第5話 秘策
そして、次の日の朝を迎えた。
女騎士様はあのあと、甲冑姿のまま、三角座りをして座ったままだったようだ。
明らかに警戒されている……。
今日は幸い祝日。
俺はとある理由で叔父の家に住まわせてもらっている。
叔父とその娘の鏡美、そして俺の3人暮らしだが、マッドサイエンティストな叔父は家を空けていることがほとんど。
叔父はいつもどおり不在、鏡美は朝早くから出かけていった。
なので、今はこの家には俺とアリアしかいない。
アリアは俺との距離が2メートル以内でないと行動できない。
復讐のためにはこの致命的弱点を隠さなければならない。
これをなんとかごまかすための秘策。
俺の考えうる限り告白しかない。
話があるとアリアに告げると、彼女はテーブルのほうまでやってきた。
俺はテーブルを挟んでアリアの向かい側に座る。
俺はアリアのほうを向いているが、彼女はこちらを向いておらずうつむいている。
昨日の今日だ。
仕方ない。
だが、こちらとしても時間がない。
意を決して気まずい沈黙をふっとばす。
「アリア、俺はあんた、いや君のことが好きだ」
先ほどから微動だにしなかったアリアが一瞬動く。
告白という秘策。
強引なのは百も承知だ。
恋人にさえなれば、つねに近くにいてもとりあえず不自然ではない。
もちろん、トイレやら風呂やら着替えやら問題が全く残らないわけでもない。
が、これ以外に周囲から弱点を隠す方法はないと確信している。
再びの沈黙。
アリアからの言葉を待つ。
ほどなくして。
「どういうつもりだ?」
「一目惚れしたんだ」
アリアの全身が震えだす。
「そういうことを訊いているわけではない」
冷静に話そうとしているのは伝わってくるが、怒っているようだ。
アリアはゆっくりとこちらを向いた。
「昨日、あんなものを私に見せておきながら! さらには私の胸を触りながら!」
まあ、そうなるだろう。
「あれはわざとじゃないんだよ。どうかわかってほしい」
「そういう問題ではない!
昨日の今日でそんなこと言われても……!
それに……」
気持ちを整理する時間がほしいということだろう。
そんなこと分かっている。
タイミングとしては最悪だ。
だが、それを待っている余裕はない。
夜中、考え抜いた。
やはり、かりそめの恋人ということにするというのは難しいと思う。
というのも、女騎士様は感情が顔にもろにでるタイプのようだからだ。
つまり、本当に恋人になってもらうしかない。
正直、俺はこの女騎士様のことを復讐の手駒としか見ていない。
だが、アリアには本気になってもらわねば困るのだ。
どうすれば彼女を落とせるのか。
それは次に彼女が口にするであろう言葉に手がかりがあると言えるだろう。
つまり。
「そもそも、私は元いた世界に帰って使命を果たさねばならない」
これだ。
元いた世界に帰ることが彼女にとってこの上なく大切なこと。
その方法を探す協力はするとは言った。
そして、彼女の使命、魔王がどうのという話だが、ここをなんとか足がかりにしなければならない。
「俺は君が元いた世界に戻るというのなら可能であれば、ついて行きたいとも思っている。
その使命の手伝いもしたい。
君の世界に行けないなら見送るしかないけれど」
これが俺の切り札だ。
そもそもアリアが元いた世界に戻れても、俺がアリアの世界に行ける可能性は低いだろう。
さらに行けることになった場合でも、アリアを利用して復讐さえ果たせば、俺はこの世界になんの未練もない。
アリアが帰ってしまえば、俺はまた無力に戻り、復讐の復讐を受けることになるだけだ。
「いいのか? お前の家族はどうする? 昨日この部屋に来たお前の妹とか」
「俺には直接の家族はいない。
それとあいつは妹じゃない。
従妹だ」
「そうなのか。
だが昨日、ずっと彼女の側にいると約束していたではないか」
そう来たか。
女騎士様は何もご存知ない。
「先に言っておくが、あいつも俺を苦しめてきた人間の1人だ。あんなやつどうでもいい」
「そうなのか? 意外だ。
あの娘からはお前に対する好意くらいしか感じなかったが」
「自分の飼い犬に対する好意みたいなものだ。とにかくあいつの話はいい」
俺がひどく感情的になってきたのに気づいてか、アリアはそれ以上は控えた。
「俺の話はいい。俺はただ君の側にいたいだけだ!」
彼女の青く澄んだ瞳を見つめながら言った。
普通ならこんな臭い台詞は言えないだろう。
だが復讐するためなら、なんでもできた。
「それより君の話を聞かせてほしい。
竜樹さま、だっけか?
あと魔王がどうとかってやつを。なにか力になれるかもしれないだろ?
そうだ、ここに来る直前の話を教えてほしい。
帰る手がかりになるかもしれない」
俺はテーブルに身をのり出して捲し立てる。
アリアは目を閉じて考えを巡らせている様子だったが、やがて語りだす。
「竜一、お前の気持ちはわかった。話そう。だが、ここに来る直前のことを思い出すとどうしても疑念が払拭できないのだ」
「どういう、意味だ?」
「お前はやはり魔王なのではないかと」
アリアの青い視線は氷柱のように鋭く、俺の心を突き刺していた。
そのときだ。
突然、床の下から揺らぐような感覚に襲われた。
アリアは何事かと立ち上がった。
この感覚はあれだ。
と思った瞬間、俺の視界は暗くなった。