第6話 星屑のアリア
気がつけば、だだっ広い廃屋のような場所に俺はいた。
穴の開いたトタンの屋根と壁。
割れたガラス。
錆びた金属性の機械。
俺はこれまでこういった経験が何度かあった。
空間転移の結界。
それによって、ここまで連れてこられたのだと分かった。
だとすれば、ここは家の近くにある廃屋工場。
とはいえ、家から工場まで200メートルほど離れている。
この場所まで連れてこられたということは、結界の半径が200メートル以上。
よほどの高ランクの結界使用者だということになる。
俺一人だけか、とあたりを見渡すと、真後ろにアリアが倒れているのに気づいた。
「アリア! 大丈夫か?!」
アリアはどういうわけか、かなりダメージを負っているようだ。
意識はなく、鎧から煙が出ている。
鎧は少し触るだけで火傷しそうに熱かった。
異世界の住人だから、結界による空間転移がうまくいかなかったのか。
なんにせよこれでは戦力としてあまり期待できそうにない。
まだアリアとの話し合いもついてないというのに。
だが、今はそれより。
周囲を見渡しながら叫んだ。
「誰だ?! 俺をこんなとこに呼び出したのは?」
俺の声が廃屋の至るところに響き渡る。
それに答えるように。
「展開!」
男の声がどこからか聞こえてきた。
そして、あの特有の揺らぎを足元に感じた。
相手の結界の中に入った感触。
「発動!」
瞬間、俺は前のめりに倒れこむ。
後頭部を鈍器で殴られたような感覚が後からやってくる。
痛む頭をおさえながら立ち上がろうとしたそのとき。
足元の地面が突然盛り上がる。
それは拳のように俺の顎を突いた。
後ろにのけ反ったところで肩を突き上げられる。
今度はうつ伏せに倒れこんだ。
足音が迫ってくるのが聞こえてくる。
「鳥羽、元気そうだな、おい!」
その声とこの結界。
江田島邦男。
小学生のころから俺をサンドバッグ代わりにしてきた男だ。
当然、復讐対象だ。
だが、やつの結界による攻撃は、立っている人間の頭部の高さまでは届かなかったはず。
結界の効果が強くなっている?
結界の効果を強くするには「訓練」と「条件」が必要になる。
「訓練」は文字通り繰り返し結界を使用すること。
「条件」というのは、ある条件を満たすことで結界の効力が増すというものだ。
体が動かずそんなことを考えているうちに。
髪の毛を上から鷲掴みにされた直後。
顎が床に叩きつけられる。
「ぐっ」
俺は舌を強く噛んだ痛みに声をあげた。
赤い液体が口角からもれ出て床にしたたる。
「鳥羽、おめえはなあ、人間じゃねえんだよ。
いっちょ前に血なんて流してんじゃねえぞ、こら!」
左脇腹に突き刺さるような蹴りが入った。
思わず、蹴られたところをかばうように体を丸める。
そのとき視界にアリアの姿が入った。まだ気を失ってる様子だ。
アリアのほうに左手を伸ばす。
「ぐあっ!」
だが、伸ばした手は踏みにじられる。
「おら! おら!
このくそが! おめえみたいな人間じゃねえやつが美人のパツキンガールと朝っぱらから一緒って、なめてんのか! こら!」
「うぐあああ!」
何度も手の甲を踏みつけられ、激痛が走る。
「お前みたいなやつ、踏んでるこっちの足が汚れてくるぜ。
また俺の必殺技を食らわせてやる! 発動!」
「ぐっ」
俺のみぞおちに強烈な衝撃が走る。
こいつの結界は何度も食らってよく知っている。
もぐらが頭を出すように地面が盛り上がってくるというものだ。
立っているときも足をとられたりするが、倒れている状態で使われることで最大の威力を発揮する。
「アリア! 頼む、助けてくれ!」
「へへっ! 発動! 大地蛇頭拳!」
次の瞬間、顔面に一撃が来た。
俺は顔を両手で覆って声も出ない。
中二病丸出しの技名にツッコミもできない。
「決まったあああ! ストレス解消にちょうどいいぜ。昔からお前を殴るときは特に冴えるんだよな、俺の必殺技」
腹立たしかった。
役立たずが! いつまで気絶してやがる!とアリアに叫びたかった。
「ところでよう、アリアちゃんってのか、このコスプレガール。
めちゃくちゃかわいいじゃん。
こんな子に助けて~とか、恥ずかしいぞ。
アリアちゃん、こんな情けない男より俺といいことしようぜ」
気を失っているアリアの髪を触っている。
そのとき、一瞬にして江田島が倒れた。
「いってぇ!」
そして、代わりにアリアがすっと立ち上がった。
目にも見えない動きで足払いをかましたようだ。
「大丈夫か? 竜一」
アリアが駆け寄ってくる。
俺はとんだ役立たずだと内心はらわたが煮えくり返っていた。
「すまない、私が不甲斐ないばかりに。これはひどい傷だ」
アリアはかなり申し訳そうに言った。
俺の様子に同情的なまなざしを向けたあと、アリアは起き上がろうとしている江田島を睨みつける。
「あとは私に任せろ!」
「ねえちゃん、いてーよ。
いくらかわい子ちゃんでも、こりゃないよ。
そんな鎧着てるんだから、俺の大地蛇頭拳を食らってもちょっと痛い程度だよな」
その瞬間、アリアの長い金色の髪が淡く光った。
そして、ふわりとアリアの身を覆うように浮かび上がる。
髪の一本一本から星屑のようなものが無数に撒き散らされる。
それらの星屑がアリアの体を覆い、球体を形成した。
それはマジックミラーのようで、アリアの姿はほんの少し透けて見える程度である。
「なんだ、それ?
ねえちゃんの結界か?
ほとんど見たことねえぞ。へっ、知ったことないぜ。
発動! 大地蛇頭拳!」
アリアの足元から飛び出した地面の蛇がその球体に触れた。
その瞬間。
蛇は、すぐさま反射したように江田島のほうに向かう。
「なに!?」
そして、自分の腹にその一撃を食らう。
「ぐっ! くそっ! それならこれでどうだ! 発動!!」
ひときわ大きいかけ声とともに今度は7本もの地柱がアリアの目の前から現れた。
それらはアリアを覆う球体の一点を狙って襲いかかった。
だが。
次の瞬間にはやはり蛇の頭は鏡面で反射し、江田島を襲う。
「ぎぃやぁ!!」
江田島は蛇頭の束を食らって、派手にふっとび動かなくなった。
アリアの周りから鏡面がなくなった。
そして、彼女は倒れている俺のところに駆けつけた。
「竜一、大丈夫か?」
「今の鏡みたいなのはなんだ? 異世界の魔法かなにかか?」
「あれは文字通り、鏡のように相手の特殊な攻撃を反射させることができる。言い忘れていたが、光も反射できるから、昨夜ベッドの下に隠れたときは手前に脱いだ甲冑を置いて自分の身を隠すのに使った。名前は」
そこでアリアは言葉を切って、辺りを見回す。
「まだ、安心はできないみたいだ。他に誰かの気配を感じる」
その瞬間だった。
アリアの体がふわりと浮かび上がると、見えない高圧線に触れたかのように、手足をばたつかせはじめた。
「ぐわあああああ!!」
アリアの叫び声が廃屋にこだました。