第36話 闇の入り口
「ここがアリアの世界……」
急なことで信じられない。
ここが異世界。
確かに目の前の不気味な紫色の空に延々と山や森が広がる風景は全く見慣れないものだ。
空気のにおいもどことなく違う気がする。
「ああ、帰ってきた」
そう言うアリアの表情は相変わらず暗い。
戻ってきたら戻ってきたで使命を果たさねばならない。
おそらくアリアにはこちらの世界でも居場所がないのだろう。
「お前にとっては願ったり叶ったりだろ? もう俺を殺す必要もなくなったな」
少し嫌味に言ってみる。
「だが、お前がこっちに来てしまってはな……。しかし、どうしてこんなことに」
アリアの方はさっきまでの口論の余韻すらない感じだ。
こっちもこっちで切り換えるか。
「よく分からないが、俺の結界が関係してるのは間違いないと思う。勝手に発動したような感じがした」
「勝手に?」
「俺は自分で発動させたつもりはなかったんだがな」
「そうか……」
しばらくアリアは考え事をしていたが。
「とりあえず周囲の探索を行わないか? ここがどのあたりか調べたい」
「わかった」
俺たちがいたのは古城の大きな塔の一室だった。
壁にそった螺旋階段を降りて外に出る。
アリアはあちらこちらを見渡し、懐から地図を取り出した。
「驚いたな、魔王城のすぐ近くだ」
「そうなのか、ならいっそのことそのまま魔王退治に向かったらいいんじゃないか?」
俺が投げやりに言うと、アリアは気を悪くしたらしい。
「魔王城は魔竜の巣窟だ。お前の叔父殿が召喚したあれがうようよいる。この状態では、お前もともに連れていき、危険にさらすことになる」
そう言ってアリアは、俺とアリアを結ぶ銀の蛇を指差した。
「そう言えば、剣がこれになったのも今一つ謎なんだよな」
いつもは俺が窮地のときに変化する剣が結界の発動直前に変化した。
「ん?」
「どうした、アリア?」
「上だ!」
そう言われて真上を見ると空から黒い大きな影が猛スピードで迫ってくる。
「魔竜?!」
そう言ったときには、俺は巨大な魔竜の腕に捕らえられていた。
魔竜はそのまま俺を連れ去ろうとしたのか、再び空中に恐ろしい勢いで上がっていく。
「アリア!」
「竜一!」
竜の腕の中から見下ろすと、俺の右腕から垂れ下がった銀の蛇の先にアリアの姿があった。
魔竜の行き先が分かってきた。
はるか視界の先に山の麓から頂上にかけて連なる極めて大きい建造物がそびえ立っている。
無数の塔が並んでいるそれは間違いなく城だが、建物の黒い表面がなにやら蠢いている。
それがなんなのか、さらに近づくと分かった。
魔竜だ。おびただしい黒い魔竜が城の壁にびっしりとへばりついている。
魔竜は城の中でも一際高い建造物に俺たちを下ろすとそのまま飛び去った。
巨人が住むのかと思うほど大きな館のような建物。
その建物の入り口とおぼしき高さ10メートルはありそうな鉄の扉が目の前にあった。
「ここは?」
「竜一、ここが魔王城だ。それもここは最深部」
ガガガガガガガガガ
地面をも揺るがすほどの振動とけたたましい音とともに巨大な鉄の扉がゆっくりと開かれる。
開いた入口の奥には闇が広がっていた。
不意に俺とアリアの体が浮き上がる。
同時に俺たちはその出入口に飲み込まれた。




