第81話 助けを求める強さ
家戸あと葉は一切動いていない。
にも関わらず、目に見えない攻撃が次々と飛んでくる。
だが、結界の範囲は部屋の中。
出てしまえばいい。
「部屋から出るんだ!」
俺がアリアの手を取って、後ろに引こうとする。
だが、そのとき、あと葉の視線を感じた。
「逃がしません……」
不意に、俺のみぞおちに強烈な衝撃が刺さった。
息は止まり、逆に涙が止まらなくなる。
気がつけば手と膝をついて嘔吐していた。
「竜一! うっ!」
アリアもさらに一撃を受けたらしいが、俺はそれを気遣う余裕もなかった。
「お兄ちゃん! アリアさん! あと葉先輩、よくもお兄ちゃんを! は、はつ……!」
まだ部屋に入っていない鏡美。
だが、様子がおかしい。
結界を発動しようとするが、どういうわけか発動ができないらしい。
顔色が悪くなり、冷や汗をかきはじめる。
やがて目が虚ろになって、呼び掛けても応答がなくなった。
「なにをした?!」
鏡美の異常の原因は家戸あと葉しか考えられない。
家戸あと葉は俺の問いに対し、どこか嬉しそうに答えてくる。
「結界を使えないように……怖い記憶を植え付けておきました……」
やっぱりか。
しかし、記憶をそんなふうにいじることができるとは恐ろしい相手だ。
その間にもアリアは攻撃を何度も受け続けていた。
一発一発の威力はそれほどでもないようだが、見えない上に気配もないため、まともに食らってしまう。
すでに相当な回数を受けて、立っているのもやっとのようだ。
もう見ていられない。
俺はなんとか立ち上がると、家戸あと葉に向かって突進していた。
だが、両膝を前から固い棒で殴られたような衝撃を受け、俺は床に崩れ落ちた。
「うわあああああ!」
痛みのあまり思わず俺は声をあげた。
「竜一!」
「お兄ちゃん!」
「勇敢ですね……。でも、無謀です……」
家戸あと葉は哀れみをこめた言葉をかけてくる。
いったいどうなっている?!
どういう能力なのか皆目見当もつかない。
能力が分からなければ、勝ち目はない。
もしくは鏡美が結界を使うしか。
「ぐっ……!」
アリアはもう限界だ。
俺はこれまで一度もできなかったことをした。
「鏡美、助けてくれ! お前が結界を使うしかアリアは助けられない! 頼む! アリアを、俺を助けてくれ!」
「お、お兄ちゃん、今なんて?!」
鏡美に反応があったので、俺はさらに頼んだ。
「頼む、助けてくれ!」
鏡美は信じられないようなものを見るような目で俺を見ていた。
そして、アリアに目をやる。
鏡美の瞳にどういうわけか涙が浮かぶ。
再び、俺に視線を向けると。
「任せて!」
満面の笑みで力強い声だ。
鏡美は深呼吸すると、迷いない瞳で声を張る。
「発動!」
「まさか……? できるはずがないです……」
驚いた家戸あと葉の前で、鏡美が光に包まれる。
それは長く太い白い縄のようになって、部屋の天井を貫き、天に伸びる。
屋根がなくなった頭上の夜空に、月光で輝く鏡の鱗をまとった巨大な龍が舞っていた。




