第80話 見えざる攻撃
エルは今のテレポートで疲れてしまった様子だし、自転車は学園に置いてきたので、俺とアリアはタクシーで家へと向かった。
なお、叔父は命に別状ないという。
「竜一、鏡美は家にいるのだろうか?」
「わからないが、今は急ぐしかない」
ほどなく家に到着する。
夜中の2時をまわって、電気はどの部屋にもついていなかった。
鏡美はいるのか。
それともう1人、まだ家戸あと葉はいるのだろうか。
玄関から音を立てないように静かに入る。
土間から一歩上がろうとしたとき、階段のほうから軋むような音が聞こえだす。
上から誰か下りてくるらしい。
俺たちは身構えた。
だが、下りてきたのは。
「ん? お兄ちゃん? こんな時間にどこ行ってたの?」
寝ぼけ眼をこすっている鏡美だった。
髪の毛を下ろし、少し寝癖がついている。
「鏡美、大丈夫か?」
「ふぇ?」
鏡美が状況が全く飲み込めてないのは仕方がない。とりあえず拐われていなかっただけ、ましだと思うべきだろう。
当然ながら家戸あと葉がまだこの家にいるのかどうか確認するのが先決だ。
「あと葉はどこだ?」
「え、多分、お兄ちゃんの部屋じゃないの? なんか、さっき物音聞こえてたし。あー、ちなみにね、私はお腹すいたから冷蔵庫の中、漁りにきたんだよ」
鏡美が冷蔵庫のある台所に向かおうとするので、俺は彼女の手を取った。
「なーに、お兄ちゃん? あ、さては、さては、冷蔵庫の中のプリンが取られないか心配なんだねー? 大丈夫だよ、アリアさんの分は残しておくからー」
別に今はどうでもいいが、俺の分は食うつもりだったんだな。
「とにかく、プリンは後で食えるから今は我慢しろ。あと静かにな。事情があるんだ」
「ちょ、ちょっと、お兄ちゃーん」
何かあるんだろうと察し、小さな声で抵抗する鏡美。
そのまま鏡美の手を引っ張って、2階にある俺の部屋の前までゆっくりやってくる。
「部屋の中に気配を感じる」
アリアが囁くような声でそう言った。
鏡美は声も音も立てず大人しく従っている。
ドアと床の隙間から光が漏れている。
さっき外から見たときは俺の部屋の電気は消えていたというのに。
「お前が部屋の扉を開けろ。そしたら、私が飛び込む」
アリアに言われ俺はドアのノブに手を置いた。
「今だ!」
俺がドアを開けると同時に、アリアが部屋の中に素早く一歩踏み込んだ。
俺もアリアとの距離が2メートルを超えないように後ろからついていく。
部屋と廊下の境界を踏み越えるとそこで空間の揺らめきを感じる。
相手の結界の中に入ったということだ。
部屋の中には、ベッドに腰かけた人影が一つ。
紫の髪を3つ編みにし、眼鏡の下にアメジストのような瞳を妖しく光らせた少女が待ちかまえるかのようにこちらを見ていた。
間違いなく、家戸あと葉だ。
「お帰りなさい……」
家戸あと葉は表情なく立ち上がる。
その手には金色に光る金属バットが握られている。
「そんなもので私と戦うつもりか!」
アリアが家戸あと葉に向かって叫ぶとともに鞘ごと剣を振りかぶる。
「発動!」
家戸あと葉がそう大きな声で告げた瞬間。
「ぐっ」
アリアから低い呻き声が聞こえた。
まるで見えないなにかに殴られたようにみぞおちのあたりを押さえる。
次にアリアは顎を突き上げられたかのように、後ろにいる俺の方に倒れこんでくる。
俺がとっさにアリアを受け止めた。
「大丈夫か、アリア?!」
「どうなっているんだ?!」
アリアの視線の先で、家戸あと葉が鳥肌が立つような笑顔を浮かべて、こちらを見ていた。




