第48話 本音の衝突
「やめろ!」
俺は叫んだ。
副会長に痛めつけられるアリアをじっと見ていられるほど、俺は極悪人ではなかったらしい。
俺はアリアが持っている水鏡の剣に念じた。
すると剣の刀身が銀の蛇になって副会長のほうへ飛びかかった。
だが、副会長は銀の蛇の攻撃を片手でいともたやすく防いだ。
その隙にアリアは体勢を立て直した。
だが、何度も打ち付けられて額から血が出ている。
「なんだ今の武器は?! お前そんなのまで使えるのか?! おもしれえ!」
アリアは構えたが副会長は一呼吸すると、アリアに背を向けた。
「今のはなかなか楽しかったぜ! 今度は公式戦で会おう」
そう言うと副会長は道路の脇に置いた学生鞄を手にすると学校に向かったようだ。
「アリア、大丈夫か?」
額からの出血はもう減っていたが、ダメージがないというわけではないだろう。
アリアの身体能力は並みの人間よりはるかに優れているはずだが、副会長はアリアを明らかに圧倒していた。
強すぎる。
それが単純な感想だ。
アリアには簡単な手当てをしたが、休ませる必要があった。
外出デートは中止になったが、鬼灯の家で過ごすことになった。
鬼灯の家の中は豪華な内装に高価そうな調度品が並んでいて、まるで貴族の屋敷のようだった。
客が宿泊するための部屋のベッドを借り、アリアを寝かせる。
俺たちはアリアから離れすぎない位置に椅子を持ってきて並んで腰かけた。
「済まないな、こんなことになって」
「いえ、悪いのは兄の方ですわ。アリアさん、ひどい怪我ですわね」
「あいつのことは心配ない。異世界生まれのせいか、俺たちよりずっと頑丈だし」
「……」
気まずい沈黙の時間がしばらく流れていった。
「あの……少し訊いてもよろしくて?」
唐突に鬼灯が切り出す。
「なに?」
「前から気になっていたのですけど、竜一さんはアリアさんのことをどう思っていらっしゃいますの?」
「どうって……」
「男女が一つ屋根の下どころか、2メートル以内。そんな状態なら普通に親密になるはずですわ」
「親密どころか、喧嘩のほうが多い。正直1人の時間がほしいな」
俺がのんきな口調で答えたのが気に入らない、というふうに鬼灯の声のボリュームが上がる。
「私、不安なんですの!
恋人の私よりアリアさんと一緒にいる時間がずっと長いですし。
竜一さん、私よりアリアさんのほうが、好きになってしまうのではないかと」
「それはないって」
俺が笑って返すが鬼灯の表情は真剣そのものだ。
「どうしてそう言い切れますの?!
さらにお訊き致しますわ!
竜一さん、私のこと、本当にお好きなんですの?!」
普段よりも感情的な鬼灯に、俺も感情的になってきた。
「そりゃ当たり前だろ!」
「本当ですの?!
じゃあどうしていつも私に大切な連絡もしてくださらないの?!
そもそも毎日連絡する約束でしたわ!」
「それはあまりにごたごたしていたから、つい。ほんと悪い」
「ついって、なんですの?!
私はつい忘れる程度の存在ですの?!
竜一さん、私がどれだけ不安なのかなにも分かっていらっしゃいませんわ!」
「分かってるって。ごめんな」
「そういうところが分かっていらっしゃらないと言っているのですわ!
アリアさんが常に側にいるのに、私はいつも蚊帳の外。
だから、毎日連絡するのは最低限のことですわ!
それを忘れるような方の気持ちをどうやって信じたらよろしいのでして?!」
何やらどんどんこじれていってるぞ。
俺としては謝ってもいるのに、鬼灯はどんどんヒートアップしていく。
「とりあえず落ち着けって。ほら」
俺が抱きしめようとすると、鬼灯は俺を拒否した。
「お止めになって!
そうやって抱きしめたりキスしたりして大切なところをごまかさないでくださいまし!
愛情のあるふりなどされても、意味はありませんわ!
私はあなたに本当の愛情を示しているのに、あなたはどうですの?!」
本当の愛情だと。俺のなかで何かが切れた。
「本当の愛情ってなんだ?」
「えっ?」
俺の声のトーンが明らかに変わったので鬼灯が戸惑いを見せる。
「お前なんかに本当の愛情なんてあるわけないだろ!!
ふざけんな!!
お前は俺が能力に目覚める前どうだった?!
俺が昔、告白したときなんて言いやがった?!
お前は俺が能力があるから付き合ってるだけだろうが!!
それのどこが本当の愛情なんだ?!
偽物だろうがそんなもん!!
お前に本当の愛情なんかあるわけないだろうが!!」
積年の恨みが口から一気に怒涛のごとく放出された。
鬼灯は息が止まるかのような嗚咽をもらしていた。




