第55話 王との戦い
「叔父さん、どうしたんだ?」
「頭が……」
「それがやつの力なのか?」
叔父は顔をしかめながらうなずく。力について話そうとしただけで、苦しめる力。弟の能力がとてつもないものだということは伝わってくる。
「私の口からは……これ以上……言えそうにない……」
それからしばらくして叔父は落ち着いた。
びっしょりと汗をかいている。
「とにかく今のお前では話にならない。だが、ひょっとしたらアリアくんなら竜司に迫るわずかな可能性があるかもしれないが、それでも」
「え、アリアなら、なんとかできるかもしれないのか?」
俺が身を乗り出して訊ねると、思案しながら叔父は答える。
「可能性は本当に低いが、蛇星鏡の力が頼みの綱だな」
「あれで防げるのか?」
叔父は微妙な表情を浮かべる。
「断言はできないが軽減できる可能性はある」
その日の夜、俺は薄暗い部屋の中、ベッドの上で迷っていた。
弟との戦いを目前に控えながら、それに集中できない自分がいた。
鬼灯とは別れたが、もともと抱いていたイメージと今のイメージに大きな差がありすぎて、混乱している。
俺は鬼灯のことをどう思っているのだろうか。復讐対象として憎んできたが、そんなに悪いやつではなかった。むしろ、俺に対して好意を抱いてくれていた。
そして、唐突に告白してきた鏡美。
俺にとって鏡美という存在はかなり特殊だ。向こうは露骨に好意的だし、良かれと思い、俺を助けてくれたことも多かった。
だが、俺はそれが迷惑だった。
つまらないプライドが傷つけられるからだ。
だが、つまらなくても俺は簡単にそれを捨て切れるほどの器の大きい人間ではない。
結果、複雑な心境のまま、なんとなく付き合うことになった。
そして、アリア。
鏡美がふざけて、抱き合わせたりキスさせたりしたせいか、最近どうも前のようにうまく話せない。
避けられているような気もする。
避けるといっても2メートルが限界なわけだが。
なんとなく心の距離は開いたような。
この3人のだれとも中途半端な距離感で俺は迷っている。
俺は誰を好きになるべきなんだろうか。
そもそも復讐のために、誰かを好きになること自体がおかしな話なのかもしれないが。
そんな状態で、弟の竜司との結界戦の日を迎える。
どういうわけか緊張感はなかった。
場所は以前、鬼灯と戦った公式戦闘技場。
弟は自分の権限でこれを公式戦としたようだ。
弟の力をおそれ、学園は弟の言いなり状態である。
生徒会長が公式戦に出ることはほとんどないため、おびただしい数の生徒が周囲の観客席に集まっており、立ち見している者もいた。
教職員もほぼ全員が観戦に参加させられているようだ。
異常な活気だ。
真ん中の闘技場で待つ俺とアリアのもとに、竜司が姿を見せる。
「やあ、兄さん。感謝するよ」
「感謝? どういう意味だ?」
「僕との戦いを受けてくれるなんて兄さんくらいしかいないからね。おかげでほぼ全校生徒をこの場所に集めることができた」
こいつがなにを言っているのかいまいちよく分からない。
なんの話をしているのか。
それを知ってか知らずか、加えて話す竜司。
「試合開始直後に済ませたいことがあるんだ」
試合開始直後に済ませたいこと?
開始直後に一体なにをしようというのか。
アリアと俺は顔を見合わせる。
アリアもよく分からないようだ。
だが、とてつもなく嫌な予感がした。
「それでは、試合開始!」
そのアナウンスと同時にアリアは蛇星鏡を形成し、俺はその中に入る。
弟はそれを見届けると、微笑んだ。
そして、空に手をかざして叫んだ。
「醜い心を持つものたちは、その醜い心のゆえに死ぬがいい!!」
すると、かざした弟の手のひらの上で赤い丸い光が輝きを増していく。
その声を聞いた瞬間、少し頭痛がしはじめる。
しかし、それは以前の頭痛に比べれば些細なものだった。
それよりも周囲の様子が明らかにおかしいことに気づく。
客席からは歓声ではなく、悲鳴があちらこちらであがっていた。
よく見るとみんな頭を押さえ、血を吐き出す生徒が何人も出ていた。
生徒だけではなく、教員にもそのような者たちがいた。
逃げ惑う観客。
客席は大混乱に陥っているが、どうやら出入口が塞がれているらしい。
その光景を楽しそうに眺める竜司の赤い瞳は血の色のようだった。




