリアが突然倒れた。
アリアが髪を光らせる暇すらなかった。
そして、俺は声を上げた。
「うわあ!」
右脚に電気が走ったようなしびれと痛みを感じた。
次の瞬間。
「うううう!」
左脚にも同じ感覚が走り、たまらず俺は腕をついた。
アリアが動けない上に俺もこの状況ではまずい。
少年が近づいてくる。
俺のすぐ前までくると言い放った。
「降参しなよ。勝ち目ないんだしさ」
俺が見上げると、少年はまるでクズを見るような目で俺を見ていた。
俺は睨み返した。
少年は不意に俺の右脚を蹴った。
さっきのしびれと痛みがよみがえり、俺はのたうちまわった。
「バカだなあ、さっさと降参すればいいのに」
と嘲るように言ったあと。
「何もできないんだからさ」
静かにただ冷徹にそう言った。
そのときだった。
「うっ!」
少年が俺の目の前で突然倒れた。
そして、その後ろには鞘がついたままの剣を振り下ろしたアリアがいた。
「試合終了」
叔父の声が戦いの終わりを告げた。
「大丈夫だったか? 私としたことが不甲斐ない」
「ああ、大丈夫だ」
痛みとしびれがましになってきた。
俺はなんとか立ち上がると倒れた少年のほうに近づいた。
「かなり手加減したから大丈夫なはずだ」
とアリアが言うが、そんなことはどうでもよかった。
俺は足元の気絶している少年を思いっきり蹴った。
「竜一!?」
アリアの戸惑う声は、俺の内側から沸き起こる声にかきけされていた。
俺は自分でもわけもわからず叫びながら、無防備な少年を蹴りつけ、踏みつけていた。
「このくそガキが! なめるな! このくそったれが!」
少年の黄色い服は俺に踏まれてボロボロになっていた。
「竜一! よせ、試合は終わっているのだぞ!」
叔父の声も俺には聞こえていなかった。
「よすんだ、もう戦う必要はない!」
アリアが制止しようと、俺の両脇を後ろからかかえこむ。
少年から引き離そうとするとするアリアに怒鳴りちらす。
「邪魔すんな!
この野郎はゆるさねえ! 俺をなめやがって!」
「いい加減にしろ!
これは模擬戦だ!
殺し合いじゃない!
竜一、どうしたんだ?!」
「邪魔すんな!
邪魔すんじゃねえ!
お前には関係ねえんだよ!
こいつは絶対赦さない!」
「いい加減にしろ! とにかく落ち着くんだ!」
俺はそこで大人しくなって力を抜いたので、しばらくするとアリアは俺を離した。
「竜一、落ち着いたか?」
「アリア……」
「なんだ、竜一?」
俺はアリアの前から後ろに飛び退いた。
そして、さらにその後ろに。
「うわあああああああ! な、なにをするんだ?! 竜一、うわあああ!」
アリアの悲鳴。
俺とアリアの距離は2m以上離れていた。
「俺から2mも離れられないくせに偉そうにするんじゃねえ!! 誰であろうと邪魔はさせねえ!!」
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