第62話 scene of carnage〜人はそれを修羅場と呼ぶ〜
「これは一体どういうことですの?
私と別れてそんなに経たないうちに!
私とのことをどうするか考える約束はどうなりましたの?!」
鬼灯の金切り声が俺の両耳をついた。まあ、もっともな正論ではある。
「今は私と付き合ってますから。
それに鬼灯先輩は竜司さんのものなんじゃ?」
鏡美はここで現彼女としての圧倒的優位を主張する。
「あの試合は無効ですわ!」
二人が争いはじめ、俺の横ではアリアが不機嫌そうな顔をする。
いかに復讐以外のことに興味がなくて鈍感な俺であろうとも、今この状況がヤバいことだけは分かる。
金髪ストレートのアリア。
黒髪ツインテールの鏡美。
栗色ドリルの鬼灯。
三者の間に漂う退っ引きならない空気感。
目に見えないなにかが3人の間で激しくぶつかり合い拮抗している。
そんな中、戦いの火蓋はとうとう切って落とされたのだった。
まずは鏡美が鬼灯におちゃらけた態度で一言。
「っていうか鬼灯先輩、過去の人じゃないですか?
なにかご用ですか?」
すると、鬼灯が顔を真っ赤にして眉をつり上げた。
「か、過去の人?!
それは私のことですの?!
確かに竜一さんとはお別れしましたけれど。
その響きが気に入りませんわ!
あくまでいったん距離を置くと言う意味ですし!」
「もう私と付き合ってますので、そのまま距離は遠くなるばかりですから、鬼灯先輩はご心配なく!」
あっかんべーを決める鏡美。
「な、ななな、なんですって?!」
そして、鏡美と鬼灯の間に見えない火花が散る。
そんな2人をよそに、アリアがなぜか俺に体を寄せる。
彼女は今、鎧を着てないので肘に胸が当たりそうになる。
復讐にしか興味がない俺も所詮男だ。
「あ、竜一さん!
アリアさんにくっつかれて、なに鼻の下を伸ばしてますの?!」
しまった! 鬼灯に気づかれた!
「あ、お兄ちゃん。それ浮気だよ、浮気!!
お兄ちゃんのくせに私を差し置いて浮気なんて!!」
鏡美は絡めていた俺の腕を思いっきりつねる。
「いててててて!」
すごくいてえ。
爪を立ててつねってやがる。
鏡美の怒りの原因には貧乳だからというのも含まれているのは分かるが、それでもこれは痛い。
「鏡美、何をする?!
私は竜一を傷つけるものは誰であろうと許さないぞ!」
アリアが鏡美のつねる手を掴む。
「じゃあ、これなら傷つけないからいいですよね」
鏡美はつねるのをやめる代わりに俺の頬にキスをした。
こいつ、なんか時々妙に色っぽいというかなんというか。ほんとに中学生か? 精神年齢が実年齢より明らかに上な気がする。
俺はついついドキドキしてしまうのだった。
「竜一……! なに顔を赤くしているんだ!」
アリアから怒りのパルスを感じる。
はじめて会ったとき以来の恐怖を覚えた。
俺を自分の側に引き寄せようとしたところ、力が入りすぎて俺の頭はアリアの胸にダイブ!
やわらかくてあったかい。
「ちょっと、ちょっと、お兄ちゃん!!
私と付き合ってるくせに他の女の人のおっぱいに顔埋めて!
信じらんない!!
このド変態!!」
「グッ!!」
俺の顔面に鏡美のナックルがめり込む。
これは仕方ないとしても。
「り、竜一!
私の胸に顔を押し付けて劣情をもよおすとは!」
なぜか女騎士様までがこめかみに青筋を立てていらっしゃる。
お前が怒るところじゃねえだろと言おうとしたところで炸裂するボディーブロー。
「グハッ!」
今日食べたものを危うく全て撒き散らすところだった。
だが、そこに。
「こ、こここ、この私をほったらかさないでくださいまし!」
俺に突撃してくる鬼灯。
だが、ほんの少し手前でタイミング悪くつまづき、勢いそのままに俺のほうに倒れこんでくる。
俺は両手をアリアと鏡美につかまれていたため、とっさに手をつくことができず、鬼灯ともども後ろに転倒し後頭部を強打した。
「いっててて」
ん?なんだ唇に柔らかい感触が。
目を開けると、栗色の大きな瞳があった。
俺が瞼を開け閉めすると、向こうもぱちぱちする。
要するに俺は押し倒される格好で鬼灯にキスされていた。
もちろんマウストゥーマウスで。
「お兄ちゃん……!」
「竜一……!」
殺気に満ちた声が2つ聞こえた。
片方は鏡美、もう一方はアリアのもの。
この後、俺は死んだとしてもおかしくない目にあったことは言うまでもない。
俺は自室のベッドに仰向けになっていた。
アリアは三角座りのまま床で寝ている。
力がほしい。
かざした手のひらを見ながらそう思った。
竜司との戦いで痛感した。
力が足りない。
竜司の敵意を跳ね返す鏡のような力。
それに対抗する力が欲しい。
魔王が俺に渡した力をいまだにまともに使えないのがもどかしい。
俺は優柔不断すぎる。
今日にしてもそうだが、3人に対していい加減な態度を取りすぎている。
だが、決めきれない。
俺は復讐したいだけなのだ。
誰かと一緒にいたいとか、そんなことはどうでもいい。
いや、本当にどうでもいいのだろうか。
自分の心に素直になるんだ。
俺はずっと孤独だった。
本当は誰かにいてほしかったはずだ。
それ以外は不要だった。
その時に思い出した。
俺がアリアを召喚した理由はなんなのか。
叔父が以前言っていた。
俺はアリアがいつも側にいることを望んでいたのかもしれない。
だからこそアリアは俺から2メートルしか離れられないのではないかと、そんな気がしてきた。
「我が友よ」
それは本当に唐突だった。
聞き覚えのあるくぐもった声がしたかと思うと、髑髏のような仮面に漆黒の鎧を身につけた人影が突然足元に現れた。
仮面の奥の闇に浮かぶ赤い眼光。
俺は戦慄した。
見間違えるはずもない。
魔王だ。




