第76話 善悪の知識の実
「善悪の知識の木、だと?」
鬼灯朽長は思った疑問をそのまま言葉に出したようだ。
結界の力の起源が善悪の知識の実だと、以前叔父が言っていたことを思い出した。
その実がなる木、ということか。
「これから見せてあげますよ、鬼灯先輩」
そう言うと竜司は木から銀色に輝く果実をもぎ取る。
銀の果実は徐々に形を変えていき、蛇の形になって、竜司の足元に下りていく。
それはアリアの水鏡の剣が変化した銀の蛇によく似ていた。
蛇は竜司の足元を円形に囲み、蛇の口は自身の尾を食む。
そして、銀の蛇は輝いた。
竜司はまばゆい光に包まれ、やがて光が消えると、現れた姿は赤い鎧姿だった。
その鎧は鬼灯朽長のそれと瓜二つであった。
「お前、その格好は?! どういうことだ?」
鬼灯朽長は驚愕の声をあげる。
竜司は淡々と語りだす。
「これが善悪の知識の実。
夢想結界の起源。
これを手にすれば結界の能力を得ます。
1人で2つ、3つと能力を増やすこともできます。
他人と同じ能力を得ることも不可能ではありません」
「ふ、ふざけんな!!」
壁にうまっていた鬼灯朽長が再び空中に躍り出る。
そして、結界の力をさらに開放すると傷ついた赤い装甲が修復されていく。
「この鎧でお前を倒す。どっちが本物か白黒つける」
睨み付ける鬼灯朽長に対して竜司は微笑む。
「鬼灯先輩と同じ力を手に入れて、鬼灯先輩がどういう人なのか分かりました」
「何言ってやがる?! なんで俺のことが分かるって言うんだ?!」
「夢想結界は心をうつす鏡。よく観察すれば人の心の中を見抜けます。たとえば、鬼灯先輩、あなたは近しい人をとても恐れている。 おそらく妹のみなわだ」
「?!」
鬼灯朽長は驚きのあまり声もでないといった感じだ。
「みなわに受け入れられたいのに、弱い自分が拒否されるのが怖いから、こんな厳つい鎧を身に付けている。
鬼灯先輩がそんなこと考えてるのが分かったりするんですよ」
「て、てっめえ!!」
怒り狂う鬼灯朽長が竜司を睨みつける。
「鬼灯先輩、むきになる必要はありません。誰でも人に見られたくない、自分で見たくもない感情があったりするものですよ」
「もう我慢ならねえ!」
鬼灯朽長は目にも止まらないスピードで竜司との間合いを一気につめて、殴りかかる。
だが、竜の頭から飛び出した無数の枝が重なりあって壁のようになると、鬼灯朽長の前に立ち塞がった。
「ちっ!」
朽長が枝の壁の前で一瞬動きを止めた隙に、四方八方から他の枝が伸びてきて取り囲み、彼の動きを封じる。
「鬼灯先輩、少し話をしましょう。
あなたはこの木に選ばれ、それほどの力を与えられたのだから、知る資格はあるでしょう。結界の奥義を」
「奥義だと?」
鬼灯朽長が訝しげな表情をする。
「先輩、今から奥義をお話しましょう。
この善悪の知識の実によって、人は善と悪を知る。
つまり、この世界を善と悪の2種類のものでできていると考えます。
そして、結界を用いることでこの世界を結界内と結界外という2つに分け、結界内を善として自分をそこに置く。
これこそが結界の奥義」
竜司の言葉を聞いた俺は、心の底からどよめいた。
そして、俺はアリアを見て、そこに自分の心を見たような気がした。




