第78話 結界の条件
竜司の右手から放たれた光弾が機関銃のような騒音を響かせて、その後、静寂が漂う中。
鬼灯朽長が壁から宙に体を投げ出すとそのまま力なく真っ逆さまに落ちる。
床との衝突でガサッと渇いた音が反響する。
その瞬間、彼を守っていた赤い鎧がくだけ散る。
鬼灯朽長は突っ伏したまま、動かない。
そのすぐ近くに竜司がふわりと優雅に、音もなく着地する。
倒れた鬼灯朽長を見下ろしながら、竜司は口を開く。
「僕の話を聞かないからこんなことになるんです」
「っせぇ……」
かすかに鬼灯朽長の声が聞こえた。
まだ意識はあるらしい。
「まだ意識はあるようですね、よかったです。鬼灯先輩、あなたの完全敗北です」
竜司は嘲るわけではなく、淡々とした口調だった。
「な、なんでだ……。 俺の力をコビーしたようなお前になんで、この俺が……」
朽長の声には力はない。
竜司は床に横たわっている鬼灯朽長の周りをまわりながら話し始めた。
「先輩が負けた理由をお教えしましょう。結界の奥義を理解していなかったからです」
竜司の発言にたいして朽長は口を閉ざしていた。
「鬼灯先輩、今の戦い、僕が強かったのではなく、あなたが弱くなったんです。
あなたの強さは自分の弱さに気づかないという条件つきでした。 もっと言えば、妹のみなわを恐れていることに気づかないことが強さの条件だったのです」
鬼灯みなわは鬼灯朽長のことを明らかに恐れていたが、逆に鬼灯朽長もみなわのことを恐れていた……。
竜司いわくそうらしいが、どうにも信じがたかった。
竜司は続ける。
「この世界を結界で2つに分けて、自分の都合のいい領域を作り出す。これが結界の展開ですが、果たしてそんなご都合主義が通るのだろうかと考えるのが人間なんです。
ですから、結界の強大な力を使うためには必ず条件が必要になります。人間は不合理を受け入れられない。それが自分にとって都合のいいものであるならば、なおさら。だから、自分に不利な条件を必要とします」
俺はこの竜司の言葉を聞いたときに、何かが心のなかでひっかかったが、それがなんなのか、どうしても分からなかった。
「鬼灯先輩には思い知っていただこうと思いましてね。僕に挑んでも無意味だということを。そこの子供には驚きましたが……。ん?」
そう言って竜司は枝に捕縛されたはずのアルとエルのほうに目をやるが、そこに2人の姿は見えない。
「おや、戦闘中に逃げられたようですね。まあいいでしょう。鬼灯先輩はこれからも僕に従ってくださいね」
「くっ! て、てめえだけには」
「従わなければ!」
朽長の言葉を容赦なく、剣のように鋭い言葉で切った竜司。
「従わなければ、みなわにあなたの心の中を教えてしまいますが」
そこから朽長はなにも言わなくなった。
朽長はみなわを恐れているがゆえに、絶対的存在として振る舞ってきた。
だからこそ、内心はみなわを恐れていることをみなわに知られるわけにはいかない。自分ですら知ることを拒んできた感情。
おそらく、みなわに知られるくらいなら死んだほうがましなどと考えていそうだ。
なんにせよ、俺は改めて悟った。
あの魔王との契約で得た力なくして、竜司に絶対に勝ち目がないということに。
そして、そのことになぜか安心する俺。
俺はどうなっているのか。
答えを求めるように俺はアリアの顔を見た。
アリアはそんな俺に優しく微笑み返した。
そのとき、突然背後に気配を感じて振り返る。
そこには白い服と黒い服をそれぞれ着た、瓜二つの女の子が2人。
二人とも黒い髪に黒い瞳で、おかっぱ頭だ。
アルとエルだ。
黒い服を着た方、エルが俺に手を伸ばしてきた。
「来て、パパ」
エルが話したのを俺は初めて聞いた。




